阪野 貢 のすべての投稿

18歳 躍動せよ!

18歳 一人前になった?
18歳 ここが節目のスタートライン

盛んな世と人への好奇心を 廃(すた)らすことなかれ
可能性は 自らの夢の実現に向う思いの中にあることを 知るべし
愚直(ぐちょく)な男であることに 頭(こうべ)を垂(た)れることなかれ
ちぐはぐなことが起こっても 決して怯(ひる)むことなかれ
苦労は 自ら望んだがゆえに 乗り越えなければならぬ道と承知せよ
労多くして功少なしことも 覚悟せよ
向き合うは 己を信じる心と わきまえよ
善き行いを常に心がけ 人の痛みに共感する人間力を磨き続けよ
夢に向かうセンスこそ いまを生きる原動力であることを 強く知るべし
目力(めじから)を鍛えよ 見えるものだけを信じる事なかれ
大きな志(こころざし)は 小さな努力を積み重ねの先に叶うと信じよ
いまという刻(とき)を 決してつまらぬことで浪費してはならない
今日為すべき事が はっきり見えていることこそ いまを生きる証なり
世の中の 荒波に身をさらしても 決して卑屈にならず くじけずあきらめることなかれ
生まれたことの喜びと苦しみを 全身に受けとめながら 青春を躍動せよ

18歳 これからの失敗と挫折を 己の器量(うつわ)に入れて 肥(こえ)にしよう
18歳 子どもと大人の中途半端なときから 独り立ちの準備を始めよう
18歳 どうもがいても 避けられない人生の節目に おめでとう

〔2020年3月12日書き下ろし。15日18歳の誕生日を迎える少年がいる。兄弟が夢を叶えるために奮闘する。心強く心優しく生きてほしいと、欲張りなエールを贈る〕

追記/宇沢弘文と竹中平蔵という二人の経済学者:「定常状態」に関するワンポイントメモ―佐々木実を読む―

社会的共通資本(Social Common Capital)は、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する。社会的共通資本は、一人一人の人間的尊厳を守り、魂の自立を支え、市民の基本的権利を最大限に維持するために、不可欠な役割を果たすものである。(宇沢弘文『社会的共通資本』〈岩波新書〉、2000年11月、4ページ)

社会的共通資本は自然環境、社会的インフラストラクチャー(infrastructure)、制度資本の三つの大きな範疇にわけて考えることができる。自然環境は、大気、水、森林、河川、湖沼(こしょう)、海洋、沿岸湿地帯、土壌などである。社会的インフラストラクチャーは、道路、交通機関、上下水道、電力・ガスなど、ふつう社会資本とよばれているものである。(中略)制度資本は、教育、医療、金融、司法、行政などの制度をひろい意味での資本と考えようとするものである。(同上書、5ページ)

〇筆者(阪野)の手もとに、佐々木実(ジャーナリスト)が書いた本が2冊ある。(1)『資本主義と闘(たたか)った男―宇沢弘文と経済学の世界―』(講談社、2019年3月、以下[1])と(2)『市場と権力―「改革」に憑(つ)かれた経済学者の肖像―』(講談社、2013年4月、以下[2])がそれである。
〇[1]は、「人間尊重と社会正義」などの理念に基づき、社会問題を解明・解決するための経済学的枠組みとして「社会的共通資本」の概念を提唱し、水俣病の公害問題や成田空港の三里塚闘争などの社会運動(市民運動)にも関与した宇沢弘文の評伝である。それを通して、世界の経済学史や経済政策史を詳説する。[1]は、その「帯」に、「その男の人生は20世紀の経済学史そのものだった――。〈資本主義の不安定さを数理経済学で証明する〉。今から50年以上も前、優れた論文の数々で、世界を驚かせた日本人経済学者がいた。宇沢弘文――その生涯は「人々が平和に暮らせる世界」の追求に捧げられ、行き過ぎた市場原理主義を乗り越えるための「次」を考え続けた信念の人だった」と記されている。構想から10年以上を要して上梓された、四六判、約640ページの大冊(たいさつ)である。第6回城山三郎賞と第19回石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞の受賞作品である。
〇[2]は、小泉純一郎政権(2001年4月~2006年9月)の時代に、新自由主義の理念に基づき、規制緩和や郵政民営化などを内容とする「構造改革」(「官から民へ」「改革なくして成長なし」)の旗手を務めた竹中平蔵の評伝である。それを通して、「構造改革」を検証する。[2]は、その「帯」に、「経済学者、国会議員、企業経営者の顔を使い分け、“外圧”を利用して郵政民営化など「改革」路線を推し進めた竹中平蔵がつぎに狙うものは!? 8年におよぶ丹念な取材があぶり出す渾身の社会派ノンフィクション!」と記されている。アメリカの影と竹中の真の姿が浮き彫りにされた、四六判、約330ページの著作である。第45回大宅壮一ノンフィクション賞と第12回新潮ドキュメント賞を受賞している。
〇筆者はかつて、本ブログの〈雑感〉(75)に「『人間尊重と社会正義』:『人間らしく生きるための経済学』を探究し、厳しくも痛快に語り、社会問題に真摯に取り組んだ“経済思想の巨人”―いま、改めて宇沢弘文を読む―」(2019年3月5日)を投稿した。筆者にはいま、それ以上のものを草する前提は皆無である。そんななかで、[1]から、次の一文のみをメモっておくことにする(見出しは筆者)。佐々木によると、「宇沢は、社会的共通資本の蓄積過程を分析して社会の持続可能性を考察する際、ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill)が『経済学原理(Principles of Political Economy)』(1848年)で論じた『定常状態』(On Stationary State)を理想的な状態として想定している」(577~578ページ)。

