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市民福祉教育の定義と概念図

市民福祉教育の定義
市民福祉教育とは、福祉文化の創造や福祉によるまちづくりをめざして日常的な実践や運動に取り組む主体的・自律的な市民の育成を図るための教育活動であり、その内容は、人間の尊厳と自由・平等・友愛の原理に立って、平和・民主主義・人権と、自立・共生・自治の思想のもとに構成され、その実践では、歴史的・社会的存在としての地域の社会福祉問題を素材にし、課題解決のための体験学習と共働活動を方法上の特質とする。(2013年9月1日一部修正)

市民福祉教育の概念図
市民福祉教育の概念図を示すと以下の通りである。(2013年9月1日一部加筆修正)
概念図中の上段の「地域コミュニティ組織」とは、地域に存在する、地域社会(地域福祉)の持続的発展のための組織を意味し、地縁型(地区別、属性別)とテーマ型、あるいは機能的集団型(アソシエーション)などに分類される。自治会・町内会、老人クラブ、民生委員・児童委員、NPO、福祉施設、企業などがそれである。「教育機関・団体」とは学校、公民館、図書館、PTA、民間教育団体などである。

地域コミュニティと「多元参加型コミュニティ」
今日、旧来の地域コミュニティの機能停滞や、新・旧の地域コミュニティの遊離や対立がみられる。地域の生活問題や福祉問題を自己解決する能力を備えた地域コミュニティの創造・再興が求められなかで、定型的な活動が主になりがちな地縁型コミュニティと地域との関係が希薄になりがちなテーマ型コミュニティの連携・協働のあり方が問われている。
そこで、「協働」や「共働」について考えるためのひとつの素材として、国民生活審議会総合企画部会が2005年7月に報告した「コミュニティ再興と市民活動の展開」のなかから、その言説の一部を項目的に整理し、提示しておくことにする。
「コミュニティ」(6ページ)
自主性と責任を自覚した人々が、問題意識を共有するもの同士で自発的に結びつき、ニーズや課題に能動的に対応する人と人とのつながりの総体。
「エリア型コミュニティ」(7ページ)
自治会・町内会といった地縁型団体による取組みを核として、同じ生活圏域に居住する住民の間でつくられるコミュニティ。
「テーマ型コミュニティ」(8ページ)
市民活動団体を中心にして、必ずしも地理的な境界にとらわれず、特定のテーマの下に有志が集まって形成されるコミュニティ。
「コミュニティ再興の条件」(9~10ページ)
①多様性と包容力
個人の自由な生活様式を前提として、幅広い世代や多様な価値観を持つ人々の参加を受け入れ る大きな包容力。
②自立性
地域の問題を市民自らの問題と受け止め、行政任せではなく、自立的に取り組む姿勢。
③開放性
コミュニティの参加者が開放的になって、コミュニティ外との積極的な対話や交流を図ること。
「多元参加型コミュニティ」(10ページ)
以上のような3つの条件を満たすコミュニティ。
地域的に区分されたコミュニティを基盤としながら、従来のエリア型コミュニティとテーマ型コミュニティが必要に応じて補完的・複層的に融合することで、多様な個人の参加や多くの団体の協働を促すコミュニティ。

ライフと教育
概念図中の下段の表示に関して次の拙文を再掲しておくことにする。

「人間は教育されなければならない唯一の被造物である」「人間は教育によってはじめて人間になることができる」。この、ドイツの哲学者カント(I.Kant)のことばを引くまでもなく、人間は本質的に教育を必要とする動物である。教育は、一般的・基本的には、次の3つの視点から捉えることができる。
(1)教育は、人間の「生命」すなわち「生きる力」の育成と向上を図るための活動である。その際の生きる力とは、社会的存在としての自分を、豊かな人間性と他者との相互行為のもとに主体的・自律的に築きあげていくための資質や能力のことをいう。この点に関して、「生きる力の核」としての「社会力」について説く門脇厚司の見解に留意したい。 社会力とは「社会を作り、作った社会を運営しつつ、その社会を絶えず作り変えていくために必要な資質や能力」、すなわち「人と人がつながる力」「社会を作っていく力」である(『子どもの社会力』1999〈平成11〉年)。
(2)人間が生まれ、生命を終えるまで生き続けること、それは生活することである。教育は、この日常の「生活」における実際的で具体的な「活動」すなわち生活経験を通して、またそれとの関連において現実社会について学ぶための活動である。その生活経験の過程で、知識や技能が獲得され、また活用されることになる。この点に関して、アメリカのジョン・デューイ(J.Dewey)は、「教育とは、経験の意味を増加させ、その後の経験の進路を方向づける能力を高めるように経験を改造ないし再組織することである」(『民主主義と教育』1916年)と述べている。また、デューイの教育論をベースに成人教育論を展開したエデュアード・リンデマン(E.C.Lindeman)は「教育は生活である」(『成人教育の意味』1926年)と説いている。
(3)教育は、人間の「生涯」にわたる社会「参加」に基づく成長・発達のための活動である。この点に関しては、フランスのポール・ラングラン(P.Lengrand)が、1965年12月に開催されたユネスコの第3回成人教育推進国際委員会で提案した「生涯教育」(「生涯学習」)の理念や、教育の使命は生活への準備としてのものから生涯にわたって継続するものへと変化すべきである、という指摘が思い起こされる。
要するに、「生命」「生活」「生涯」すなわちライフ(Life)は、人間の成長・発達の過程であり、それはまた教育の過程であるといえる。(『市民福祉教育の探究』みらい、2009年、ⅱ~ⅲページ)

注 2019年8月、一部改訂

福祉によるまちづくり、協働と共働、市民福祉教育

福祉の世界では、「参加から協働へ」ともいわれ、「協働」(coproduction、collaboration)という用語(ターム)が使用、強調されるようになって久しい。また、その概念は、地方自治(「新しい公共と公私協働」等)やまちづくり(「参画と協働によるまちづくり」等)の分野で多用されてきた。
例えば、横浜市は、他に先駆けて協働の概念を導入した自治体として有名である。横浜市では、1999年3月に「市民活動推進検討委員会」(委員長・堀田力)が報告した「横浜市における市民活動との協働に関する基本方針」(「横浜コード」)を基本的理念として、諸施策・事業を協働の視点のもとに推進してきている。その「横浜コード」では、行政が市民活動と協働するに当たっての6原則を提示している。(1)対等の原則(市民活動と行政は対等の立場にたつこと)、(2)自主性尊重の原則(市民活動が自主的に行われることを尊重すること)、(3)自立化の原則(市民活動が自立化する方向で協働をすすめること)、(4)相互理解の原則(市民活動と行政がそれぞれの長所、短所や立場を理解しあうこと)、 (5)目的共有の原則(協働に関して市民活動と行政がその活動の全体または一部について目的を共有すること)、(6)公開の原則(市民活動と行政の関係が公開されていること)、がそれである。また、2004年7月に策定された「協働推進の基本指針」では、「協働」を「公共的サービスを担う異なる主体が、地域課題や社会的な課題を解決するために、相乗効果をあげながら、新たな仕組みや事業を創りだしたり、取り組むこと」と定義づけている。
全社協が、2005年3月、『「協働」による福祉のまちづくり推進のための人材養成のあり方・研修プログラム』と題する報告書を纏めている。そのなかで、山口稔(関東学院大学)は、「協働活動とは何か」について次のように説述している。多少長くなるが、以下に述べる「市民福祉教育」との関わりがあることから、その一文をあえて紹介する。「①コミュニティワークにおける協働活動とは、住民、住民組織、NPO、福祉団体、施設・機関・組織、行政など、地域福祉にかかわる複数の主体が、それぞれの情報・経験・知識・技術などあらゆる資源をもちより交換しあい、対話と信頼、合意形成、自主性・主体性の尊重、対等な立場をもって具体的な問題解決活動に取り組むとともに主体形成を図る非制度的な協力関係をもつ活動である。②協働関係を築くに当たっては、行政のみならず、住民も含め、あらゆる主体に責任が伴うということが忘れられがちである。住民を取り上げるならば、行政依存体質ではない、自己の確立と主体的参画が求められる。すなわち、住民の協働活動の主体としての力量を高めることは、対等な協働関係にとって必須条件である。③対等な関係が成立するためには、各主体がそれぞれのもつ特質を最大限に生かしながら自立性、主体性をもつ必要がある。」(37ページ)。すなわちこれである。
なお、一種の流行語のように「協働」という用語を多用するのは行政や社協であるが、政治的な意味(概念)や政治参加の局面では、行政と市民が対等な立場で「協働」することは考えられない。行政参加の局面においては、「協働」は実態として存在している。ただし、両者の前提に「信託」の概念やシステムがあることに留意したい。行政がいう「協働」には、こうした点についての認識が希薄であったり、無自覚であることが多い。そこで、市民には、「信託」とそれに加えて「オンブズマン」「リコール」などについの認識や自覚が求められる。併せて留意しておきたい。
「協働」に類似・関連する用語に「共働」(coaction)がある。この用語を使用する自治体は多くはないが、例えば、福岡市では、2008年度に、「共働事業提案制度」を設けている。その目的は、市民の発想を活かした提案を募集し、NPOと市の「共働」による相乗効果を発揮することで市民に対するきめの細かいサービスを提供するとともに、地域課題の効果的・効率的な解決や都市活力の向上を図ることにある。この制度がめざす「共働」とは、「事業の企画段階から、NPOと市が対等な立場で、意思の疎通を図りながら意見を出し合い、適切なパートナーシップに基づき事業に取り組むこと」である。
また、「共働のまちづくり」を進める福岡県の古賀市では、『第4次古賀市総合振興計画(2012~2021)』(2012年6月)で、「共働」について次のように解説している。「『キョウドウ』とは、さまざまな主体が共通の目標に向かって、対等な立場で、相互に補完しあい、相乗効果をあげながら、社会的課題の解決にあたること。『キョウドウ』の表記方法には、『協働』や『共働』などがあるが、古賀市ではどちらかがどちらかに追従する関係ではなく、お互い対等の立場で『ともに』取り組んでいくという意味を込め、『共働』と表記している。」(7ページ)、というのがそれである。さらに、同県の宇美町は、2013年7月、「宇美町共働のまちづくり推進のための指針」を策定するが、「共働」には次のような意味が込められているとしている。「町民等と行政は、暮らしやすい町を築いていくためにパートナーシップを確立し、それぞれの責務と役割を認識しあい、認め合い、尊重しあい、対等な立場で、共に考え、共に協力し、共に行動していくまちづくりの実現を目指す」(3ページ)、がそれである。そして、「横浜コード」と同じく、(1)共有の原則(活動に必要な情報を共有すること)、(2)相互理解の原則(お互いの共通性や違い・特性を理解して協力し合い、相乗効果を生むように努めること)、(3)自主・自立の原則(役割分担や責任を明確化するとともに、自主性を尊重し、お互いに独自性、専門性を高めること)、(4)対等の原則(対等な横の関係で、成果を拡充し、相互に補完し合うこと)、(5)公開の原則(取り組みについて積極的に情報公開していくこと)を「共働の原則」とし共通認識することによって、よりよいパートナーシップを築くことができる、としている(11ページ)。
豊田市では、「共働によるまちづくり」「共働社会」の実現をめざして諸施策・事業に取り組んでいる。豊田市は、2005年10月に「豊田市まちづくり基本条例」を制定するが、その第2章「まちづくりの基本的な原則」第5条「共働によるまちづくり」で、「市民及び市は、共通の目的を実現するために、互いの立場を尊重し、対等な関係に立って、共にまちづくりを推進することに努めるものとします。」と定めている。豊田市総合企画部の手になる「豊田市まちづくり条例の考え方」(2005年10月)によると、「共働によるまちづくり」は、「市民及び市が、共通の目的を実現するために、それぞれの役割と責任の下、対等な関係に立って、相互の立場を尊重し、共に働く・行動すること」(7ページ)を意味するものである。また、「条例の考え方」では、諸事業・活動を A:行政が専属的に行う分野、B:行政活動に市民が参入する分野、C:市民と行政が一緒に活動する分野、D:市民活動に行政が連携する分野、E:市民が専属的に行う分野、の5つの分野に分けている。そのうえで、B、C、D の分野の活動を「協働の活動」とし、A+B+C+D+E によって「共働によるまちづくり」をめざす、と説いている(8ページ)。なお、直近の2013年3月に策定された『第2期豊田市市民活動促進計画』(2013年度~2017年度)をみると、「共働」について次のように説明されている。「市民と行政が共に考え、共に行動することでよりよいまちを目指すこと。市民と行政が協力・連携すること(通常これを「協働」といいます。)のほか、共通する目的に対して、市民が専属的に行う分野や、行政が専属的に行う分野をそれぞれの判断で、それぞれに活動することも含まれます。」(2ページ)。
以上の「定義づけ」や「解説」について、その構成要素を分析すると、共通するいくつかの基本的要素を見いだすことができる。その言葉を整理あるいは換言するとすれば、「対等な立場」「相互理解」「共通の目標」「連携・協力」「情報公開」「相互補完」「相乗効果」などがそれである。現状では、「協働」とりわけ「共働」の概念は観念的・多義的で、曖昧なものに留まっており、理論的にも実践的にもその問題点の明確な整理と広く深い検討が求められるといわざるを得ない。
ところで、筆者(阪野)はこれまで、「市民福祉教育」や福祉教育でいう「協同実践」などとの関わりで、「共働」「共働活動」という用語を使ってきた。次のような一文がそれである。いささか長きにわたるが、再掲する。

福祉教育でいう協同実践は、これまで、ややもすると形式的で活動至上主義に陥り、そこでの人間関係はとりわけ地域における福祉教育実践においては権威主義的な上下関係(「ピラミッド型」)になりがちであったといってよい。またそれは、実践の基盤になる共通の土俵づくりがないまま、あるいは不十分なまま、実際には既存のそれぞれの土俵でのひとり相撲に終わってしまい、理念だけが空転しているようでもある。共働活動は、メンバー間の対等で平等な人間関係と、市民としての個々のメンバーの主体的・自律的な参加に基づく一体的・組織的かつ柔軟な活動を展開するための相互作用を強調するところに協同実践との違いがある(『市民福祉教育の探究』みらい、2009年、80~81ページ)。

「参加と協働」は響きのよい言葉である。しかし、そこには、いくつかの問題点や限界が見いだされる。たとえば、参加が提唱される一方で、住民の責任や責務が強調されている。住民の政策形成過程への参加の重要性が指摘されながら、現実的には行政サービスの担い手としての参加に偏っている。また、協働は、相変わらず行政主導・行政優位のそれにとどまっている(『市民福祉教育をめぐる断章』大学図書出版、2011年、3ページ)。

