




出典:清水将一「社会福祉協議会が行う福祉教育の批判的検討―福祉教育の基盤強化のために―」『ソーシャルワーク研究』Vol.17 No.4、相川書房、1992年1月、60~64ページ。
謝辞:転載許可を賜りました相川書房に衷心より厚くお礼申し上げます。





出典:清水将一「社会福祉協議会が行う福祉教育の批判的検討―福祉教育の基盤強化のために―」『ソーシャルワーク研究』Vol.17 No.4、相川書房、1992年1月、60~64ページ。
謝辞:転載許可を賜りました相川書房に衷心より厚くお礼申し上げます。






出典:清水将一「社会福祉協議会における福祉教育の役割と課題」『ソーシャルワーク研究』Vol.16 No.4、相川書房、1991年2月、43~48ページ。
謝辞:転載許可を賜りました相川書房に衷心より厚くお礼申し上げます。
関わる老人施設で小耳に挟んだ
2学期が始まった途端に
近隣の小学校の三つの学年で
学級閉鎖になった
市内の数校が同じように学級閉鎖になった
子どもたちは自宅待機を余儀なくされた
施設の職員の子が感染したり自宅待機したら
シフトの変更を余儀なくされる
子ども感染は働く親や職場へも大きな影響を及ぼす
日々の感染者がどれだけ社会的な損失を与えているのか
子どもへの感染を避けることの大事さを知らされた
コロナは小学校だけではない
札幌市内で保育所のクラスターが絶えない
高校でも大学でもクラスターが起こっている
苫小牧で開催された全国高校選抜アイスホッケー大会
8月3~8日に 全国から26チームが参加した
クラスターが発生し 138人に達した(23日現在)
道内外の選手120人と教職員11人
大会関係者7人の感染が確認された。
デルタ株の感染力は 決して侮れない
鈴木道知事が秋元札幌市長に尻を叩かれて
ようやく国に緊急事態宣言を要請した
9月12日までには解除などあろうはずもない
今週末から来月の予定は全部ぶっ飛んだ
自宅軟禁を余儀なくされる
いつまでも政治的駆け引きで無駄なあがきを繰り返す
多くの政治家の矜持は すでに捨てられ屑となった
いまパラリンピックの開会式の真っ最中(24日20時過ぎ)
TOKYOは感染拡大の真っ最中
自宅療養者は死との闘いの真っ最中
営業規制中の飲食店は死活をかけた真っ最中
子どもらは大人に感染させられる真っ只中
自宅療養中の中年の男が入院できず症状が悪化する
かかりつけの医師も救急隊員も為すすべなく家族に覚悟を伝える
ようやく入院先が見つかるが時すでに遅く数日後息を引き取る
医師は見放さず受け入れ先を最後まで諦めずに頑張る
都知事はキャリアアップの為にだけ動くサディストの如し
都知事は人ひとりの命の重さすら理解できない愛猫家
チマチマした対策とお願いの札を掲げてパフォーマンスを繰り返す
都内の体育館を野戦病院に仕立ててオリパラの医師と看護師を動員すれば
死にゆく命をどれだけ救うことができるだろうか
いまでも遅くはない
酸素センターでやってます感を出すようなレベルで偉がらないで
野戦病院をとっとと設営して助かる命を見捨ててはならない
小池都知事はパラリンピックに都内の小学生を観戦させると意気込む
だあれもほめっちゃくれない意地だけで子らの命をコロナにさらす
無観客の舞台をせめて子どもを入場させることで賑わいを演出する
競技場の観客席からでは遠くにいる選手の表情は見えないだろう
丸川五輪相が奨励するテレビ観戦の方が迫力と感動は倍増する
政治家の薄っぺらな言葉の裏に命の危機を感じる感覚を取り戻そう
コロナ禍で生きる生きてゆく動物的生存感覚を再生させた
子どもたちに伝えるべき残すべき感覚と知見こそ
政治家の反面教師として果たしてきたコロナ禍の大きな教訓である
国立成育医療研究センターがまとめた「子どもの状態を観察する4つポイント」
・機嫌が悪い
・食欲がない
・顔色が悪い
・呼吸の様子が「息苦しそうではないか」
「息を吸う時に胸がぺこぺことへこむ、陥没するような呼吸になっていないか」