持続可能な社会は「定常状態」を理想的な状態として想定している/佐々木実
宇沢は、持続可能な社会をミルの「定常状態」に範(はん)をとって想定している。つまり、経済全体のマクロ的な経済指標は定常値をとるようになるけれども、そのような社会のなかでは、人びとの経済活動や文化活動は活発に営まれ、活気ある社会が保たれている。マクロ的経済変数が定常値をとることは、決して人びとの活動が停滞することを意味しないということである。
社会的共通資本を概念化して経済分析の対象にしたそもそもの狙いは、市場システムの影響が社会にあまねく浸透していく資本主義のもとで、持続可能な社会のあり方、その条件を探究することにあった。したがって、ミルが唱えた「定常状態」(On Stationary State)を鍵となる概念としたことには重要なメッセージが込められている。(578~579ページ)

〇周知のように、J.S.ミルは『経済学原理』で、社会の「定常状態」(「停止状態」:末永茂喜訳)について、「経済的進歩」と「人間的進歩」にわけて考える。「経済的進歩」は「資本の増大、人口の増加および生産的技術の進歩」であり、「人間的進歩」は「精神的文化や道徳的社会的進歩」を意味する。そのうえでミルは、「富および人口の停止状態は、しかしそれ自身としては忌(い)むべきものではない」。本来、経済的進歩は人間的進歩を達成するためのひとつの手段にすぎない、とする。(J.S.ミル、末永茂喜訳『経済学原理』(四)岩波文庫、1951年2月、101、104、109ページ)。次の一文を再確認しておきたい(見出しは筆者)。

資本および人口の「定常状態」は恐れ嫌うべきものではない/J.S.ミル
資本および人口の停止状態なるものが、必ずしも人間的進歩の停止状態を意味するものでないことは、ほとんど改めて言う必要がないであろう。停止状態においても、あらゆる種類の精神的文化や道徳的社会的進歩のための余地があることは従来と変わることがなく、また『人間的技術』を改善する余地も従来と変わることがないであろう。そして技術が改善される可能性は、人間の心が立身栄達の術のために奪われることをやめるために、はるかに大きくなるであろう。産業上の技術でさえも、従来と同じように熱心に、かつ成功的に研究され、その場合における唯一の相違といえば、産業上の改良がひとり富の増大という目的のみに奉仕するということをやめて、労働を節約させるという、その本来の効果を生むようになる、ということだけとなるであろう。今日までは、従来行なわれたすべての機械的発明が果たしてどの人間かの日々の労苦を軽減したかどうか、はなはだ疑わしい。それは、たしかに従来よりもより大きな人口が従来と同じ苦しい作業と幽因(ゆうしゅう)の生活を送ることを可能ならしめ、またより多数の工業家やその他の人たちが財産をつくることを可能ならしめた。それは中産諸階級の生活上の余裕を増大した。けれども、それは、人間の運命がその本性上、またその将来においてなし遂げるべきもろもろの偉大な変革については、まだそれを実現しはじめてもいないのである。ただ公正な制度に加えて、人類の増加が賢明な先見の思慮ある指導のもとに行なわれるようになったとき――ただこのようなときにのみ、科学的発見者たちの知力とエネルギーとによって自然諸力から獲得した戦利品は、人類の共有財産となり、万人の分け前を改善増加させる手段となることを得るのである。(J.S.ミル・末永茂喜訳、同上書、109~110ページ)

