某大学の学生からメールが届きました。学校における福祉教育をテーマに、教師や生徒を対象にした意識調査と当該学校における福祉教育実践の実態調査(事例研究)を行いたい。そこで、調査結果を整理・分析する際の枠組みと、論文の内容構成について知りたい、というのがそれです。
福祉教育に限定するものではありませんが、とりあえず、筆者(阪野)がかつて学生に提示していたものの一部 (「調査データの構造化のためのマトリックス」「研究論文の基本的構成」) を以下に記します。
阪野 貢 のすべての投稿
雑誌 『グラスルーツ』 で読む福祉教育論―資料紹介―
社団法人・日本青年奉仕協会(1967年11月創設~2009年7月解散)が発行した雑誌のひとつに『グラスルーツ』があった。1982年11月に創刊され、1989年3月の第38号をもって「休刊」となっている。創刊号の特集テーマは、「ルポルタージュ/アリスの国の不思議な世界」、最終号のそれは「ボランティアに未来はあるか」である。
『グラスルーツ』は阪野文庫中の「日本青年奉仕協会に関する資料」(全4巻)に収録(一部欠号あり。)されているが、そのいくつかの資料を整理する際に、創刊号から通読してみた。懐かしさとともに、その編集者や執筆者の熱い想いを読み取ることができ、頭が下がる思いがした。最終号の「今号で休刊するにあたって」という挨拶文には、次のような一節がある。「草の根」を意味する誌名や、毎号のメッセージ性の高い編集と多面的・多角的そして多層的な言説から多くを学んだ筆者(阪野)には、何か、また何故か心にしみる。「何事にも初めがあれば、必ず終わりがあります。私たちがものを見るという、そのものは初めと終わりのあいだにあります。私たち編集部もようやくものが見れる時点に立ちました。これまでの歩んだ道のりを振り返りながら、自己革新と自己反省のいたらなさを感じつつ、最終号を編集しています」(『グラスルーツ』第38号、日本青年奉仕協会、1989年3月、2~3ページ)。
『グラスルーツ』では毎号、「特集」が組まれていた。第11号(1984年7月)は「福祉教育特集/福祉教育は『善行』」か」、第12号(1984年9月)は「続・福祉教育特集/私の福祉教育論」、そして第22号(1986年9月)は「ボランティア活動は『歴』になりうるか?」というタイトルの特集である。以下に紹介する玉稿や秀逸な意見は、福祉教育やボランティア学習(「ボランタリズムの教育」:岡本)の「仕掛け人」や実践者・研究者としてすでにその名を馳せていた木谷宜弘、興梠寛、臼井孝、大橋謙策、それに岡本栄一の各先生のものである。僭越かつ恐縮ながら、「すでにその名を」と記したのは、5人のうちで最年長の木谷先生は当時55歳、最年少の興梠先生は36歳、大橋先生は41歳である。以下のいずれの言説も、切れ味鋭く、明解なメッセージが伝わってくる、と思うのは筆者だけであろうか。小気味よい気持ちすらする。
こんにち、福祉と教育はその動向が混沌とし、さらに混迷を深めていくかのようである。福祉教育も然りである。福祉教育の実践や研究にかつての小気味よさを感じることが少なくなっているのは、筆者だけであろうか。そこで、「日本福祉教育・ボランティア学習学会」が2014年10月に創設20周年を迎えるのを機に、いま一度原点に立ち返る必要があるのではないか。そんな想いから、以下に「資料紹介」するが、余計なコメントを一切付さないのは、ブログ読者各位もそれぞれの立場や考えに基づいて原点に立ち返ってみては、という意味である。現状はそれほど深刻である、と思っている。大橋先生と岡本先生の次の指摘は、こんにち、特に重く受け止め、深く心に刻まなければならないのではないか。「(福祉教育に関する:阪野)心情や哲学が超歴史的に語られ、それにもとづいて推進されることは非常に問題である。とりわけ、福祉教育を推進する立場にいる人々の歴史認識、社会認識が問われなければならない」(大橋、『グラスルーツ』第12号、13ページ)。「ボランティアやその活動の根本精神は、国家や体制、イデオロギーを超えたエネルギーだと思います。(ボランティア活動は:阪野)「歴」にこだわることもないし、「歴」なんかありえない。そんなセコいものじゃないんですよ。本当のボランティアというのは現体制を否定して、そこからにらまれるのですわ」(岡本、『グラスルーツ』第22号、4ページ)。
今、なぜ福祉教育なのか/なぜ、福祉教育なのか
木谷宜弘・全国ボランティア活動振興センター所長
制度中心の学校教育の行詰り状態を打開する一策として福祉教育の有効性が認められつつある。(中略)
制度中心の学校教育の行詰りを予言したのは、下村湖人で今から四十五年前のことである。下村湖人は学校教育制度が充実すればするほど、児童、生徒の生命力を委縮させる結果を招くと警告している。今日の学校教育は残念ながら下村湖人の予言が的中したといえるほど荒廃している。
湖人は云う。今日の文化社会では、教育の制度化は必然のものであるからこれをさけることはできないが、その障碍を最少限にするため、人物中心の教育を行い、しかもその中に自然教育を導入すべきであると主張している。
湖人のいう自然教育とは、日々の生活の中で自然に行なわれる教育を指し、日常接するさまざまの人や自然環境とのふれあいを通じて自ら生きんとする意志を育てていくことだと述べている。
福祉教育の手法は湖人の云う自然教育に相当するもので、学校において福祉問題を学習素材として実践するということは、机上の知識吸収では得られない生身の人たちとの出合いとの共感の中で、人間が生きていくということはどういうことか、人間が人間らしく共に生きていく社会とはどんなものか、自己教育することであり、まさに下村湖人の主張と一致するものであるといえる。(『グラスルーツ』第11号、日本青年奉仕協会、1984年7月、4~5ページ)
「福祉教育」と「ボランティア学習」のちがい
興梠寛・日本青年奉仕協会事務局次長
『福祉教育』は“弱者救済”といった根強く残る古い福祉観にたいして、正面からこれを正し、人権と共存の営みの主体としての人間性を育む教育として意味づけられているだけでなく、さらにその教育実践をとおして、偏差値教育や管理化のなかにある学校教育に新しい風を吹き込もうとしている。
私たちはこれまで、さまざまな社会課題に対応すべき教育のあり方を論じてきた。人権教育、平和教育、環境教育、国際理解教育、そして福祉教育などがそれである。『ボランティア学習』は、そうした社会課題や教育テーマをより効果的にすすめていくための学習の方法であるといえる。さらには、ボランティア活動のもつ特性、すなわち自発性や自由意志、そして自治性や公共性といった、民主主義社会をささえる基本的な思想を育むことにつながっていく。(中略)
ボランティアとして社会体験をとおして学ぶ対象は、社会福祉、教育、自然環境、文化、生活改善、国際理解と協力、保健医療、人権、平和、都市計画や村づくり、メディアなどの生存をおびやかす諸問題である。そしてそのひとつひとつは、おのずと『ボランティア学習』の学習テーマをかたちづくっているといえる。『福祉教育』は、社会福祉を狭義にとらえた場合、社会課題のひとつの分野をテーマにしたものであるという解釈もできる。しかし、福祉を共存の論理として広く解釈すべきであり、福祉思想は、すべての社会課題の根本的なものであるべきだと思う。
『福祉教育』も『ボランティア学習』も、それらをおたがいに対立する概念として考えることはナンセンスである。ひとことで表現すれば、教育の目標と学習の方法といった違いであり、それらをとおして求めようとする世界は同じである。対立概念として論じあうことは、これに類する学者の学派争いに似ている。派閥争いは、政治家と学者で充分である。そんなものは、グラスルーツな活動家にとってどうでもいい問題ではないか。要は、教育にどんな未来を描くかである。そしてまた、それをどのような組織と方法ですすめていくのかである。ひとつだけいえることは、『福祉教育』も『ボランティア学習』も、“新しい制度化”をめざして、さらにそれを第二の学校教育にしてしまうことであってはならないことだ。教育専門家が混迷のなかにいるいま、外野席からの教育にたいするこのアプローチを、私たちは冷静にみまもっていこうではないか。(『グラスルーツ』第11号、日本青年奉仕協会、1984年7月、8ページ)
私の福祉教育論/福祉という視点で学校を見直す
臼井孝・神奈川県立上郷高校教諭
教育に新しい何かを吹きこまねばならない。ところが、教師には自信を持って導入できるものがないというところに、ボランティア活動というものがひとつの説得力を持って入ってきたのが福祉教育だと言えると思います。しかしそれが本当にプラスになるのか、その本質が何なのか明らかにならないうちは、すぐ導入しましょうということに警戒と抵抗があります。ひとつの教育観が絶対という旗印で学校教育を風靡するのは非常に危険ですからね。それぞれの現場で教師が子供たちに何を与えたらいいか話し合いの中から出てくるものが本物なのであって、それは福祉教育に限定されるものではないはずです。
現在の教育の行き詰まりの原因は、学歴社会の中での知識偏重という社会情勢に、学校がそのいきつく先を考えずに目先の要望に応えたためだと思います。そして非行問題など社会の変化が学校に迫っていて、それに応えなければいけない時です。私自身は十年余りの経験から、ボランティア活動が生徒たちの意識改革にかなり有効な学習方法だと自信を持っていますし、学校教育の中に融合させていく方向は間違っていないと思っています。(中略)私自身、福祉教育がすべてとは考えていません。教科学習80%、ホームルームやクラブ活動が10%、福祉教育も10%にすぎないと考えます。
