阪野 貢 のすべての投稿

夢なき政争

「こんちは、いましたか!」

「あがっておいで」

「さっそくあがらせていただきました」

「すいませんね、お休みの時にお呼びだてして申し訳ない」

「溜まっておいででしょう」

「お察しの通り。あなたしかおりませんからね」

「いやいや、そうおっしゃられると、ありがたい限りです」

「先月の安倍さんの辞任表明から、次の人を選ぶ一連の流れに、政治の末期と末路を思い知らされています。安倍さんの政治の検証なんぞきっとしないでしょうし、辞めた人は叩かないみたいな変な世間の空気も相まって、また派閥がのしてきて高齢の方々がここぞとばかりに雁首並べて、仕切りを入れる。怖い国になりました」

「やっとお辞めになったかと思ったら、もう出来レースに早変わりとは恐れ入りましたね。管さんで決まりでしょうね。本当に風見鶏のように、アベノミクス継承宣言に何の批判もなくなびいていくその図は、見事としか言いようがありません。雛壇に三人あがっての記者会見もお葬式みたいで、気持ち悪かったし、外された二階さんも滑稽でしたね」

「自分らの力を誇示する政局は、最高の舞台になる。ああして演出しちゅうところにドンの力を強烈にアピールして面目躍如たる場にしたところから、管さんの悲哀が始まったような気がしますね」

「叩き上げの田中角栄さんのような庶民派とは、全く違う感覚の人のように思えますが」

「官房長官のような黒子でいるのがお似合いだった人が、どう変わるのか関心はありますが、取り巻きがああしたパフォーマンスをしているだけに、前途多難でしょう」

「国民は、安倍さんに愛想を尽かして飽きてしまったから、誰でもいいと思う気持ちがいま充満しています。その道筋を四人の爺さんたちが付けてくれて、逆らえきれない下々の議員は、後で仕打ちを受けぬよう、吹いた風に乗っかるだけのこと。右でも左でもない風任せの 議員さん、その正体が丸見えですね」

「そんな中で、岸田さんが貧乏くじを引いてしまったというわけですか」

「あの人ってああして自己主張できるんだって、初めて思いましたね。禅譲だって言われ続けてて素直に従ってきたものの、安倍さんからも見事に袖にされた。自分の主張がない人のようにキャラクターが固まって、国民受けが最悪だったにもかかわらず、政治は国民の人気投票じゃないからと我慢をしてきて、いざそのときが来たら、足下をすっかり崩され陸の孤島に立っていたという、何とも言い難い。戦う前に敗将となってしまった」

「舞台は、すでに人事に移りましたね」

「菅政権の人事は、もう派閥の圧力が強くて、そのパワーバランスを取ることで憔悴するでしょうね。下手な人事をすれば、すぐに反旗を翻す手強い派閥集団ですからね」

「無派閥の管さん、だれがゴッドファーザーになるか、人事で見えてきますか?」

「彼の自由にさせないために、派閥のドンたちは裏で何をしでかすのか、素人には全く読めません。二階さんが幹事長になれば選挙を仕切れるので、金も人も思うがままで、かなり有利になります。ここを外せるだけの度胸はないでしょう。外した途端、はしご降ろしにかかりますからね。財務、麻生さんだけは、勘弁してほしい。膨大な赤字財政の立て直しを誰に委ねるのか。ここは管さんの手腕に注目したいですね。連動する経済の復興は、やはり梶山さんの続投でしょうか。朋輩に支えてもらいたい思いは強いでしょう。弱点は外交ですが、米大統領選挙の結果次第では、4年間の反動で世界は再編成・再構成が起こるでしょうから、万全な対応を求められる外交能力の高い人が必要になるでしょう」