市民と行政が「パートナーシップ」以上の高いレベルの市民参加を実現するためには、市民にも行政にも、対等な立場で、実質的・実効的な「参加と協働」をいかに展開するかが問われることになる。その際にまず求められるのは、行政においては「お上」意識の変革や行政組織の改革である。市民においては、能動的で理性的・自律的な生活主体や権利主体、自治主体として、個人的責任だけでなく社会的責任を負うべき存在として自らを形成することである。ここに、教育的営為や学習活動的要素が必要とされ、「市民福祉教育」が存立する(『同上書』、4~5ページ)。

シティズンシップ教育は、国家や社会にとって都合のよい、無批判・無抵抗の体制依存的市民を育成するものではない。それは、市民「参加」という名の「動員」や、行政の「下請け」化、「補完」化を促すものではない。また、官製的なボランティア・市民活動の振興、いわんや奉仕活動の義務化の推進を図るものではない。それは、市民一人ひとりが個人としての権利と義務を行使し、主体的・自律的な個人が自分の意思決定に基づいて社会的・政治的・経済的分野で能動的・積極的に行動する、時には多数派の決定に対する市民的不服従や良心的拒否を許容する成熟した市民社会の形成を志向する教育である。そのために必要となる能力が意識、知識、スキルである。
こうしたシティズンシップ教育、すなわち市民的資質・能力の育成は、福祉文化の創造や福祉のまちづくりの主体形成を図る市民福祉教育とかさなり合い、参考にすべき点が多い。シティズンシップ教育の一環としての市民福祉教育の展開のあり方や方向性について追究する必要がある。それは、福祉教育の実践と研究にとって喫緊の課題である(『同上書』48~49ページ)。

今日、国や地方自治体の行政改革と財政再建が焦眉の課題とされるなかで、「新しい公共」の創出や「新たな支え合い」の強化が叫ばれ、住民(市民)やボランティア、NPO、地域組織・団体などと行政の「協働」が推進されている。しかし、その取り組みの多くは、自治体主導・自治体優位の、「上から」の「新しい公共」であるといわざるを得ない。真に求められるのは、主体的・能動的・自律的な住民による住民主導・住民優位の、「下から」の「新しい公共」である。それは、「新しい公共」の創出にとって、新しい「私」の育成(住民の主体形成)が大きな課題となることを意味する(『同上書』84ページ)。

筆者はこれまで、協同実践に替わる用語として「共働活動」(coaction)を使ってきた。それは、グループのメンバーによって共有化された目標のもとで、各メンバーが主体的・自律的に参加して行う協同(共同)活動を意味する。その本質は、メンバー間の対等で平等な人間関係と、一体的・組織的かつ柔軟な活動を展開するための相互依存・補完・協力の相互作用にある。要するに、共働活動とは、多様な個人や集団が共生関係を形成し、多面的な相互作用によって社会的統合や融合を達成していく過程で展開される協同(共同)活動をいう。
市民福祉教育においては、こうした共働活動(体験学習)が重視される。そこでは、目標達成のためのアセスメント能力やプランニング能力、コーディネート能力、メンバーシップやリーダーシップ、それに共感的・共生的な生活理解・支援能力などの諸能力の育成と、その過程での「平和・民主主義・人権と、自立・共生・自治」などの価値観の形成が重要な課題となるのである(『同上書』68ページ)。

以上の叙述から、本稿のテーマである「福祉によるまちづくり、協働と共働、市民福祉教育」に関する概念図を作成するとすれば、以下のようになろうか。本稿の真のねらいはこの概念図の表示にある。
概念図中の行政「自主的・革新的自治体職員」に関しては、行政職員は「地方公務員」から「自治体職員」へと自己変革を図る必要がある。市民「主体的・自律的市民」に関しては、そこに暮らす生活者としての「住民」「地域住民」への啓発・教育を通して、「福祉によるまちづくり」に主体的・能動的・自律的に参画する「市民」(citizen)を育成する必要がある。ここに市民福祉教育が存立する、という意味である。
また、社協「コミュニティソーシャルワーカー」に関しては、ひとまず、次の言説を援用することにしたい。既存の社協職員(社協ワーカー)の枠組みを越えた、コミュニティソーシャルワーカー(地域福祉コーディネーター)ならではの役割は、「個別支援」と「地域支援」の両方の役割を果たしながら、既存の制度にはつながらない問題を明確にし、課題化し、その解決につながる仕組みを構築していくところ(「仕組みづくり」)にある、というのがそれである(『コミュニティソーシャルワーカー(地域福祉コーディネーター)調査研究事業報告書』野村総合研究所、2013年3月、109ページ)。
そして、この概念図の鍵概念が「共働」であることは言を俟たない。それとの関わりでとりわけ強調したいのは、日常的な地域生活において、明確で具体的な「市民活動目標」を掲げ、「市民主権・市民自治」の実現を通して「福祉によるまちづくり」をめざす「主体的・自律的市民」の姿(実像)である。併せて、そのための「市民福祉教育」である。

共働の概念図/8月26日

富山県における福祉教育の取り組みの経緯と今後の方向性

富山県社会福祉協議会(以下、富山県社協)は、1977年度から始まる国庫補助事業としての「学童・生徒のボランティア活動普及事業」(富山県の事業名称は「児童・生徒のボランティア活動普及事業」)に先駆けて、1973年度に富山女子短期大学付属高校と清光女子高校(現・高岡龍谷高校)の2校を「福祉教育指定校」に指定し、福祉教育事業を開始した。1977年度から2013年度までに、富山県社協から児童・生徒のボランティア活動普及事業の「推進校」指定を受けた学校は、小学校327校、中学校133校、高等学校80校、特別支援学校15校、計555校(延べ数)を数えている。なお、この「推進校」指定事業は2013年度をもって廃止される。
こうした学校福祉教育の推進を図るために、富山県社協では、学校現場等での実践に有用な教材の開発と普及に積極的かつ計画的に取り組んできた。小学校5年生(『ともに生きる』1981年)や中学校1年生(『共に生きる』1987年)を対象にした「福祉読本」、5歳児を対象にした福祉絵本(『みんな、なかま』1990年)、小学校高学年生向けの福祉DVD(『ともに生きる』2006年)、小学校4年生向けのボランティア読本(『ボランティアの本』2010年)、などの作成・配布がそれである。そのうち、例えば福祉絵本(『みんな、なかま』)についていえば、配布はひとまず2010年度で終わるが、20年間で20万人以上の5歳児の手元に届けられている。
周知の通り、1990年代に入ると、学校福祉教育から地域福祉教育への移行・進展の必要性や重要性が指摘され、その実践を推進するための体制の整備やプログラムの開発、人材の養成などが進むことになる。その証左のひとつとして、全国社会福祉協議会(以下、全社協)が、1996年3月に『地域に広がる福祉教育活動事例集―福祉教育の考え方と実践方法・先進的事例に学ぶ―』と題する「福祉教育モデル事例集」を発行したことを挙げることができる。その後、全社協は、2004年9月に「社会福祉協議会における福祉教育推進検討委員会」(委員長・大橋謙策)を立ち上げ、2005年11月に『社会福祉協議会における福祉教育推進検討委員会報告書』を纏める。それをひとつの契機に、「地域を基盤とした福祉教育の展開」「福祉教育が地域福祉の根幹をつくる」という視点・視座に立って、(地域)福祉教育実践に関する研究会の報告書を矢継ぎ早に作成し、公表・提案する。『福祉教育の展開と地域福祉活動の推進』(福祉教育実践研究シリーズ①、2008年3月)、『学校・社協・地域がつながる福祉教育の展開をめざして』(福祉教育実践研究シリーズ②、2009年7月)、『住民主体による地域福祉推進のための「大人の学び」』(福祉教育実践研究シリーズ③、2010年11月)、『地域福祉は福祉教育ではじまり福祉教育でおわる』(福祉教育実践ガイド、2012年3月)、『社会的包摂にむけた福祉教育~共感を軸にした地域福祉の創造~』(2013年3月)、などがそれである。
併せて、全社協は、人材養成のあり方についての検討や研修・養成プログラム等の研究開発を進める。『これからの福祉教育実践と福祉学習サポーター・実践者への研修のあり方~福祉教育の質的向上をめざして』(2001年3月)、『「協働」による福祉のまちづくり推進のための人材養成のあり方研修プログラム』(2005年3月)がその報告書である。発行時期は前後するが、『ボランティア ア・ラ・カ・ル・ト―「障害理解」プログラムの手引き―』(1999年3月)も注目される。
これらは、福祉・教育を取り巻く社会・経済情勢や社会的背景についての分析・評価・検討に基づくものであることは多言を要しない。そうした社会・経済の潮流と福祉・教育の動向を踏まえて、富山県社協では、2007年度から新たに「福祉教育地域指定推進事業」に取り組むことになる。その実施要綱の概要は以下の通りである。ちなみに、2010年度に地域指定を受けた市町村社協は13か所、その年度の参加者は児童・生徒を中心に1,302名を数えている。2012年度のそれは、12か所、1,323名となっている。

福祉教育地域指定推進事業実施要綱
1 目的
学校に通う子ども達が地域社会の中で暮らしていくことの意味を理解し、他者との関りを学ぶ中で、市町村社会福祉協議会をはじめ、いきいきサロンや小規模作業所等地域の社会資源と学校と社会福祉協議会が体験学習の企画段階から積極的に協働し、学校に限らない地域に根ざした子どもたちのボランティア体験学習・活動を推進することを目的とする。
2 実施主体
市町村社会福祉協議会
3 事業の実施
市町村単位に原則として2年間指定し、市町村社会福祉協議会が本事業の活動計画を作成し、いきいきサロンや小規模作業所、地区社会福祉協議会等との協働を図りながら、福祉教育・ボランティア体験学習に関わる事業を新たに実施する。
4 助成対象事業
(1) 教員と子どもと地域住民による地域福祉活動実践
(2) 福祉教育連絡会やボランティア活動研究会の開催
(3) 各学校における体験学習や研究活動に対する個別的支援の実施
(4) 地域の伝統・文化活動のボランティア活動による継承
(5) そのた、本事業の目的に即した事業

地域指定を受けた市町村社協による本事業への自己評価(「事業の成果・今後の課題」)は様々である。2012年度のそれをみると、「事業の成果」としては次のようなものがある。「子どもたちの地域福祉への理解や参加を促し、地区社協と連携したプログラムを提供することができた」「種々の体験学習によって福祉教育への興味・関心につながった」「親子の交流も深まった」「学校と地域が連携し、円滑に事業が実施されている」「小学生に民謡を伝承することができ、三世代間の交流が深まった」「児童生徒がボランティア活動やノーマライゼーションに対する理解を深め、ボランティア活動への参加意欲が高まった」「地域で暮らす障害者、ボランティアの存在を身近に感じながら日々の生活を送るようになった」等々がそれである。
その反面、「今後の課題」も少なくない。「車椅子体験、手話体験、視覚障害者体験に偏った」「特定の施設・団体との連携にとどまっている」「長期休業中のイベントボランティアが中心になっている」「福祉教育に取り組む姿勢に地域差がある」「地域に定着してきた反面、事業の発展・拡大に伴い、参加者の負担も出てきた」等々である。
以上から、地域指定の福祉教育実践とはいえ、その取り組みは児童・生徒の体験活動、しかも一過性のイベントを中心に据えたものが多いことがうかがえる。また、その評価は、市町村社協福祉教育担当者の主観的で総括的、抽象的なものにとどまっているといわざるを得ない。福祉教育実践における評価(リフレクション、振り返り)は、様々な立場や局面、内容や方法などによって行われるであろうが、福祉「教育」である以上、妥当性と信頼性、それゆえの客観性が問われることはいうまでもない。今後は、“地元”における、“まちづくり”に向けた福祉教育の戦略的で継続的かつ計画的な取り組みと、それに対応した科学的で客観的かつ多面的な評価を行うための工夫や改善が求められよう。
そこで、富山県社協は、2012年12月、児童・生徒のボランティア活動普及事業を総活し、福祉教育地域指定推進事業の充実強化策について検討するために、「福祉教育推進検討委員会」を設置した。検討委員会では、6回の委員会でのさまざまな議論を踏まえて、2013年8月、「『福祉教育サポーター』養成確保事業要綱」の成案を得ている。
福祉教育サポーターについては、例えば、2005年11月の全社協報告(『社会福祉協議会における福祉教育推進検討委員会報告書』)では、次のように述べられている。「地域を基盤とした『質』の高い福祉教育を推進するには、地域において地域住民が地域の生活・福祉課題の当事者であることの気づきや、課題解決に向けての行動力を高めたり、自らの暮らしを主体的に築いていけるような『学び』の環境づくりを広げることが求められます。そのためには、地域において、そうした『学び』の環境づくりを促進するキーパーソンとなる人材養成や、福祉教育の取り組み意義を理解し支援するサポーターとなる人材養成、さらに福祉の専門職に対する働きかけや学習機会の提供などが不可欠といえます。福祉教育推進のためのサポーターづくりとは、地域において福祉教育推進の理解者や実践者,協働者を増やすことを意味します。」(53ページ)。
富山県社協の福祉教育推進検討委員会では、全社協のこうした考え方の提示や、2001年3月の全社協報告(『これからの福祉教育実践と福祉学習サポーター・実践者への研修のあり方』)などの資料提供が行われ、各委員が主体的・協同的に学習を進め、理解を深めた。併せて、埼玉県社協の「福祉教育・ボランティア学習推進員養成研修」や鳥取県社協の「福祉学習サポーター講座」、名古屋市社協の「福祉学習サポーター養成研修」や宇都宮市社協の「福祉共育サポーター養成講座」、あるいは神戸市(こうべ市民福祉振興協会)の「こうべUD大学」「こうべUDサポーター」や可児市(NPОなんでもサポートセンター岐阜)の「岐阜コミュニティ創造大学」「コミュニティ創造士」など、全国各地の福祉教育やまちづくりに関するサポーター養成確保事業について分析・評価し、議論を重ねた。それらを踏まえて作成されたのが「『福祉教育サポーター』養成確保事業要綱」である。 以下にその要綱を紹介する。