子供たちが育つうえで何が必要かというと、自分に自信が持てるようになることです。それには自分が必要とされているという体験を積み重ねることです。それが感動を伴なう体験として、自他の関係が響き合った時、教育の決め手になるんですね。何をやっても無気力な子供たちに刺激を与える方法のひとつがボランティア活動だと思います。(『グラスルーツ』第12号、日本青年奉仕協会、1984年9月、10ページ)
私の福祉教育論/善意があっても誠意がない―歴史にみる福祉と教育の関係
大橋謙策・日本社会事業大学教授
福祉教育をすすめるにあたって、常におさえておかなければならない課題がいくつかある。その一つは、福祉教育がいまなぜ必要なのかという歴史性と社会性の認識である。そのことは、福祉教育を必要としている現在の生活や教育への鋭い分析がともなっていなければならない。それらの点がぬけおちて、心情や哲学が超歴史的に語られ、それにもとづいて推進されることは非常に問題である。とりわけ、福祉教育を推進する立場にいる人々の歴史認識、社会認識が問われなければならない。(中略)
今日の福祉教育は、戦後初期の福祉教育実践とは違っており、決して連続していない。今回のそれは、一九七〇年頃を境に大きく変容してきている社会福祉の新たな課題の中で、その必要性が関係者に認識されて推進されてきた。と同時に、それが、すぐれて教育の荒廃、子どもの発達の歪みを是正していく上で重要な方法であり、戦後教育の理念であった教育基本法の理念を達成する上で有効な方法たりうることが教育関係者に理解されはじめたからである。
このような背景をもつ福祉教育が、その必要性とされる背景を科学的に分析できる力を身につけることなく、ただともに生きることのみを強調するとすれば、それは結果的には歴史的、社会的存在である社会福祉や教育のあり方を誤らせることになる。なかでも、社会福祉にあっては、一九七五年以降福祉見直し論が展開され、その後の臨調行革路線の中で「自助努力」のみが強調されるきらいがある。それだけに戦前、井上友一が展開した施策(国の物質的負担を軽減し、国民の自助努力を強調する教化、風化政策)と福祉教育とが同じになることを危惧している。そうならないためには、国民一人一人が、子どもも含めてきちんとした歴史認識、社会認識をもった主体者として形成されねばならない。(『グラスルーツ』第12号、日本青年奉仕協会、1984年9月、13~14ページ)
ボランティア活動は「歴」になりうるか?/「歴」にこだわるようなセコいものじゃない
岡本栄一・大阪ボランティア協会事務局長
ボランティアやその活動の根本精神は、国家や体制、イデオロギーを超えたエネルギーだと思います。人権や命を守る、平和を守る、差別と闘う、というギリギリのところで連帯する一つの思想なんですね。だからもともと制度的な認知をきらう本質があって、そこから言うと「歴」にこだわることもないし、「歴」なんかありえない。そんなセコいものじゃないんですよ。本当のボランティアというのは現体制を否定して、そこからにらまれるのですわ。
ただボランティア活動は両義性をもっているとぼくは思ってます。愛とか正義の形をとって文化の中で生きていく光りの側面と、偽善暇つぶしというちょう笑を浴びる影の側面と。
ボランティア活動の精神がきちんと根づいていない、そして地域社会の解体やヨコ関係の希薄化していく状況の中では為政者側が作為的に光りの側面を取り上げて社会的に認知、言いかえれば「歴」を作ろうとする動きが特に出てくるんでしょう。また「歴」を欲しがるし「歴」にあやかりたい願いも一方にはあるわけで、それをいちがいに否定しないで冷やかに見ていくことも必要です。学校教育や人づくりにボランティア活動を利用しようというのも全体的なすう勢ですが、それならボランタリズムの教育を、といいたいですね。問題の当事者を教壇に立たせる。子供だけをボランティア活動に参加させるのではなく親も教師もナマの現場に立ちあうというように。いまはコピーのコピーを教えている現状で、これくらい空虚なものはないですからね。(『グラスルーツ』第22号、日本青年奉仕協会、1986年9月、4ページ)
臼井孝先生と全国ボランティア学習指導者連絡協議会―資料紹介―
1982年3月、文部省認可の社団法人・日本青年奉仕協会(JYVA)との連携・協働のもとに、「全国ボランティア学習指導者連絡協議会」が設立された。以下に、その設立の経緯と、代表者である臼井孝先生についての新聞記事を紹介する。阪野文庫に収録されている「日本青年奉仕協会に関する資料」を整理している際に見つけたものである。
周知の通り、全国レベルで「福祉教育」について最初に研究協議されたのは、1970年11月に東京で開催された「昭和45年全国社会福祉会議」の第3専門委員会(「社会福祉の理解を高めるために―教育と社会福祉―」)においてである。その後、1977年2月、厚生省社会局長・児童家庭局長から文部省初等中等局長に対して「福祉教育のあり方について(要望)」が提出された。それに次いで、1977年4月から、厚生省と全国社会福祉協議会は、国庫補助事業としての「学童・生徒のボランティア活動普及事業」(通称「社会福祉協力校」事業)を始める。
「福祉教育」と「ボランティア学習」の固有性と関連性、それぞれの実践と研究、そして1995年10月に設立された「日本福祉教育・ボランティア学習学会」と1998年6月に設立された「日本ボランティア学習協会」、等々について考える際のひとつの参考資料になれば幸いである。
全国ボランティア学習指導者連絡協議会設立の経緯
1981年12月12日
●「活動文化祭’81」の指導者懇談会などで意見として出された指導者の全国的な連絡組織設立の実現をめざして、東京近辺の4人指導者とJYVAスタッフとで第1回設立準備委員会を開催 ①設立に向けての基本的な考え方 ②設立準備作業の内容と日程を検討
1982年1月23日
●第2回設立準備委員会 ①活動文化祭’81の参加者・協力者を中心に、地域や活動分野のバランスを考えながら世話人を推せん ②第1回全国世話人委員会の日程を確認
2月中旬
●連絡協議会の規約、事業計画などのたたき台を作成
2月下旬
全国世話人の依頼を電話などではじめる
3月6日
●第3回設立準備委員会 ①規約および事業計画のたたき台をもとに検討 ②全国世話人の確認
3月12日
●全国世話人依頼の公文書を発送
3月20~21日
●第1回全国世話人委員会開催 ①事務局案の説明にもとづいて各プログラム、参加者の費用負担、運営方法などについて検討。②連絡協議会設立について、準備委員から出された規約などを検討して設立を承認。世話人幹事、事務局体制を決定
(JYVA教育研究部編『活動文化祭’82』社団法人日本青年奉仕協会、1983年3月、実施1~2ページ)
毎日新聞/1982年8月20日
ひと/十代にボランティアを/臼井孝(うすいたかし)
この夏、全国ボランティア学習指導者連絡協議会が発足した。ボランティアの指導者の、唯一の全国組織といってよい。臼井さんはその代表である。
荒れる十代―非行が社会問題になってきているが、ボランティアに関心を持つ十代も気速にふえてきているという。しかも、この二つは、互いに関係しあっている。
「突っぱっている少年に、ボランティア活動をやってみろとすすめる。熱心に打ちこんでリーダーになったりする」。身障者の施設に就職したケースもある。
「学校教育が知識を教えるだけではどうにもならないところにきています。自分をどう生かすか―生きる力を与えるのが教育である。そう考えると中学や高校でボランティア活動を体験するのはもっとも効果があります。」
ボランティアは奉仕ではない。自分自身の問題なんだという。自分をどう生かすか、それを発見する学習なんだと説く。協議会の大半は、全国の中、高校で生徒たちを指導している先生。自身も神奈川県立五領ケ台高校教諭。中学の先生をしているとき、脳性マヒの生徒が学力がありながら、身体の障害で高校に入れなかったのを知って関心を持った。いま、社会福祉人形劇クラブの顧問。
「進学が影響してくるのは事実です。しかし、ボランティアへのエネルギーは、勉強のエネルギーにもなる。実際、見事に両立させた生徒もいます」。臼井さんは、エネルギー無限論をいう。若いエネルギーは、出す機会が多いほど多く出てくる。
ボランティアに入ってくる少年たちに三つのタイプがある。「当たり前のことだと考える」層、「友だちに誘われた」層、そして「なにかやりたい」グループ。会では全国のグループの情報交換を行い、ニュースを発行する。四十九歳。(四方 洋)
教育家庭新聞/1982年9月4日
この人に聞く/全国ボランティア学習指導者連絡協議会/代表 臼井孝さん
初の全国連絡組織/若者のエネルギー吸収へ
日本にもボランティア活動が静かな高まりを見せようとしている。昨年夏、第一回の「十代のボランティア文化創造交流集会」を成功させた(社)日本青年奉仕協会に集う若者の熱意と第一回、そして今夏の第二回集会に参加した先生方の熱意が一つに解け合い、参加した先生方を中心に「全国ボランティア学習指導者連絡協議会」が発足。ボランティア指導者の全国的な連絡会が初めて誕生。
「地域でボランティア活動を地道に指導していたがマンネリに陥っていた先生、意欲的にあらゆることを吸収しようとしていた先生の間で、交流集会まで一年間分散していたのではもったいない、という気運が盛りあがったのです。全国のパイプ役として生の声を出し合い、互いに吸収できるものは吸収しあい、刺激を与えあおう、と」
公式には今年の第二回同集会でスタート。活動は①「ボランティア学習」と題する指導者のニュース紙の発行②若者が作った八ミリ、スライドなど活動記録作品の貸し出し③事例研究集の作成④地方に埋もれている活動の調査研究⑤指導者自身の研修。構成員は中学・高校の教師、地域のボランティア指導者、等。まだ、産声をあげたばかりだが、弾力的な活動をめざしている。
代表の臼井孝先生は神奈川県五領ケ台高校の理科の先生。生活指導部主任で社会福祉人形劇クラブの顧問。無気力、無感動などと言われる現代の青少年とボランティア活動についていう。
