阪野 貢 のすべての投稿

心のやじろべえ

子ども同士のいさかいで 悩んでいたあるクラス
友だちにはなりたくない子って どんな子って 聞いた
 
約束を守らない
うそをつく
自分のことしか考えない
いじわるする
悪口を言う
人のせいにする
暴力をふるう 
仲間はずれにする
無視する

そんな子は だれでもいやだろう。
でも 悲しいかな
やっちゃいけないって 知りながら 
平気で 相手を傷つけてしまうことって よくあるんだ
君にも 覚えがあるだろう。

それは 心の中の「やじろべえ」が 
時々 わがままで自分勝手な心の方に 傾いてしまって
相手のことなんか 気にもかけなくなる
自分さえよければいいと 思っているうちに
ひとりぼっちに なってしまう
すると 少し心配になってくる

もし 自分が同じことをされたら どんな気分だろう
相手の心の痛みに 気づいたときに
「やじろべえ」が 思いやりの方に傾いて 
心のバランスを とろうとするんだ
その瞬間 友だちと仲良くしたい方に 傾くんだ

「心のやじろべえ」
そのバランスがいいと とっても気持ちがいい
その時の気持ちを 君は しっかりと覚えておこう
そして 笑顔で友だちと 新学期を迎えようね!

〔2019年8月18日改訂。2012年3月18日。道新コラム「朝の食卓」掲載文を加除訂正。2学期登校に悩んでいる君へ。はからずも、日本の外交問題への警鐘ともなった〕

自分にありがとう

「いい子」でいなければならない わたし
毎日が プレッシャーの連続。
ストレスは たまるばかりで ちっともへらない

こころが いまにも 折れそうになる
こころが いまにも 壊れてしまいそうになる
落ち着いて 勉強したい
楽しくおしゃべりしながら 給食を食べたい
友だちや先生の 笑顔いっぱいの 一日であってほしい

怒鳴り声が 教室の空気を 凍らせる
いつものこと 
だから がまんするの?

いつも いやな「気」を使わされている
いまは なんとか 踏み止まっているけど
たくさんの気遣いをしてきて 気疲れしてきた

でも 爆発したら かれらと同じだって 
そう思うと 「いい子」にしてなきゃって 自分に言い聞かせる

先生から彼らを 「許してあげて」と 目で促される
その理不尽さを いつも引き受けてきた
だけど 
慣れっこになったのは わたしではなく かれら
「ごめん」が“うそ”だと知っていても 許してきたこと
ときどき 
なんのために そうしてきたのか 分からなくなってしまった

しんどかった いやだった 逃げ出したかった 耐え切れず泣いてしまった
でも 先生や友だちの 苦労を知っているから
わたしは 大丈夫!

そんな自分に 「ありがとう」といえる ひとになりたい
そこまで わたしを強くしてくれたひとたちに 「ありがとう」って
そうなる自分を信じて、いまの自分を ほめてあげよう
大丈夫 きっとそうなる
かれらも 変わる

〔2019年8月22日改訂版。問題行動を起こす子に我慢を強いられる子の心優しき信念〕

大丈夫だよ~こころを痛めた子どもたちへのメッセージ~

もうふりかえらない
ふりかえって そこに何があるというの
過ぎた時間の断片のかけらに
一体きみは 何を見つけ出そうというの

苦痛と悔しさ、そして悲しみのいっぱいつまった こころのアルバムに
顔を埋めているのは 自ら悲劇のヒロインを 演じているだけ
そこから 心躍る何かが 生まれるというの

いつまでも 過去を抱え込んでいるだけでは
この先に続く 長い未来を 捨てることになるんじゃないの
きみは 過去に固執(こだわる)ことで 
未来に 不安を引きずって生きるっていうの
でも 考えてみてよ 
たかだか 15年の人生
その ごくごく短い時間にこだわり続けることに 
どんな価値があるっていうの

今日 きっぱりと「さよなら」して
きみの明日に向かって しっかり顔を上げてみないかい
きみの そのこころと身体を支える足を 一歩前に踏み出してみようよ

大丈夫!
きみはひとりではない ひとりぼっちではない
ここには きみと同じように 辛い過去を背負った仲間もいる
その子らを 支え励まし続け 寄り添ってきた先生(おとな)もいる