さらに意識がはっきりしない、おう吐を繰り返す
担当の保健所やかかりつけ医に早めに相談してください
〔2021年8月24日書き下ろし。無観客の席に子どもを座らし体裁を繕う。なんという政治的動員だろうか。IOCよ、札幌には招待できぬ〕
広瀬爽彩(さあや)さんのご冥福を心よりお祈りいたします
少女は助けて欲しかった
誰も本気で助けようとはしなかった
少女は信じたかった
誰も少女の言葉を信じなかった
少女は川に入った
少年らはヤバいと思った
少女は転校した
学校は肩の荷を下ろした
2月厳冬の旭川の街で死に場所を探す
公園でうずくまり凍死した
3月雪が融け発見されたときはまだ凍っていた
文春砲で教育委員会や学校の対応のまずさが曝かれた
市教委は釈明に追われた
おぞましい事件の実相が次第に浮かび上がってきた
警察の事件の処理も加害者の処分も疑義を生んだ
いじめというレベルを超えた凄惨な事件
一人のか弱き少女が受けた性的虐待
助けを求めても真剣に受け止めなかった担任教師
不作為を決め込んだ市教委と学校管理者
一人娘を失った母親の訴えは悲痛である
「『10人の加害者の未来と、1人の被害者の未来、どっちが大切ですか。10人ですよ。1人のために10人の未来をつぶしていいんですか。どっちが将来の日本のためになりますか。もう一度、冷静に考えてみてください』これは、教頭に言われた言葉です。
私は、爽彩がいじめに遭っているのではないかと、学校、教育委員会に何度も相談しました。学校、教育委員会は、爽彩も、家族も、だれも相談することはなかった、いじめの認知には至らなかった、などと繰り返し主張しています。教育委員会の態度は、『いじめ』をもみ消そうとしているようにさえ見えます。…第三者調査委員会は、だれが、どこで、どんな調査をしているのか、全く公にしていません。貴重な情報を持っている人がいても、これでは情報を提供する先がないに等しいと懸念しています。今後、もし、何か情報をお持ちの方がおられたら、旭川いじめ事件を担当する弁護団に、情報をお寄せ頂きたいと思います。爽彩のメッセージを後世に伝え、教訓として残すため、どうか、皆さまの中で情報をお持ちの方がおられたら、弁護団に情報提供して下さいますよう、お願い申し上げます」
第三者委員会辻本純成委員長の談話に強い違和感を覚えた
「地域の人たちが安心して暮らせるよう、役に立つものを残したい」
地域の人ではなく 子どもが学校で健やかに育つよう
広瀬爽彩さんの死に 教育者と加害者は真摯に向き合うことではないか
不信を抱かれる第三者委員会の透明性と迅速かつ適切な調査が急がれる
市教委や学校に与することは決してあってはならない
母親へのすみやかな納得できる報告が待たれる
〔2021年8月22日書き下ろし。母親の手記を是非読んで欲しい。第三者委員会の事実の究明は旭川の市教委と学校教育のあり方を検証すると信じたい〕
付記
聞き取り調査、7月にも着手 旭川中2死亡で第三者委
旭川市内で3月に遺体で見つかった当時中学2年の女子生徒について、いじめとの関連を調べる市の第三者委員会の第2回会合が4日、市内で開かれ、関係者への聞き取り調査を来月にも始める方針を決めた。空席だった委員長に市内の弁護士の辻本純成氏を選出、委員に新たに弁護士3人を追加し、計11人へ体制を強化する。
今後は聞き取りのほか、女子生徒を巡るトラブルを見聞きした可能性がある生徒らへのアンケートも行う。委員長に就任した辻本氏は「地域の人たちが安心して暮らせるよう、役に立つものを残したい」と述べた。(北海道新聞2021年6月5日)
「加害者にも未来がある」教頭の言葉に涙…”いじめ”調査めど立たず
北海道旭川市の公園で当時14歳の女子中学生が遺体で見つかった問題で、8月18日に開かれた遺族の弁護団の会見で、遺族の手記が公開されました。遺族は「何があったのか知りたい」とし、情報提供を求めています。
