阪野 貢 のすべての投稿

かげふみ

おさなごが ふたり
秋の光の中で たわむれる
枝葉の広がった エルムのかげは 長く伸び 
池の水面に 赤とんぼと 揺れている

光をさえぎり ふたりは かげを ふみあう
ひとりのかげを もうひとりが 追いかける
ふまれぬように 笑いころげて 逃げまどう
かげをふもうと はしゃぎながら 追いかける

光に向かう あどけないおさなごを 
ふたつのかげが 追いかける
無垢なふたりを照らす あざやかな朱色の落陽

ふたりは 光の子となった

〔2019年9月10日書き下ろし。人生は光の如く一瞬の刻。光を全身に浴びる幼子の今日・明日の幸せを、ただただ祈る。9月20日70歳の誕生日を迎える〕

芸術文化活動を通して“ゆるやかな絆”のなかに生きる人たち:「福祉文化」に関するワンポイントメモ―今中博之を読む―

〇筆者(阪野)の手もとに、今中博之(社会福祉法人素王会理事長/アトリエ インカーブ クリエイティブディレクター)の新刊本が2冊ある。(1)『かっこいい福祉』(村木厚子との共著。左右社、2019年8月。以下[1])、(2)『共感を超える市場―つながりすぎない社会福祉とアート―』(アトリエ インカーブ編著。ビブリオ インカーブ、2019年9月。以下[2])がそれである。[1]は、今中と村木厚子(元厚生労働事務次官)の対談本である。「自力と他力」「内閉と開放」「市場と制度」などの二項対立的なキーワードを通して、「福祉は何故、低くみられるのか」「福祉をかっこいい業界にするにはどうすべきか」を語り合う(「帯」)。[2]は、今中と松井彰彦(東京大学大学院教授)の講演と対談を中心に編んだものである。そこでは、「共感を求めすぎないこと」「閉じながら“ときどき”開くこと」の重要性を説きながら、「市場×福祉」について論じ合う。
〇[1]における言説のひとつの要点をメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

文化の市場性と福祉文化
私は、社会福祉学者の一番ヶ瀬康子氏がいう「福祉の文化化と文化の福祉化」を実践する母体としてアトリエ インカーブ(デザイン事務所)を位置づけています。彼女はそれを「福祉文化」という概念で表現しました。生活の質が問われて久しい昨今、「社会福祉の究極の目的が、自己実現への援助であり、その在り方を追求していくことであるという視点にたつならば、文化をふくみ得ない社会福祉はあり得ないといっても過言ではない」と主張します。私も同感です。ただ、文化の「市場性」については、これまであまり議論が進んでこなかった。今後の課題は、市場性を意識した福祉文化をつくっていくことです。(20ページ)

越せない溝と「かっこいい福祉」
私にとって「かっこいい」とは、クールやスマートではなく、わかりあえないと認めることだったように思います。認めるためには、たくさんの時間が必要です。私の優しさとあなたの優しさは違うってことや、私の怒りとあなたの怒りも違うってこと。共感ができなくても理解できるまで話す、聞く。ながい時間のなかでわかりあえないことがわかるようになってきます。そうして紡がれた幸せを「かっこいい福祉」、その企てを「かっこいい社会福祉」というのだと思います。(197~198ページ)

〇[2]における言説のひとつの要点をメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

障がい者の芸術文化活動と「市場の力」
好きな人がいれば手を組めばいいし、嫌いな人なら手を切ればいい。選択肢の多い市場では「差別をしない取引」が可能です。つまり、市場の中には社会的に弱い人だから差別をするという行動規範は薄いのです。ゆえに、しがらみも少ない。だからこそ市場は、国を超えて人と人をつなげていくのです。/問題は、どの程度の市場化(開き方)をするかです。共感的消費者だけにアプローチしていては、広がりません。狭くて逃げ場所のないコミュニティは差別がはびこります。かといって、つながりすぎ、共感を求めすぎては、綻(ほころ)びが出てきます。身の丈にあったいい塩梅(あんばい)。そこがポイントです。/近江商人の理念である「三方よし」(売り手良し、買い手良し、世間良し)の場合のみ取引をすることです。(203~204ページ)

アートを通じた自己実現と相互実現
インカーブでは、社会福祉事業として障がい者の芸術文化活動を進めていくために「閉じながら“ときどき”開く」ことを心がけてきました。(中略)インカーブの事業の目的は、知的に障がいのあるアーティストの日常が作品制作を通して平安であることです。/アートの商業的価値を慮(おもんぱか)ることは、共感を超える市場につながります。その実現のためには、つながりすぎないこと、共感を求め過ぎないことではないでしょうか。(205ページ)