〇日本の経済・社会(「少子・高齢・人口減少・多死社会」)はすでに「定常状態」に入っている。いま求められるのは、「定常経済」「定常型社会」「ゼロ成長社会」のあり様を構想し、新たな社会モデルを構築することである。しかし、企業人や政治家の思考様式は引き続き、「成長モデル」に執着している。この点をここで、再認識しておきたい。ミルの言説(経済思想)によれば、「経済的進歩」よりも「人間的進歩」が求められているのである。
〇それに関連して、ミルがいう社会の「最善の状態」とは、「たれも(だれも)貧しいものはおらず、そのため何びとももっと富裕になりたいと思わず、また他の人たちの抜け駆けしようとする努力によって押し返されることを恐れる理由もない状態」(同上書、105~106ページ)である。そこでは、「人生の美点美質を自由に探究」(同上書、107ページ)できる人が現在よりもはるかに多くなる。平易に別言すれば、ミルがいう理想社会は、「あくせくしないで、ゆったりと人生を楽しむことができる社会」であろう。
〇ここで、恣意(しい)的になったり誤解を招いたりすることを恐れずに、宇沢の生き様や人間性などに関する佐々木の記述の一部を抜き書きする。
● 「アメリカ在住の気鋭の数理経済学者として、世界中どこの大学を訪ねても研究者たちに囲まれ羨望のまなざしでみつめられていた」(11ページ)。
●「アイデアがひらめくと、夜中でも飛び起きてメモをとったり、灯りをつけて読書を始めたりする(宇沢の)クセ(奇行ともとられかねないような行動)は、結婚してからも抜けなかった」(139ページ)。
● 「浩子夫人に『帰国してから宇沢先生は変わりましたか』とだすねると、『宇沢は、ひとりぼっちでした』という簡潔なこたえがかえってきた」(631ページ)。
● 「『水俣病を見てしまった者の責任』という言葉を原田(正純)はしばしば口にした。/宇沢は原田に、『水俣病の患者を見て、わたしの学問体系が崩(くず)れた』と告発したことがある」(488、491ページ)。
●「いったん(成田闘争の政府側と反対派側の)仲裁役を引き受けると、宇沢は成田問題にかかりきりになっていった。まったくめずらしいことに、個人的信条とは相容れない政治的ふるまいも躊躇しなかった」(518ページ)。
● 「農業を社会的共通資本としてとらえるための農業コモンズ(組織集団)である三里塚農社構想の実現に向けた努力/ひとりきりの『新しき村』づくり運動が水泡に帰したのは大きな挫折だった」(546、565ページ)。
●「本格派の理論経済学者を描くなどということは土台無謀だったのかもしれませんが、『ほんとうのバカにならないと、おおきな仕事なんてできないからね』。なぜかよくおぼえていたウザワ先生の言葉です」(632ページ)。
● 「『君! 君は、経済、経済というけど、人間の心が大事だと言いたいのだね』/文化功労者の顕彰式が終わり、宮中のお茶会に招かれた場面での昭和天皇のこのお言葉は、私にとってまさに青天霹靂(せいてんのへきれき)の驚きであった」(493、494ページ)。
● 「妻の宇沢浩子も、宇沢が教え子たちに『徒党を組むな』と繰り返し語っていたと証言している。わたしが宇沢にインタビューした際、『師匠』『弟子』などという言葉を使うと、『研究者はそれぞれ独立しているから、師匠とか弟子とかではないんだよ』とやんわり否定されたものである」(596ページ)。
●「2011年3月の東日本大震災から10日後、宇沢は脳塞栓(のうそくせん)で倒れた。/宇沢の娘で医師でもある占部まりは、『大震災と原発事故による強いストレスが、父に影響をあたえたのだとおもいます』と話している」(612、613ページ)。
〇宇沢は、「孤高の経済学者」「孤独な思想家」「孤立した社会活動家」であった。それが「宇沢弘文」の「世界」であり、「時代」でもあった。そこには常に、厚顔無恥(こうがんむち)な経済学者の対極(正反対)に身をおき、「人間らしく生きるための経済学」を真摯(しんし)に探究する宇沢の姿があった。それに比して、政治家としてアメリカ追従の経済政策(日本の植民地化・属国化)を進め、格差の拡大と分断の深化をもたらした竹中平蔵は、「権謀術数」(けんぼうじゅっすう)に長(た)けていた、と言えば言い過ぎであろうか。
〇いずれにしろ本稿は、「定常状態」に関するワンポイントメモであり、〈雑感〉(75)の「追記」である。