この問題は2021年3月、旭川市内の公園で当時14歳の広瀬爽彩さんが遺体で見つかったものです。広瀬さんは2019年4月に旭川市内の中学校に入学後、6月に複数の小中学生に囲まれる中、川に飛び込む自殺未遂を起こし、8月に別の中学校へ転校。2021年2月に行方不明となり、3月に遺体で発見されました。旭川市教委は4月に「いじめの重大事態」と認定し、いじめがあったのか第三者委員会で検証を進めています。遺族は真実を知ってほしいと実名と手記を公表しました。…(北海道新聞2021年8月19日)
旭川中2死亡「事実究明願う」文科相
萩生田光一文部科学相は20日の閣議後会見で、旭川市内で3月、中学2年広瀬爽彩さん=当時(14)=が遺体で見つかり、いじめを受けていた疑いのある問題について「適切に一つ一つの事実が究明されることを願っている」と述べた。萩生田氏は市教委、道教委に対し、これまでも「迅速かつ適切な調査」を指導してきたと説明。第三者委員会による結論を待つ考えを示した。母親の代理人弁護団は18日、同市内で記者会見し、生徒の氏名や、母親の手記を公表していた。(北海道新聞2021年8月20日)
22日20時の開票を待って NHKが当確を速報した
市民は 衆愚政治に陥ることを断固拒否した
市民の政治不信を如実に表した 正当な結果だった
IR・カジノ誘致反対からコロナ対策批判へと 選挙戦の訴えは変化した
度重なる政権の失態が 自民党独裁政治を否定してゆく
勝てると信じた首相には この結果は予想外だった
メンタルの強い首相には 受け入れがたい結果だった
為すすべのない首相には 総裁選も結果は見えてくる
諦めきれぬ首相には 衆院解散の結果を当てにするしかない
短命を避ける首相には 最後の望みは総選挙の結果しかない
すでに政局となった
引き起こしたのは 市民の賢明な政治的判断
一自治体の市長選挙ではなくなった
国政を変える 大きな渦が生まれる予感がする
横浜開港以来 この街が国政を左右する
首相の選挙区でも 支持者の離反が起こっていた
国政を変えるキャステンボートを握るのは 横浜市民だ
国政に送り込まねば 自民党はひっくり返る
なんと軽快で豪快なことか
自治体は単なる自治体ではないことを 証明する
なんと愉快で爽快なことか
国政を変える大きなチャンスを 国中に知らしめる
なんと痛快で欣快のことか
立憲は決して調子に乗らぬ事だ
実力で勝利したわけでは決してない
立憲が勝ったのではなく 人物で勝利したのだ
今までのぐうだらした野党共闘では 勝ってこない
立憲の党利党略の選挙戦略では 市民は動かない
自分の首の心配ばかりの烏合の衆では 心許ない
立憲はリーダーに覚悟がないから 不信が募るばかりで支持できぬ
ここで浮上できぬなら 解党してまた出直しするしかない
勝因は 自民党支持が割れたのと首相の不人気で票が動いただけ
それでも 横浜市民の国政変革への可能性はあなどれない
日本の夜明けを告げた横浜の意気地を 是非見せて欲しい
〔2021年8月22日書き下ろし。感染拡大でのパラオリの開催の是非の判断は国政選挙でなされる。自民党凋落の兆しが見えてきた。20日アップした「衆愚政治を阻止する」再読を〕
タリバンに反旗をひるがえす市民のデモに
容赦なく重機関銃が撃ち込まれる
覆面をした黒装束集団はテロリストそのもの
逃げ惑う市民をせせら笑うように銃を懐に抱く
逃げ遅れた母は 背を丸め怯えた子を抱く
情け容赦なく反タリバン勢力を排除する
カブールではタリバンの指導者が会見する
「民間の報道機関は自由で独立した活動を続けていい」
イスラム原理主義を懐に抱いて穏健を装う
イスラムの価値に反しないこと
タリバンの神を押しつける
公平であること
タリバンの歪んだ思想を押しつける
国益や国家統合に反しないこと
タリバンの殺戮の理由を押しつける
3つの条件そのものは理不尽そのもの
そもそも国際社会は国家として承認してない
タリバンの兵士たちは勝手な裁量で狩りを始める
宗教と銃で自由意思を蔑(ないがし)ろにする残虐な暴力的支配
人権すら認めない婦女子への教育や社会参加への否定と排斥