「福祉教育サポーター」養成確保事業要綱
1 趣旨
人は、生まれ育った地域(地元)が、また移り住んだ地域が、安全で、安心して、より豊かに暮らすことができる“まち”になることを願う。そうした願いをかなえるのは、他ならぬそこに住む、子どもから大人までの住民、一人ひとりである。
“まちづくり”は、一人ひとりの住民が、その地域(日々の生活圏域)に存在する多様な生活問題や福祉問題について関心と理解をもつことから始まる。そして、その関心を高め、理解を深めるためには、何よりも“学習”が不可欠となる。
まちづくりは、一人ではできない。仲間をつくり、その輪を広げ、行政や関係機関・団体などと連携することが必要となる。また、まちづくりは、一人ひとりの住民が、できることを、できるときに、できるところで、しかも焦らず、かまえず、足元を確かめながら取り組むことが大切である。
「地域福祉は福祉教育ではじまり、福祉教育でおわる」といわれる。「まちづくりは人づくり、人づくりは教育づくり」である、ともいわれる。それは、福祉によるまちづくりを進めるためには、「福祉教育」の推進を図ることが必要かつ重要であることを意味する。
福祉教育はこれまで、学校を中心に考えられ、取り組まれてきた。そして、今日、とりわけ2011年3月に発生した東日本大震災をひとつの契機に、住民同士がお互いに支えあう地域福祉のあり方が改めて問われている。それを受けて、全国各地で、子どもから大人まで生涯学習の視点に立って、学校だけでなく、地域ぐるみで、地域に根ざした福祉教育を組織的・計画的に推進していこうとする取り組みがなされている。
地域に根ざした福祉教育とは、一人ひとりの住民が、それぞれの地域に生きるために努力する姿や態度、行動そのものに、教育的な価値を見いだす教育活動をいう。それはまた、地域とそこでの生活に根ざすことを通して、より豊かな日々の暮らしとそれを可能にする新しい“まち”を創ることに、主体的・自律的に取り組む住民を育てることである。
富山県社協では、1973年度から「児童・生徒のボランティア活動普及事業」やそれにともなう「福祉副読本」「福祉絵本」「福祉DVD」などの作成に取り組み、学校における福祉教育の推進を図ってきた。そのうえに、2007年度からは、「学校に限らない地域に根ざした子どもたちのボランティア体験学習・活動を推進する」ことを目的に「福祉教育地域指定推進事業」に取り組んでいる。地域福祉の推進が図られ、子どもから大人までの住民参加の必要性や実践がますます重要視される今日、福祉教育地域指定推進事業の実施・協力体制の整備・充実を図ることが強く求められている。
「福祉教育サポーター」(仮称)制度は、以上のような考え方や現状認識のもとに、福祉によるまちづくりをめざして設置しようとするものである。
2 福祉教育サポーターとは
福祉教育サポーターとは、
① 福祉や教育、そしてまちづくりに関心のある多くの人が、
② 地元や職場での日々の生活や活動などで得た知識や経験を、
③ さらに確かで豊かなものにするために学習(研修)を行い、
④ それによって自分や自分たちの能力と地元の魅力を再発見し、
⑤ 求められる見識(判断力、考え方)と企画・実践力(福祉力、教育力)、そして意欲(情熱、向上心)を活かし、
⑥ 何よりも自信と誠意と信念をもって、
⑦ 行政をはじめ学校や社会福祉協議会(以下、社協)、社会福祉施設、公民館、NPО、自治会・町内会、企業などが行う、
地元ならではの、新しいまちづくりとそのための「福祉教育」の事業・活動を支援する人をいう。
3 福祉教育サポーター制度のねらい
高校生以上の地元住民をはじめ、ボランティアやボランティアサポーター、NPО職員、民生委員・児童委員、福祉推進委員、地域(福祉)活動者、とりわけ団塊世代や高齢者・障がい者などと、福祉や教育の関係機関・組織・団体・施設などが連携・協働して、福祉教育サポーター制度の取り組みを進める。それによって、地元での人材の発掘と活用、地元の人々によるまちづくりや福祉教育に関する事業・活動の活発化、その内容の高度化などが図られる。何よりも、地元の人々にとっては、まちづくりの活動や運動の機会の創出と、それに参加・参画することによって個人の自己実現と生きがいの創造を促す。また、地元にとっては、住民の地元への関心力や地元の自治力などの向上が促される。そして、それらを通して、福祉による新しいまちづくりのさらなる進展が期待される。
4 福祉教育サポーター制度の特徴
本制度の大きな特徴は以下の諸点である。
(1)福祉教育サポーターは、従来の福祉・教育実践者に限定するのではなく、まちづくりとそのための福祉教育の事業・活動に関心と意欲をもつ地元の人々に対する研修(学習)を通して、主体的・積極的に応募してもらう。
(2)福祉教育サポーターの養成は、県社協や関係機関・組織・団体・施設などと連携・協働しながら、市町村社協と地区社協が中心になって地元で取り組む。また、そのためのカリキュラムなどを共同開発する。
(3)福祉教育サポーターの計画的・継続的な研修と認証・登録を行うことによって、一定水準の資質と能力を備えた人材を確保する。将来的には、地域(県や市町村の区域)でリーダー的な役割を果たす「福祉教育アドバイザー」(仮称)の創設を考える。
(4)福祉教育サポーターは、地区社協に若干名配置し、活動の場は主として地元の小学校区とする。
(5)福祉教育サポーターは、コーディネートの知識と技能を習得・活用して、地元で、組織的かつ計画的なまちづくりとそのための福祉教育の事業・活動の推進を図る。
(6)市町村社協は、県社協等と連携しながら、「福祉教育サポーター設置検討委員会」(仮称)を設置し、福祉教育サポーターの養成・確保に取り組む。またその後、「福   祉教育サポーター連絡協議会」(仮称)を設置し、福祉教育サポーター相互の情報交換と知識・技能の習得と経験を重ね、共有し、資質の向上を図る。
(7)県社協は、市町村社協職員(コミュニティワーカー)に対する福祉教育研修を計画的・継続的に実施する。とともに、「福祉教育サポーター事業推進検討委員会」(仮称)を設置し、市町村社協の「福祉教育サポーター設置検討委員会」(仮称)や「福祉教育サポーター連絡協議会」(仮称)との連携・協働を進める。
5 福祉教育サポーターの主な活動
福祉教育サポーターの主な活動として、次のような取り組みが考えられる。
(1)まちづくりやそのための福祉教育に関する事業・活動の情報の収集・提供と、地元住民に対する普及・啓発
(2)福祉や教育の関係機関・組織・団体・施設などが連携・協働して事業・活動を展開する際の、キーパーソンとしての連絡・調整
(3)社協や社会福祉施設、公民館などが行う、福祉教育研修やボランティア・まちづくり講座などの企画・運営および学習相談
(4)学校の「総合的な学習の時間」や課外活動(部活動、学校行事等)などにおける福祉教育活動に関する、子どもや教師への補助や協力・支援
(5)子ども・青年や高齢者・障がい者などが社協や社会福祉施設、公民館などで行う学習、文化、スポーツ、レクリエーション活動の支援や、福祉文化の醸成活動の支援
(6)地元住民が抱える生活問題や福祉問題を解決するための活動や運動への参加や活動支援 
(7)地元に所在する多様な関係機関・組織・団体などが行うまちづくりや福祉教育関係行事などへの参加や協力・支援

以上の「要綱」はあくまでも、「福祉教育サポーター」養成確保事業の指針を大綱的に定めたものである。富山県社協においては、今後、この事業を具体的に実施するに当たって、細目的な部分を「要領」として定める作業が必要となる。また、「福祉教育推進検討委員会」を発展的に解消し、2014年度に「福祉教育サポーター事業推進検討委員会」(仮称)を設置する。とともに、3か所の市町村社協を3年間モデル地区に指定し、連携・協働して福祉教育サポーター養成カリキュラムの研究開発などに取り組むことが予定されている。そのうえで、モデル事業の検証と評価を行い、2017年度から「福祉教育サポーター」養成確保事業が本格実施されることになる。
富山県社協が立案した「福祉教育サポーター」制度に類する取り組みは、既に全国各地で実施されている。しかし、サポーターを養成確保したものの、住民や活動現場(学校や社会福祉施設等)にあまり周知されていない、そのために活動の機会や場所が少ない、その結果サポーターの数も増えないといった悪循環を抱え、制度の衰退やさらには廃止に至る事例がみられる。同じ轍を踏まないためにも、富山県社協では、事業の本格実施に向けてどういう点に留意すべきであろうか。そのいくつかを指摘しておくことにする。
(1)福祉教育サポーター制度は、サポーターを属人的に捉えるのではなく、個々の地元住民の属性や地元との関係性などに留意しながら、サポーターとしての機能や役割、活動のプロセスを重視する制度である。
(2)福祉教育サポーター制度の普及・拡大を図るためには、制度の周知度や認知度を高めるとともに、地元のニーズとサポーターの適確なマッチングを図るための仕組みをつくることによって、活発な活動(活用)を促すことが重要となる。
(3)福祉教育サポーター活動の持続的発展を可能にするためには、定期的・計画的な研修を行うことによってサポーターの資質の向上を図るとともに、サポーター同士だけでなく、地元での人的ネットワークの拡大と連携強化を図ることが必要となる。
(4)福祉教育サポーター制度における養成カリキュラムは、「まち学習」(地元が抱える地域課題の発見と理解・診断)から「まちづくり学習」(協働による課題解決策と具体的活動の検討・協議)へ、という流れによって構成される。
(5)福祉教育サポーターには、福祉教育実践に関するプランナー、コーディネーター、そしてファシリテーターとしての知識と技能が求められるが、そこから、サポーターの養成研修では、講義のほか、ワークショップやフィールドワークなどを重視した参加体験型の学習法を取り入れることが肝要となる。
(6)福祉教育サポーターの「認証・登録」制度の導入は、サポーターに強いインセンティブ(奨励、刺激)を与えて活動の活発化を促すとともに、サポーターの一定の水準を保証することになり、サポーターの活用(活動)促進が期待される。
(7)福祉教育サポーター制度を充実・発展させるためには、福祉教育サポーターの活動の効果・成果を適正に検証・評価し、それを活かしてその後のサポーターの活動の内容や方法、活用のあり方などについて検討することが必要かつ重要となる。
(8)福祉教育サポーター制度の効果的な実施・展開を可能にするためには、市町村社協の役職員に対する福祉教育(事業)研修の充実、オール社協による福祉教育推進事業の取り組みの強化、そして何よりも「福祉教育地域指定推進事業」の充実・改善が求められる。

重田信一「福祉教育の推進を考える」(1975年6月)―資料紹介―

歴史研究においては、研究素材としての史資料の収集、分析と解釈、根拠づけ(解釈の積み重ね)、そして歴史観などの仕方やあり方が問われる。なかでも、史資料の収集には多くの困難を伴い、難儀することがしばしばである。
思いがけず、富山県社協発行の機関誌『福祉とやま』第183号(1975年6月1日、2頁)に掲載されている重田信一先生(2011年11月26日没。享年101)の原稿「福祉教育の推進を考える」を発見した。
周知のように、1970年11月、東京で開催された「昭和45年全国社会福祉会議」の第3専門委員会において、「社会福祉の理解を高めるために―教育と社会福祉―」というテーマのもとに、福祉教育について研究協議された。全国レベルで実施された最初のそれである。その際、会議に先立って、全社協をはじめ東京都社協(一番ヶ瀬康子委員長)や大阪府社協(岡村重夫委員長)などで「福祉教育研究委員会」が設けられ、福祉教育の具体的推進方策をめぐって研究協議がなされた。そのうち、全社協の福祉教育研究委員会は、全国会議での研究協議を踏まえ、1971年5月に「福祉教育の概念について」と題する中間答申を出している。その際、委員長を務めたのが重田先生である。
委員会の答申・報告書には、委員長の意向や言説が反映されることがある。全社協の中間答申では、福祉教育が地域福祉におけるひとつの方法論として捉えられている。以下に紹介する重田先生の一文を通して、中間答申における福祉教育の概念規定を改めて読み返してみるのも一考である。

福祉教育の推進を考える――明治学院大学教授・重田信一
ここ二、三年は実に福祉優先のPR時代といってよい盛況であった。
しかし今年になって低成長経済の段階に入ると、地方財政の赤字を理由に、福祉政策の行きすぎがささやかれることは、どうしたことであろうか。
社会福祉政策の伸長は政治家のアクセサリーではなかったはずである。
社会福祉についての国民要求はもっと根の深いものであったはずである。
形態の上でなく実質として社会福祉サービスは深められなければならない。
その課題についてより効果的な方向はなんであろうかは、地域住民と共に考え実践することのなかで明らかにされよう。
そのためには、説明し知らせる広報と共に、考える広報が必要である。
ここ十年ほど前から社会福祉の教育広報の重要さが叫ばれるのも時代的な意味をもつのである。
ある市町村で福祉教育・広報をどこまで住民に浸透させることができるかは、大局的にはその市町村における公私の福祉活動がどこまで進展しているかによって限定される。
住民が全く知らないこと、関心のないことをPRすることがいかに困難であるかを、われわれは実際に身をもって知らされているはずである。
実践あってこそ広報も効があるのである。
議員選挙の立候補者の公約に福祉政策の拡充が大きく掲げられ、福祉の充実を要求する住民運動が新聞報道される一方で、住民大衆が身近かに社会福祉の実態にふれ身につまされて福祉の充実に共鳴する心境まで至っているとはいい切れない実状の下で、福祉行政や社協関係者はどう行動すべきであろうか。
まず一般的にいえることは、従来からの福祉活動のあり方を、経済高度成長以後の住民の生活実態と比較して再検討するところから始めるべきではなかろうか。
施設を例にとると、その施設活動に関連した生活問題についての情報を集め、職員との話しあいを経て、理事者にその結果を伝え、今後の施設運営方針決定に前向きの影響を与え、新しい運営方針の意味を職員が理解し、その担当業務を方向づけるよう働きかけ、更にボランティア活動を通じて社会福祉の理解者協力者を増加させ、また施設活動を通じて日常接触する保健衛生、教育の専門家や、民生児童委員、婦人団体の幹部等に、実態をふまえて福祉活動の方向を考えるように仕向ける努力を根気よくキメ細かに進めることを期待したい。
社協は当面する地域住民の生活問題の変容について注意を深めるよう、これに関連する行政資料の整理を、更に住民懇談会、アンケートの実施に努め、その結果を問題提起として広報紙を通じてPRする。
その上で中・高校の福祉教育指定校を設定すれば、抽象的な社会保障制度の解説や道徳教育にとどまることなく、生きた同じ地域社会の活動事例を通じて生徒と共に教師自身にも新しい生活問題とそれへの対処の基本的方向が理解してもらえるのではなかろうか。
社会教育もまた社会福祉の教養講座の枠を破ることができるだろう。
社会福祉の教育広報の推進は、行政職員や社協職員ひとりの小手先の仕事でなく、地域社会をあげての総合的な活動によって裏付けられねばならない。(完)

