〇1980年代における福祉教育実践で忘れられないものに、山梨県ボランティア協会の「福祉講話」がある。その発案者である岡尚志さん(享年72)の福祉講話に対する熱く強い思いは、並大抵ではなかった。ボランティア協会や甲府市内の学校にお邪魔して、いろいろとご指導いただいたことが思い出される。
〇岡さんの基本的な考え・思い(意思)やこころざし(意志)のひとつは、地域にねざした「ボランティア運動」の推進を図るなかで、「福祉の風土をもつ地域づくり」を進める。そのためには子どものころからの福祉教育やボランティア体験が必要かつ重要となる、というものであった。
〇福祉講話は、ボランティア協会に出入りする子どもたちとの関わりのなかで、「ふとした思いつき」から取り組んだ試みである。ボランティア協会に隣接する春日小学校(当時の校長は伊藤基先生)の体育館に集まったおよそ600人の生徒の前で、ひとりの視覚障がい者が自分の生きざまについて語った。1979年11月、第1回の福祉講話である。
〇岡さんはいう。福祉講話は、障がい者の単なる「体験発表の場」ではない。躍動する人間回復のエネルギーを充電させる「心の苗場」(苗床、なえどこ)である。そこには、心身にハンディを負いながらも一生懸命に生きること、人間を大切にすること、共に生きる平安で豊かな地域・社会をつくること、そんなごく当たり前の人間の願いがいっぱい潜(ひそ)んでいる。福祉講話は、児童・生徒や教師、父母たちに感動を与え、自分を見つめ直すきっかけとなる。講話をする障がい者にとっては、自分が教育現場で役立つ喜びや感激を得るとともに、積極的に社会参加し社会貢献するための自信をつけることができる(「日本福祉教育・ボランティア学習学会設立総会・第1回大会資料」36ページ)。
〇以後、福祉講話は小学校のみならず中・高等学校へと拡大・発展し、その取り組みも学校あげて、学年単位、クラス単位で行われ、さらには学校行事である生徒会主体の「ふれ愛集会」(甲府市立城南中学校、注①)などで行われることになる。また、福祉講話の推進を図るために、「福祉講話を広げる研究会」(1982年10月~)や「山梨の福祉教育を考える集い」(1984年2月~)、「ボランティア活動推進のための五者懇談会」(1993年2月~。県、県教育委員会、県社協、県ボランティア協会、青少年育成山県県民会議)などが設置・開催された。
〇以下は、山梨県ボランティア協会(当時、岡さんは事務局次長)によって「耕され、蒔(ま)かれ、育くまれた(「耕そう、まこう、育てよう」)土と葡萄(ぶどう)の香り豊かな『頭心動』(ずしんどう)の実践記録」(『ボランティア』第24巻第7号、富士福祉事業団、1989年11月、3ページ)、その一部である。
(1)岡尚志「山梨における福祉教育の試み―児童への「福祉講話」―」全社協・全国ボランティア活動振興センター『ボランティア・福祉教育研究』第2号、1983年9月、111~115ページ(全文)
(2)山梨県ボランティア協会『いのち輝いて‥‥‥生きた福祉教育の実践 ―「福祉講話10周年の集い」記念誌―』1989年12月(全文)
(3)岡尚志「山梨県における福祉教育の取り組み」『日本福祉教育・ボランティア学習学会設立総会・第1回大会資料』1995年10月、35~37ページ(全文)
〇ここで、岡尚志さんの基本的な言説のひとつについて改めて確認しておきたい。福祉講話は、子どもをはじめ教師や保護者などに驚きや感動を与え、障がい者に社会参加や社会貢献への関心や意欲を生み出す。そして、子どもや障がい者などが参加する、市民による“運動”としての「福祉の風土づくり」を推進する、というのがそれである。福祉講話は、障がい者の単なる「体験発表の場」ではないのである。
〇言い換えれば、子どもと障がい者などの相互交流や体験学習の促進が図られるなかでそれぞれが、固定化(習慣化)された意識や思考、態度や行動の枠組みやパターンを能動的に改変する(「概念くだき」)。そして、その個人的な変容が他者に影響を与え、新しい実践を創造すること(「概念つくり」)によって地域・社会変革を促す。その相互理解や相互変容の学習過程に福祉教育の意義や可能性が存するのである。もちろんそこには齟齬(そご)や誤解、動揺や葛藤、あるいは無批判な受容や追従なども生ずるが、それらといかに向き合い、よりよく対処するかが福祉教育の内容や方法を決めることになる。
〇日本社会(文化)の特徴は「集団主義」にあり、古くから「ウチとヨソ」や「村社会」「タテ社会」などと言われてきた。そういうなかでいま、「福祉の風土をもつ地域づくり」を進めるにあたって、多様性(diversity、ダイバーシティ)と地域主義(localism、ローカリズム)、「見解の相違」の尊重(agree to disagree、アグリー・トゥ・ディスアグリー)と「合意形成」(consensus building、コンセンサス・ビルディング)の推進が求められている。福祉教育はその「苗場」である。
注
①甲府市立城南中学校・山梨ライトハウス・山梨県ボランティア協会編『すばらしい 出会い―甲府・城南中「ふれ愛集会」の体験から―』山梨県ボランティア協会、1988年3月。城南中学校では、1987年11月16日、単発的な行事ではなく、年間計画に基づく活動(あいさつ運動、一円玉募金、古切手収集、奉仕委員会活動など)や日常生活の積み上げの結果として「福祉講話」を実施した。当日は、毎月1回行われる生徒集会の時間(6校時)に、27人の障がい者が講師となり全学級一斉に行われた。