銃を持つ手は正義の使者
反サリバンの殺戮に意気込む
鬱憤を晴らす狩り場となった
誰でもいい
殺したかった
聖戦でもなんでもない
ただのごろつきの殺戮集団
殺す理由はいくらでも作った
逃げ惑う人間狩りこそ快感だった
狂気の者たちに凶器を与え存分に殺しを楽しませた
全ては聖戦であり正義の戦いだと勝利に酔う
ミャンマーの軍事クーデターと相通じる恐怖政治が始まった
赤子といえども殺すには容赦ない
殺したいから殺すという麻薬のような快感を覚えた
敵は人とは思わず人でなしが指揮を執る
言葉と行為が離反した者たちが狂気の世界を生きる
アフガンはテロの温床となり世界中を恐怖に陥れる
聖戦での殉死は神に召される名誉を与える
決して死ぬことを恐れるなと人間兵器を送り込む
戦え! 正義は我にあり! 殺せ!
戦え! 聖戦だ! 死に物狂いで殺せ!
戦え! 怯(ひる)むな! 殺せ!
戦え! ためらうな! 殺せ!
道端にうずくまった母と子は
恐怖の世界にどれだけ生きることができるのだろうか
国外に脱出できても果たして生きていけるのだろうか
〔2021年8月21日書き下ろし。殺しを洗脳された狂気の兵士たちは重機関銃を手に殺戮の限りを尽くすだろう。タリバンの恐怖政治が始まった〕
付記
独メディア記者の家族殺害 「タリバンが捜索、襲撃」報道
ドイツの国際公共放送ドイチェ・ウェレ(DW)は19日、同放送の記者の家族1人がアフガニスタンで、イスラム主義勢力タリバンに殺害され、別の1人が重傷を負ったことを明らかにした。タリバンは現地でこの記者を見つけ出すため、一軒ずつ捜し回っていたという。ただ、この記者は事件当時ドイツにいた。少なくとも3人のDW記者の家が襲われたとしている。
DWは「タリバンはカブールや地方で記者の組織的な捜索をしているようだ。我々には時間がない」とし、政府に対応を求めた。
タリバン幹部は17日の記者会見で「民間の報道機関は自由で独立した活動を続けていい」と述べていた。ただ、「イスラムの価値に反しないこと」「公平であること」「国益や国家統合に反しないこと」などの条件をつけていた。
また、ドイツ政府は20日、カブールの空港に向かっていたドイツの民間人の男性が撃たれたと発表した。手当てを受け、命に別条はないという。(朝日新聞2021年8月21日)
(1)第3回大会/1997年11月29日~30日/森ノ宮アピオ大阪(大阪市)


(2)第4回大会/1998年11月28日~29日/長崎大学(長崎市)


(3)第13回大会/2007年11月24日~25日/静岡英和学院大学(静岡市)


(4)第14回大会/2008年11月29日~30日/四国大学(徳島市)


(5)第19回大会/2013年11月16日~17日/金城大学(白山市)




備考(1)
伊藤光洋・鈴木秀明/学会発表―日本福祉教育・ボランティア学習学会―
(1)第18回大会/2012年11月24日~25日/常盤大学(水戸市)


(2)第22回大会/2016年11月25日~26日/都城市立中郷中学校(都城市)


(3)第24回大会/2018年11月24日~25日/日本福祉大学(東海市)


備考(2)
伊藤光洋「地域・学校・社協ですすめる福祉教育ハンドブック」『ふくしと教育』第20号、大学図書出版、2016年2月、12~15ページ。




謝辞:転載許可を賜りました伊藤光洋様と大学図書出版に衷心より厚くお礼申し上げます。
チルドレンは戦々恐々
大して運動することもなく ブームに乗っかり当選した
大した仕事しなくても 3期も税金喰った
大そうな菅首相の不人気 一気に被る
チルドレンは地盤軟弱
大して地元に貢献しなくても 労せずして当選してた
大した仕事できずとも どこでもバッチが物を言う
大そうな見得を切った分 一気に剥げ落ちる
チルドレンは一発勝負
大して自力はなくとも 勝ち抜くのか
大した勝ち馬に乗って 勝ち抜くのか
大そうな総裁選を見極めて 勝ち抜くのか
チルドレンは散る奴隷
大して仕事せぬがゆえに 軍資金も集まらぬ