〇以上のメモに関して、若干付言しておきたい。先ず、「市場」についてである。市場は、需要者と供給者が出会い、契約と取引が行われ場である。松井の言によれば、「いろんな人が集まって、一定のルールのもとにお互いにプラスになるように取引する場である」([2]88ページ)。当然、そこでの人間関係は対等である。市場では、この対等な「契約関係」とともに、人と人との「信頼関係」も必要かつ重要となる。信頼関係は、相手との対等な関係を築くための人間関係であるが、それゆえに「倫理性」(「一定のルール」)が要求される。今日の市場経済社会では、契約関係だけでなく、それ以上に信頼関係が重要となる。この点を含意するのが、今中がいう「好きな人がいれば手を組めばいいし、嫌いな人なら手を切ればいい」という言説であろう。しかし、簡単に「嫌いな人なら手を切ればいい」とはいえないのも人間社会である。そこで求められるのは、「仲間をつくる営為であり、(たとえ嫌いであっても・嫌いになっても)仲間外れにしないという行動」である。それを「福祉」と呼んでいい。
〇次に、「共感的消費者」についてである。共感的消費者とは、商品の品質ではなく、「障がい者がつくった」という商品の背景に思い入れをもって購入する人たちをいう(神谷梢[2]6ページ)。「社会福祉の事業者は、『共感的消費者』にアプローチしてきた。ただ、その範囲はとても狭く、見慣れた仲間うちに限られている。共感的消費者だけに依存し続ければ、マーケットは永遠に広がることはない。これが社会福祉の市場化の限界点である」([2]200ページ)と今中はいう。周知の通り、消費には「機能的消費」「記号的消費」「共感的消費」の三つの形態がある。ブランドネームなどの付加価値を消費する記号的消費ではなく、その商品の機能や効用を消費する機能的消費と、その商品への“こだわり”や“想い”に共感して消費する共感的消費が肝要である(ちなみに筆者が運転する車は、単なる移動の手段として考える大衆車であり、絶滅危惧種のマニュアル車、しかも走行距離は15万キロを優に超えている)。
〇いまひとつは、「福祉文化」についてである。前述の一番ヶ瀬がいう「福祉の文化化」に関していえば、それは、社会福祉それ自体をいかに質・量ともに豊かな、文化的なものにしていくか、文化の香りのするグレードの高いものにしていくかということを意味する。そこから、福祉文化とは、日常生活の量的拡大と質的充実を図り、人びとの健康で快適な生活と情感の安定を保証する生活の質としての文化であるといえる。別言すれば、人びとの日常生活に心の潤いや安らぎ(内面的豊かさ)、社会的・経済的・文化的豊かさなどの「平安」をもたらす文化である。そういう福祉文化を創造するためには、人と人との“であい”“ふれあい”“ささえあい”が必要かつ重要となる。
〇こうした「福祉の文化化」をより確かなものにするためには、福祉政策や行政の文化化を図ることが肝要となる。「福祉政策・行政の文化化」のねらいは、住民の参加と合意形成のもとに、障がい者などを含めたすべての住民の主体的・自律的な文化活動の推進を図り、すべての住民が文化を享受し創造するための条件整備や環境醸成をおこなうことにある。
〇「文化の福祉化」に関していえば、文化は人びとの日常的な生活行為のなかに現れ、創られるものである。そこから、障がい者などを含めた、生活主体としてのすべての人が、文化の創造主体であり、活動主体であるといえる。しかし、例えば、芸術文化についていえば、今日においてもまだ、一定の条件に恵まれた一部の人だけのものであるとか、特定の場所や機会にふれるものであるという認識が強い。こうした芸術文化状況の偏りを是正し、とりわけ芸術文化の貧困のもとに置かれてきた障がい者などに対しては、芸術文化を享受する機会の確保・拡充や芸術文化活動(創作活動)への主体的参加を促す環境醸成を図ることが肝要となる。
〇アトリエ インカーブでは、創作活動と日常生活が共存している。作品制作を通して平安(福祉)を追求している。それはまさに「福祉文化」である。その実践は、荒廃したいまの日本社会を変革し、新たな地平を開く視点や力を生み出している。
〇本稿のタイトルに使った「ゆるやかな絆」は、大江健三郎(文)・大江ゆかり(画)の『ゆるやかな絆』(講談社、1996年4月)による。それは、[1]と[2]を読むなかで思い至ったものである。ただし、記号的消費(使用)ではない。
〇なお、「ゆるやかな絆」をめぐって大江は、次のように述べている。僕らは「ゆるやかで、人を束縛するところは少しもなく、その両端にいる同士はお互いにひそかな敬愛の心を抱いているが、それを口にしないまま時が流れて行き、……というような、真の家族についての感情教育を」受けていたのである(講談社文庫、1999年9月、111ページ)。

付記
本稿に関して、<雑感>(73)「怒りと希望」:社会に怒りラディカル(徹底的)に抗すること・目の前の一人を慮(おもんぱか)ること・社会的課題をデザインで解き希望に変えること―今中博之著『社会を希望で満たす働きかた』読後メモ―/2019年1月28日投稿、を参照されたい。