1977年度に学校における福祉教育の全国統一的な制度化が図られ、今日ではまちづくりを指向した地域ぐるみの福祉教育が広がっている。こうした福祉教育の歴史的展開過程を一瞥するとき、1975年時点で、その後の福祉教育や福祉教育指定校制度のあるべき姿を説いている。とともに、「社会福祉の教育広報の推進は、(中略)小手先の仕事でなく、地域社会をあげての総合的な活動によって裏付けられねばならない」と結語を述べていることには、重田先生の見識の深さと先見性の高さを感ぜざるを得ない。

徳島県における福祉教育とボランティア実践の歴史と特性―資料紹介:木谷宜弘先生を偲びながら―

『ふくしと教育』第15号(大学図書出版、2013年8月)が届いた。「特集」は、2012年10月13日にご逝去(享年83)された「木谷宜弘先生を偲びながら」の玉稿で編集されている。「福祉教育とボランティア活動の源流を探る」が特集タイトルである。
私事に及ぶが、筆者(阪野)が木谷先生から直接的にご懇篤なるご指導と格別のご支援を受けるのは、1982年9月、全社協に新たに設けられた「福祉教育研究委員会」(第2次大橋謙策委員会)の末席を汚してからのことになる。30年も前のことである。爾来、筆者は折に触れ、木谷先生が“ボランティアの父”であり、“福祉教育の先達”であることを痛感してきた。これは筆者だけではあるまい。その認識は、今回の特集原稿によってさらに強められた。
木谷先生の「哲学」「思想」「理念」と「信念」、そして「理論」や「実践」は、実に広く、深く、そして穏やかさのなかに力強さを秘めている。「相互実現」等の用語(ターム)、「ボランティアは自由であるから楽しい。」等の語録、「共生から共創の里づくり」等の取り組み、そして「福祉と、そのとなり」(『福祉と、そのとなり:随想』ボランティア研究所、2008年)等のいいまわし(表現)。これらは「木谷イズム」そのものである。それを再考・追考し、継承するのは勿論のこと、さらに発展させる責務をわれわれは担っている。
ところで、筆者の手元に、「徳島県における福祉教育とボランティア実践の歴史と特性」と題する、A4判、2枚半の原稿がある。筆者が、2007年10月、徳島県社協に木谷先生らを訪ねた際に、先生から直接拝受した「草稿」(木谷先生のことば)である。タイトル末尾の「と特性」は朱書きで加筆されており、名前「木谷」が自筆で記されている。
木谷イズムの再考・追考、そして継承と発展の一助になるのではないかという想いから、以下にその全文を紹介することにする。

徳島県における福祉教育とボランティア実践の歴史と特性― 木谷―

昭和7年 徳島県童話研究会発足
昭和32年徳島県児童文化研究会と改称、児童文学部、口演童話部、視聴覚部、子供会育成部(子ども会育成みつばちクラブの母体となる)
資料:「徳島児童文化」1号~6号 昭和32年10月~34年9月 徳島県児童文化研究会発行

昭和21年 徳島県子供民生委員会から子ども会連合会へ
地域子供民生会を基盤とし、県、郡市、学校、それぞれの単位において、組織的活動が展開されていた。昭和32年PTA活動が普及するにつれて、地域子供民生会は PTA子ども会に吸収された。
資料:「こどもとともに」昭和32年7月 徳島県教育委員会社会教育課・徳島県PTA連合会編
昭和22年の半田町子ども会と昭和28年にできた里浦こども会は突出していた。 徳島県社会福祉協議会は、昭和34年第1回徳島県地域子ども会連絡会議開催し、 県下の子ども会の結集をはかった。
さらに、強化策として昭和37年徳島県子ども会育成みつばちクラブを結成し、それが連合会結成の基盤となった。
資料:「みつばち運動と子ども会」昭和38年4月 徳島県社会福祉協議会発行
昭和43年徳島県子ども会連合会結成

昭和32年 心の里親運動
1957年10月の里親開拓月間行事の一環として徳島県社会福祉協議会では「心の里親」(精神里親制度)を開始した。この心の里親は養護施設で生活している 孤児たちとの交流をはじめとする「あしながおじさん」のことで、里親ボランティアは新聞紙上で募集し、初年度は50名からスタート、20年後には200名余に進展した。この心の里親制度は北海道札幌市に伝播し、大きく開花した。

昭和33年 「明るい茶の間運動」と遊び場づくり
福祉をお茶の間の話題にしたい。その願いから「明るい茶の間運動」を展開。その手始めに、小学生から、「僕たち、私たちの願い」をテーマとした作文を募集した。その中に「遊び場」への要望が一番多かった。そこで、市民の手による「遊び場づくり」を提案、その結果、県下各地において「遊び場をつくる運動」が展開された。山間地の母親たちが造った野球場、青年団や老人クラブが労働奉仕で造った遊び場、民生児童委員が町会の協力で街中に造った遊び場など成果は上がった。遊び場づくりから子ども会の育成さらに子どもの家の建設へと発展した地域活動も現れた。

昭和33年 生涯学習をめざした老人大学の創設
全国最初の老人大学が鳴門市に誕生した。この老人大学は瞬く間に徳島全県の市町村 に広がっただけでなく、その萌芽は全国へと拡大した。徳島の老人大学の特質は、老人クラブ によって運営され、学習から地域実践へと連動させるという生涯学習をめざすところにあった。 徳島県老人クラブ連合会の活動は目覚しく「老人の手作り作品展示会」「老人芸能大会」「老友新聞の発行」と全国老人クラブの牽引車のような働きを示した。

昭和33年 徳島県児童文化研究会のはたらき
日本のアンデルセンと呼ばれる久留島武彦は口演童話による児童文化活動を全国に 広げた。徳島県もその影響を受けて、昭和7年、徳島県立図書館に徳島県童話研究会を 設立した。昭和33年、その組織を発展的に改組し、徳島県児童文化研究会として、 児童文学、人形劇、子ども会育成など幅広い児童文化の普及に貢献した。本組織は子ども会育成みつばちクラブ育成の母体となった。

昭和34年 「青年ボランティアの集い」の開催と実践
まだ「ボランティア」という言葉は市民権を得ていなかった。そこで、まず若者たちの時代感覚に訴えようと青年団へ呼びかけ、大麻神社の社務所の協力を得て、一泊研修を開いて、ボランティアの重要性を訴えた。その結果、遊び場づくりや少年野球の指導,小児マヒ予防運動や小児マヒ児童の臨海キャンプの開催、バラック住宅密集地における子どもを守る運動など青年たちによるボランティア実践が県下各地に浮上した。

昭和34年 保健福祉地区育成推進地区のモデル指定と地域活動
全国保健福祉地区育成協議会(育成協)が発足、本県では推進モデル地区となった大麻町と小松島市和田島地区が先陣を切って地域組織活動を推進した。両地区の「健康で明るい町づくりの地域実践」は全国の「実践事例集」に収録発表されるなど、大きな成果を挙げた。その実践の中には福祉教育やボランティア実践の先駆的住民活動の姿が見られる。

昭和34年 実業奉仕団によるボランティア活動の萌芽
本県の地域活動の活発化は、実業奉仕団体並びに企業組織の社会貢献活動に大きな影響を与えた。ロータリークラブは児童施設出身者の里帰り懇談会の開催、ライオンズクラブは心の里親への参加とその組織発展支援、青年会議所は離島や山間僻地の健康診断協力、菓子製造会社組合による「お菓子まつりキャラバン」(「こどもの日」「老人の日」のPR活動と児童施設や老人ホームへのお菓子寄贈運動)など多彩な活動が起きた。

昭和37年 善意銀行の発足
本県におけるボランティア活動の広がりを背景として、善意銀行の創設機運が盛り上がり、県社協は昭和36年に善意銀行構想を発表,翌37年、善意銀行小松島市支店を開設した。38年には全国450ヶ所に設置され、昭和52年今日に見られるボランティア センター網が完成した。

平成12年 「第9回全国ボランティアフェスティバルとくしま」を契機に子供民生委員活動が TIC運動として再生
全国大会を契機に児童の「藍・あい・愛運動」が3年間展開され、それを継承して十代世代による社会活動(「TIC運動」)が全県下に普及されている。阿波市の例にみられるように、TICの企画運営による「こどもフェスタ」の開催も新しい動きである。
さらに、上勝町ではTICによる山・海・街の三者による共創・対流プログラムの開催が予定されるなど、  TIC運動は全国への普及が期待されている。

以上から、福祉教育の言説に関していえば、木谷先生のそれは、子ども会や児童文化から始まり、老人クラブや生涯学習、そしてまちづくりにまで至る。しかも、狭義の「福祉」にとどまらず、「そのとなり」すなわち子ども・青年から高齢者や障がい者などを含めたすべての人間個々人の生命(生きる力)と生活(暮らし)、そして人生(生涯)を見据えた大きな広がりをもつものである。そのひとつの背景や基盤は、、四国徳島ならではの遍路に対するお接待の風習や文化にある、といえようか。そしてまた、子供民生委員制度を創案した平岡国市との間に何か一脈相通じるものがあると感じるのは、筆者だけであろうか。

天竜厚生会における福祉教育の取り組み―資料紹介―

1984年11月、全社協によって『福祉教育ハンドブック』が刊行された。そのことに関して、筆者(阪野)は、「それによって、福祉教育は、一定の理論的整理が行われるとともに、具体的実践のための『水先案内』を得ることになる」と評したことがある(阪野貢・ほか『福祉教育論』北大路書房、1998年、8ページ)。
そのハンドブックのなかに、福祉教育の実践事例のひとつとして、静岡県天竜市(現・浜松市)にある社会福祉法人天竜厚生会のそれが「社会福祉施設による福祉教育」と題して紹介されている。そこで、執筆者の山村睦(天竜厚生会研修センター)は、社会福祉施設と福祉教育の関係をめぐって次のように述べている。

私たちは相互交流の意味からも、また地域住民の社会福祉に対する理解を深める意味からも、施設を「ふれあいの場」として活用することが自然に行うことができないかと考えた。(中略)
昭和55年(ママ/56年:阪野)に、地元の天竜市が系統的に市民の福祉意識の高揚を図ろうというきっかけから、福祉教育事業が始まった。(182ページ)
施設で行われる福祉教育は、(中略)施設の歴史のなかで必然的にその必要性を感じるところから始まった。福祉教育のもつ意味のなかで、特にその目標が社会福祉を中心課題として始まったことは特徴的なところである。
今ひとつ福祉教育には社会福祉とかかわりはあるが、もっと幅を広めて、「人間教育」の場として、個々人の生き方を考える機会としても、とらえられている。(185ページ)

山村がいうように、天竜厚生会では、地元・天竜市から国際障害者年記念事業(1981年)としての委託を受けて、福祉教育に取り組むことになる。とはいえ、天竜厚生会はその後、他に類をみないほどに、福祉教育事業に計画的・継続的・組織的に取り組む。とともに、系統的・体系的なプログラムを開発・編成して、福祉教育実践の展開を図ることになる。何故か。それは、単に、主として1970年代から始まる「施設の社会化」論の潮流に乗ったり、1990年の社会福祉関係8法改正に基づく「施設の社会化」のあり方の問直しを先取りしただけでもあるまい。
その答えの基本部分は、山村がいう「人間教育」ということばに見いだすことができるのではないか。天竜厚生会では当初から、人間の存在そのもの(存在の根拠)と生き方を問う人間教育の一環として福祉教育の推進を企図したのであろう。それをより確かなものにするために、1984年12月に「天竜厚生会福祉教育研究会」を立ち上げる。1988年3月に『施設における中学・高校生の福祉教育に関する研究』として纏めた研究成果と、その研究プロセスが注目されるところである。要するに、天竜厚生会は、“福祉教育は社会福祉施設がもつ重要な役割や機能である”という「福祉教育」に対する信念と確信、そして「教育」に対する情熱と使命感をもって取り組んできたといっても過言ではあるまい。
周知の通り、福祉教育はいま、「学校福祉教育」から「地域福祉教育」、筆者がいう「市民福祉教育」へと、その移行・進展が指摘されている。しかし、それは、学校における福祉教育や、福祉教育実践における社会福祉施設等との連携・協働を軽視するものではない。原田正樹によると、「今日の福祉教育の動向を一言で表すならば、『地域において生涯にわたる総合的統合的な福祉教育の展開』が求められているといえる。このことは、今日の福祉教育実践を『地域化』という視点で整理することができる」(『地域福祉の理論と方法』中央法規出版、2009年、68ページ)。原田の言説を敷衍すれば、そうであるが故に今日、学校福祉教育のあり方や社会福祉施設における福祉教育の取り組み、学校と社会福祉施設等との連携・協働のあり方などが厳しく問われることになる。
周知の通り、1970年代は、1971年度を初年度とする「社会福祉施設緊急整備5か年計画」が策定され、それに基づいて、社会福祉施設のいわば量的な整備充実が図られた時代である。そういうなかにあって、天竜厚生会は、研修センターを設置して社会福祉施設を利用した福祉教育の推進を図るとともに、福祉教育ハンドブックや福祉教育実施報告書の刊行などによる「地域化」(原田)に主体的、積極的に取り組み、果敢に挑戦してきた。これは厳然たる事実である。それを可能にした要因や条件は何か。また、それらが複合的・効果的にプラスの方向に作用したのであろうが、それは何故か。そしてまた、何よりも山村三郎(天竜厚生会事務局長)の存在が大きかったが、彼の福祉教育に関する思想や理念はいかなるものであったのか。
別稿で、筆者はいま、手元にある福祉教育関連資料の整理を行っていると述べた。今回は、天竜厚生会の福祉教育に関する資料(史料)を紹介することにした。上述のように、天竜厚生会では、1981年から福祉教育に取り組んでいる。30年以上も前のことである。30年の歴史から、とりわけ山村三郎から、福祉教育の実践者や研究者は何を学び、何について考えてきたのか。真摯に振り返る必要があるといえよう。ここで、唐突ではあるが、「歴史を学ぶと、我々が歴史から学んでいないことが分かる」というドイツの哲学者ヘーゲルの名言を思い出す。
以下に、天竜厚生会の福祉教育に関する資料(史料)を紹介しようとする意図は、上記のような研究課題にアプローチする必要性があると考えるからである。それはまた、次代を担う若手実践者・研究者による「市民福祉教育」の理論の構築と実践の進展を願ってのことでもある。