「自分の持っているエネルギーをどう生かして行けばよいかわからない生徒が多いんですよね。だから、本能におもむくままに、オートバイに乗ってみたり、シンナーを吸ったりする。ボランティア活動はこのエネルギーを発散できるもの。学校がチャンスを与えてやれば、それにより“目を輝かせる”生徒が必ずいる」
「老人ホームでは若者との一回限りではない、深い交流を求めています。参加した若者は初めて、『こういう世界があったのか』と、老人問題を真剣に考えるようになる。道に落ちている缶を拾うという空き缶公害追放運動でも、地域の人たちとの対話が生まれてくる」
オートバイにしか生の発散方を見い出せなかったものが、ボランティア活動でいままでとは違った外の世界を知る。地域の人達との交流で高校生でも社会に貢献できる、という実感を持つ。実際に、学校から「どうしようもない」と烙印を押された生徒が立ち直った例もある。
しかし、一般の生徒の見る目は、とかく“えらいわねえ”“よくやるなあ”で、“してあげる”という意識が抜けきれない。教師でも「自分自身ができてもいないのに、他人様の手助けをするなどおこがましい」というとらえ方をするのが案外多い。しかし、臼井先生は言う。
「私の学校は新設校ですが、甲子園の地区予選で四回戦にまで進みます。するとお母さん方が『どうして、学校全体で応援に行かないのか』と言ってくる。しかし野球に情熱を燃やすのも、老人ホームで働くのも、空き缶を拾うのも、同じ一つの甲子園の道、なんです。ボランティア活動の本質は、その中で自分自身をどう生かすか、ということ。
多感な青年期に一度経験したことは、受験などでボランティア活動から離れてしまっても、必ず後になって生きてくる。高校時代にいろんな生き方があるんだ、と実感したこと、ぶつかり、泥をかぶってした経験は大きな肥やしとなる」
中学・高校生の非行化が社会問題化している。しかし、その中で、ともすれば、目立たない存在として見落とされがちだが、自分の生き方を真剣に考えている生徒たちも確実に増えているという。二度の交流集会に参加してみて、そう断言だけるという。自分なりに生きたい、と思う心は今も昔もかわりないだろう。自分の道を見い出しにくい現代、同連絡協議会の発足は教育の中に大きな一つの道を提示している。
連絡先は(社)日本青年奉仕協会(〒151東京都渋谷区代々木神園町三―一NYC内電03-460-0211) (良)
(JYVA教育研究部編『活動文化祭’82』社団法人日本青年奉仕協会、1983年3月、付録65、67ページ)
小さな「サロン」から一言
筆者(阪野)はいま、セカンドライフを楽しんでいる。人生設計通りの定年退職を機に、無為徒食や晴耕雨読といった暮らし方ではなく、これまでとは違った人生はないものかと考えた。不遜ながら、これまで“一所懸命”に取り組んできた「市民福祉教育」に関しては今後も若干の意見提示は続けるとしても、である。
そこで、4月早々にスイミングスクールに入り、いまでは新しい仲間もでき、週2~3回、スイミングを楽しんでいる。以下は、その仲間たちとの会話の一コマである。いろいろな暮らしと人生が見えてくる。
「俺は何もすることがなく、ここに来るのが仕事のようなもの。毎日2~3時間近くプールで泳いだり、みんなと話したりしている。月6万円ほどの年金で、会社勤めの40歳代の息子と、二人で細々と暮らしているのだが、ここが楽しい。」(70代後半・男性)
「大病を患ったこともあり、健康維持のために午前中は市立体育館でストレッチや筋力トレーニングを行い、午後はプールに来ている。実は『馬に人参』で、俺にとっての人参は晩酌だよ。」(70代前半・男性)
「数年前に夫を亡くしたが、一人暮らしのことを考えるとき、健康への投資だと思って入会した。1日500メートルを目標に、頑張って泳いでいる。来月はこのスクールで知り合った友だちと東京見物に行きます。」(70代後半・女性)
「マスターズ水泳大会での上位入賞をめざして、ほぼ毎日3000メートル泳いでいる。この前、初孫が生まれ、私もおばあちゃんになった。」(60代前半・女性)
このような会話を思い出したのは、今朝(10月14日)の地元新聞の「スポーツクラブ/70代、4割所属」という二段抜き主見出しと、「体力づくりに有効」という袖見出しの、次のような記事が目にとまったからでもある。
「地域のスポーツ同好会やフィットネスジムなどのスポーツクラブに所属している成人の割合は年齢が上がるほど増え、70代で40%前後となることが13日、文部科学省が体育の日を前に公表した2012年度体力・運動能力調査で分かった。時間に余裕のある高齢者層が積極的に運動に取り組んでいるためとみられる。」
「調査によると、スポーツクラブに所属する割合が最も高い年齢層は70代前半女性の44%。男性は70代後半の41%が最高(以下、略)」。
筆者は、自分のこととしても、こうした高齢者のスポーツ活動が人と人との新しいつながりを生み、それがまた次のつながりを呼び、その人の暮らしや人生を豊かなものにするという連鎖が起きることを期待している。これまでの福祉活動が、高齢者や障がい者などのスポーツ活動や学習・文化活動の振興とそれに基づくライフの質的向上について十分に取り組んできたかといえば、必ずしもそうはいえない。その際の、ライフの“質”とは、「生命の尊厳」(Sanctity of Life)と「生活の質」(Quality of Life )、併せて「人生の豊かさ」(Abundance of Life)をいう。
高齢者分野で始まった生活支援サービス活動のひとつに、「ふれあい・いきいきサロン」活動がある。全国社会福祉協議会が1994(平成6)年に提唱した活動である。「ふれあい・いきいきサロン」は、高齢者だけでなく、障がい者や子育て家庭など、誰もが楽しく気軽に参加できる「地域住民によるつながりづくりのきっかけの場」「地域の居場所」として、全国に5万2000か所を超え大きな広がりを見せている。
全国社会福祉協議会発行の『ふれあい・いきいきサロン』(生活支援サービス立ち上げマニュアル第4巻、2012年)には、「サロンは多種多様ですが、『自分の気の合う人たちだけで行う活動』ではなく、『地域の誰もが参加できる活動』でなければなりません。『地域の人たちに親しまれる場をつくる』という原則がサロンではとても大切です」(26ページ)と記されている。筆者を含め、上述のスイミング仲間にとって、スイミングスクールは心地よい「居場所」である。仲間たちは、「気軽に」「無理なく」「楽しく」「自由に」(44ページ)、そして「健康維持」のために泳いでいる。プールに出かけて行くこと自体が「心のハリ」(20ページ)をもたらしてくれる。ときには普段の生活の困りごとについて話し合う。そこはまさに「サロン」である。この小さなサロンを、全国社会福祉協議会がいう生活支援サービス活動のサロンのひとつとして、あるいはそのサロンを「立ち上げ」るためのひとつとして考えることは無理であろうか。筆者は、今後の自分自身の暮らしと地域における生活文化や福祉文化を醸成するひとつのプラットホームとして位置づけたいのだが。
ガバナンスなき無挑戦型地域福祉
「社協ワーカーは、まちづくりの “偉大なるプロデューサー” 」の拙文に対し、遠くS市社協のY氏より、以下のようなメールが届きました。「ディスカッションルーム」がそれらしくなってきて、嬉しい限りです。
大変ご無沙汰しております。ディスカッションルームの原稿、拝読させていただきました。
先ず、「社協ワーカーは、まちづくりの “偉大なるプロデューサー” 」というタイトルに大変驚きました。さらに、「偉大なる」までつけていただいていることに、疑心暗鬼。こわごわ拝読させていただきました。
「社協や社協職員はこれまで、『黒子』という名のもとで、結果的には、地域や住民に『丸投げ』し、それを通して『管理』『監督』し、『調和』『同化』を促す側の立場に立っていたのではないか。それでは、地域や住民は変わるはずがない。」は、一面、ハットさせられました。
特に圧巻だったのが、「『民間団体の最高経営責任者であるという認識に欠ける会長』『充て職としての立場から一歩も踏み出せない役員』『天下りの期間を無難に過ごすことに汲々とする事務局長』『公務員然として定時勤務のデスクワークに励む事務職員』」です。社協ワーカーの端くれ? でありながら、正直胸がスカッとするのを覚えながら、スタンディングオベーション(大喝采)を……、次の言葉とともに! “ガバナンスなき無挑戦型地域福祉”
社協ワーカーは、まちづくりの “偉大なるプロデューサー”
ブログ読者(N氏)から、雑感(6)―「ウチ」「ソト」と社会的包摂―(2013年6月10日投稿)の拙文に対し、以下のようなメールをいただきました。
雑感(6)の最終段落において「社協の黒子論」に対しての批評がありました。確かに、住民主体との言葉を借りて“住民への丸投げ”をしてしまっているような姿勢であれば批判をいただいても当然であるとは考えますが、全ての社協がそうであるとは思いたくありません。これからの時代において、社協はもっともっと存在感を発揮しながら、表舞台に登場できる、言い換えれば「主演」となっていかなければならないことは、世の中の社協マンは認識しているのではないでしょうか?社協は単なる「黒子」で満足しているのではないと理解しています。たとえ「黒子」と称していても、顔も出せない・・・声も出せない・・・黒子でなく、舞台上で脚光を浴びている主役から期待され・・・頼りにされる・・・、主役を引き立たせることができる“助演”的な気持ちをもっている黒子であると考えています。一“黒子”としてその存在感が確立され、どの舞台からも声がかかり、・・・黒子としてご飯が食べていけるような「ザ・黒子」って・・・何~か憧れませんか?