大した功績残せぬゆえに 一兵卒から昇格できず
大そうなふりして見せても ただ散るだけのあだ花か
散る奴隷は失業対策
大して実績なきタダの人 失業問題降りかかる
大した見込み違いで ハローワークは当てにはできぬ
大そうな成りして見せても 台所は火の車
失業対策はコロナ失政
大して苦労なき分 巷の失業の悲哀を学ぼう
大した政策なき分 巷の困窮を肌で感じよう
大そうな大義なき分 巷の怒りを身に受けよう
コロナ失政で落選決定
大して落選しても 本意の政治を学ぶチャンスとなる
大した落選だろうが 本気で政治を目指す座標軸となる
大そうな落選でも 本物の政治家を育てる土壌となる
※自民党が政権復帰した2012年衆院選の初当選組は「安倍チルドレン」として一大勢力を築く一方、不祥事の多さから党内で「魔の2期生」とやゆされた。17年10月公認された97人のうち小選挙区で59人、比例代表で23人の計82人が3選を果たした。
〔2021年8月20日書き下ろし。落選も運が悪いと思えば済むが、本気で政治家を目指す原点回帰。まずは人間らしさはどこから生まれてくるのかを問おう〕
〇机の上には、最近買い換えたばかりのパソコンがある。手もとにはノートパソコンとアイパッド、それにスマホがある。それらは常時接続されており、容赦なく多様な情報が大量に入ってくる。必要に応じて、あるいは惰性的にそれらのディスプレイを見つめる日々が続いている。それは、情報量が増大・巨大化するなかで、大容量のデータを収集し活用することが前提となる社会、すなわち「ビッグデータ社会」を有意義に生きたい(生きている)というものではない。情報過多の大海原(おおうなばら)を溺れそうになりながら漂流している、といった姿である。そして、それが何よりも問題なのは、情報を整理・分析することなく、“答”についていろいろと思考することを停止あるいは放棄し、ひたすらひとつの“答”を探し回ることである。人はいま、思考のない探索の時代を生きている。「探しものは何ですか?」「まだまだ探す気ですか?」。井上陽水の「夢の中へ」の歌詞を思い出す。この文章の主語は、筆者(阪野)でもある。
〇情報は大雑把には、①それに対するニーズを認識し、必要な情報の性質や範囲を決定することから始まる。次いで、②多様な情報源や多量の情報量から利用可能なものを確定し、アクセスする。③選択・収集した情報を整理し、分析・評価し、それを新しい情報として編集・組織化して既存の知識体系に統合する。そして、④それによって批判的思考や新たな客観的・論理的思考を促し、ニーズの充足や問題の解決を図る。その際の新しい情報については、新奇性(目新しいこと)をはじめ、具体性や普遍性、社会性や文化性、現場性や歴史性などが重視されることになる。情報についてのこうした常識的な理解でとりわけ重視されるべきは、情報の「編集力」と「新奇性」であろうか。それによってその情報は情報力を高めることになる。
〇筆者の手もとにいま、柴田邦臣(しはだ・くにおみ。社会学専攻)の『<情弱>の社会学』(青土社、2019年10月。以下[本書])という本がある。「情弱」=情報弱者について、おそらく日本ではじめて論じた本である。
〇「情弱」といえば、ネガティブな言葉として、障がい者や高齢者、外国籍住民などを想起しがちである。彼らはその環境や状況のもとで、情報弱者の典型となる。しかしときに、最先端の情報処理技術を活用し、あるいは大仰(おおぎょう)な装置ではなく本人の工夫などによって多様な情報を効率よく、正確かつ迅速に活用することができる(活用している)。それよりも、多くの人は、「『情弱』であったりそう呼ばれたりすることを、徹底的に嫌悪し強迫的に回避すべく、必死にスマホを叩きディスプレイを見つめ続ける」(19ページ)、「情報強迫性障害」とでも呼ぶべき過度の「情報」至上主義にある(35ページ)。本書は、情報に関する脅迫的な恐怖を生み出しているビックデータ社会において、人はどのような存在になるのか、すなわち人間の存在と「生きる」意味を問う。そして、生きることを情報システムによって管理・調整したり、排除あるいは統制したりする「生きることの情報化」や、自らが自立し現代社会を生き抜くためのリテラシー、すなわちツールの利用法=「生の技法」を探る。