Ⅰ 福祉教育開催要領
(1)福祉教育の目的
望ましい福祉社会とは、明るく、健康で、支えあう気持ちのあふれた地域社会であろうかと思 います。この研修は、障害者に対する福祉をはじめ、せまりくる高齢化社会に対応して老人の福祉など、ひろく社会福祉の全般について市民一人一人の意識をたかめようとするものであります。
(2)福祉教育の対象
一般市民、学生、生徒等
広報、新聞等でアピールし、一般からの自主的参加を働きかけるほか、福祉事務所、社会福祉協議会、教育委員会等より各種団体、学校等へ働きかける。
(3)福祉教育の内容
①福祉の理解
社会福祉を生活上困難な状況におかれた人々に対する援助としてのみとらえるのではなく、社会生活の中で障害を持つ人々も含めて全ての人々がよりよい生活を作り出すための活動であることを正しく理解する。
②障害者の理解
一般に障害者といわれている人々の障害の発生、原因、障害の状態、障害者の実数等正しく理解し、障害者の援助について考える。合わせて、実際に障害を持つ人々が日常生活上どのような不自由があるかを体験してみる。
③施設見学
社会福祉実践の場の一つである施設及び施設を必要とする人々が多領域にわたることの実際を知る。
④施設実習(ふれあい)
障害者、老人等と直接ふれあうことにより、障害者、寝たきり老人への理解を深め、福祉の心をより高める。
※プログラム(概要:阪野)
日帰りコース(中学生・一般) 9:00~16:00
オリエンテーション/講義/実技/施設見学/施設実習(約90分)
1泊2日コース(中学生・高校生等) 9:00~2日目/16:00
オリエンテーション/講義/実技/施設実習(約7時間)/レクリェーション/反省会
2泊3日コース(高校生等) 9:00~3日目/16:.00
オリエンテーション/講義/実技/施設実習(約14時間)/レクリェーション/反省会

『ふくし教育―福祉教育5周年記念誌―』天竜厚生会研修センター、1986年、60~62ページ。

Ⅱ 福祉教育のあゆみ
【昭和56年】
4月1日
天竜市より福祉教育実施委託をうける。
4月7日
天竜市福祉事務所長・天竜厚生会事務局長共に、静岡県立二俣高等学校、静岡県立天竜林業高等学校を訪問、福祉教育実施に伴い、高校生の参加を御願いする。
天竜市内校長会において中学生の参加を御願いする。
4月~6月
天竜市福祉事務所より、各種団体等への福祉教育実施に伴う参加のお願いをする。
6月10日
天竜市内校長会(中学校長)天竜厚生会を訪れ、施設見学、中学生の福祉教育の在り方について検討する。
7月6日
天竜市福祉教育開講式。
天竜市長をはじめ、静岡県西部民生事務所長等、多数の来賓列席のもとに開講式が催される。
受講生/天竜市婦人連盟
8月3日
中学生福祉教育開始。
8月7日
岡部町社会福祉協議会主催による岡部町中学生の福祉体験学習実施。
9月4日
福祉教育閉講式
一応の成果をおさめ福祉教育閉講式を行う。
天竜市長ほか列席。受講生/天理市自治会
9月22日
福祉教育の模様を静岡第一テレビ局が取材。
10月1日
天竜市内校長会(中学校長)中学生福祉教育反省会。
10月22日
福祉教育。受講生/天竜市心身障害児推進協議会
11月末
昭和56年度天竜市福祉教育報告書作成。
【昭和57年】
2月16日
浜北市福祉事務所、浜北市教育委員会、天竜厚生会の三者にて浜北市福祉教育実施の方法について協議、浜北市教育委員会を通して中学生の福祉教育参加を御願いする。
2月
竜山村より住民の福祉啓発を目的とした福祉教育の依頼がある。時期7月・8月
4月22日
福祉教育の具体的内容、実施方法について浜北市福祉事務所と協議する。
4月中旬
天竜市と昭和57年度福祉教育の実施について協議、日程等の調整をはかる。
5月4日
浜北市内校長会において福祉教育の概要について説明する。
5月~7月
天竜市、浜北市共に、市内各団体等への福祉教育実施に伴う参加の御願いをする。
中遠振興センターより一般を対象とした福祉教育の依頼がある。
7月2日
天竜市福祉教育開講式。
天竜市長他、多数の来賓列席のもとに開講式が催される。
受講生/天竜市婦人連盟
7月19日
浜北市福祉教育開講式。
浜北市長他、多数の来賓列席のもとに開講式が催される。
受講生/浜北市婦人会
7月21日
竜山村社会福祉協議会主催の福祉教育実施。
民生委員他各種団体を対象に7月、8月に4回に分けて実施する。
8月5日
天竜市福祉教育の模様をテレビ静岡が取材する。
8月6日
岡部町社会福祉協議会主催の岡部町中学生福祉体験学習実施。
8月9日
川根町主催の川根中学生福祉教育実施。
8月17日
浜北市福祉教育の模様を静岡新聞社が取材する。
8月18日
浜北市福祉教育閉講式。
一応の成果をおさめ、福祉教育閉講式を行う。
浜北市長ほか列席。受講生/浜北市婦人会
8月20日
天竜市福祉教育の模様をNHKテレビ及び静岡新聞社が取材する。
8月26日
天竜市福祉教育閉講式。
一応の成果をおさめ、福祉教育閉講式を行う。
天竜市収入役ほか列席。受講生/静岡県立天竜林業高等学校
9月28日
中部振興センター主催の福祉教育実施。
【昭和58年】
7月12日
静岡県ボランティア・カレッジ事業共済(ママ/催:阪野)で17市町村合同福祉教育開講式を行う。
【昭和59年】
プログラムを一部変更してビデオ「楽園をめざして」を導入。
12月~昭和63年3月
福祉教育研究会を発足し、トヨタ財団の助成を受け、予備研究「施設における中学・高校生の福祉教育に関する研究~福祉教育の理論と方法―中学・高校生への期待と社会福祉施設の役割に関する実証的研究~」を行う。
●参加中学・高校生の追跡アンケート調査及び保護者のアンケート調査、事前アンケート調査と感想文の分析
●福祉教育ハンドブック全面改訂 「福祉ってなんだろう」作成
【昭和63年】
6月28日~29日
トヨタ財団の助成を受け、福祉教育研究集会を開催。
記念講演 児童文化研究家 吉岡たすく氏 「私の見た子供の世界」
9月22日~平成2年11月30日
トヨタ財団の助成を受け、研究「社会福祉施設における実践的福祉教育の研究~障害者との触れあい体験を中心とした地域における福祉教育実践の展開方法研究と方法論の開拓」を行う。
● 天竜市民福祉意識調査実施(平成元年8月25日~27日)
天竜市を市街地から山間部まで6地区に分け、18才以上69才以下の市民の中から、各地 区の人口比に基づき世帯主、妻、若年層を各200名、600名を抽出、学生の協力を得て個別面接の方法で実施した。
● 効果測定取り組み
福祉教育参加の中学・高校生を対象とした約600名に事前(実施役1ヶ月前)・事後(福祉教育実施終了後)測定を実施。
● 小学生福祉教育ハンドブック「ふくしってなんだろう」作成(平成2年3月発行)
● 福祉教育モデル事業実施
① 幼児への取り組み
ポスター、福祉教育ハンドブックを幼稚園、保育園、児童館等の関係機関に配付。
「母親が子に教える福祉教育」の実施。(平成2年9月19日)対象:北遠地区母親クラブ
② 児童への取り組み
親子体験教室・日帰りコースの実施。(平成2年7~8月)
親子体験教室・1泊2日コースの実施。(平成2年7月~8月)
③ 高校生を中心として主体的活動を促進する取り組み
高校生ワークキャンプ(天竜市社協主催)の実施。対象:天竜厚生会施設利用者・地元高校生
【平成7年】
従来中学・高校生を対象に行っていた事前アンケートの内容を見直し、事前・事後に中学生から一般までを対象に行うこととした。
施設利用者に講師を依頼し、午前中の講義の内容充実を図った。

Ⅲ 福祉教育関係資料
(1)『福祉ってなんだろう―福祉教育ハンドブック―』
昭和56年7月/初版第1刷
昭和57年7月/第2刷
昭和58年5月/第3刷
昭和59年5月/第4刷
昭和60年5月/第5刷
昭和62年5月/改訂第1版第1刷
昭和63年12月/第2刷
平成2年12月/第3刷
平成2年12月/第3刷
平成4年6月/改訂増補第1版第1刷
平成8年1月/第2刷
(2) 『ふくしってなんだろう―福祉教育ハンドブック 小学生編―』
平成2年3月/初版第1刷
平成3年2月/第2刷
平成8年1月/第3刷
(3)『福祉ってなんだろう―福祉教育実施報告書―』
天竜厚生会福祉教育実施報告書/昭和57年11月
昭和58年度福祉教育実践活動報告書/昭和59年1月
昭和59年度福祉教育実施報告書/昭和60年1月
昭和60年度福祉教育実施報告書/昭和61年3月
昭和61年度福祉教育実施報告書/昭和62年3月
昭和62年度福祉教育実施報告書/昭和63年3月
昭和63年度福祉教育実施報告書/平成 元年3月
平成元年度福祉教育実施報告書/平成 2年3月
平成 2年度福祉教育実施報告書/平成 3年3月
平成 3年度福祉教育実施報告書/平成 4年3月
平成 4年度福祉教育実施報告書/平成 5年3月
平成 5年度福祉教育実施報告書/平成 6年3月
平成 6年度福祉教育実施報告書/平成 7年3月
平成 7年度福祉教育実施報告書/平成 8年3月
(4)『ふくし教育―福祉教育5周年記念誌―』天竜厚生会研修センター、昭和61年4月
(5)『施設における中学・高校生の福祉教育に関する研究』天竜厚生会福祉教育研究会、           昭和63年3月
(6) 『天竜市民福祉意識調査報告書』平成2年10月

『福祉ってなんだろう―福祉教育実施報告書―』〔平成8年度〕天竜厚生会研修センター、1997年、20~22ページ。

Ⅳ 参加人数5年間の推移
昭和56年度
中学生430、    高校生275、      小・大学生0、         一般982、          計1,687
昭和57年度
中学生740、    高校生224、      小・大学生0、           一般619、          計1,583
昭和58年度
中学生1,186、  高校生201、      小・大学生27、       一般1,066         計2,480
昭和59年度
中学生2,023、 高校生123、       小・大学生54、      一般1,057         計3,257
昭和60年度
中学生2,185、  高校生735、       小・大学生155、    一般1,001、      計4,076
計
中学生6,564、  高校生1,558、    小・大学生236、    一般4,725、      計13,083

『ふくし教育―福祉教育5周年記念誌―』天竜厚生会研修センター、1986年、17ページ。

付記
拙稿をアップするに際して、天竜厚生会理事長の山本たつ子先生にご相談させていただきました。先生からは、アップすることについてご快諾いただくとともに、次のようなコメントも頂戴しました。感謝あるのみです。先生のお許しを得て、以下にそれを紹介させていただきます。

原稿読ませて頂きました。
天竜厚生会における福祉教育は阪野先生のご指摘のとおり、施設が片手間にというよりも、社会福祉の理解を推進する役割を社会福祉施設も持つべきであるという視点から始まっております。職員とご利用者共々、使命感を持って臨んだといえます。施設の社会化、地域開放と言うレベルから一歩も二歩も深めてきたと感じております。
最近、社会福祉法人の社会貢献事業としてこの福祉教育が語られることがありますが、社会貢献といった言葉で片付けてもらいたくない、社会福祉施設あるいは社会福祉法人は、社会福祉を推進し地域理解を深める担い手であり、それは責務であろうと感じます。
学校の授業で福祉教育が進めれれておりますが、障害者体験や高齢者体験を通して理解を進めるという内容には、少し抵抗があります。きちんと人と人が向き合うことから理解は生まれると思うからです。

長野県における福祉教育の取り組み―資料紹介(2)―

1985年3月23日に、長野県社会福祉総合センター講堂で、長野県社会福祉協議会主催の「昭和59年度 福祉教育を進める懇談会」が開催された。参加者は、社会福祉協力校をはじめ、信濃教育会、県民生児童委員協議会、58年度住民会議事業実施社協、モデル公民館事業実施公民館、県教育委員会、それに県社会福祉協議会などの関係者54名を数えた。
ここでは、その際に準備・配布された資料のなかから、長野県における福祉教育の取り組みの経緯について報告している部分を紹介する。前稿の「長野県における福祉教育の取り組み―資料紹介(1)―」と重複する部分もあるが、参考に供しておきたい。
なお、以下の記述では、1978年9月に開催された県社会福祉大会において、「信濃教育会」から「福祉の心を育成する」ことの提案がなされた。その後、福祉教育の副読本や手引書の編集は信濃教育会に委託されている、ことが注目される。そこから、ひとつは、信濃教育会と、その手になる副読本や手引書を分析・評価することによって、長野県における福祉教育の背景やその内実に迫ることができよう。また、信濃教育会と学校現場、教育委員会、公民館、それに県・市町村社会福祉協議会などとの相互関係や連携・協力の実態はどうであったのか。詳細な分析が求められるところである。