拠り所(その4) 別れ

高校に入って 彼女ができた 
取り巻きの 遊び友だちもできた
舞い上がって バイト代をすべて貢いだ
彼女も 仲間も 喜んだ
その笑顔がたまらず 勉強そっちのけで バイトに励んだ
彼女とのデートや 仲間との遊びが たまらなく楽しかった
ともかく 一緒に空気を吸っているだけで 高揚感に包まれていた

クリスマスを祝い 正月の初詣(はつもうで)も一緒にいった
そして十ヶ月たった
このまま 彼女や仲間と過ごすことは ただ漠然と楽しいだけだった
はたと むなしさに気づいた
そこに心の拠り所を 見出すことが出来なくなっていた
考え方が幼すぎて ついて行けなくなった 自分がそこにいた
別れを切り出した
幼い恋を 思い切れない彼女は その別れの意味を理解できなかった
激しく 抵抗した
しかし 逢わないと決めて 距離をおいた
遊び仲間も だんだん離れていった

四月 新学期が始まった
元カノは 別の男の子と 仲良く手をつないで歩いていた
元カノの たくましさを感じながら
ようやく 罪悪感を 吹き払った

一年間 そこに 何かを求めている充実感は 全くなかった
同期の彼らの幼稚なふるまいと 夢のない怠惰な遊びに 飽きただけだった
心を満たす 拠り所ではなかったことを 学んだ
ごく普通の高校生活をした 成果だった

気づいたところから 清々しいリスタート
元カノや遊び仲間との 境界線
きっと夢を実現しようとする それだけの違いだと
その夢に 心の拠り所を 見つけただけだった
幼い恋と夢なき仲間との 別れの真実を知った
「さようなら」は 俺の幼さへの決別だった 

〔2019年8月26日書き下ろし。恋遊びと交友の中に見いだせなかった自分の居場所。息苦しさからの離脱は、自分の夢への一歩であった。青春のまどろみからの覚醒〕

拠り所(その3) あがき

あがき あらがい もだえる
ここから逃れられない 
この葛藤が さらに一致も察知もいかず
自らを窮地に 追い込む

躁鬱病(そううつびょう)で 借金を抱えた
アル中の治療で 入退院を繰り返す
借金のかたに 自宅を売っても足りず 自己破産した

放浪の身となった男を見かねて
知人のドクターが 経営する老人ホームに引き取った

六畳ほどの居室が 男の居住まいとなった
三食昼寝 リハビリ付きの 暮らしを余儀なくされた
施設の住人は ほとんどが 男よりも年長だった
会話も怪しい 老人たちとの暮らしの中で 
正常な思考を維持することの 困難性を自覚した

このあがきは 本物だった
収容所のように感じる施設から 逃れるすべはなかった
行く当てのない 漂流者と化した自分が そこにいた
閉塞感が こころを 浸食する
 
このあらがいは 本物だった
逆らうような言動をとっても 結果は何も変わらなかった
監視が 強化されたように 感じた
去勢感(きょせいかん)が こころを 支配する

このもだえは 本物だった
いたたまれない やるせなさを 追い払うすべはなかった
ひとり悶々(もんもん)と 自室で耐えるしかなかった
自死願望が こころに 静かに忍び込む

男の本来の居場所から ずいぶん遠くに来てしまった
今日一日 逃れられない場所で 堪え忍んだ自分に
男は 一時(いっとき) 正常心を取り戻す

〔2019年9月7日書き下ろし。不本意な居場所で生きるしか道なき老いた者たち、心の虚しき彷徨をただただ痛む〕

拠り所(その2) 夜の公園

住宅の密集するなかに
ポコッと 小さな公園がある
昼間は 若い母親が 乳児や幼児を連れてやってくる
放課後は 小学生が 遊び回る
夕方 下校途中の高校生が 語り合う
夜は 中学生が 戯れる

近くの中学校に通う生徒たち
この学校も 一時の荒れた状態から 回復しつつあるという
いまも 授業を拒否する子どもらは 校舎の内外に たむろする
昼間 行き場がない彼らには 学校が仲間と戯れる 唯一の居場所なのだ

夜 学校がひけると 家にいずらい子らが集まる場所は この公園しかない
大声を出して しゃべり 思いっきり戯れる
23時を回っても 帰宅の気配もない
近所からの 苦情はない
この公園から 彼らを追い出してしまったら
行く当てのない子が 
夜の闇に紛れて 潜ってしまう危険性が あるからだ
だから 多少迷惑でも 地域は我慢する
衆人の中にいることが 彼らを護ることであることを
地域は 知っているからだ

秋深まった 肌寒い深夜のことだった
パトカーのサイレンが 鳴り響いた
公園にいた中学生が 一斉に逃げた
逃げ切れなかった数人が 捕まったようだ
仲間の誰かが たき火を始め 面白がって火を大きくした
危険を感じ 通報したのだろう

彼らは 自ら集う場所を失った
行く当てのない彼ら
これからは どこにたむろするのか
安全な拠り所を失ってはじめて
愚陋(ぐろう:おろかでいやしいこと)を学ぶ

初冬 夜のしじまに 公園は包まれていた

〔2019年9月2日書き下ろし。社会に背を向けながら反抗する思春期の中学生たち。その子らを見守る地域の人たち。痛みを持つ子らに添い続けている大人たちがいるかどうかが問われる現代社会の脆弱性〕