私たちT市社協マンは、従前から「市民から頼りにしていただける偉大なる黒子であれ!」を合言葉としてきましたが、“偉大なるプロデューサー(演出家)”に格上げしていくことを考えてみます。
N氏がいう「雑感(6)の最終段落」とは次の一節です。
「叱責を受ける覚悟であえていえば、社協や社協職員はこれまで、コミュニティワークやコミュニティソーシャルワーカーとしてではなく、「黒子」という名のもとで、結果的には、地域や住民に「丸投げ」し、それを通して「管理」「監督」し、「調和」「同化」を促す側の立場に立っていたのではないか。それでは、地域や住民は変わるはずがない。「無縁社会」では当然のことながら、逆に血縁や地縁、そして序列の人間関係(風土)を今も残している地域においてもまた、それ故に然りである。」
筆者(阪野)のこの管見に対するN氏からのメール(言説)は、実は筆者が心ひそかに期待していたものです。「社協マン」は、「ザ・黒子」から「偉大なるプロデューサー(演出家)」に格上げしていく必要がある、という指摘は強く同意するところです。ただ、「民間団体の最高経営責任者であるという認識に欠ける会長」「充て職としての立場から一歩も踏み出せない役員」「天下りの期間を無難に過ごすことに汲々とする事務局長」「公務員然として定時勤務のデスクワークに励む事務職員」等々を抱える社協がないとは言い切れないのもひとつの事実ではないでしょうか。こうした会長から職員までのオールキャストが登場する社協は存在しない、としてもです。
ここで、コミュニティソーシャルワーカーの実態把握の調査結果を纏めた『コミュニティソーシャルワーカー(地域福祉コーディネーター)調査研究事業報告書』(野村総合研究所、2013年3月)から、いささか長きにわたりますが、以下にその一文を引用しておくことにします。その叙述からは次のようなことを理解したいと思います。今日、コミュニティソーシャルワーカー(地域福祉コーディネーター)の役割が重視され、その配置の必要性が増していることは、単なる社協「職員」は論外として、真の社協「ワーカー」のあり方が厳しく問われている。また、「コミュニティソーシャルワーカー(地域福祉コーディネーター)配置の前提として、民生委員・校区ボランティア等をはじめとした生活圏域における住民の地域福祉力が基盤として存在することが必要である」と述べられているように、住民の「地域福祉力」の育成・向上を図るための地域福祉教育(「市民福祉教育」)の推進が必要かつ重要となる。そして何よりも、社協と社協ワーカーには「自律」(autonomy)、「変革」(change)、「創造」(creation)と、そのためのあるいはそれに基づく「共働」(coaction)が求められる、などがそれです。なお、「自律」「変革」「創造」そして「共働」は、一面では、N氏がいう、常に新しいものを生み出す、個性豊かな「演出」(production)に通じるといえるのではないでしょうか。
本調査研究においては、コミュニティソーシャルワーカー(地域福祉コーディネーター)の役割を、「個別支援」「地域支援」「仕組みづくり」の3つの活動に分けて把握した。全ての活動がコミュニティソーシャルワーカー(地域福祉コーディネーター)の業務であるという認識はあるものの、実態としては「仕組みづくり」について十分に対応できていないという結果が、ヒアリングからもアンケートからも挙がっている。また、配置の効果が大きいと感じる活動としては、地域支援に関わる項目が上位であった。
これらの結果は、現在、コミュニティソーシャルワーカー(地域福祉コーディネーター)を担う人の多くが社会福祉協議会に所属し、コミュニティワーカーとして地域支援を中心に活動してきたという歴史があるためだと考えられる。
個別支援、地域支援の両方の役割を果たしながら、既存の制度にはつながらない問題を明確にし、課題化し、解決につながる仕組みを構築していくところこそが、既存の社協ワーカー、地域包括支援センター職員の枠組みを越えた、コミュニティソーシャルワーカー(地域福祉コーディネーター)ならではの役割と言える。(109ページ)
おおむね中学校区ごとにコミュニティソーシャルワーカー(地域福祉コーディネーター)を配置することが基本であると考える。
コミュニティソーシャルワーカー(地域福祉コーディネーター)配置の前提として、民生委員・校区ボランティア等をはじめとした生活圏域における住民の地域福祉力が基盤として存在することが必要である。住民主体の小地域活動を組織だった活動に昇華させ、コミュニティソーシャルワーカー(地域福祉コーディネーター)の活動との連携体制をあわせて構築することが重要である。
現時点では、コミュニティソーシャルワーカー(地域福祉コーディネーター)を社協職員が兼任で担っている場合が大半であるが、本来的には所属機関は問わない専門職である。ただし、「仕組みづくり」までを実施していくことを考えると、行政との連携がとりやすい(行政計画に反映しやすい)体制が必要であろう。(111ページ)
追記
コミュニティソーシャルワーカー(地域福祉コーディネーター)の活動については、筆者はとりあえず次のように考えています。
(1)個別支援:地域・住民と一緒に個人の生活課題を解決し、その暮らしを支える
(2)集団支援:地域・住民のネットワークを形成し、集団・組織の活動を支える
(3)地域支援:地域・住民の参加と協働(共働)による地域づくりを支える
(4)仕組みづくり:新しい問題が生じた場合の、課題解決の仕組みと仕掛けを創る
神奈川県における福祉教育の草の根活動―資料紹介―
第二次世界大戦後、学校における福祉教育は、1950(昭和25)年度から始まる神奈川県の「社会事業教育実施校」事業を嚆矢とする。神奈川県におけるこの福祉教育事業は、1951(昭和26)年度に「社会福祉事業研究普及校」、1967(昭和42)年度に「社会福祉研究普及校」と名称を変え、また制度の変更を重ねながら、1998(平成10)年度に新規指定が中止されるまでおよそ50年間継続実施された。
神奈川県では、1981(昭和56)年6月、長洲一二知事によって、「騒然たる教育論議」を交わして全県民の草の根レベルの教育運動を展開することが提唱された。その背景には、受験競争の過熱化や知識偏重教育の推進、いじめや校内暴力の頻発、不登校(「登校拒否」)の増加など、学校教育の危機的状況があった。また、長洲知事提唱のひとつの直接的契機になったといわれる事件(「金属バット両親殺害事件」)が前年の11月に川崎市で起こっている。長洲知事は、1981年6月の「『豊かな社会』の人間と教育―今こそ教育に県民の英知を―」に続いて、1983(昭和58)年11月に「“ふれあい教育”運動―教育論議を第二段階へ―」、1990(平成2)年9月に「個性・共生・共育―ふれあい教育を前進させよう―」という教育アピールをそれぞれ出す。以後、「ふれあい教育」の理念は神奈川県の教育のひとつの基調をなすことになる。
こうした長洲知事の「騒然たる教育論議」提唱を受けて、神奈川県教育委員会は、児童・生徒の基礎的な生活体験の不足を補うために、1984(昭和59)年度から、「人とのふれあい」「自然とのふれあい」による体験活動を重視した「ふれあい教育」運動をスタートさせた。それにともなって、神奈川県は、福祉教育の充実・強化を期して、1985(昭和60)年度に社会福祉研究普及校事業の実施主体を従来の県民生部から県教育委員会に移管する。そして、1986(昭和61)年度からは、「人」との「ふれあい教育」の一環として福祉教育が実施・展開されることになる。
以下に紹介する資料は、「ふれあい教育」が強調される以前から福祉教育やボランティア体験活動に注目し、草の根の福祉教育実践に、自主的・組織的に取り組んできた学校現場の教師によるものである。現場教師を中心にした活動や運動は、全国各地で展開されてきたのであろうが、その個別具体的な紹介や報告は必ずしも多くない。また、その活動や運動を歴史的に整理し、その全体的な構造を明らかにしていくという理論的な取り組みも、これまでほとんどなされてこなかったといっても過言ではない。今回の、わずか1点の資料が、全国の現場教師による草の根の(学校)福祉教育実践の内実に迫り、(学校)福祉教育の新たな理論的・実証的研究を促すひとつの契機になれば幸いである。なお、「神奈川のふれあい教育推進連絡協議会」の活動は今日も続けられており、30年を迎えようとしている。
神奈川のふれあい教育推進連絡協議会 発会式しおり 昭和59年7月28日
神奈川のふれあい教育推進連絡協議会
1. 経過報告
昭和48年度~昭和55年度 連絡協議会への構想
昭和56年度~昭和57年度 具体化への構想
昭和58年度~ 実現への準備
昭和59年3月27日 第1回準備会
〃 4月27日 第2回 〃
〃 5月17日 第3回 〃
〃 6月21日 総会準備会
〃 7月28日 発会式
2. 事業計画案(追跡調査とプログラム) 月/内容
7月 神奈川ふれあい教育推進連絡協議会発会式
事業計画作成
8月 追跡調査要項作成と調査
実践要項作成(プログラム)
資料
9月 ふれあい育連
11月 ふれあい育連(研修会)
1月 ふれあい育連(60年度事業計画作成)
3月 ふれあい育連( 〃 )
3. 分科会 分科会名/学校別/委員名
実践要項作成
小学校 石井
中学校 新井 川名 上野
高等学校 安永 久保 森 野中 星野 三浦 遠藤 太田 重田
追跡調査要項作成と調査
小学校 細川
中学校 新井 伊藤 小川
高等学校 中野 臼井 鈴木 伊東 秋本 近藤 田中 小林
資料
小学校 石黒
中学校 矢野
高等学校 菊田 渡辺 久永 渡辺 細川 杉本
社協 大森
“願い”
全国に先がけて昭和25年から社会福祉研究普及校の指定制度を実施して来た神奈川の動向は全国から注目されています。しかしながら高齢化社会・環境問題・技術革新・核家族・情報化社会・平和の問題など急激な社会情勢の変容によって学校教育は大きな曲り角に来ています。