福祉教育の推進について(報告)―思いやりの心を育てる教育の実践―
昭和53年9月
第27回県社会福祉大会で採択(福祉の心の育成)
信濃教育会から福祉の心を育成することの提案が行われ採択。
昭和54年1月
長野県福祉教育大綱作成委員会発足
教育、福祉関係の21機関団体長で構成する福祉教育大綱作成委員会を発足、2年間におよぶ審議成案を得る。
昭和55年9月
第29回県社会福祉大会で採択(福祉教育大綱)
別紙「長野県福祉教育大綱」が満場一致で採択される。
昭和55年11月
福祉教育に関する調査実施
県下の小学校(416校)・中学校(192校)・高等学校(104校)の教師(各学校、男1、女1)を対象に調査実施。
昭和56年4月
福祉教育手引書の編集を信濃教育会に委託
教師のための福祉教育手引書「ともに生きる」の編集を信濃教育会に委託。
昭和56年6月
社会福祉についての意識調査実施
県下の小学校(83校)5年以上の児童及び中学校(39校)高等学校(21校)の生徒と保護者を対象に調査を実施。
昭和56年9月
第30回県社会福祉大会で「福祉教育」の推進宣言
大会第4部会に「福祉教育と実践活動」部会を設け“教育大綱”の具体的実践について討議、並びに家庭・学校・地域社会で福祉教育を推進することを宣言。
昭和57年2月
福祉教育に関する調査報告書刊行
福祉教育に関する調査・社会福祉についての意識調査結果の報告書を作成刊行。
昭和57年4月
小学校低学年用副読本の編集を信濃教育会に委託
福祉教育が家庭で育くまれることを目的に「親と子の福祉教育読本」(小1年生)の編集を信濃教育会に委託する。
昭和57年5月
教師のための福祉教育手引書「ともに生きる」を刊行配布。(30,000部)
教師のための手引書刊行、県下の幼・保・小・中・高校の教師等全員に配布・子どもらに思いやりの心の定着化を目指す。
昭和57年7月
県民会議を松本市で実施(参加者1,500名)
福祉教育大綱のねらいを実践に移していくため「福祉教育を進める県民会議」を松本市で開催。
昭和57年8月
福祉教育の推進について文部大臣に陳情
家庭教育、学校教育、社会教育の関連において福祉教育が推進されるよう小川平二文部大臣に陳情する。
昭和57年10月
「ともに生きる」の活用状況調査
県下の小・中・高校(714校)を対象に福祉教育手引書「ともに生きる」の活用状況についてアンケート調査を行う。(回収率65.8%)
昭和58年4月
小学校高学年用副読本の編集を信濃教育会に委託
小学校(4年生~6年生)を対象に人格形成の基礎づくり及び福祉の心が育まれることをねらいに、その教材の編集を信濃教育会に委託する。
昭和58年4月
福祉学習モデル公民館の指定(期間2年、補助1館5万円)
地域住民が福祉の体験学習を通じて福祉意識の向上を図るための場と機会の提供を行う。公民館8館を指定。
昭和58年4月
福祉教育を進める住民会議の推進(期間1年、補助1か所5万円)
地域住民1人ひとりに福祉の心の定着化を目指し、県下8ブロックが主催者となって会議を開催。(昭和58年度)
昭和58年8月
小学校低学年用「思いやる心」を刊行配布(34,000部)
福祉教育が家庭に定着することをねらいに、親と子の福祉教育副読本「思いやる心」を県下小学校1年生全員に配布。
昭和58年8月
教師のための福祉教育手引書「ともに生きる」の活用状況調査
県教委は、小・中学校における教師のための福祉教育手引書の使用状況をまとめ“ 手引書の効果があらわれている”とみる報告書を文部省に提出する。
昭和59年2月
福祉教育部会を開催
福祉教育の体系化とプログラムの作成を目ざして部会活動を推進。
昭和59年4月
福祉教育を進める住民会議の推進(期間1年、補助1か所5万円)
地域住民一人ひとりに福祉の心の定着化を目指し、県下8ブロックが主体になって会議を開催。(昭和59年度)
昭和59年4月
福祉教育副読本「思いやる心(中学生用)」の編集を信濃教育会に委託
中学生(1~3年)を対象に、人格形成の基礎づくりと思いやる心が育まれることをねらいに、その教材の編集を信濃教育会に委託。
昭和59年6月
福祉教育の推進について自民党に陳情
思いやりの心を育てる福祉教育が学校現場で積極的に活用されるよう、海部俊樹自民党文教制度調査会長に陳情。
昭和59年9月
思いやる心(小 高学年用)を刊行配布(37,500部)
福祉教育副読本「思いやる心」を刊行、県下小学校4年生全員に配布。
(学校備付)積極的な活用を依頼。
昭和59年10月
福祉教育副読本(小1用)思いゆる心増刊配布。(17,000部)
福祉教育副読本思いやる心(小1用)を増刊。有償配布。
昭和60年2月
福祉教育副読本(小1、小4)の活用状況調査
昭和58年度(小1年生用)及び昭和59年度(小4年生用)に配布した福祉教育副読本の活用状況について調査を実施。
昭和60年3月
福祉教育を進める懇談会を開催
現在まで進めてきた福祉教育(家庭・学校・社会)の成果と問題点並びに今後の推進方策について話し合う。

(『昭和59年度 福祉教育を進める懇談会―思いやりの心を育てる教育の実践―』長野県
社会福祉協議会、1985年、5~8ページ)

長野県における福祉教育の取り組み―資料紹介(1)― 

いわゆる「3号雑誌」にも至らず、創刊から2号で廃刊になった、福祉教育に関する幻の雑誌に『ボランティア・福祉教育研究』がある。編集・発行は全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センターである。創刊号は1982年3月(実際は同年8月。B5判、117ページ)、第2号は翌1983年9月(159ページ)にそれぞれ発行されている。
その第2号に筆者(阪野)の拙稿「福祉教育の最近の動向―『福祉教育手引書』をめぐって―」が掲載されている。それは、神奈川県、長野県、佐賀県、それに山口県における福祉教育(事業)の取り組みの概説と、各県で発行されている福祉教育手引書の内容紹介と分析・評価を通して、福祉教育が抱える課題について言及したものである。
いま、筆者は、手元にある福祉教育関連資料の整理を行っているが、長野県の福祉教育の取り組みに関する資料(史料)が見つかった。(1)「福祉教育」取組み内容と経過(B4・1枚、2段)、(2)長野県福祉教育の推進(B4・1枚)、(3)福祉教育事業実施計画(B4・1枚)、(4)長野県福祉教育の推進(B4・1枚)、(5)長野県福祉教育の推進((案)と加筆されている)(B4・1枚)、(6)福祉教育第3次推進計画(案)について(B4・2枚)、がそれである。(1)の資料の片隅に「93年3月9日 17時27分;長野県社会福祉協議会」と記されていることから、これらの資料はファクス受信したものであろう。20年も前のことである。
ここでは、上記の拙稿のうちから長野県に関する記述部分を再掲し、それに併せて6点のうちから(1)(2)の資料を紹介する。それによって、汗顔の至りである拙稿の論述に抜け落ちていた部分をうめることにしたい。以下の2点の資料からは、1950年度から全国に先駆けて取り組まれた神奈川県における福祉教育事業とともに、長野県(社協)におけるそれが、1977年度の「学童・生徒のボランティア活動普及事業」の創設に影響を及ぼしたであろうことが分かる。併せて、長野県の福祉教育事業の取り組みの内容や成果が、その後の全国の福祉教育事業の展開に反映、具現化されたであろうことも推察するに難くない。
周知の通り、長野県には、ペスタロッチ主義教育を内実とする開発主義教育(その対極に注入主義教育がある。)を提唱、導入し、「信州教育」の礎を築いたとされる能勢栄(1852年~1895年。明治前期の教育学者)の教育実践の歴史がある。また、その信州教育の運動を支えた「信濃教育会」(教員の職能団体)がある。それらは、かつて長野県が全国でも有数の「教育県」と呼ばれた所以のひとつでもある。とはいえ、長野県の福祉教育の取り組みが、後発の1967年度の静岡県、1971年度の宮城県(社協)、1972年度の山形県(社協)をはじめとする他県のそれに比して、より積極的・計画的かつ総合的であったのは何故か。例えば、1980年9月の第29回県社会福祉大会で「長野県福祉教育大綱」が採択され、翌年9月の第30回県社会福祉大会では「福祉教育」の推進宣言がなされている。また、1982年5月に教師のための福祉教育手引書『ともに生きる』や、1983年8月に小学校低学年生、翌年9月に小学校高学年生のための福祉教育読本『思いやる心』などを発行する。さらには、1982年8月に文部大臣、1984年6月に自由民主党文教制度調査会会長に対して福祉教育の推進について陳情までしている。1983年4月に始まる福祉学習モデル公民館の指定事業(公民館8館を期間2年、補助1館5万円で指定)も特筆される。こうした長野県での取り組みは、(学校)福祉教育の嚆矢とされる神奈川県における取り組みから13年後のことであるが、それは何故か。言い換えれば、神奈川県のそれが早期に他県に波及あるいは普及しなかったのは何故か。福祉教育についての歴史研究の課題は多い。
以下にまず、「福祉教育の最近の動向―『福祉教育手引書』をめぐって―」(『ボランティア・福祉教育研究』第2号、1983年、102~110ページ)を再掲する。

(2)長野県
①社会福祉普及校事業
長野県では、昭和38年度から「社会福祉普及校事業」を実施している。神奈川県につぐ先駆的なこころみである。その「設置要綱」によると、普及校事業は「児童・生徒が体験を通じて社会福祉への理解と関心を高め、日常生活の中に相互扶助、社会連帯の思想を浸透させる」ことを目的とする。
事業の実施主体は県社協である。当初は県社協が高等学校1校を指定し、生徒の活動のひとつとして社会福祉や社会保障制度についての調査・研究がおこなわれた。昭和41年度には「社会福祉普及協力高等学校設置要綱」が定められた。普及校事業の制度的確立とともに、指定校の拡大(8校)、活動内容の充実がはかられている。ついで昭和45年度からは、その名称が「社会福祉普及協力校」と改められ、協力校の指定枠も専門学校・短期大学に拡大された(専門学校・短期大学の指定は昭和53年度で中止されている)。
さらに、昭和50年度からは中学校、54年度からは小学校の指定が開始された。翌55年度には普及校の指定方法が改められ、市町村社協との連携のうえに指定されることになった。また、社会福祉普及協力校が「社会福祉普及校」と改称された。昭和57年度においては、41市町村社協が普及校事業に取り組み、小学校29校、中学校36校、高等学校38校の計103校が1カ年の指定をうけている。
昭和55年9月、第29回長野県社会福祉大会において「長野県福祉教育大綱」が決議・採択された。大綱では、「人間がお互いに人間らしく生きるため、自分の生命や生活ばかりでなく、他人の生命や生活を尊重し、より住みよい福祉社会の実現をめざして、行動や体験を通して実践していく方向」が示された。それをうけて、県社協はさっそく、同年11月と翌56年6月、教師、児童・生徒、それに保護者を対象に福祉教育についての意識調査を実施した。その調査結果は、昭和57年2月、『学校教育、家庭・地域づくりのための意識調査』として報告されている。
②『ともに生きる』
長野県社協は、昭和57年5月、『ともに生きる―教師のための福祉教育手引書』を刊行した。これは、上述の長野県福祉教育大綱が示す「学校(含幼稚園・保育所)における福祉教育」の方向と、福祉教育についての意識調査結果をうけて作成されたものである。編集は信濃教育会、編集委員はそのほとんどが学校教育現場の教師である。
手引書は、「Ⅰ 福祉教育の必要性およびねらい」「Ⅱ 指導計画および教育課程への位置づけ」「Ⅲ 関係資料」の3部構成となっている。Ⅱの「指導計画および教育課程への位置づけ」では、福祉教育の現状と課題、福祉教育のねらい、福祉教育の内容、福祉教育の機会と方法、福祉教育の具体例などの枠組のもとに、幼稚園・保育園、小学校、中学校、高等学校における福祉教育について説いている。そのうち福祉教育のねらいについては、その重点が学校段階別に、すなわち幼稚園・保育園は「思いやりの心を育てるために」、小学校は「実践活動を通して福祉の心を」、中学校は「実践活動を通しての社会参加」、高等学校は「自主的活動としての社会参加」におかれている。児童・生徒の発達段階や学校段階に応じた福祉教育を考え、しかも学校における福祉教育を一貫性のあるものにし、その構造化をはかろうとしている点はこの手引書の大きな特色となっている。
また、手引書は、多くの実践的具体例や指導案を収録している。具体的な実践活動をとおして「福祉の心」をはぐくみ、「人間性豊かな児童・生徒の育成」をはからんとするのである。(104~105ページ)(中略)
長野県社協発行の『ともに生きる』にはつぎのような記述がある。
「福祉とは、みんなが幸せに暮らすことができるようにするための願いや事業及び活動のことであるが、人々が幸せな生活を送るには、物の豊かさだけでなく、心の豊かさが必要である。福祉の根底となるものは、人々の心の問題であり、愛と奉仕の精神に支えられた社会連帯の精神、いわゆる『思いやりの心』である。また、さらにともに生きる喜びをもつための活動である。」
ここでは、「福祉」ということばが抽象的な目的概念として規定され、その精神性が強調されている。したがって、そこから、福祉教育のねらいは、思いやりの心、助けあいの心、奉仕の精神、社会連帯の精神などのいわゆる「福祉の心」を育成し、それを実践する態度を養うことにおかれる。こういった点は、長野県社協のそれだけではない。本稿でとりあげた福祉教育手引書に共通してみられる。
福祉教育には、「福祉の心」の昂揚をはかる領域とともに、歴史的社会的形成体としての社会「福祉のしくみ」について理解・認識させる領域がある。福祉教育のカリキュラムは、大きくはこの二つの領域によって編成される。それにもとづいた福祉教育の具体的展開は、児童・生徒自らが、まず地域社会の社会福祉問題に直面することからはじまる。そのうえで、その問題について考え、理解し、問題解決のための方法を見出し、そのための活動をおこなう。そして、その活動について評価する。しかも、これらの実践過程をとおして、児童・生徒の自己変革をうながすのである。また、こういった福祉教育実践の前提には、科学的社会認識と人権視点を基調にした民主主義的社会福祉観が据えられるべきことはいうまでもない。
ところが、前述した既刊の福祉教育手引書にはいずれも、人権視点や歴史的社会的視点が欠落している。しかも、そこでは、福祉教育実践のためのいわゆる“How  to”に重点がおかれ、具体的方策についての解説がその大部分を占めている。それは、学校教育でいうところの「各科教育法」のひとつ―「(実践)福祉教育法」といったところである。
福祉教育は、学校教育のみならず家庭教育や社会教育の領域においても、すなわちすべての生涯教育のプロセスを通じて展開される必要がある。しかも、その活動は、地域社会に根ざした住民運動とつながり、地域「福祉」教育運動に成長することが期待される。福祉教育実践が単に福祉サービス活動の一環としてのみ位置づけられ展開されるならば、それは、福祉行政の肩代わり、もしくは下請けの活動にとどまることになる。そして、いわれるところの「安上がり福祉」「福祉切捨て」推進の一翼をになうことにもなりかねない。こんにち、経済不況と財政危機を背景に自助と相互扶助の強化が叫ばれるなかで、その危険性は大きいといえる。
これらの点にも目配りした福祉教育手引書が望まれる。(107~108ページ)