拠り所(その1) 休み処

尼崎で 数年住み暮らした
単身赴任 体裁のいいことばだ
私は 出稼ぎしていた

徒歩6分 裏のスーパーに よく買い物に出かけた
木造2階屋の 古い文化住宅の前を抜ける
その玄関口の 駐車スペースの脇に
ベンチが 据え置かれていた
「どうぞお休み下さい」と 立て看があった 

スーパーからの帰り道 ベンチに老女が二人 腰掛けていた
店から 200メートルほどの距離は
買い物帰りに 一休みするには ちょうどいい
荷物はかたわらにおいて しゃべり惚けている

ただベンチを置いて 庭先を開放しただけで
小さな拠り所が 生まれた
やれコミュニティづくりだ やれまちづくりだと 
大見得切って 声高に 叫ぶより
庭先で充分 その働きをしている
年寄りが 寄り添い生きるマチって
庭先に 小さな拠り所があるマチなんだと 気づかされた

おしゃべりできるところ すべてがコミュニティ
尼崎のおばちゃんは 飴玉もって
普段着のベンチ・ネットワーカーだった
 
〔2019年9月6日書き下ろし。まちのふれあいサロンの数も大事だけれど、世間のつなぎ直しは、一脚のベンチから始まるのかも知れない〕

腰痛と整骨院

腰の痛みは 1ヶ月近く続いた
あまりの痛みに ようやく整形外科の専門医の診察を受けた
レントゲン MRI 骨密度検査 最後に血液検査
MRIと骨密度検査は 任意であるが この際チェックを希望する
腰と骨のチェックから 病名が判明
1ヶ月の痛み止めが処方され 3ヶ月のリハビリが必要と診断された
初診料2,820円 検査費用13,310円 画像診断19,860円
その他併せて37,080円で 負担額3割11,120円
プラス 痛み止めの薬代 4,690円 負担額1,410円
合計41,770円の内 約3万円が医療保険からの支出となった

1週間後 電気と温湿布を10分ずつ施術された後
理学療法士から リハビリ計画作成のデータとして 20分間問診と機能チェックを受け 
20分間 簡単にできる丸棒を使った 日常的なストレッチなどを習う
4,480円(負担額1,340円)のうち 
計画作成のチェック(20分間)経費3,700円を 
1時間に換算すると なんと11,100円!
ちなみに 三大都市圏(首都圏・東海・関西)のアルバイトの平均時給は 1,044円
近くのホームセンターで 木工用材料の60㌢の丸棒を 350円で購入する
その週3日間 針で刺すような神経痛的な痛みが 襲い寝込む

次週 痛みが和らいだところで 腹にサラシを一反(いったん)巻いて 病院に行く
さっそくリハビリを受け 電気と温湿布で 5,630円 負担額1,690円
なにこれって窓口で聞いたら リハビリの計画書1枚の作成費4.850円
笑うしかなかった

病院のリハビリ室の 乾いた空気感
かったるいリハビリと称する運動も 全く性には合わなかった
会話も事務的 電極の取り付けも マニュアル通りに患部にセット 
まるで 流れ作業のような冷めた雰囲気だった
こんな調子の 週1回のリハビリの効果を 悠長に待ってはいられない
たまった仕事への焦りも 生まれていた
8年前に通った整骨院に 病院の帰り立ち寄って 予約を入れた
帰宅後 横になるしかなかった

翌日 午後から整骨院に行った
院長と 病状と治療方法について話し合った
確かに難しい病気であることは 間違えなかった
できる限りやりましょうと 心強い言葉をもらった
話をしながら 患部への施術方法について 事細かく説明し
さらには 患部の周辺まで範囲を広げ 電極をあてる
その後 軽いモミに入る
心地よさを久しぶりに味わう 40分の治療を終えた
負担額1,160円 初診料込みである
次回(680円だった)からは もっと安くなるという
その場で 2週間分の予約を入れた
だから 帰宅後すぐに 病院のリハビリ予約をキャンセルした

問題は この後である
病院で2週間も経って ただ薬を飲むだけの生活では 何の改善もなかった 
いま施術後5時間ほど経過し 座ってパソコンに向かっている 
この原稿を打つ作業が 小1時間にもなる 
突然立ち上がっても 痛みがなくスクッと立ち上がることが出来るのだ
いままで 腰を屈めて立ち上がり 痛む腰に手を当てながら伸ばしてきた
その動作が 改善されたことだけでも なんと嬉しいことか

病院で 詳しい検査結果を聞くのは 初診から1ヶ月後に予約されていた
とても流行っている 評判のいい病院だというが 
ドクターとは 1度しか会ってはいない
それも10分程度だろうか 
権威のある専門医の診断を仰いだのだから その指示に従えばよい
そう思い込むのも 人それぞれだ