どう生きるかを見失っている児童・生徒に何を与えて行ったらよいのか。
教育現場で問いつめられるこの大きな課題に対し真正面から取り組んでみようとの自主的な意志を持った人達の活力がこのふれあい育連を誕生させた。
人として必要とされていることを自覚できる行動体験を通して自己や他人の確かな「生」を掴みとらせたい。こんな願いを秘めながらこの会を大切に育てて行きたい。
神奈川のふれあい教育推進連絡協議会要綱(案)
第1条 本会の名称を、神奈川のふれあい教育推進連絡協議会(略称:ふれあい育連)とする。
第2条 本会の事務局を当面、神奈川県社会福祉研修情報センターにおく
第3条 本会は次の事業を行うことを目的とする。
(1)ふれあい教育(人とのふれあい)(自然とのふれあい)活動の情報交換と発掘
(2)社会福祉研究普及活動のその後の追跡調査
(3)指定校又はこの活動に関心をもつ学校、団体への資料提供
(4)ふれあい教育活動に関する指導者の研修活動
①県内交流研修
②県外交流研修
③海外交流研修
(5)社会福祉活動に関する諸団体との交流及び連携
(6)指定校制度を含めた福祉教育の過去・現状分析及び福祉教育の将来への展望
(7)自然とのふれあい教育活動に関する諸団体との交流と連携及びその推進と 将来への展望
(8)青少年のふれあい学習の推進及び実践要項作成
(例)活動文化祭、ワークキャンプ、フィールドワーク、施設訪問と交流、福祉 技術(手話や点字など)の習得と実践
(9)その他本会の目標達成のために必要な活動を行う
第4条 本会の会員はふれあい教育活動に携わるか又はそれに関心をもつものからなり、必要により分科会をもつ。
(1)幼稚園、小学校、中学校、高等学校、大学などの職員
(2)地域のふれあい教育活動を行う個人又は団体の職員
(3)社会福祉施設の職員
(4)自然とのふれあい教育に関わる諸施設の職員
第5条 本会には次の役員をおく。
会長1名
副会長若干名 小学校 中学校 高等学校
会計2名
会計監査2名
事務局数名
顧問数名
任期は2年とする。
第6条 総会は年1回とし各役員の改選は任期満了後の総会において行う。
第7条 本会の経費は会費、補助金、寄附金及びその他の収入をもってあてる。
会費年2000円とする
第8条 本会の会計年度は毎年4月1日に始まり翌年3月31日をもって終了する。
決算報告は年度始めの総会において行う。
付則 この要綱は昭和59年7月28日より実施する。
当面の事務局
〒221 神奈川県社会福祉協議会
社会福祉研修情報センター 臼井 孝
横浜市神奈川区沢渡4-2
TEL045-311-1421
補記(1)
かながわNPО情報サイト「KaNaPiOステーション」に、「神奈川のふれあい教育推進連絡協議会」が登録されている(2013年10月7日現在)。そこにアップされている基本情報の一部は次の通りである(最終更新年月日 2009/5/5)。
主たる活動分野>詳細/子どもの健全育成を図る活動>青少年活動・育成活動
設立年月日/1980/1/1
会員数/20人
会費の有無/あり2000(円/年)
会報の有無/なし
活動目的/青少年のボランティアの育成。少しずつですが、体験した、中・高校生が育っている。ボランティア活動をなるべく早く体験させ、学校では、体験できない諸活動を通して、普段意識していない現代の諸課題に対して考えたりできる人間あるいは行動できる人間を目指したい。
活動内容/毎年夏に県内の小・中・高校生を集め、研修会を実施。(研修会:数カ所のフィールドワークを用意し、参加者が選択し、体験活動を行う。今、自分達のまわりにある諸問題について話し合う。これら、研修会を組織する。)
PR/細々ながら、20年近くになろうとしています。今私達の活動がやがては小・中・高の総合学習に入っていくと思います。体験が少ないという青少年に価値ある体験活動を提供していると考えています。
補記(2)
神奈川県の「ふれあい教育」運動に関して、 神奈川県教育問題懇話会事務局編『新しい段階をむかえた「ふれあい教育」運動』神奈川県教育問題懇話会事務局、1986年11月 が「阪野文庫」中の「神奈川県における福祉教育に関する資料」第3巻に収録されている。
また、神奈川県では、1976(昭和51)年10月に長洲一二知事が県民に対して発したメッセージ「一燈をもちよろう」に基づいて「ともしび運動」(「障害者の自立促進を」「おとしよりに生きがいを」「連帯感にあふれた地域社会づくり」)が展開された。この福祉コミュニティづくり(自立と連帯のまちづくり)運動に関して、 ともしび運動促進研究会編『ともしび運動促進研究会中間報告―ともしび運動の発展をめざして―』ともしび運動をすすめる県民会議、1983年3月(2版) が「阪野文庫」中の「神奈川県における福祉教育に関する資料」第3巻に収録されている。
付記
「神奈川のふれあい教育推進連絡協議会 発会式しおり」の記載内容と「ふれあい育連」の現在の活動状況等について確認するために、臼井孝先生に電話し、10数年ぶりに話すことができた。また、その際、本ブログへのアップをご快諾いただいた。感謝である。臼井先生は現在も、「日本ボランティア学習協会」理事や「かながわ県民活動サポートセンター」協議会委員などの要職を務められている。ただただ頭が下がる。
自治基本条例にみるまちづくり学習とその権利(Ⅱ)
(4)「生涯学習」を条文の見出しに表記している自治基本条例
①北海道厚沢部町/厚沢部町素敵な過疎のまちづくり基本条例/2009年4月1日
(学び、共に高める生涯学習)
第28条 町は、町民一人ひとりが生涯の各期において、自ら学び、楽しみ、仲間と共に高めることができるよう、ふさわしい学習機会の提供、施設の整備、指導者の育成、推進体制づくりを進めます。
②兵庫県朝来市/朝来市自治基本条例/2009年4月1日
(生涯学習の推進)
第17条 市民は、自らが生涯を通じてさまざまな学習を重ね、豊かな人間性を育むよう努めるものとする。
2 市長等は、市民のまちづくりに関する学習の機会を確保し、まちづくり活動への参加が促進されるよう努めなければならない。
③兵庫県養父市/養父市まちづくり基本条例/2009年7月1日
(生涯学習の推進によるまちづくり)
第18条 市民は、生涯学習に努めるとともに、自らの知識や能力をまちづくりに還元するよう努めます。
2 市は、市民の社会参加を促進するため生涯学習の機会を提供し、自主自立的なまちづくりの活動を支援しなければなりません。
④兵庫県丹波市/丹波市自治基本条例/2012年4月1日
(生涯学習)
第21条 市民は、豊かな人間性を育み、生活の充実や技術の向上などを図るとともに、市政やまちづくりに参画するための知識や考え方を学ぶため、生涯を通じてさまざまな学習を行う権利を持っています。
2 市長等は、市民の学習の機会を確保するとともに自主的な学習活動を支援するよう努めなければなりません。
3 市長等は、市民の学習権を保障するため、市民の参画のもとに生涯学習に関する計画を策定しなければなりません。
以上のほか、⑤静岡県川根本町/川根本町まちづくり基本条例/(生涯学習の推進)第12条 町は、町民自らが生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことができる地域社会の実現を図るよう努めます。/2012年7月1日、⑥兵庫県西脇市/西脇市自治基本条例/(生涯学習)第34条 市は、市民の多様な学習活動を支援し、市民主体のまちづくりを推進するため、生涯にわたって学習する機会を提供するよう努めるものとします。/2013年4月1日、⑦兵庫県佐用町/佐用町まちづくり基本条例/(生涯学習の推進)第17条 町民等は、自ら生涯を通じてさまざまな学習を重ね、豊かな人間性を育むよう努めるものとする。2 町長等は、町民等のまちづくりに繋がる学習の機会を提供し、まちづくり活動への参加を促すよう努めなければならない。/2013年4月1日、がある。
生涯学習について独立した条文で明確に規定するのは、以上の7例にとどまっている。いまひとつ、生涯学習という見出しではないが、独立条文で生涯学習について規定する条例に、⑧滋賀県野洲市/野洲市まちづくり基本条例/(学び合い)第7条 市民は、互いにふれあいやきずなを通し、生涯にわたって学び合い、知恵や力をはぐくみます。/2007年10月1日、がある。これを加えると、その数は8例となる。
以上の条文は、大雑把にいえば、①や④のように生涯学習を推進するための具体的な取り組みや計画策定などに多少なりとも踏み込んだ規定をするものと、⑧に代表されるように実質的には理念的・原則的な規定にとどまっているものがある。
周知のように、ユネスコの「学習権宣言」(1985年3月)は、「学習活動は(中略)、人々を、なりゆきまかせの客体から、自らの歴史をつくる主体にかえていくものである」と謳っている。生涯にわたる多様な学習活動は、住民自身が「なりゆきまかせ」の日常的・他律的な意識や行動から抜け出し、自己の側に地域を引き寄せ、地域と向き合い、対話(観察、考察、理解)することを促す。そして、まちづくりに主体的・自律的に取り組む過程を通して、自己変革、自己変容がもたらされる。それは、「自らの歴史をつくる主体」形成を促す過程である。その意味において、まちづくりにとって生涯学習の推進は極めて重要となる。留意すべきである。
今日では、いわゆる自己完結型の生涯学習から社会還元型のそれに移行するなかで、まちづくりに焦点化した地域還元型の生涯学習の展開が求められている。その際、行政サイドからまちづくりや市町村政への住民参加や住民との協働が強調されるあまり、学習主体としての地域住民という視点や住民の学習権保障が後景に押しやられる。また、前述の社会的弱者がより社会的周辺に追いやられたりする。こうしたバイアス(偏り)やリスク(危険性)がないとはいえない。自治基本条例の制定に際して強く留意すべき点である。