「コロナ感染症の対策は、この総裁選のせいでなにかいま小康状態が続いていますが、厚生労働も重要ですね。なにせ経済と直結する労働こそ、暮らしの基盤ですからね」

「厚労省が、後手後手で批判されることが多かったのは、専門家がこぞって正解を出せなかったことと、政治判断の稚拙さが絡まっての結果ではなかったかと、いまはそう思えますね。ただ、面白い動きをするのではないかと期待されるのは都知事の小池さん。なにせ管さんとは犬猿の仲ですから、オリンピックもコロナ対策も経済復興も、どんなバトルをしでかすのか、こちらも目が離せません」

「それは楽しみですね。政治家はバトルしあってなんぼの世界。忖度ばかりで、野党も力不足でバトルどころか、はなっから相手にされず、軽くあしらわれて負け戦ばかりで、不甲斐ない」

「自民党の総裁選の裏で、野党が結束し直して党首選びの最中ですが、話題性にこれだけ薄いのは、全く期待感がないからでしょうね。お茶の出がらしは誰も飲みたくない。そんな風に感じさせていること自体、当の本人たちには分かっていない。もっと多くの議員が立候補するかと思いきや、たった二人では政論も乏しく、まあ好きにしてって冷め切っています」

「ほんとにそうですね。先日ワイドショーを見ていたら、コメンテーターが盛んに、私たちはとか国民はとか、頭に付けてさもさもらしく語っているのを聞いて、なんだかわけもなく腹が立ちました」

「それはきっとあなた方に代弁してとは頼んでもいないのに、私たちはって一体誰のことを言ってるのということですね。本来ああいう立場で自分の論を展開するのに、私たちではなく、あくまでも私という一人称で論ずるべきなんですよ。そう語るのは、皆さんの思いを代弁していますという思い上がりでしょうか。あるいは媚を売るような方々のそんな態度に、きっと我慢がならなかったのでしょう。好きに話すは自由ですから、聞いている方が判断すべきです。ただ私たちはとか、国民はとか、決めつけたような言い回しは止めてほしいですね。私は私でいいんです。私たちでどっかで責任放棄している。これは議員の方々も同様ですね」

「国民がって、言った先から言葉が朽ちるって感じですね」

「仰るとおりです。だから議員の言葉に信頼を置けない。今回のようにやっていることも、石破落とし見え見えの姑息な選挙方法。党員選挙じゃ勝てないと二階さんは素早く判断。さらに国会議員の票を集めるのに、派閥のパワーバランスを利用するという、見事な策略。タヌキですね」

「公明党さんも、派閥もどきでは?」

「管さんはそこも抜け目はない。問題ありません。管さんもかなりのタヌキでしょう。でなければ無派閥でここまでのし上れない。問題ありません、すでに説明されていますって、いけしゃあしゃあと記者の質問に答えるときのあの口調、これからも続けるでしょうね」

「記者も記者で突っ込みが足りない。東京新聞の望月さんのような記者は出てこない。みんな子飼いのペットのように従順で、発表されたことだけ流すオウム返しの得意な方ばかり。反骨のジャーナリストって、いまいるんでしょうか?」

「そこですね。私はどこに判断のものさしをもっているのかを、毎度確かめていかないと、自分で考えることもおぼつかなくなってしまいます。問題はメディアが同調圧力に屈してしまうという事態です。偏った情報が世の中にまかり通ることを、一番恐れています」

「そのためにも、自分の判断を右寄りでも左寄りでもない前を向いて考えることが大事なんですね」

「上手いことを仰いますね。その通りです。どうも考え方が右だとか左だとかで政治を語るだけでは、テレビに出てくる顔見世興行のコメンテーターばかりが増えるだけのことですからね。私らはもっと前を向いて建設的なことを考えていきましょう。政治に夢をみたいですね」

「政治に夢を、ですね。だからこそ、自分の意見を持つことが大事になるんですね。こうして大家さんとお話することで、自分の考えが見えてきます。だから大家さんから声がかかると二つ返事で伺うのも、いまの自分の立ち位置を確かめることができるからと、そう思いますね」