なぜか 治療は 血の通った人間同士が行うもの
治癒に向けて協働するには 信頼を構築するか否かが 鍵となる
たとえ 快復まで同じ時間がかかろうが
年金暮らしには 厳しい倍の経費がかかろうが 
信じることから始めたい
緻密な検査や診断は 病院の権威に依存するとしても
その後の治療は 整骨院を選ぶことに 躊躇はない

整骨院を 選択した理由
多くの患者の身体に触れてきた 臨床の経験値と 
痛みに対処した ベテランの確かな施術の質と量
使命感をもって挑む 仕事への熱意と適切なアドバイス
治癒に向けて 患者と協働するという強い意志
そして 患者の痛みに添う 人間くささがあること 
そこに 尽きる 

〔2019年9月10日書き下ろし。腰痛が改善しない。病気になっても病人ではいたくはない。専門医の診断と整骨院の治療の併用で乗り越えたいという切なる願い。そして少しでも医療保険の負担軽減をと、高齢者の小さなおもいやり?〕

付記
三大都市圏(首都圏・東海・関西)の平均時給は 1,044円
株式会社リクルートジョブズの調査研究機関「ジョブズリサーチセンター」が、2019年3月度の「アルバイト・パート募集時平均時給調査」をまとめた。
3月度平均時給は前年同月より26円増加の1,044円、増減率+2.5%となった。職種別では「事務系」(前年同月比増減額+40円、増減率+3.8%)、「販売・サービス系」(同+31円、+3.0%)、「製造・物流・清掃系」(同+27円、+2.6%)、「フード系」(同+21円、+2.1%)など全職種で前年同月比プラスとなった。前月比は「専門職系」(前月比増減額+4円、増減率+0.3%)、「販売・サービス系」(同+2円、+0.2%)など3職種でプラスとなった。
(株式会社リクルートジョブズHPより)

「仕事」(カイシャ)と「世間」(ムラ):日本社会のしくみと生き方に関するワンポイントメモ―小熊英二を読む―

「阪野さんはヨソから来た人だよね。何の仕事をしてるんですか?」「教員です」「いまどきの教員って大変なんだろ。小学校?、中学校?」「大学です」「どこの大学かね?」「〇〇大学です」「ああ、そうかね?」(専門・専攻を訊いてよ‥‥‥)。
「石原(仮名)さんは地元の方ですよね。お仕事は?」「△△会社をやっている」「社長さんですか?」「まあ」「社長さんってすごいですね」「世間との昔ながらの付き合いもあって大変だよ」「そうなんですか?」(「世間」と「空気」か‥‥‥)。

〇筆者(阪野)が地元での地域・福祉活動に関わった当初の、住民との会話のひとコマである。ヨソ者であり定時制市民でもあった筆者に対する地元住民の問いは、「仕事」(業種・帰属集団)であった。それに続く住民の話は必ず、「世間」(地域・関係性)に関することども(世間話)になった。その際には、その「場」の「空気」(判断基準)を読むことが求められた。それはいまも変わらない。
〇筆者の手もとに、小熊英二(慶應義塾大学教授、歴史社会学者)の新刊本が3冊ある(しかない)。(1)『日本社会のしくみ―雇用・教育・福祉の歴史社会学―』(講談社、2019年7月。以下[1])、(2)『地域をまわって考えたこと』(東京書籍、2019年6月。以下[2])、(3)『私たちの国で起きていること―朝日新聞時評集―』(朝日新聞出版、2019年4月。以下[3])がそれである。
〇[1]は、「日本型雇用」慣行(システム)がどのように形成されてきたかを軸に、日本社会で人々を規定している暗黙のルールすなわち「慣習の束」(「しくみ」)を解明(抽出)したものである。小熊にあっては、「日本社会のしくみ」を構成する原理の重要な要素は、①何を学んだかが重要でない学歴重視(学校名の重視)、②ひとつの組織での勤続年数の重視(他企業での職業経験の軽視)、である(6~7ページ)。[1]は、「日本社会の構成原理を学際的に探究した」点において、広義の「日本論」(日本型雇用慣行の形成史に基づく日本社会論)でもある(15ページ)。
〇[1]における言説の要点のひとつをメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