(5)学習機会の提供や学習支援について規定している自治基本条例
①兵庫県伊丹市/伊丹市まちづくり基本条例/2003年10月1日
(学習の機会の提供その他の支援)
第11条 市は、市民がまちづくりに関し理解を深めるために必要な学習の機会を設けるよう努めるものとする。
2 前項に掲げるもののほか、市は、市民のまちづくり活動を促進するため必要な助成その他の支援を行うよう努めるものとする。
②山形県白鷹町/白鷹町協働のまちづくり条例/2004年4月1日
(まちづくりの学習等)
第10条 町は、町民がまちづくりに関する情報を把握し学習できる機会を設けるよう努めなければならない。
2 町は、町民のまちづくりへの意識高揚を図るため、公益に関する教育の推進に努めなければならない。
③埼玉県草加市/草加市みんなでまちづくり自治基本条例/2004年10月1日
(人材の育成)
第18条 市は、パートナーシップによるまちづくりを進めるため、学習の機会を提供するとともに、専門家の派遣などの技術的な支援を行い人材を育成します。
2 市民は、パートナーシップによるまちづくりを進めるため、自らまちづくりに関する学習に努め、人材の育成に努めます。
3 市は、パートナーシップによるまちづくりに必要な能力を備えた市職員の育成に努めます。
④北海道白老町/白老町自治基本条例/2007年1月1日
(町民活動)
第14条 町民は、自ら行う町民活動が安定的かつ活発に行うことができるよう町民活動団体を組織することができます。
3 町は、学習機会の提供等により、町民活動団体の支援に努めます。
以上のほか、⑤愛媛県四国中央市/四国中央市自治基本条例/(学ぶ機会)第9条 市は、市民が生涯にわたって学ぶ機会を提供するよう努めまする。/2007年7月1日、⑥埼玉県越谷市/越谷市自治基本条例/(協働による豊かな地域環境の創造)第9条 市民および市は、市民が主体的にかかわりあい、助けあい、学びあいながらいきいきと生活し、未来にわたって豊かな人間関係と、安全で安心な生活環境を受け継いでいけるまちづくりをすすめます。/2009年9月1日、⑦茨城県ひたちなか市/ひたちなか市自立と協働のまちづくり基本条例/(まちづくりの最高規範)第3条 この条例は、ひたちなか市のまちづくりの最高規範とします。5 市は、この条例が市内のあらゆる地域、あらゆる世代の市民に理解され、親しまれるための学習機会の確保に努めます。/2010年4月1日、⑧大阪府大坂狭山市/大坂狭山市自治基本条例/(学習機会の提供)第20条 市は、市民がまちづくりに関し理解を深めるため、必要な学習の機会の提供に努めるものとする。/2010年4月1日、がある。
住民のまちづくりに関する学習のニーズは、それが日常的で個別具体的な地域生活に基づくものであることから、広範かつ多岐にわたる。そこで、多様で総合的な学習機会と学習支援が、「いつでも、どこでも、だれにでも」提供されることが必要となる。それに応えるためには、学校や公民館などの教育機関・施設の有機的連携や、まちづくりをテーマにした地域懇談会や住民座談会、ワークショップなどの開催が求められる。そうした地域全体の学習環境の整備が図られることによって、子どもや高齢者、障がい者などを含めたすべての地域住民の、まちづくりや市町村政への理解や関心、参加を促すことになる。こうした点について規定する以下の自治基本条例に注目しておきたい。
①岩手県洋野町/洋野町まちづくり基本条例/2009年4月1日
(子どもの権利)
第12条 子ども(20歳未満の町民をいいます。)は、その年齢に応じて、まちづくりに参画する権利とまちづくりに関して教育を受ける権利を有します。
②福岡県嘉麻市/嘉麻市自治基本条例/2010年12月28日
(学校と地域との連携協力)
第31条 教育委員会は、地域と連携協力し、保護者、地域住民等の学校運営への参加を積極的に進めることにより、地域の力を活かし、創意工夫と特色ある学校づくりを行うものとする。
2 教育委員会は、地域及び市長と連携協力し、学校を核としたコミュニティづくりを進めるものとする。
③愛知県新城市/新城市自治基本条例/2013年4月1日
(市民まちづくり集会)
第15条 市長又は議会は、まちづくりの担い手である市民、議会及び行政が、ともに力を合わせてより良い地域を創造していくことを目指して、意見を交換し情報及び意識の共有を図るため、3者が一堂に会する市民まちづくり集会を開催します。
3 市長は、特別な事情がない限り年1回以上の市民まちづくり集会を開催します。
④北海道士別市/士別市まちづくり条例/2012年4月1日
(高齢者や障がい者等のまちづくりへの参加)
第27条 市民・議会・行政は、高齢者や障がいのある人などもまちづくりに参加できるよう、その環境づくりを進めます。
⑤山梨県富士河口湖町/富士河口湖町自治基本条例/2013年4月1日
(高齢者の役割と権利)
第8条 高齢者は、これまでに培った知恵と経験を活かし、その活動を通じて地域社会の発展に貢献しながら、いきいきと心豊かな生活を送り、まちづくりに参加及び参画することができます。
2 町民及び町は、高齢者がまちづくりに参加及び参画するための環境づくりに努めなければなりません。
①のまちづくりに関して教育を受ける子どもの権利と、②の学校を核としたコミュニティづくりの推進についての規定は、福祉によるまちづくりをめざす市民福祉教育(学校福祉教育)にとって注目に値する。③については、「市民まちづくり集会」が、地域が抱える課題の解決策を検討する課題解決型学習の場となることが特筆されよう。④については、その表現に多少違和感を覚えなくはないが、「障がい者」のまちづくりへの参加を条文見出しに表記しているのはこの自治基本条例のみである。①のように、「子ども」のまちづくりへの参加・参画に関しては、北海道ニセコ町まちづくり条例で「(満20歳未満の町民のまちづくりに参加する権利)第11条 満20歳未満のの青少年及び子どもは、それぞれの年齢にふさわしいまちづくりに参加する権利を有する。」と規定されて以来、その条・項文規定をしている自治基本条例は30例以上を数える。子どもは次代を担う存在として特に重視すべきである、という考え方に基づくのであろう。それに対して、⑤のような「高齢者」のまちづくりへの参加・参画に関する規定は、数例に過ぎない。なお、子どもや高齢者、障がい者を条文上で強調することは逆差別になりかねない、という議論もあるであろうことを付記しておく。
ここで、自治基本条例についての住民の主体的な学習と制定過程への住民参加について若干述べておきたい。
大多数の自治体では、自治基本条例を制定するに際して審議会や委員会を設置し、制定過程に住民参加による検討作業を組み入れている。それは、おおよそ行政主導型 住民主導型 行政と住民の協働型の3つに類型化されそうであるが、数名の公募委員と数回の会議で制定されたものから、住民による自主的な学習活動から始まり、制定委員会の委員の大多数が公募委員によって占められ、しかも制定会議や住民懇談会などの会議を100回以上も開催して熟議を重ねて制定されたものもあり、その格差は大きい。行政主導型では、時流に乗って制定した感があり、制定手順や条例の内容構成が標準的なものになりがちである。住民主導型では、制定過程を通して学習による住民の意識変革や合意形成が促され、それぞれの地域(自治体)に相応しいやり方で、地域の現状や課題を反映させた制定内容になっているものもある。
なお、行政主導型か住民主導型に関して付言すれば、条例の名称が「自治基本条例」か「まちづくり基本条例」か、「市」と「市民」の語順が「市及び市民」か「市民及び市」か、さらには市民の「権利と責務」についてその内容の差異や濃淡は勿論のこと、「権利」規定が多いか「責務」規定が多いか、等々をめぐって自治基本条例と条文について精査する必要があろう。ちなみに、「まちづくり基本条例」という名称の自治基本条例と「まち(むら)づくり」という文言をその名称に含む条例は、全部で123例(288例中の42.7%)を数える。北海道三笠市のそれは「三笠市未来づくり基本条例」(2009年4月1日)である。
住民主導型の一例として、埼玉県越谷市における自治基本条例の制定の取り組みから、特筆に値する点を項目的に簡単に紹介しておくことにする。(1)審議会委員が募集される前に、市民による自主的な自治基本条例に関する勉強会が全8回開催され、参加者は100名を数えた。(2)審議会は公募市民26名、学識経験者4名によって構成された。(3)審議会の開催が計89回、審議会による骨子案に関する懇談会や素案についての説明会の開催が計40回、参加者は延べ924名を数えた。(4)骨子案と素案に関するパブリックコメントがそれぞれ実施され、合わせて32名、88件の意見が寄せられた。(5)2009年4月に越谷市自治基本条例が施行されたのを受けて、翌2010年4月に自治基本条例推進会議が設置され、条例の適切な運用、普及、見直しに関する調査審議が行われている。2011年度では条例推進会議が9回開催され、答申が出された。以上のような取り組みは、住民の、住民による、住民のための自治基本条例制定のそれとして評価されよう。なお、越谷市自治基本条例の条文内容と制定過程におけるその変遷については、審議会会長として重要な役割を果たした櫻井慶一の論文が参考になる。櫻井慶一「逐条解説『越谷市自治基本条例』―制定過程の条文の変遷を中心に―」『生活科学研究』文教大学生活科学研究所、2011年3月、171~184ページ、がそれである。審議会における議論の様子が垣間見えて興味深い。