大丈夫!
きみを慈しむ 家族がいる
きみが幸せになることを あったかく見守り願う家族がいる 

大丈夫!
きみの未来は きみの手の中にある
あきらめない めげない へこたれない
心の痛みのわかるきみだからこそ 本物のやさしさを 強さに変えられる
それが 未来を切り拓く 戦う力となる

大丈夫!
ひとりで悩むことはない
この学校は きみのとっておきの居場所 
きみが望めば きみ自身を自ら変えられる そう信じよう
今日からの新たな世界と時間は いまきみのものになる
だから“笑顔”で 仲間と一緒に前に進んでみないかい

きみなら きっとできる 
大丈夫 自分を信じて…
大丈夫 きみなら きっとできる

〔2019年8年20日改訂版。こころに傷を負い悩む子と支える教師へのメッセージ〕

原田正樹「2000年以降の福祉教育実践の展開―全社協の取り組みから紐解く―」

備考
(1)原田正樹「2000年以降の福祉教育実践の展開―全社協の取り組みから紐解く―」『ふくしと教育』通巻27号、大学図書出版、2019年8月、42~47ページ。
(2)「目次」『ふくしと教育』通巻27号、1ページ。

謝辞
本稿をアップするにあたっては、日本福祉大学副学長の原田正樹先生と大学図書出版社長の鈴木宣昭さん、編集部の奥西眞澄さん、藤原雄進さんには格別のご厚情とご高配を賜りました。ここに記して深く感謝の意を表します。

小さな幸せを希望に紡ぐわたしのまち登別

豊かさは 本物だったのか?
長生きすることは 幸せだったのか?
人の世話になりたくないといっていたのは 本音だったのか?

そんなわたしが わずらわしいと 思っていた
たくさんの手を借りて 
いま このまちで生きている
この家で このまちで 
いのちの種火が 静かに燃え尽きる日まで
生きていくことが 
わたしの たった一つの希望となった

他には もうなにもいらない ほしくない
それは 欲だったと 知ったから
本当の幸せは 
自分が 生きていることの喜びを
人と分かち合うときに わきあがってくるものだと 知ったから
豊かさとは もので囲まれた暮らしではなく
信じることのできる人が 私のそばにいることだと 知ったから

ひとりではない ひとりぼっちではない
「大丈夫だよ」
まごころを 感じた瞬間(とき)から 
わたしは ここで 生きる希望を 見つけた
「ありがとう」
そう こころから伝えられる人が わたしのまちにいる

わたしの小さな幸せを わたしたちの希望に紡ぐまち
「きずな」を 実感できるまち
それが 福祉でまちづくりをめざし 
市民が 躍動するまち
時代を拓く 新しい福祉の実践計画「きずな」を 
市民が創り 市民とともに 社協が進める 
わたしたちのまち 登別

だから わたしも 行動(うご)く 
地域で生きる 地域に生きる 地域が生きる 
そんなまち 登別にするために 

〔2016年2月。地域福祉実践計画「きずな」寄稿・ふるさと登別のきずな大使拝命中〕

特権

教えてほしい
なぜ 肌の色が違うというだけで
ある者たちは 人間とすら見ないのか

教えてほしい
なぜ 信じる宗教が違うというだけで
ある者たちは 殺し合うことを容認するのか

教えてほしい
なぜ 人種や貧富の違いということだけで
その者たちは 撃ち殺されなければ ならないのか

教えてほしい 
なぜ 憎しみの感情を 増幅させるのか
なぜ 破壊する歓喜を 共有し合うのか
なぜ 殺戮(さつりく)の欲望を 銃に託すのか

子どもらは 
悪意の満ちたこの世界に 生き延びねばならない
特権のある者たちは 嘯(うそぶ)く
選ばれた民だけが 生き延びる時代なのだ と

聞かれよ ダーウィン(進化論)のことばを
最も強き者 最も賢き者が 生き残るわけではない
唯一生き残る者 それは変化できる者である

特権があると 自称する者たちよ
歴史の審判が 下される日まで
せいぜい その境遇を楽しむがいい
墓には持って行けぬ 金と権力を 
後生大事に抱いて 微笑(ほほえ)がいい