日本社会の「三つの生き方」―「大企業型」「地元型」「残余型」―
現代日本での生き方は、「大企業型」「地元型」「残余型」の三つの類型(モデル・理念型)に分けられる。
「大企業型」とは、大学を出て大企業や官庁に雇われ、「正社員・終身雇用」の人生をすごす人たちと、その家族である。
「大企業型」は、所得は比較的に多い。しかし「労働時間が長い」「転勤が多い」「保育所が足りない」「政治から疎外されている」といった不満を持ちやすい。
「地元型」とは、地元から離れない生き方である。地元の中学や高校に行ったあと、職業に就く。その職業は、農業、自営業、地方公務員、建設業、地場産業など、その地方にあるものになる。
「地元型」は、収入はそれほど多くなかったりするが、地域の人間関係が豊かで、家族に囲まれて生きていける。政治も身近である(政治や行政が地域住民としてまず念頭に置くのは、この類型の人々である)。問題なのは、過疎化や高齢化、地域に高賃金の職が少ないことなどである。(21~22、25ページ)
「残余型」とは、所得は低く、地域につながりもなく、高齢になっても持ち家がなく、年金は少ない。いわば、「大企業型」と「地元型」のマイナス面を集めたような類型である。その象徴は都市部の非正規労働者である。現代の日本社会の問題は、「大企業型」と「地元型」の格差だけではない。より大きな問題は、「残余型」が増えてきたことである。(32ページ)
三類型の比率は、「大企業型」が26%、「地元型」が36%、「残余型」が38%と推定される。「地元型」に多い自営業の減少により非正規雇用は増えているが、正規労働者の数はさほど減少していない。大企業の雇用慣行が「企業」と「地域」という類型をつくり、日本社会の構造を規定している。(40~41、45、86ページ)

〇[2]は、移住希望者向けの雑誌『TURNS』の連載記事をベースに加筆したものである。小熊にあっては、「地域」を知るための視点として、①市区町村は行政の単位であって地域の単位ではない。②市区町村は行政の範囲であって経済の範囲ではない。③地域の集合意識(有無や強弱)は地形と関連している。④集合意識の範囲の指標のひとつは神社(祭り)と小学校区である。⑤人は単なる個人ではなく社会関係の結節点である、などが重要となる(7~18ページ)。[2]は、戦後日本の地域の歴史性について考え、持続可能な地域を構築するための今後の方向性を探究する本である。
〇[2]における言説の要点のひとつをメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

地域振興の目標―「他から必要とされる地域」と「持続可能で人権が守られる地域」―
地域振興を図るに際して、「かつての賑わいを取り戻す」という発想には限界があり、非現実的である。地域振興の目標は、基本的には地域住民が決めるしかないが、「他から必要とされる地域」および「持続可能で人権が守られる地域」という目標の立て方がありうる。(170、171ページ)
「他から必要とされる地域」については、改めてその地域にある資源を点検・見直し、それが外部から求められるような流れを作っていくことによって新たな賑わいを生み出すしかない。ただ、他の地域で成功したモデルを模倣しても成功しないことが多い。環境の変化に即した、その地域ならではのモデルをそれぞれ構想するしかない。(171、172ページ)
「持続可能で人権が守られる地域」については、人口減少が進むなかで、人口構成のバランスを維持するために若い世代や移住者を呼び込む。行政の仕事や(福祉)施設運営などをNPOに委託したり、農業や自営業、伝統産業の振興を図るなど、移住者が「長いスパンで働けるところを、地道に作っていく」(76ページ)。その際、「かつての賑わいを取り戻す」という目標の立て方ではなく、地域・住民の「健康で文化的な生活」(人権)を守ることを地域の維持や振興の目標とすることが重要となる。そこに求められるのは、チャレンジ精神(「やってみなければわからない」)と愛着(「それが好きだ」)である(177、182ページ)。

〇[3]は、2011年4月から2019年3月にかけて朝日新聞に連載された「論壇時評」を編集したものである。小熊にあっては、「個別の事象の向こう側にある社会の変動をみつめ、その変動の表れとしてそれぞれの事象を位置づけるように努め」る。「その変動とは、人々の個人化が進み、関係の安定性が減少していく流れである」(4ページ)。[3]では、①「社会の変動という、世界に普遍的な傾向が、日本でどう表れているか」、②「戦後の日本で形成された『国のかたち』がどのように揺らいでいるか、次の時代の新しい合意がどのように作られうるか」、という二つの関心が通奏低音(つうそうていおん。底流に流れる考え・主張)となっている(6ページ)。
〇[3]における言説の要点のひとつをメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

分断社会・ニッポン―「第一の国民」と「第二の国民」―
現代日本は「二つの国民」に分断されている。「第一の国民」は、企業・官庁・労組・町内会・婦人会・業界団体などの「正社員」「正会員」とその家族である。「第二の国民」は、それらの組織に所属していない「非正規」の人々である。(218ページ)
「非正規」の人々は所得が低いのみならず、「所属する組織」を名乗ることができない。そうした人間にこの社会は冷たい。「第二の国民」が抱える困難に対して、報道も政策も十分ではない。その理由は、政界もマスメディアも「第一の国民」に独占され、その内部で自己回転しているからである。(219、220ページ)
日本社会の「正社員」である「第一の国民」は、労組・町内会・業界団体などの回路で政治とつながっていた。彼らは所属する組織を通して政党に声を届け、彼らを保護する政策を実現できた。もちろん「第一の国民」の内部にも対立はあった。都市と地方、保守と革新の対立などである。55年体制時代の政党や組織は、そうした対立を代弁してきた。今も既存の政党は、組織の意向を反映して、そうした伝統的対立を演じている。報道もまた、そうした組織の動向を重視する。新聞記事の大半は政党・官庁・自治体・企業・経済団体・労組といった「組織」の動向である。一方で「どこにも所属していない人々」の姿は、犯罪や風俗の記事、コラム、官庁の統計数字などにしか現れない。(220~221ページ)
放置された「第二の国民」の声は、どのように政治につながるのか。誰が彼らを代弁するのか。この問題は、日本社会の未来を左右し、政党やメディアの存亡を左右する。(222ページ)