次に、前述した長野県の福祉教育関連資料の(1)(2)を紹介する。

(1)「福祉教育」取組み内容と経過
昭和38年12月
社会福祉普及協力事業スタート
長野高校社会科学研究班に調査研究活動を指定(毎年1校指定)
41年度 「社会福祉普及協力高等学校設置要綱」
43年度 「社会福祉普及協力高等学校設置運営要綱」
45年度 「社会福祉普及協力校設置運営要綱」
50年度 「社会福祉普及協力校設置補助要綱」
52年度 「社会福祉協力校」併設(Ⅰ~Ⅳ期指定 昭和63年度まで6校ずつ3か年指定)
昭和47年7月
県社協会長、県教委委員長、教育長と第1回会談し、「福祉教育」について初の提案
昭和47年9月
第21回県社会福祉大会処理委員会決定事項として県議会議長に「福祉教育の充実強化」について請願
昭和50年8月
黒田県社協会長 県教育長室で関係者と第2回会談
昭和53年10月
第27回県社会福祉大会で「県民に福祉の心を育てる福祉教育」が必要。との提案が信濃教育会から出され採択される
昭和54年1月
福祉教育大綱作成委員会発足
委員長・県社協会長 副委員長・信濃教育会長 21委員で構成
昭和55年9月
第29回県社会福祉大会で「長野県福祉教育大綱」採択
昭和55年11月
教師を対象に「福祉教育に対する調査」実施
小学校(436校)、中学校(198校)、高等学校(104校)の各校、男女教師各1名1,424名を対象
昭和56年1月
「福祉教育に関する調査」集計
1,265名から回収(回収率・88.8%)
その結果 現在の学校教育で「徳育が一番欠けている」55.3% 欠けている理由として、「自己中心的」70.1% 「価値観が物質的」69.2% 「思いやりが欠けている」41.9% 福祉教育を取り入れることについて は、 「取り入れる方がよい」76.5%
昭和56年5月
教師のための福祉教手引書の編集を信濃教育会に委託
昭和56年6月
小・中・高校生とその保護者を対象に「社会福祉についての意識調査」を実施
昭和56年7月
同上調査集計
抽出校143校中139校(児童生徒4,630枚 回収率・97.2%、保護者4,556名)
「思いやり」については学校・家庭共に協力して74.8%
昭和56年4月
社会福祉普及校事業 県社協から市町村社協指定に
昭和57年5月
教師のための福祉教育手引書「ともに生きる」発刊配布
県下の小・中・高等学校全教師,幼保育所に各2部配布 30,000部
昭和57年6月
親と子の福祉教育読本の編集を信濃教育会に委託
昭和57年7月
福祉教育を進める県民会議開催 1,200人参加
昭和57年8月
上記県民会議における宣言決議に基づき小川文部大臣に「福祉教育」を陳情
昭和57年11月
手引書「ともに生きる」活用状況アンケート調査
714校中521校(回収率73.0%) 「特活」で活用235校ついで「社会」「道徳」
学校における福祉教育について「積極的に取り組むべき」小40.9% 中47.1%
高校64.2%
昭和58年8月
親と子の福祉教育読本「思いやる心」発刊(低学年用)
県下の小学校1年生全員に配布 34,000部
昭和58年8月
親と子の福祉教育読本「思いやる心」(高学年用)編集を信濃教育会へ委託
昭和58年8月
福祉教育推進指導教諭研究協議会(60年 福祉教育推進研究協議会に改名)
昭和59年4月
福祉学習モデル公民館の推進 8ブロック1館指定
昭和59年4月
親と子の福祉教育読本「思いやる心」発刊(高学年用)
県下の小学校4年生全員に配布 37,500部
昭和59年4月
親と子の福祉教育読本「思いやる心」(中学生用)編集を信濃教育会へ委託
昭和59年4月
福祉教育読本「明るい家庭づくりのためのハンドブック」編集作業に入る 家庭部会
昭和60年11月
親と子の福祉教育読本「思いやる心」発刊(中学生用)
県下の中学校1年生全員に配布 37,500部
昭和62年2月
家庭向け福祉教育読本「あたらしい家庭づくり入門」
県下の新婚家庭に配布 30,000部
昭和62年12月
福祉教育推進セミナー開催(福祉教育推進権〈ママ/研:阪野〉協議会改め)
昭和63年4月
福祉教育推進地区指定事業開始
県内8ブロック1か所2か年指定 視聴覚教材16mm映画フィルムの長期貸出し
昭和63年4月
福祉教育啓発パンフレット「みんな仲良くなるために」作成配布 2,000部
平成元年4月
社会福祉協力校32校3か年指定
平成3年4月
社会福祉協力校93校 社会福祉普及校348校
平成3年9月
福祉教育ハンドブック「福祉の心を広めるために」作成配布2,000部
平成4年4月
社会福祉普及校事業廃止
平成4年4月
社会福祉協力校80校指定
平成4年4月
「ともに生きる」教師のための福祉教育手引書全面改訂を(社)信濃教育会へ編集委託
平成5年2月
福祉教育推進セミナー開催

(2)長野県福祉教育の推進
福祉教育大綱の作成(55年)
(人間がお互いに人間らしく生きるため、自分の生命や生活ばかりでなく、他人の生命や 生活を尊重し、より住みよい福祉社会の実現をめざして、行動や体験を通して実践していく方向を示したものである。)

意識調査(56年)
↓
第1次推進計画(57年度~61年度)
県民運動の展開
萌芽期
福祉教育推進県民会議の開催(57年度)
(児童、生徒、親に重点を置いた活動の展開)
福祉教育副読本等の作成(57年度~61年度)
社会福祉協力校・普及校事業(ボラ金(ママ/協?:阪野)事業、57年度~)
↓
第2次推進計画(63年度~4年度)
実践活動・啓蒙活動
発展期
(地域・家庭に重点を置いた活動の支援)
教師のための福祉教育手引書の作成(4年度)
社会福祉協力校・普及校事業(ボラ金事業、57年度~)(4年度からは普及校事業廃止)
福祉教推進地区助成事業 視聴覚教材の整備 福祉教育推進小冊子の作成(63年度~4年度)
↓
第3次推進計画(案)(5年度~8年度)
実践活動・啓蒙活動
充実期
(学校、地域、家庭での福祉教育の総合的基盤整備)
視聴覚教材の製作・配布(5年度~8年度)
社会福祉協力校・普及校事業(ボラ金事業、57年度~)(4年度からは普及校事業廃止)
視聴覚教材の整備 福祉教育推進小冊子の作成(5年度~8年度)

付記
以上に加えて、「長野県福祉教育大綱」と、文部大臣と自由民主党文教制度調査会会長に提出された「陳情書」を紹介しておくことにする。福祉教育史研究の一助にでもなれば幸いである。

資料(1)「長野県福祉教育大綱」
(長野県福祉教育大綱作成委員会が作成し、1980年9月、第29回県社会福祉大会で採択された。)

はじめに
この福祉教育大綱は、人間がお互いに人間らしく生きるため、自分の生命と生活ばかりでなく、他人の生命や生活を尊重し、より住みよい福祉社会の実現をめざして、行動や体験を通して実践していく方向を示したものである。
ところで、日本社会の現状はどうであろうか。産業経済の高度成長が今日の日本を築いてきたことは否定できないが、反面、余りにも急激な変化、発展は人間社会にひずみをもたらし、人間が人間らしく生きる根源としての人間愛、ひいては人間社会の連帯感をも失わしめ、時には豊かな自然を破壊し、さまざまな公害を生んできたことも事実である。
わが郷土信州も、こうした社会風潮のらち外ではない。物にかたよった家庭生活、青少年非行の増加、老人問題、障害者の置かれている状況、環境、公害問題等、いくたの課題が山積している。
こうした中で、この大綱のねらいは、県民ひとりひとりが、個人または集団として福祉社会の実現を自分のこととしてとらえ、その解決に向かって継続的に努力し、共に育つ豊かな郷土信州を築くにある。
したがって、この大綱はいかなる思想、信条、宗教、政治、職業等と対立するものではなく、また、居住する地域差、年齢差にかかわることなく、人間本来の善意志に根ざしたものである。
ここでは、一応、家庭、学校、社会の三分野に分けて考えるが、この三分野が相互に関連しあって目的が達せられることはいうまでもない。
なお、この大綱の実践的な活動は、各家庭や地域、各団体や機関、各施設や職場等に任せられているので、それぞれが積極的な活動を展開することを期待するものである。
1 家庭における福祉教育―思いやりの心を家庭の中に―
(1)愛情と信頼に満ちた家庭生活が営まれているか、家族みんなで見直してみよう。
親はたしかに子どもを養育し、子どもは親に孝養をつくす、相互扶助の心を育てる。
(2)人間づくりの土台である家庭教育機能の回復をはかり、いっそうの充実をめざそう。
よき人柄を育てることに家庭の重要な役割があることを認識する。
(3)隣人や地域社会とのかかわりを深め、共に育つ連帯の輪を広げよう。
自分の家庭ばかりでなく、近隣との心のふり合いのある生活を実現する。
(4)親子(わが家)でできるボランティア活動を心がけ、体験をとおして福祉の心を育てよう。
思いやりの心を身近な所から実現する。
2 学校(含幼稚園、保育所)における福祉教育―福祉の理解、実践を教育課程に―
(1)福祉教育を教育内容に位置づけよう。
現行の教育内容を福祉という角度から見直し、指導内容、方法、時間等を明確にした福祉教育計画を立案、実践する。
(2)児童・生徒等の社会参加による福祉教育をすすめよう。
社会参加による奉仕の実践活動をとおして、福祉の心を育てる。
(3)心身に障害をもつ人々との交流を深めよう。
心身に障害をもつ人々との交流をとおして、お互いの理解と心のふれ合いを深める。
3 社会における福祉教育―地域の課題をみずからの手で―
(1)学校教育、社会教育、社会福祉の関係者が話し合い、福祉の地域づくりについて
協力体制 をつくろう。
福祉社会実現への地域体制の基盤づくりをする。
(2)公民館の各種学級には、必ず福祉の意義、福祉活動のすすめなどをとり入れよう。
福祉の心とは何かを学ぶため、意図的、計画的な学習活動を展開する。
(3)自治会、公民館等が中心になり、福祉の地域づくりのための話し合いを進めよう。
住民が地域の課題を解決するため、行動や体験をとおして学ぶ。
(4)地域における各種団体(市民団体、企業、労働組合)は、地域福祉に対して何ができるかを見つめ、個性ある活動を展開しよう。
各種団体はその目的遂行とともに、福祉社会実現への積極的な活動をする。

資料(2)「陳情書」
(1982年8月23日、福祉教育を進める県民会議実行委員会代表/社会福祉法人長野県社会福祉協議会会長・湯本安正、社団法人信濃教育会会長・太田美明、長野県PTA連合会会長・鷲沢正一の連名で、文部大臣・小川平二に陳情した。)

昭和57年7月6日松本市において本県59団体の関係者が相寄り、「思いやりの心を育てる教育の実践」を総合テーマに「福祉教育を進める県民会議」を開催、別添報告書の通り決議しました。
つきましては、この宣言にもとづいて次の事項の推進を図られるよう陳情いたします。
1. 次代な担う児童・青少年に思いやりの心を育てることは、わが国の未来にかかわる緊急の 課題であると考える。このため家庭教育、学校教育、社会教育、の関連において福祉教育が推進されるよう、特に学校において別記「全国小・中・高の児童・生徒に「福祉教育」の確立を提言する件」について早急に配慮されたい。
1. 当面においては、地方自治体及び社会福祉協議会等が教師及び児童・生徒を対象に作成する福祉教育のための手引書、副読本について、これが学校教育現場で積極的に活用するよう配慮されたい。
〈別記〉
全国小・中・高の児童・生徒に「福祉教育」の確立を提言する件
さきに行われた国の小学校・中学校・高等学校の教育課程の第一のねらいは「児童・生徒の豊かな人間性を育てる」ことである。そのためには、「社会福祉の実践体験を得させる」教育が有力な手がかりの一つである。
また福祉教育については、小・中・高の学習指導要領の各教科および領域のなかで発達的・系統的に要求されているところである。
しかし独立した教科目をもたないため、その指導が不徹底に陥っていることも事実である。
本県の意識調査(別冊参照)によれば、学校・家庭・社会・地域住民があげて、福祉教育の実践を希求しており、これが徹底すれば、青少年の非行も減少すると考えられている。
よって速やかに全教育活動の中で、この教育がどの教師にも実践できるための、福祉カリキュラムあるいは指導書を作成することを提言します。

資料(3)「陳情書」
(1984年6月26日、社会福祉法人長野県社会福祉協議会会長・湯本安正、社団法人信濃教育会会長・太田美明の連名で、自由民主党文教制度調査会会長・海部俊樹に陳情した。)

日本国憲法に示されている社会福祉の推進につきましては、日頃格別の御高配を賜り、心から感謝申し上げます。
さて、本会におきましては、思いやりの心を育む福祉教育の重要性に鑑み、昭和55年長野県福祉教育大綱(別紙)を策定し、じ来この大綱に基づき、福祉教育を家庭、学校、地域社会に向けて進め、潤いのある地域社会づくりに努めているところであります。
つきましては、次に掲げる事項は、福祉社会実現のため極めて重要な事項でありますので、近く取り組まれる「教育臨調」においても、思いやりの心を育てる福祉教育の実現について、格別の御理解とこれが推進を賜りたく陳情いたします。
記
1 次代な担う児童・青少年に思いやりの心を育てることは、わが国の未来にかかわる緊急の課題であると考える。このため家庭教育、学校教育、社会教育の関連において福祉教育が推進されるよう、特に学校において別記「全国小・中・高の児童・生徒に「福祉教育」の確立を提言する件」について早急に配慮されたい。
2 地方自治体及び社会福祉協議会等が教師及び児童・生徒を対象に作成する福祉教育のための手引書、副読本について、これが学校教育現場で積極的に活用されるよう配慮されたい。

(『昭和59年度  福祉教育を進める懇談会―思いやりの心を育てる教育の実践―』長野県
社会福祉協議会、1985年、19~21、40~41、63~64ページ)

地域福祉推進の基本的視点―福祉教育実践の内容と方法を考えるために―

5月27日にアップした 雑感(5)―『社会教育の終焉』と「福祉教育の刷新」 を読まれた当研究所のブログ読者から、「地域福祉は、福祉教育ではじまり、福祉教育でおわる」といわれるが、先ず「地域福祉」について考える際の基本的な視点や枠組み等に関する見解を急ぎ知りたい、という旨のメールをいただいた。とりあえず、以下のように回答します。