平和を希求する 虐(しいた)げられた者たちの 
したたかな変化は
静かに 歪んだ世界を 席巻(せっけん)する 

〔2019年8月17日書き下ろし。アメリカの銃乱射事件の犠牲者を悼む。その死を無駄にしてはならない。戦争への道をつけたい覇権者への諫めでもある〕

冬春夏秋~漁村編

初老の男は 今日も焼酎を飲んでいた
素面(しらふ)になったのは いつだったのか もう忘れた
まともに 飯も 食べてはいなかった

師走の寒風が吹くなか
民生委員は 男の家を 初めて訪ねた
このままでは のたれ死にすると 近所の人からの相談だった
玄関口で 誰の世話にもならないと 追い返された
それでも めげずに足繁(あししげ)く 通った

港の氷も融けて 海開きの季節がやってきた
男は 漁師仲間に声かけられて 網の手入れに精を出した
訪ねて行くと 家にあげてくれた
一枚の写真を 見せてくれた
家族四人で 新造船をバックにした写真だった
男は 若くして その春 船主になった
栄華は 一瞬だった
不漁で 思うように稼げず 
翌々年の春 ついに借金のかたに取られた
男は酒におぼれ 妻と子は夜逃げ同然で 村を離れた
雪の舞う頃 離婚届が送られてきた
立ち直ることも出来ず
漁師仲間の温情で いのち長らえた
春は 男には 苦い思い出の季節であった

短い夏 海水温が高いと 漁も芳(かんば)しくはない
それでも 出面(でめん~日雇いの労賃)を 稼ぐことはできた
男の元を訪ねると 焼酎の瓶が 思いの外少なかった
体調が悪いと言って 飲む量が減っていた
俺ももう年だと言いながら 寂しげに笑った

鮭の季節になり 漁村はわいていた
男の元を 訪ねた
煎餅布団(せんべいぶとん)にくるまって 伏せていた
顔色が 尋常(じんじょう)じゃない
すぐに 救急車を呼んだ
男は 膵臓(すいぞう)ガンの末期だった

初冬 病院で 静かに息を引き取った
家族に会うことも 叶わなかった
男の自宅で 遺品の整理に立ち会った
押し入れに 木箱に入った大漁旗があった
新造船に飾った 大漁旗
男の夢の 旗印(はたじるし)
家族写真と大漁旗を 墓に入れた 
男の 仕合わせな思い出は それしかなかった

もっと気遣ってあげられたらと 悔いが残った
せめて その人なりに いのち尽きるまで
小さな仕合わせを 感じてほしいと
北風の吹く 漁師の村を 今日も訪ね歩く

〔2019年8月11日書き下ろし。失意の中で人生を終えようとする人にも救われる瞬間があってもいいのではないか。その人に添う存在の重さを感じた〕

秋冬春夏~市街地編

木々が色づき 秋が深まる
このあたりも ずいぶん空き家が多くなった
町内会活動で 空き家の見守りが 日課となった
車が 駐車してある
誰かが 訪ねて来たみたいだ
声をかける
「いつもありがとうございます」
そこの息子が 父親のものを取りに来たという

冬 雪降る寒い日だった
空き家の玄関に 喪中の紙が貼られた
父親は 自分の家に ようやく戻ってきた
町内会で 葬式を手伝った
「ありがとうございました」
息子は 深々と頭を下げた 

空き家の庭に こぶしの白い大きな花が 咲いた
春のお彼岸 父のお骨を納めに来た
町内のお世話になった方々に 菓子折を持って挨拶回り
律儀な父親譲りの 息子だった

暑い陽ざしが照りつける 夏の昼下がり
ブルが 空き家の解体作業を始めた
数日で 綺麗な更地になった
看板に「売地」と書いてあった
この土地には なかなか買い手はつかないだろう
それでも 更地にしてもらうだけ ありがたい
放置されたら 朽(く)ちるだけでなく 
ここが 廃(すた)れいく 風景に化す

せめて 残すもの
葬式代と家屋の解体費用 300万円 

〔2019年8月9日書き下ろし。離郷と地域の空洞化を考える〕

夏秋冬春~酪農村編

草むす匂いが 夏空に充満する
トラクターは 広い草地を駆動し 
ロール状に 牧草を梱包(こんぽう)していく
北の牧場の 風物詩

男の家の納屋は がらんどうだった
牛舎は すでに解体され 
残されたサイロだけが 牛飼いの家であった当時を忍ばせる
酪農経営の大型化と 後継者問題が 男の判断を急がせた
借金だらけの経営を 子どもに譲るわけにはいかなかった
大型化するには 土地と機械を買わねばならない
借金は 雪だるま式に 増えるだけだった
夏風が 草原を吹き渡る