〇ここで、[1]との関連で、あまりにも周知のことではあるが、中根千枝(東京大学名誉教授、社会人類学者)が半世紀以上も前に上梓した『タテ社会の人間関係―単一社会の理論―』(講談社、1967年2月。以下[4])で説く「日本論」(「社会の単一性」を前提とした日本社会論)について思い起しておくことにする。[4]は、一定の社会に内在する基本原理を抽象化した「社会構造」に着目し、日本の社会構造を最も適切にはかりうるモノサシ(分析枠組み)を提出したものである(20、21ページ)。
〇[4]における言説の重要用語は、「資格と場」「ウチとヨソ」「タテとヨコ」である。その要点をメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

日本の社会構造の特徴―「資格と場」「ウチとヨソ」「タテとヨコ」―
一定の個人からなる社会集団を構成する要因として、二つの異なる原理を設定することができる。「資格」(の共通性によるもの)と「場」(の共有によるもの)がそれである。「資格」とは、性別や年齢、学歴・地位・職業などのように、社会的個人の一定の“質”(個人的属性)をあらわすものである。「場」は、資格(個人的属性)の違いを問わず、一定の地域や所属機関(大学、会社等)などのように、一定の“枠”によって集団が構成される場合をさす。例えば、会社の経営者や技術者、大学の教授や学生というのはそれぞれ資格をあらわすが、〇〇会社の社員、△△大学の者というのは場による設定(位置づけ)である。日本社会では、「場」が社会的な集団構成や集団認識において大きな役割をもっている。(28、29、32ページ)
一体感によって養成される枠の強固さ、集団の孤立性は、同時に、枠の外にある同一資格者の間に溝をつくり、一方、枠の中にある資格の異なる者の間の距離をちぢめ、資格による同類集団の機能を麻痺させる役割をなす。すなわち、こうした社会組織にあっては、社会に安定性があればあるほど同類意識は希薄となり、一方、「ウチの者」「ヨソの者」の差別意識が正面に打ち出されてくる。日本人は仲間といっしょにグループでいるとき、他の人々に対して実に冷たい態度をとる。相手が自分たちより劣勢であると思われる場合には、特にそれが優越感に似たものとなり、「ヨソ者」に対する非礼が大っびらになるのが常である。(48、49ページ)
場の共通性によって構成された集団は、枠によって閉ざされた世界を形成し、成員のエモーショナル(感情的)な全面的参加により、一体感が醸成されて、集団として強い機能をもつようになる。これが小集団であれば、特に個々の成員を結ぶ特定の組織といったものは必要ではないが、集団が大きい場合、あるいは大きくなった場合、個々の構成員をしっかりと結びつける一定の組織が必要であり、また、力学的にも必然的に組織ができるものである。この組織は、日本のあらゆる社会集団に共通してみられ、筆者(中根)はこれを「タテ」の組織と呼ぶ。理論的に人間関係をその結びつき方の形式によって分けると、「タテ」と「ヨコ」の関係となる。親子関係や上役・部下の関係は「タテ」の関係であり、兄弟姉妹や同僚関係は「ヨコ」の関係である。日本社会に特徴的な場によって構成される集団は、資格(個人的属性)の異なる構成員を結びつける方法として、理論的にも当然「タテ」の関係となる。(70、71ページ)

〇ガタガタと揺れ動く「ポンコツ車」の現代資本主義経済に関して、改めて資本主義の「本質」を問い直し、資本主義の「倫理」を見直し、分断社会をこえる社会のあり方について考えを深めていくことが求められている(岩井克人・生源寺眞一・溝端佐登史・内田由紀子・小嶋大造著『資本主義と倫理―分断社会をこえて―』東洋経済新報社、2019年3月)。また、現代資本主義社会における都市と地方、正規雇用と非正規雇用、富裕層と貧困層、高齢者と若者、男性と女性のように、社会の「分断と格差」「対立と差別」が深刻の度を増している。
〇「分断社会・ニッポン」はどこに向かっていくのか。どのような、あるいはどうすれば分断社会への処方箋を見出せるのか。そのことを展望するために、日本社会の基底をなす構造とは何か、について考えようとしたのが本稿である。課題に対する政策的・実践的処方箋は、2011年の東日本大震災後に叫ばれた「がんばれ! ニッポン!」の一言ではすまない。しかも、その言葉は、諸刃の剣(もろはのつるぎ)になりかねない。日本には「協調性」「集団主義」というマクロ文化が存在し、「長い物には巻かれよ(ろ)」「寄らば大樹の陰」(強い権力や勢力には従う)という日本的処世術が定着している、と言われる点においてである。留意したい。