筆者(阪野)は、福祉教育の視点から「地域福祉」について講ずる場合、大橋謙策先生の『地域福祉論』(放送大学教育振興会、1995年)を主要文献として紹介し、また使用してきた。それは、岡本栄一先生の次の言説(理論分析・評価)に依拠したものでもある。
岡本先生は、地域福祉に関する諸理論を説明するに当たって、次の4つの「志向軸」を設定している。(1)コミュニティ重視志向軸、(2)政策制度志向軸、(3)在宅福祉志向軸、(4)住民の主体形成と参加志向軸、がそれである。そして、大橋先生の理論は、(4)の志向軸(「住民の主体形成と参加志向の地域福祉論」)に該当する、としている。なお、岡本先生にあっては、「志向軸」とは「地域福祉理論構成の軸足であり、柱である。各地域福祉論からすると、そこに独自性が現れているともいえるもので、いわば、それらにとっての特徴であり、強調点を意味している」(『地域福祉論』中央法規出版、2007年、10~20ページ)。
ところで、大橋先生は、上述の著書において、地域福祉を次のように定義(「整理」)している。「地域福祉とは、自立生活が困難な個人や家族が、地域において自立生活できるようネットワークをつくり、必要なサービスを総合的に提供することであり、そのために必要な物理的、精神的環境醸成を図るため、社会資源の活用、社会福祉制度の確立、福祉教育の展開を総合的に行う活動」(28ページ)である。そして、「地域福祉展開の考え方」として、次の10点を指摘し、説明している(31~34ページ)。(1)全体性の尊重、(2)地域性の尊重、(3)身近性の尊重、(4)社会性の尊重、(5)主体性の尊重 、(6)文化性の尊重、(7)協働性の尊重、(8)交流性の尊重、(9)快適性の尊重、(10)迅速性の尊重。
また、大橋先生は、別のところで、地域福祉についてさらに詳しく次のように述べている。「地域福祉とは、属性分野にかかわらず、自立困難な、福祉サービスを必要としている個人および家族が、地域において自立生活が可能になるように在宅福祉サービスと保健・医療・その他関連サービスとを有機的に結びつけるとともに、近隣住民等によるソーシャルサポートネットワークを組織化し、活用し、必要なサービスをその個人および家族の主体的生活、主体的意欲を尊重しつつ、“求めと必要と合意”に基づき総合的に提供し支援する活動であり、その営みに必要な住宅・都市構造等の物理的環境の整備、ともに生きる精神的環境醸成とを有機化し、総合的に展開することといえる」(『地域福祉の理論と方法』中央法規出版、2009年、36ページ)。
以下に、大橋先生の地域福祉の概念規定と「地域福祉展開の考え方」(10点)をベースに、筆者なりに援用、加筆したものを「地域福祉推進の基本的視点」として提示しておくことにする。なお、15の各項目については、内容的には相互関連性があり、重複するところがあることを予め断っておきたい。

地域福祉推進の基本的視点
(1)総合性
住民の地域生活を包括的・全体的にとらえ、求められる、また必要とされる事業・活動やサービスの展開や提供を総合的に行うことが必要である。
(2)地域性
住んでいる地域の歴史や伝統、特性に基づいた、また住民の生活実態や生活意識などに見合った事業・活動が展開され、サービスが提供できるようにすることが必要である。
(3)圏域性
地域福祉を推進するためには、住民の地域福祉生活圏域(エリア)を重層的に設定し、事業・活動の展開やサービスの提供の総合性と整合性が確保される必要がある。
(4)協働性
地域福祉の推進を図るためには、行政責任を明確にした制度的なサービスと住民のボランティア・市民活動との、一定の緊張関係が存続する有機的な連携・協働(共働)が必要となる。
(5)内発性
地域福祉は、行政主導による他律的・支配的発展ではなく、地域社会と住民による主体的で自律的な内発的発展の推進を図ることが必要である。
(6)主体性
地域福祉は、住民個々人の地域自立生活支援を目的にしているが、それを達成するためには、個々人の主体的・自律的な力量を高めることが必要である。
(7)身近性
身近な地区(小地域)において必要なサービスが気軽に利用できるとともに、身近な地域福祉活動やボランティア活動がそれぞれの地元で展開できるようにすることが必要である。
(8)リーダー性
豊かな人間性や優れた感性、リーダーシップや協調性、未来への先見性や果敢な行動力などをもった住民リーダーや組織リーダーを確保、養成する必要がある。
(9)迅速性
緊急事態に迅速に対応した、事業・活動の展開やサービスの提供・利用ができるようなシステムや行政組織を構築する必要がある。
(10)社会性
高齢者や障がい者も積極的に社会活動に参加し、社会的な交流と生きる希望や夢をもち、社会に貢献できる機会と場を作ることが必要である。
(11)交流性
老いも若きも、男も女も、障がい者もそうでない人も、多様な場・機会の創出やネットワークの構築などを通して日常的に交流し、活動することが必要である。
(12)快適性
高齢者や障がい者など全ての人が安全・安心で、快適に、いきいきと暮らせる“まち”や生活環境が整備される必要がある。
(13)文化性
生命の尊厳、生活の質、人生の豊かさ、という視点から、健康で文化的に、よりよく豊かに生きる(実存)ためのサービスの提供が考えられる必要がある。
(14)教育性
住民の、福祉の(による)まちづくりへの理解と関心を促し、そのための実践や運動に主体的・能動的・自律的に参加(参集、参与、参画)するための資質や能力の育成を図るための教育・啓発事業・活動が必要である。
(15)普遍性
地域福祉の推進をより確かなものにするためには、そのあり方や方向性などについて全国・世界規模で考えながら、自分の地域(地元)で活動・展開するという視点(グローカル)が必要となる。

「ウチ」「ソト」と社会的包摂

2013年3月、『社会的包摂にむけた福祉教育~共感を軸にした地域福祉の創造~』と題する「平成24年度社会的課題の解決にむけた福祉教育のあり方研究会報告書」が、全社協/全国ボランティア・市民活動振興センターから刊行された。それは、「従来の福祉理解・啓発のための福祉教育から、地域福祉を推進するための福祉教育、まさに次の段階(ネクスト・ステージ)を推進する時期にきている」(『報告書』3ページ。以下、「報告書」)という現状認識と、「社会的排除や社会的包摂、生活困窮者支援も視野に入れた今日の社会的課題の解決にむけた福祉教育のあり方を検討していく必要がある」(2ページ)という問題意識のもとに纏められたものである。報告書は、その第Ⅰ部で理念的な整理、第Ⅱ部で3つの実践報告、そのうえで第Ⅲ部では、地域福祉を推進する福祉教育の「新潮流」や、めざすべき「地域」像、社会的包摂にむけた福祉教育の具体的な「展開」、そしてそれらを実現あるいは推進するために求められる社協や社協職員の“変革”、などについて言及・提示している。
ここでは、第Ⅰ部のうちから、筆者(阪野)なりに注目あるいは留意したい叙述の一部を取り上げ、それをめぐる若干の“想い”や“考え”などを述べることにする。

「社会的に包摂されるということは、その人にとって社会関係が育まれ、その人らしく過ごせる居場所があるということである。」(4ページ)
「社会的孤立をなくすための施策として、『居場所と出番』が必要だと言われるが、それ以前の、居場所に行きたいという意欲や、出番がほしいという動機をどう持てるようになるか、そこへの支援が必要である。(中略)そのための具体的なアプローチのひとつとして、本人と地域に働きかけていく福祉教育に期待したい。」(5ページ)

誰もが一人の人間として、そして何よりも地域社会を構成する一人の住民として、今を、いきいきと、豊かに、尊厳をもって、“よりよく”暮らすことができるためには、「居場所」のみならず、「要場所」こそが必要かつ重要である。人は、地域において多様で、豊かな社会(人間)関係をもつことによって、他者からの役割期待に気づき、それを取り入り、その期待に応えるべく役割遂行を果たそうとする。そこから、他者や社会から必要とされている自分を覚知し、自分が存在する価値や自分らしく生きる意味を見出すことが可能となる。人が“よりよく”生きる(実存する)ためには、単に“居(い)る場所”があるだけでなく、地域社会のなかで自分を活かす・活かされる“要(い)る場所”が必要なのである。報告書が指摘する「出番」が含意するところでもあろう。

「やや批判的にソーシャルインクルージョンを捉えるならば、『誰が、誰を、どんな目的で、どのように包摂しようとしているのか』ということを考えておかなければならない。包摂する側と包摂される側の緊張関係と、なにより包摂される側の権利が尊重されなければならない。同時に、包摂する側の意識が問われるのである。」(4ページ)
「私たち自身が社会的排除を生みだしてきたのではないかという疑問を持たずして、あるいは社会的排除の構造や要因に論及しないまま、社会的包摂だけを重要だと説いていても、地域は何も変わらない。むしろこれまでのように単に『同化』させることになってしまうかもしれない。」(4ページ)
「社会的包摂とは、けっしてみんなを同じ価値観や生活様式に同化させることではなく、その人らしさ、あるいはお互いの違いを認めあい、共生していく姿である。福祉教育では、一人ひとりの違いと同じを大切にしてきた。同時に、違っていても『仲間外れにしない』という非排除の原則が前提になければならない。このことは、人権を基盤に共生の文化をつくるというノーマライゼーションの考え方である。」(5ページ)
「社会的排除は制度によってすべて解決できるのではなく、究極的には排除しない地域や人間関係をどう構築するかが求められるのである。そのためには、排除しないという地域住民の意志が大切であるし、そのための社会福祉の学びが不可欠である。すなわち地域を基盤とした福祉教育が重要な役割を有する。制度と専門職だけでは、社会的排除の問題は解決しないのである。」(4ページ);

武川正吾(東京大学)によると、社会的排除(social exclusion)と社会的包摂(social inclusion)という対概念は、例えばフランスでは、1970年代以降、「社会的不適応者」(薬物依存者や非行少年など)や若年長期失業者、移民労働者など、既存の福祉政策・制度・サービスの埒外に置かれてきた人びとの抱える問題が「新たな貧困」や「社会的排除」の問題として認識されるようになった。その後、フランスだけでなくEU諸国において、社会的包摂に関する社会問題が「社会政策」として展開されてきた。日本では、2000年頃から、社会福祉の新しい理念として、それまでのノーマライゼーションに代わって(あるいは加わって)、インクルージョンについて議論されるようになった、のである(武川正吾『福祉社会―包摂の社会政策』有斐閣、2001年、328~329ページ)。
周知の通り、ノーマライゼーション(normalization)は、「普通の生活」「共生」などを追求する社会福祉の根本的な理念のひとつである。それは、デンマークで、1950年代前半に知的障がい者をもつ親の会が取り組んだ「運動」に端を発している。日本では、1970年代後半頃に紹介され始め、とりわけ1981年の国際障害者年(「完全参加と平等」)と、それに続く1983年から1992年までの「国連・障害者の十年」などを契機に普及することになる。
福祉・教育関係者を中心に、こんにち、基本的な考え方や理念として支持されているソーシャルインクルージョンやノーマライゼーションは、いずれにしろ、EU諸国や北欧から移入されたものである。
ところで、日本人の人間関係には、「本音」と「建前」の二重基準(ダブルスタンダード)もその類であるが、「内(ウチ)」と「外(ソト)」の二面性をもつところにひとつの特殊性がある、といわれる。その点をめぐって、例えば、上田恵津子(京都ノートルダム女子大学)は、土居健郎の「甘え」の構造(弘文堂,1971年)や井上忠司の「世間体」の構造(日本放送出版協会、1977年)などの言説から、日本人の人間関係は、一般的に、「三層から構成されるものと想定することができる」として、3層構造論を説いている。「『内』に親しい身内や仲間の世界、『中間』に遠慮や義理や体面がからむ知人の世界、『外』に無縁の他人の世界」(上田恵津子「Self‐Focusと『他者』―日本人の自他関係の枠組みから―」『大阪大学人間科学部紀要』第22巻、大阪大学、1996年、391ページ)、というのがそれである。
社会的排除と社会的包摂は、一面では、排除=「外」部化、包摂=「内」部化を意味する。その際、「包摂」は、「共生」という美しい響きの言葉と相俟って、ひとつの理念や建前としてのそれに留まる。また、それは、マイノリティー(社会的弱者)をマジョリティー社会に「調和」あるいは「同化」(画一化、没個性化)させる。そして、その社会で生じるであろうリスクを予め回避するためのツール(道具)になる、といった危険性を孕んでもいる。
そこで先ず、基本的に求められるのは、上田がいう日本人に特有の人間関係(「内」「中間」「外」の3層構造)についての客観的で総合的な認識と理解である。誤解を恐れずにいえば、ソーシャルインクルージョンやノーマライゼーションの移入文化・翻訳文化の日本化、さらには地域化である。いまひとつ基本的に求められるのは、報告書もいう、包摂における住民の異質性や多様性の許容と共有である。そのうえで、(1) 社会的排除の主体と客体、排除の歴史と実態、排除に対する包摂の社会政策などについての理解。(2)排除されている集団・社会と包摂されている(される)集団・社会のそれぞれに内在する、偏見や差別、不平等などの反福祉的状況とそれを生み出す背景や構造、多様で複雑な要因についての個別具体的な実態把握と理解。そして(3)それらの過程を通して、排除と包摂が抱える問題を解決するために組織的・継続的な実践や運動に取り組むことができる住民(市民)の育成、などが求められる。以上の諸点は、学校における福祉教育にも十分に留意した「地域を基盤とした福祉教育」(筆者のいう「市民福祉教育」)の理念や構造、具体的な実践プログラムなどが問われるところである。
最後に、あえて次の2点をめぐって加筆しておきたい。ひとつは、包摂における住民の主体性や個性の尊重、異質性や多様性の共有に関してである。ここで、石垣りん(詩人)の詩について紹介することには多少の違和感を覚えないではないが、「仲間」と「表札」の一節である。「行きたい所のある人、/行くあてのある人、/行かなければならない所のある人。/それはしあわせです。」。「自分の住むところには/自分で表札を出すにかぎる。/自分の寝泊りする場所に/他人がかけてくれる表札は/いつもろくなことはない。/精神の在り場所も/ハタから表札をかけられてはならない/石垣りん/それでよい。」(『石垣りん詩集 表札など』童話屋、2000年)。心にしみる、心の奥底にまで達する一言一句である。
いまひとつは、報告書が「社協はどう変わらなければならないか」のなかで指摘する次の一文である。「社会的包摂にむけた地域福祉を推進していく際には、黒子としてではなく、ワーカーの想い、意志、考え方などのワーカーの顔をしっかりと見せていくことが大切である」(18ページ)。この点に関して、叱責を受ける覚悟であえていえば、社協や社協職員はこれまで、コミュニティワークやコミュニティソーシャルワーカーとしてではなく、「黒子」という名のもとで、結果的には、地域や住民に「丸投げ」し、それを通して「管理」「監督」し、「調和」「同化」を促す側の立場に立っていたのではないか。それでは、地域や住民は変わるはずがない。「無縁社会」では当然のことながら、逆に血縁や地縁、そして序列の人間関係(風土)を今も残している地域においてもまた、それ故に然りである。