最後に、全国の自治体における自治基本条例の制定経過と施行状況に関する調査結果を纏めた次の論文を紹介しておくことにする。阿部昌樹「自治基本条例の制定経過および施行状況に関する自治体アンケート調査」『大阪市立大学法学雑誌』第59巻第4号、大阪市立大学法学会、2013年3月、588~642ページ、がそれである。阿部は、2011年10月現在で自治基本条例を制定している225の市区町村を対象にアンケート調査を実施し、143の自治体から回答(回収率63.6%)を得ている。その論文のなかで次のように述べている。
多くの自治体においては、自治基本条例を制定した後に、自治基本条例の制定を踏まえて、あるいは、自治基本条例に規定された事項を実施するために、新たに制定された条例がほとんどないことや(ほとんどなく:阪野)、自治基本条例の規定に基づいて、あるいは、自治基本条例の制定趣旨を踏まえて、新たに実施されるようになった施策も、それほど多くはない。(621ページ)
批判的な立場をとるならば、自治基本条例は、自治体の行財政運営や住民と自治体の行政組織との関係を大胆に変革することを企図して制定されているにも関わらず、そうした効果を発揮し得ていないという解釈も可能である。(620ページ)
阿部の調査によると、自治基本条例の制定および施行が自治体にどのようなインパクトをもたらしたかという点については、積極的評価を下すことはできず、むしろ消極的にしか評価し得ないといえそうである。また阿部は、「自治体としての施策の策定や実施に関与する人々の意識や行動の変化は、あるにはあるが、それほど顕著なものではない」(622ページ)という。住民のまちづくりに関する学習権を明確に位置づけ、それを保障するための方策と、まちづくりを推進する行政職員の育成を図るための方策を具体的に提起することが強く求められるところである。その方策のひとつに市民福祉教育がある。
付 記
大阪府箕面市が1997年4月1日から施行した箕面市市民参加条例(全9条)や1999年10月1日から施行した箕面市非営利公益市民活動促進条例(全14条)をひとつの契機に、2000年以降、自治基本条例や市民参加条例、市民活動支援条例等の市民参加・協働に関するさまざまな条例(「市民参加・協働条例」)が全国各地で制定されている。その現状と課題について、大久保規子は、それらの条例を次の8つに分類して分析・検討を加えている。(1)自治基本条例、まちづくり基本条例等、自治の基本原則を定めるもの(自治基本条例型)、(2)参加・協働の理念・原則を定めるもの(参加理念・原則型)、(3)ワークショップから、パブリック・コメント、審議会まで、多様な参加・協働手法の総合的な体系化を図るもの(参加総合型)、(4)パブリック・コメント等、個々の参加・協働手法の具体的しくみを定めるもの(参加個別型)、(5)市民・NPО活動の支援・促進に関するもの(支援型)、(6)参加・協働に関する規定とNPО活動の支援・促進に関する規定を1つにまとめたもの(参加・支援総合型)、(7)主にコミュニティ組織について定めるもの(コミュニティ型)、(8)環境保全、まちづくり、福祉等、個別分野における参加・協働のしくみを定めるもの、がそれである(大久保規子「市民参加・協働条例の現状と課題」『公共政策研究』第4号、日本公共政策学会、2005年1月、24~37ページ)。
また、大久保らは、2011年11月から12月にかけて、全国の1660自治体(岩手県・宮城県・福島県内の自治体を除く)を対象に、市民参加・協働条例に関する包括的な全国調査を実施し、約6割の自治体から回答を得ている。その結果の一部を以下に記し、参考に共することにする。まちづくりと市民福祉教育に関して留意しておきたいところでもある。
(1)市民参加・協働条例を制定済みの自治体は、自治基本条例を入れて全体の約3割。人口規模の大きい自治体ほど制定率が高い。制定を検討中の自治体が約2割を数える。条例の有無を問わず、参加・協働の必要性は共有されている。
(2)制定済みの自治体では、市民活動の活発化等の効果がみられるが、その反面、制度の認知度が低く、参加者の固定化や参加者層の偏り、市民と行政のニーズのミスマッチ等の課題も出ている。コーディネーターを含む人材育成や地域の実情に応じた細やかな仕組みの整備が必要である。
(3)制度の運用についてきめ細やかな工夫を行う自治体もある一方で、ほとんど制度の運用実績のない自治体もあり、制度の実効性について自治体間格差がみられる。
自治基本条例にみるまちづくり学習とその権利(Ⅰ)
「まちづくりは人づくり、人づくりは教育づくり」「福祉によるまちづくりの最大の問題は、住民の『学習権』保障とその一環としての市民福祉教育の推進である」。これは、特に目新しいものでもなく、新味に欠けることを承知しているうえでの、筆者(阪野)の管見のひとつである。なお、まちづくりの英訳については、学界や学者によってさまざまであり、確定されたものはなさそうであるが、とりあえず community planning を考えている。
まちづくりや自治に関する基本原則や、行政の基本ルールなどを明文化した条例に「自治基本条例」(総称)がある。それについては、確立された考え方やコンセンサス(合意)を得た定義が存在するわけではない。一般的には、地域の住民が抱える多様な生活課題や地域課題を解決し、安全・安心なまちづくりをめざして、住民(法人や団体を含む「市民」)と自治体職員、市区町村長、市区町村議会議員の4者の役割や責務、相互関係などを明らかにすることを目的として制定される、市区町村の最高規範ないし最高位条例であるといえる。例えば、総務省(「地方行財政検討会議」)は、2010年6月、「地方自治法抜本改正に向けての基本的な考え方」について纏めるが、そのなかで「通常の条例の上位に位置する基本条例(「自治憲章」)を考えることもでき」るとして、次のように述べている。いささか長きにわたるが引用しておくことにする。
人口減少・少子高齢化社会の到来、家族やコミュニティの機能の変容をはじめとする時代の潮流の中で、住民に身近な行政の果たすべき役割は従来に増して大きくなることが見込まれ、地方公共団体は、これまで以上に住民の負託に応えられる存在に進化を遂げなければならない。
一方、現実には、地方公共団体の行政運営に対する地域の住民の関心は都市部を中心として低いと言わざるを得ない。例えば、地方選挙の投票率は国政選挙より総じて低く、全体として見れば低下傾向にある。
このような状況を克服し、自らの暮らす地域のあり方について地域の住民一人ひとりが自ら考え、主体的に行動し、その行動と選択に責任を負うようにする改革が求められている。これは、一つには、住民に身近な行政は、地方公共団体が自主的かつ総合的に広く担うようにすることであり、もう一つには、地域住民が自らの判断と責任において地域の諸課題に取り組むことができるようにすることである。この2つの観点から地方自治法のあり方を抜本的に見直す必要がある。(2ページ)
地域住民が自らの判断と責任において地域の諸課題に取り組むことができるようにする観点からは、地方公共団体の組織及び運営や住民自治の仕組みについても、法律によって定められる基本的事項の枠組みの中で可能な限り選択肢を用意し、地域住民自身が選択できるような姿を目指すべきである。
この場合の選択の方法としては、通常の条例のほか、通常の条例の上位に位置する基本条例(「自治憲章」)を考えることもでき、また、住民投票制度の導入を構想することもできよう。 (4ページ)
自治基本条例の嚆矢は、北海道ニセコ町が2000年12月27日に制定し、翌2001年4月1日から施行した「まちづくり基本条例」であるといわれる。以来、NPО法人公共政策研究所のウェブサイトによると、2013年8月現在で288の自治体において自治基本条例が制定、施行されている。
さて、本稿のねらいは、住民(市民)主権や住民(市民)自治によるまちづくりを実質化するための「学習」や「学習権」が、自治基本条例のなかでどのように位置づけられているかを明らかにするために、若干の基礎的整理を行うことにある。そこで、とりあえずは、「学習」や「学ぶ権利」などの文言のある自治基本条例と条文を抽出することにする。ただし、紙幅の制約から、その整理作業は限られたものになる。以下では、自治基本条例を、多少煩雑な感じはするが、(1)まちづくりの理念や目標、原則のひとつとして「学習」について規定しているもの、(2)「学習権」を条文の見出しに表記しているもの、(3)住民の権利や責務のひとつとして「学習権」について規定しているもの、(4)「生涯学習」を条文の見出しに表記しているもの、(5)学習機会の提供や学習支援について規定しているもの、という5つの枠組みを設けて整理する。また、条文はできる限り自治基本条例の制定順に記載することとし、それぞれに施行年月日を付す。なお、「人材育成」は「学習」を含意するが、「人材育成」の文言のある自治基本条例と条文については、今回は採りあげない。また、288の自治基本条例についてはひととおり目を通したが、見落としているものについてご指摘いただければ幸いである。
(1)まちづくりの理念や目標、原則のひとつとして「学習」について規定している自治基本条例
①新潟県柏崎市/柏崎市市民参加のまちづくり基本条例/2003年10月1日
(まちづくりの目標)
第6条 市民と市は、まちづくりの基本理念に基づき、それぞれに協働し、次に掲げるまちづくりの推進に努めるものとする。
(2)すべての市民が学ぶ喜びを持ち、生涯にわたって学習できるまちづくり
②青森県五戸町/五戸町まちづくり基本条例/2004年7月1日
(まちづくりの基本理念)
第2条 まちづくりは、町民、自治会等、その他の団体(以下「町民等」という。)及び町が協働を基本とし、次に掲げる事項を重点的に守り育てることを目指して行うものとします。
(2)郷土の文化と学ぶ心
③福島県三春町/三春町町民自治基本条例/2005年10月1日
(学習と能力向上)
第7条 町民、議会及び町は、郷土の歴史、地方自治及び民主主義等について自ら学び、その能力の向上を図りながらまちづくりを進めることを原則とする。