めんこいしょ

ぐずって 泣きそう 
泣き顔がはじけ 泣き声が発せられるこの一瞬
顔を崩して こぼれる涙顔
めんこいしょ

つぶらな瞳と にらめっこ
ジッと顔を見てて 泣くかなと思ったこの一瞬 
ニコッと まさかのほほえみ返し
めんこいしょ

おいでをすると ためらいがちに
ゆっくり両手を伸ばして からだを預けたこの一瞬
やわらかな 匂い立つ顔
めんこいしょ

スプーンを自分で持つと 強情(ごうじょう)はって
口のまわりに たくさん散らかすこの一瞬
してやったりと にたり顔 
めんこいしょ

ことばにならない 声を出し
指さす方に 目を向かせ
おぼしきおもちゃを 差し出すこの一瞬
いやいやと かぶりをふる不満顔
めんこいしょ

素っ裸 湯船で
お湯と戯れて おいたをするこの一瞬 
満面の笑みをうかべる 赤ら顔
めんこいしょ

めんこくて めんこくて
ただただ めんこくて
包み込まれる いのちのぬくもり
めんこくて めんこくて
ただただ ありがとう
包み込む 二人の深い慈しみ 

いのちの限り 共に歩まん
 
〔2019年9月21 日差替え版。8月29日若い友人に初めての子が生まれた。おめでとう。赤子は誰の子であっても、周りの愛情一杯のゆり籠で育ってほしい。世界を不穏な情勢にして、戦争を正当化する残忍な大人たちは、一体どんなに不幸な育て方をされたのだろうか〕

看取る

86の男が この夏 老衰で逝った
死の宣告を受けて1年半 長らえた
医師は なにかの時は電話を寄こすよう 指示した
家族も 承知して 看取られた

ここは 知的障がい者の更正施設
老男は ここで 長年暮らしていた
老人施設に移すことも 考えた
環境の大きな変化は 老男の余命を縮める
医師と家族と相談し 施設で看取ると 覚悟を決めた

障がい者施設は 介護施設ではない
それでもなお かけがいのない存在として その人の尊厳性を護りたい
その人がその人らしく 暮らし 生きて 死ぬ
当たり前の人生を ここで全うすることを 優先した

地方の施設は 慢性的な人材不足に あえいでいる
ここも 職員不足は 深刻だった
さらに 50人の居住者の高齢化は 容赦ない
それでも 看取ることを決めた
予備軍は すでに二人いる
これからも 増えていくだろう
だからいま 看取りの体制とノウハウを 学ばなければならない

障がい者の 社会的自立が重視され
施設からの地域へと 国は奨励した
地域にグループホームをつくり 収容しただけのことだった
障がい者の雇用先は 地方であればあるほど 皆無なのだ
どんな自立が あるというのか
地域環境や就労保障を 未整備なままに捨て置いて 
霞ヶ関の美しい理念が 一人歩きする

仕事もなく ホームで暇を持てあます 怠惰な日々
施設にいれば 一員としてできることもあった
老いると グループホームから 追い出されるのか
特養ホームに入ることは できるのだろうか
課題は 未解決のまま 積み上げられていくだけ
障がい者の家族も ともに老いていく
最期を 誰が看取るのか 
置いていく者 置かれていく者の 心配の種は尽きない

だから 看取りを決心した
最期まで 面倒をみることで 家族も安心した
厳しい職員体制のなか 職員の合意と協力を得なければならない
勤務内容は もっとしんどくなるはずだ
高齢者施設ではない
だから 介護するための設備はない
バリアのある暮らしに慣れているとはいえ 安全への対策には 限界がある
批判を承知で 取り組んだ
職員を 福祉人として さらには人間として成長させる
教育機会とも とらえ直した
一人体制の宿直 不安を抱えての巡視
日中は 職員の接遇が 優しさを育む

知的障がい者施設が 高齢者を抱え出しても 国は何も手当しない
介護保険のサービスを 施設が提供することはできない
デイサービスは 外部に依頼するしかない
高齢者を抱えていく 知的障がい者施設の
これからのビジョンを いま打ち立てなければ
路頭に迷う当事者と 家族が生まれる
経営の視点から 介護保険事業所を立ち上げ 
高齢者介護に対応することも 想定しなければならない
だから 職員の就労意欲を喚起し 
現場発信を尊重した 取り組みが求められる
出来ること 出来ないことを ふり分けしながら
まずは出来ることから していかなければ 前には進めない
覚悟を決めた男は そうつぶやいた

看取りは 課題提起の一里塚
看取った施設の 誇りとなった
老衰した男の葬儀は 施設でしめやかに執り行われた 

〔2019年9月5日書き下ろし。久しぶりに友に電話した。その時に出た話題、許しをもらって書いた。地方の障がい者施設の深刻な問題が包含されていた。国の施策の矛盾が提起されたのだ。施設を収容場所にしないため奮闘努力する姿を、彼の覚悟に見ていた〕