付記
本稿を草することにしたきっかけのひとつは、次の記事にある(『日本農業新聞』2019年12月23日)。

自治会は地域の自治組織(自治会役員と民生委員 その2)

自治会は 法律で拘束された組織ではありません
自分たちで自主的に組織し 自治的に運営する地域団体です
地域の活動は 自治会で自由に決めることができるのです 
役員の報酬も 必要とするなら自分たちで決めることができます

民生委員は 法律で決められた全国的な公的な組織です
助けを求める人のそばに寄り添い 百年の歴史を刻んできたのです
その活動も 法律の定めるところで 動きます
福祉六法や売春防止法などによる 援助を必要とする人たちを対象とします

民生委員は 厚生労働大臣から委嘱され
非常勤特別職の地方公務員として 身分を保障されています 
だから 行政が民生委員に対して監理指導することができるのです
職務も明確にされ 行政では手の行き届かない暮らしの場でカバーするのが役目です
公的な活動だからこそ 実費弁償としての少額の手当を受けているのです
給与は支給されないと 法律で明記されています
ただ怪我や事故があれば 公的に保障されます

自治会役員の場合はどうでしょう
あくまでも 自治的に運営することを旨として
その役員も 地域に在する人が互選されます
行政に協力することがあっても
行政の監督指示は 受けることはありません
あってはなりません
戦時中組織化され 大政翼賛会に集約されて 戦争協力したことが
戦後GHQから 自治会が解散させられた 悪しき歴史があるのです
地域に必要な自治組織として再生する条件が
行政の配下にはあってはならないと GHQから釘を刺されました
だから 役員の報酬の是非も 自分たちで決めることができるのです

民生委員は 報酬をもらえて
自治会役員は 報酬をもらえない
納得できないと啖呵を切る方も いないことはありません
地域や活動の共通性から 報酬の問題を取り上げるのは
そもそも その組織の目的や活動の内容からして違うのです
本質的に全く違うことを その人にわかってもらうのは 難しいかもしれません
ただ お金がもらえないことを憤っているだけですから
それを民生委員に当てつけて 文句をいっているだけのことです

民生委員の活動は 自治会の役員や住民と協力して
困っている人が 地域で一日でも長く暮らすことをサポートすることです
目的を同じくして 共働することこそ
地域を元気にしていくことにほかなりません
悩みや不安になることもあるでしょう
自治会の役員の力を借りると 楽になることもきっとあります
一人でも多くの方に 民生委員の活動を知っていただくことも
活動の負担を軽減していくことになるでしょう
それは 地域で支えていただく人を増やしていくことでもあります
それは 災害時にも強い 地域の支え合いを育むことでもあります

※「福祉六法」とは、生活保護法、児童福祉法、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、老人福祉法、母子及び寡婦福祉法の六法です。

〔2020年3月11日書き下ろし。東日本大震災10年目のこの日、被災地では職責を果たそうと多くの民生委員も犠牲となった。復興の地でも民生委員は志を継いで活動を続ける。震災で犠牲となった多くの御霊に合掌〕
 

無報酬です(自治会役員と民生委員 その1)

自治会役員です
無償奉仕しています
町内の困りごとの相談にも のっています
町内のにぎわいをつくる行事にも 参加しています
自分の仕事をほっといて いろいろ活動しています
無償奉仕しています

自治会役員です
民生委員よりも 地域のために活動しています
民生委員と 同じような活動していても
民生委員は なぜか報酬もらっています
なぜ報酬を もらうのですか?
なにか 不公平を感じています

民生委員です
そう問われて 困惑しました
報酬をもらうことに 抵抗を感じています
どうしましょう?

民生委員です
そう問われて 萎縮しました
なんだか嫌な気分です
言い返すのも 苦痛です

民生委員です
報酬のことを言われると
何だか偽善者ぶっているような
不快な気分が わいてきます
活動意欲も しぼんでいきます

民生委員です
でも 自治会役員している人に
長い歴史のある 大事な民生委員の活動を
わかってほしい 支えてほしい 
ともに 地域で
困ったこと 困った人の支えになりたい
ただそう思っているだけです

お金のこと?
報償は 給料ではありません
無償のボランティア活動では 
実費弁償は 有償とは見なされません
私たちも ボランティアです

〔2020年3月10日書き下ろし。地域にはこんな見方をする人もいます。民生委員と自治会が共に地域づくりに励むためにも整理しておきたい問題です〕

信じる誰かがいる

少年は 中学3年生だった
勉強は 大嫌いだった
先生も 好きじゃなかった
でも 学校は休まずに来た
茶目っ気があって 憎めない子だった
小さな子だったが 気は人一倍強かった
大きながたい(図体)の同級生でも 
気に入らなかったら つっかかっていった
同級生も 面白がって見ていた