④北海道登別市/登別市まちづくり基本条例/2005年12月21日
(まちづくりの基本理念)
第2条 まちづくりの基本理念は、次に掲げるものとし、市民及び市はこの理念に基づきまちづくりを推進しなければならない。
(1)市民は、市民自治を実現するために自ら学び、市民の権利を行使し、まちづくりに積極的に参画するよう努めること。
以上のほか、⑤広島県三次市/三次市まち・ゆめ基本条例/(まちづくりの目標)第6条(4) 歴史と伝統を継承するとともに、学ぶ喜びをもてるまちづくり/2006年4月1日、⑥北海道上富良野町/上富良野町自治基本条例/(基本理念)第3条(4) わたしたちは、学習や心身の健康づくりを惜しまず、自らを高めます。/2009年4月1日、⑦千葉県流山市/流山市自治基本条例/(目指すまちの姿)第5条(6) 生涯にわたって学ぶことができるまち/2009年4月1日、⑧岐阜県輪之内町/輪之内町まちづくり基本条例/(まちづくりの基本理念と基本施策)第三条四 生涯現役で生きがいの溢れる生涯学習を推進するまちづくり。/2010年4月1日、⑨北海道置戸町/置戸町まちづくり基本条例/(人を大切にするまちづくり)第5条 町民、議会及び町は、生涯学習などの学習活動がまちづくりにつながることを大切にして、子どもからお年寄りまで全ての町民が、互いを認め合い、健康でこころ豊かな人を育て、安心して暮らすことのできるまちづくりを行います。/2010年4月1日、がある。
以上のように、まちづくりの理念や目標、原則のひとつとして学習が明文化されている。しかし、その数は9例と少ない。また、理念や目標、原則としての規定だけでは、住民の学習活動や自治体による学習機会の提供、学習活動の支援などが具体的に推進されるとは限らない。すなわち、総則的な理念規定だけではその具体的な推進は担保されない。そこで、総則的な規定の次に置かれる、条例の中心的・本体的な内容・部分をなす実体的事項に踏み込んだ規定を設ける必要がある。そもそも自治基本条例そのものがいわゆる理念条例に過ぎないが、②は全体でわずか14条と短く、文字通りの理念条例・規定にとどまっている。それに比して、⑥は40条、⑦は41条から構成されており、詳細な規定がなされている。なお、条文数の多寡によって、まちづくりやその学習、それらに関する諸権利の規定などに違いがあるであろうことは推測に難くない。
(2)「学習権」を条文の見出しに表記している自治基本条例
①滋賀県甲良町/甲良町まちづくり条例/2003年4月1日
(地域学習の原則)
第4条 町民および町は、ともに地域学習を重ねながら、まちづくりに関する情報を共有活用し、地域学習の成果に基づきまちづくりの意思決定を行う。
(学ぶ権利)
第7条 町民は、まちづくりに関し、自ら考え行動するために必要な情報や考え方を学習する機会を得る権利を有する。
②大分県九重町/九重町まちづくり基本条例/2005年2月1日
(地域学習の原則)
第4条 住民、議会及び行政は、共に地域学習を重ねながら、まちづくりに関する情報を共有、活用し、その成果でまちづくりの意思決定を行うことを基本とする。
(学ぶ権利)
第8条 住民は、まちづくりに関し、自ら考え行動するために、学習する権利を有する。
③北海道遠別町/遠別町自治基本条例/2006年4月1日
(学ぶ権利)
第11条 わたしたち町民は、生涯にわたり学習機会を選択して学ぶ権利を有する。
④福岡県うきは市/うきは市協働のまちづくり基本条例/2007年4月1日
(学習の権利)
第8条 すべての市民は、まちづくり関して自ら思考し行動するために、学習する権利を有する。
学習権を独立した条文で明確に規定するのは4例にすぎない。①と②には、学習権規定の前に「地域学習の原則」の規定があり、条文の語句や表現も類似している。まちづくりは先ず、住民の地域への関心とそれに基づく地域理解、地域診断から始まる。その点に関して、①と②の規定は条例の構成と条文の内容において評価できよう。
(3)住民の権利や責務のひとつとして「学習権」について規定している自治基本条例
①埼玉県富士見市/富士見市自治基本条例/2004年4月1日
(市民の権利)
第6条 市民は、まちづくりの主体であり、市政に参加する権利及び市政に関する情報を知る権利を有する。
2 市民は、自ら考え行動するために学ぶ権利を有する。
②岐阜県岐阜市/岐阜市住民自治基本条例/2007年4月1日
(市民の権利及び役割)
第6条 市民は、市政に関して知る権利を有するとともに、広くまちづくりに参画する権利を有する。
2 市民は、自らまちづくりに関して学ぶ権利を有する。
③埼玉県熊谷市/熊谷市自治基本条例/2007年10月1日
(市民の責務)
第7条 市民は、主体的にまちづくりに参加するよう努めます。
3 市民は、自ら考え行動するためにまちづくりについて学ぶよう努めます。
④岩手県花巻市/花巻市まちづくり基本条例/2008年4月1日
(市民の権利)
第6条 市民は、まちづくりに参画する権利を有します。この場合において、参画しないことによる不利益な扱いを受けないものとします。
3 市民は、生涯にわたり学ぶ権利を有します。
以上のほか、⑤岩手県宮古市/宮古市自治基本条例/(市民の権利)第6条4 市民は、生涯にわたり学ぶ権利を有する。/2008年7月1日、⑥青森県おいらせ町/おいらせ町自治基本条例/(生活に関する権利)第4条(5) 子どもから高齢者まで誰もが、生涯にわたり自由に学ぶ権利/2009年4月1日、⑦鳥取県日吉津村/日吉津村自治基本条例/(村民の権利)第8条3 村民は、生涯にわたり学ぶ権利を有します。/2009年4月1日、⑧北海道名寄市/名寄市自治基本条例/(市民の権利及び役割)第11条 市民は、まちづくりに参加する権利、知る権利及び学ぶ権利に基づいて、自らの意思により主体的にまちづくりに参加するものとする。/2010年4月1日、⑨高知県須崎市/須崎市自治基本条例/(市民の権利)第5条(5) 生涯にわたり学ぶ権利/2011年1月1日、⑩東京都新宿区/新宿区自治基本条例/(区民の権利)第5条4 区民は、区の自治の担い手として、生涯にわたり学ぶ権利を有する。/2011年4月1日、⑪新潟県燕市/燕市まちづくり基本条例/(市民の権利)第5条3 市民は、まちづくりに関して自ら考え、行動するために、学ぶ権利を有します。/2011年4月1日、⑫滋賀県長浜市/長浜市市民自治基本条例/(市民の権利及び責務)第5条 市民は、まちづくりに参画する権利及びまちづくりに関して必要な地域学習を選択して学ぶ権利を有する。/2011年4月1日、⑬埼玉県白岡市/白岡市自治基本条例/(市民の権利)第4条3 市民は、まちづくりに関し、自ら考え主体的に行動するために必要な事項を学習する権利を有する。/2011年10月1日、⑭岩手県西和賀町/西和賀町まちづくり基本条例/(町民の権利)第6条2 町民は、等しく学ぶ権利を有します。/2012年4月1日、⑮石川県七尾市/七尾市まちづくり基本条例/(市民の権利)第6条4 市民は、まちづくりに関し、生涯にわたって学ぶ権利を有する。/2012年9月1日、⑯兵庫県西脇市/西脇市自治基本条例/(市民の権利)第16条2 市民は、自ら考え行動するため、生涯にわたって学習する権利を有します。/2013年4月1日、がある。
以上の条例は、①のように住民をまちづくりに参加する権利主体として捉え、まちづくりに関して自ら考え、行動するための学習権について規定する条例と、⑥のように住民が有する権利(「生活に関する権利」)を並列的に列挙し、そのひとつとして生涯学習の権利を位置づけている条例とに大別される。前者は①、②、③、⑧、⑪、⑫、⑬、⑮、⑯の9例、後者は残りの7例である。
いうまでもなく、学習権の保障は、①や②にみるように、まちづくりや市町村政に参加する権利(住民参加)と、まちづくりや市町村政に関する情報を知る権利(情報公開)が伴っていなければならない。自治基本条例では、住民参加と情報公開を前提に、住民がまちづくりや市町村政について主体的・積極的に学習できる条件整備にまで立ち入って規定することが望まれるところである。
また、まちづくりに参加する権利は、そこに暮らす全ての住民が有する権利である。とりわけ子どもや高齢者、障がい者、生活困窮者、外国籍住民などの社会的弱者に対する生涯学習の権利保障は、ノーマライゼーションとソーシャル・インクルージョンの実現に向けた福祉によるまちづくりを推進するに当たって、特に重視されるべきである。しかし、そうした規定は皆無である。住民(市町村民)のなかに社会的弱者も包含されているのであろうが、高齢者や障がい者などがひとりの住民として、またセルフヘルプ活動・運動としてまちづくりに参加・参画する権利と、それを保障するための生涯学習の権利について特別規定する必要性と重要性は高い。高齢者や障がい者などが置かれている社会的困難・不利・孤立・排除等の実態をみるとき、多言を要さないであろう。
協働と共働
本ブログのカテゴリー “ディスカッションルーム” にアップした 「福祉によるまちづくり、協働と共働、市民福祉教育」 の拙文中の概念図に関して、A県T市社協の職員(コミュニティソーシャルワーカー)から貴重なご意見と氏が作成した概念図をいただきました。その概念図を筆者(阪野)なりに加筆・修正したものを下に記します。
問題は、「協働」と「共働」、「狭義の協働」と「広義の協働」の違いや相互関係をどのように捉えるかというところにありそうです。筆者は、下記の概念図に基づいていえば、「共働」は行政と市民と社協が、新しい「場」(ステージ、プラットホーム)を創設し、そこにそれぞれが参画(登壇、登場)して、対等・協力の関係のもとで、共有化した目標を達成するために事にあたること(共同、協同)、と理解しています。その際の鍵概念となるのが、「相互作用」と「相互補完」、そして「相乗効果」です。