〇本書では、「生きる」ことそのものをめぐって、特定健康診査やマイナンバー、介護保険などのビックデータ化の成否や功罪について議論する。本書の核心のひとつである。ここでは、断片的であるという誹(そし)りを免れないであろうが、それらの議論に通底するいくつかの言説や論点をメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。
テクノロジーの発展が人間の「生きる意味」の追究を求めている
私たちは、テクノロジーが明確な一線を越えつつあることを、より強く認識すべきである。私たちが生きているのは、テクノロジーが有史以来はじめて、人間の存在とその「生きる」意味に隣接し越境しようとしている時代なのである。私たちの身体や生活の逐一(ちくいち)が、情報技術によってログ(記録)され、ないしはサジェスト(提案)されるようになるのは、長い時を待つまでもないかもしれない。研究者や教育者が真面目に「生きる意味」を考えるべきなのは、この潮流をふまえてのことであろう。(181ページ)
ポスト・ビックデータ社会は「生きづらさ」「情報弱者」を生み出す
ポスト・ビックデータ社会(生活世界の情報化が完了する社会。「生きることの情報化」の最終局面)では、どんなに巧みに設計され、どんなに安全に実装され、どんなに善良に運営されたとしても、それは私たちの生を<擬制>し(あまりにも多様すぎる私たちの生を同一のものとみなし)、その<自粛>を強(しい)い、私たちを<適正化>するように機能する。その中で生きる主体を<弱者>とせずにはいられないということについては、他の論点にまして、考察しておくべきである。(193ページ)
情報弱者/強者に関する議論は「情報格差」の問題である
<情弱>という表現は、ある情報を正確に把握したり、情報の背後に隠された意図を見抜けないといった判断力などを揶揄したりしている面は少なくない。しかしそういった力そのものが養われたり発揮されたりするためには、ディバイス(パソコンやスマホ本体とその周辺機器・ハードウェア)やメディアを使ったり学んだりできる環境や条件が揃っていることが大前提になることは疑いもない。本質的には、情報にかんする「強者/弱者」については、個人の生まれながらの資質や、何らかの努力の結果だけではなく、社会環境の方がむしろ重要になる。情報弱者/強者にかんする議論は、情報にかんする社会的な格差(「情報格差」)の問題として、先ず考えられるべきである。(35、36ページ)
「自立」に必要な自己決定には「自己の主体」化が肝要となる
自立のために必要なのは、「自分についての情報を自分で所有したり、自分のこと(情報)を、自分に納得いくかたちで決める」という<力>である。つまり「自分についての真理」を自らの理性で判断し語る<力>が、自らが生きるための<技>として必要である。(141、142ページ)
主体なき自己がありうるか、理性なき市民が存在しうるか、他者理解なき共存や共生が到来するのか。自己を配慮する用意のないものが他者や世界に配慮できるとは思えない。(145ページ)
「生の技法」には徹底した理屈・論理・考察を必要とする
<生の技法>において重要なのは、すでに情報社会に蔓延し、今後さらに増殖していくような、安易な同情や共感といった感覚的だったり本能的だったりするものではなく、むしろ徹底した理屈、論理、考察である。今、社会的な弱者とされてしまう人も、現在、将来の<情報弱者>も、直面しているのは社会的に構築された問題である。だから、その社会的な問題に感性的に反応するのではなく、冷徹に問題構造を把握し、限られた中でも論理的に回避したり克服したりする意識の中にこそ、生き抜く技――<生きる技法>――が生まれるのである。(198、199ページ)