ある子が 風邪で一日休んだ
少年は 寒い玄関口に立って待っていた
そして 顔を見るなり 怒った
「なんで昨日休んだんだ!」
少年の左目は 黒ずんでいた
「どうした?」
「お前がいなかったから 殴られた」

少年は いつものように喧嘩を仕掛けた
しかし 殴られ 負けた
それが 悔しかったのではなかった
いつもなら 仲裁に入る奴がいる
そう信じて 喧嘩を売った
でも 今日はいなかった
裏切られたような気分になった
あいつがいれば なんとかなかったのに
無性に 腹が立ってきた
その鬱憤を晴らそうと 玄関口で待っていた

経緯(いきさつ)を聞いた子は 笑った
少年も 苦笑いした

〔2020年3月9日書き下ろし。15歳の冬、信じて頼ることを少年から学んだ中学時代のエピソード。少年のような子の居場所は、いま学校にあるのだろうか〕

未来志向(これからは)

おきてしまったことは
いまさら どうすることもできません
だから これからは そうならないようにいたします

なにかよくないことをしたというなら
そのしょうこを だしてください
ほらね 
だから これからも ことばにきをつけてください

すわりごこちのいいところ
とても まんぞくしています
だから これからも もっとなが~くいたいのです

かってに きめることなんかしません
かならず うしろにいる ともだちのはなしをききます
だから これからのことは しんぱいしないでください

ただね ときどきひとりになりたい
そんなときって あるでしょう
いってまえって ひとりできめちゃったりしてね
だから これからのことは わかりません

ペット かってる?
いうこときかないと えさはあげないよね
だから これからも みんながうえないようにするのがしごとです

にほんのたたかうちからは せかいで5ばんめ
あめりか ろしあ ちゅうごく いんど そのつぎなんだ
かくへいきをもたなくても すごいだろう
だから これからも せんそうできるつよいくにづくりにはげみます

せかいのくにとなかよくするには おかねがかかる
いろんなところでばらまいて ほてるでたかいせったいもしたんだぞ
コロナウイルスで ちゅうごくとのかんけいがうまくはかどらなくてね 
だから これからさきは ほんとにめんどうくさくなっちゃった

ただね とりまきのやらかしたことで
せきにんとるのは かんたんなんだよ
バカやったのを つきはなすだけのことなんだから
だから これからはじぶんでバンバンなさい

でもね ちょっとつかれてしまったよ
だから これからさきは かんがえることやめよかな
むせきにんだって いうのかい
いやいや いまバカやってるじぶんを つきはなしただけさ

〔2020年3月6日書き下ろし。新型コロナウイルスの対策や対応から見えてくるその場しのぎの後手後手の独断の危うさ。もう政権の力量を超えた事態です〕

春を告げる雪

北の大地に降る雪が
重たい雪に 変わってきました
風もなく 穏やかな朝
昨夜から 10センチは積もった雪
いまも しんしんと 降り続きます

降る雪の粒が大きくなり もっと積もりそうな予感がします
コロナウイルスの騒動が
閉じ込められていくような 静寂な銀世界
汚れたものを 白く塗りつぶしてゆく 銀世界
人の心を 一時落ち着かせる 沈黙の銀世界

北の大地に降る 湿った重たい雪は
春の訪れを告げる兆しです
もうしばらくの辛抱で 冬が明けます
だからいまは じっと降る雪 眺めています

新型コロナウイルスの伝播も
抗(あらが)うことのできない 自然の摂理(せつり)
民が デマに走り 政治に踊らされるのも
この雪が融ける頃には 
杞憂(きゆう)に終わったと
ホッとできれば…
いまは虚しく 降る雪眺めています

北の大地に降ってわいた 災禍(さいか)は
容赦なくいのちと暮らしを 叩いています
いまはただ じっと耐える日が続きます 
小さな小さなウイルスに 席巻された人間世界
なんと無力で無知で そして傲慢であったかを 思い知らされます
自然の摂理に従って 人は生かされているのです
いまは無欲で 降る雪眺めています

〔2020年3月5日書き下ろし。太平洋沿岸とオホーツクは、今日一日冬の嵐です。新型コロナウイルス感染者の一日も早い快復と、これ以上感染が拡大しないよう祈ります〕