日が短くなり 遠くで牛の鳴く声が聞こえた 
乳搾(ちちしぼ)りが 始まる合図だった
そんな秋の夕方 帰宅の途中に 立ち寄った
男は 一人で暮らしていた
久しぶりの来客に 話し足りないようすだった
80歳を超えているにもかかわらず 仕事で鍛えてきたせいか
まだまだ 矍鑠(かくしゃく)としている

突然 電話がかかってきた
車が はまってしまったという
除雪のバケットをつけたトラクターを 走らせ駆けつけた
町で用足しをして 戻ってきたら
国道から家までの道が 午後に降った雪でふさがれていた
そこに 強引に突っ込んだ 
道路脇の側溝に はまったというのだ
国道は 除雪されるが そこから自宅までの私道は
自前で除雪を しなければならない
生活の足の 車の出し入れが出来なければ 死活問題
そろそろ 男の暮らしも この冬限りだろうか

水芭蕉(みずばしょう)が 男の家の沼地に咲きほころんだ
毎年 家族で観に出かけた
男も 嬉しそうに出迎えた
今日は 町からも男の知り合いが 友だちを連れて来ていた
少し賑やかになった 
もう少し ここで頑張ろうと そんな男の笑顔だった

一番草の 草刈りが始まった
その草むした香りが 空いっぱいに満ちたとき
男の息子夫婦が 都会から戻ってきた
退職したのを機に 田舎でのんびりと 暮らしたい
親父のこともあるからねと 
私をねぎらいながら そう話した

私も 少し手抜きをさせてもらいましょう

※矍鑠(かくしゃく):年老いても丈夫で元気なさま。

〔2019年8月8日書き下ろし。都会で痛めた心を大自然の中で癒やすU・Iターンも歓迎〕

春夏秋冬~商店街編

寂(さび)れていく商店街の シャッターに
アートだかなんだか 若い者がやってきて 書き殴って行った
まちおこしにも ならんかった ただのいたずら書き

それから 何度目の春を数えたろうか
下駄屋のおっちゃんは 
シャッターのおりた家の奥で いまはひとりで暮らす
軒下まで積もった雪も ようやく融けて
窓に陽ざしが 差し込むようになったある日
様子を見に 伺(うかが)った
茶の間一部屋で 全てをまかなっていた
冬の間こもっていたので 体調がいまいちだという
病院に付き添う約束をして お暇(いとま)した

玄関の前の小さな庭に 向日葵(ひまわり)が咲いていた
縁台に座って 紫煙(しえん)をくゆらす
弁当の来るのを 待っているという
つかの間のおしゃべり 体調はいいという
配食ボランティアが やってきた
ご苦労さんと受け取って ひとり家に入った

氏神さまの 秋祭り
商店街の通りには まばらに花飾りが揺れる
店主はみんな年をとったが 店はなんとかあけている
下駄屋のおっちゃんは 長く祭典の役員をやっていた
宵宮(よいみや) 神社の階段で転び 足を骨折した
見舞いに 行った
長い入院はままならず 数日で退院
ギブスをしたまま 家に戻された
商店街の仲間の 助けを借りて
秋も深まったころ ようやくギブスが外れた

新しい年は 無事越せたかに 思った矢先
風邪をこじらせ 寝ていた
昼間だというのに 雪が窓を塞(ふさ)いでるせいで 薄暗い
一日中ストーブは 焚(た)きっぱなし
換気も悪く 体調が悪くなるのも もっともだ
咳もつき 熱も高い
すぐに 救急車を呼んだ
しかし 玄関口までの狭い路地に 車は入ってこられない
担架で 運ぶ
救急隊員も 厳冬期の搬送は 重労働だ
急性肺炎と診断され 今度は少し長い入院となった

主(あるじ)のいない家は 降る雪の重みに 耐えていた
主は 老いる体と仲良くしながら いまを耐えていた
民生委員の私は 一日も早い回復を祈り 春を待つ

〔2019年8月11日書き下ろし。北国の冬を越すには、老いたひとり身には厳しい。民生委員や社協マン、ボランティア、救急隊員にも厳しい仕事を強いる。現場人よ、頑張れ!〕