〇ビックデータ社会で多くの人は、自らを情報の活用主体と位置づけ、情報強者をめざしている。しかし、その社会では、社会的・経済的・文化的発展が実現する反面、情報や生活の管理による人間疎外の促進や社会統制の強化が進んでいる。例えば、個人情報保護法(「個人情報の保護に関する法律」、2003年5月施行)やマイナンバー法(「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」、2015年10月施行)は、公権力が単なる行政手続きとしてのそれをはるかに越えて、すべての個人情報を丸裸にし、プライバシーを侵害する「残酷な使命」(102ページ)をもっている。めざすところは計画通りの、巧みな方法によるビッグデータ社会の構築である。
〇そのような認識のもとで、柴田はいう。障がい者や高齢者は必ずしも情報弱者に直結するものでもないが、社会的弱者であるとされている人たちのなかにこそ、情報弱者と化す多くの人たちを開放する手がかりがあるかもしれない(29ページ)。ビックデータ社会を生き残る「技法」は、はるか昔から深刻な社会問題に直面し、それゆえ自らの存在をかけて「自立」と「共生」のリテラシー=「生の技法」を鍛え上げてきたとりわけ障がい者のリアリティのなかにあるのではないか(184ページ)。そうしたことについて探究する際の基本的なもののひとつは、人間はその「価値」の有無ではなくただ「存在」することに「固有の意味」がある、という考え方である。。
〇続けて柴田はいう。命がかけがえがないのは自明であり、他者との相互理解が必要なのは不変であり、社会が多様であることは公理である(202ページ)。多様性とは、私たちが自らの価値観では想像も想定もできない存在の連鎖である。異質の現前(現に存在すること)こそが、その本質である(204ページ)。そもそも人間は、それ同士を比較するにはあまりにも多様すぎる、比較し選別することのできない存在である(160ページ)。人間の生は「多様で、予想外で、それゆえ自由にあふれる」(181ページ)ものである。それ故に、障がい者や高齢者などの態度や行動の「価値」が共有できなくても、理解できなくても、いや「わからない」からこそ、そこにはただ存在する「固有の意味」がある。私たちが共存し共生するために必要なのは、尊重と忍耐だけである(205、206ページ)。
〇筆者(阪野)はいま、共存や共生についての「尊重」と「忍耐」に加えて、望んでいる事柄が実現するという証拠に基づく「確信」(すなわち、別言すれば「信仰」)をもつことの必要性と重要性を感じている。そして、その証拠の科学的探究と思考が続くことになる。付記しておきたい。
乱立する候補者
IR賛成の現職市長の林文子
IR反対の前国家公安委員長小此木八郎
元長野県知事田中康夫
元神奈川県知事松沢成文
誰が抜け出すのか
22日の投票日まで 目が離せない
コロナ禍や緊急事態宣言下の 横浜市長選
なりふり構わず 現職首相もてこ入れする
三百万人の横浜市民が 誰に投票するのか
どんな物差しで計るのか 確かめたい
リーダーを選ぶチャンスは これしかない
衆愚政治のお粗末さは 市政でも国政でも懲りてるはず
地方自治を 市民の手に取り戻すには
衆愚にならぬよう 心しなければならない
政治家の公約は 空手形と全く同じ
隅に書いた公約を重要だと すり替えるのは常套手段
騙されぬよう 賢く判断するしかない
全国が注目する市長選は 国政選挙の前哨戦
衆愚であるかどうか 三百万人の市民が試される
横浜市長選は 地方自治のあり方を問う
疲弊している自治体の これからを示唆する
政治への不信感を募らす市民が 政治に覚醒する
棄権は衆愚となる意志表示 絶望的隷属か
政治は人なり
衆愚政治にしてはならない
先を占う市長選 面白い展開になってきた
〔2021年8月19日書き下ろし。横浜の市長選が秋の総選挙の行方を決める。そう思うとわくわくする〕