「私もあなたと話していると、押しつけになるのではと思いながらも、つい楽しくて本音で語ってしまいます。こんな語り場こそほんとは必要なのに、地域からもなくなっていることが、一番問題なのでしょう。雄弁に語る方があっても、何やら批評家めいて誰かの受け売りだとすぐにバレてしまいます。政治と地域づくりや役所や住民のまちづくり、そんな自由な語り場がなくなったから、余計に政治の劣化、地域づくりの形骸化が起こっているんでしょう。地域に核になる人が育たないことが問題です。あなたのような人が一人でも育ってくれると、もっと地域も元気が出ると思うのですが」

「いやいや、買いかぶりです。でもこうして大家さんとお付き合いしていただくためにも、まちづくりにもしっかり身を置きたいと思います。民生委員の仕事も大事なお役目なんですね。それじゃ管政権が決まった折にでも、またお邪魔します。今日もありがとうございました。」

「あいわかりました。こちらこそ楽しみにしております。ところで、内閣が発足したら、すぐに衆議院解散ってなこともあり得ますよ」

「えっ、それもありですか!」

「利にさとい者たちは、なんでもありです」

〔2020年9月10日書き下ろし。波乱万丈の政治の世界。明日はまだ未定。だから目を離せない。離しちゃいけない。〕

プッツン

なぜあれだけ こだわったのだろう
どうして 頑なに意地を張ったのだろう

プッツンと切れた
とたんに なぜどうしてだけが
き・え・た

なぜあれだけ 無理強いをしたのだろう
どうして 異言を拒んだのだろう

プッツンと切れた
とたんに なぜどうしてだけが
に・げ・た

なぜあれだけ 情熱を注いだのだろう
どうして 視界を狭くしたのだろう

プッツンと切れた
とたんに なぜどうしてだけが
と・ん・だ

悔しさが
の・こ・る
虚しさが
し・み・る
赤とんぼが
わ・ら・う

〔2020年9月9日書き下ろし。座を降りた途端、振り返りたくない残滓。栄華の跡に吹く秋風に赤ンボが舞う〕

和顔愛語地蔵の開眼

9月とは思えぬ 30度を超える真夏日
柔和なお顔をしたお地蔵さまが 中庭に立つ
四百キロを超える 頭でっかちの体躯はご立派

コロナ禍に
負けない笑顔と
優しい言葉で
満ち溢れる職場を
願って建立した

師は 地蔵開眼に祈念して 経を唱える
老男女が 中庭を見渡せる窓越しに席を置き
静かに読経に合わせ 合掌する

師は 浄土真宗の僧侶である
特養ホームの中庭に 
コロナウイルスの収束を願い
和顔愛語のこころを伝える
地蔵を 建立した

施設の利用者も 職員も
和顔愛語のこころを尽くして
終の住処で 安心して過ごせるよう
その願いを 一身に受けたお地蔵さま
御利益は 
一人ひとりのこころに宿る

信じるということは 
自分のいまのあり方を問うことか
信じるということは
ひとの仕合わせを祈ることか
信じるということは
信じる人に救われるということか

コロナ禍で 日々の安寧を祈り
こころ穏やかにして 今日もひとと関わる
こころ安らかにして 今日も家路につく
こころ無にして 今日も手を合わせる

※和顔愛語(わげんあいご):大無量寿経の一節で、その意はうそ、いつわり、こび、へつらいの心を持つことなく、いつも穏やかな笑顔、愛情のある言葉を持って人に接し、相手の意志を先んじて知り、その望みを満たすこと。

〔2020年9月8日書き下ろし。8日地蔵開眼の儀があった。リスクゼロを続ける職員への師の思いを伝える日となった〕

追記/社会変革とソーシャルアクション:「社会を変える」の至言―ワンポイントメモ―

保守的な人も左翼的な思想の持ち主もいる。そこで「君たちは右なのか左なのか」という質問がでました。そのとき、「われわれは右でも左でもない、前だ」と答えたという。「問題の認識」のしかた(フレーム=枠組み)を変えることが、運動にとって重要だという理論がフレーミングです。(小熊英二、下記[1]454、456ページ)

社会とは、結局のところ、人のつながりだ。社会を変えるとは、人のつながりを結びなおすことだ。(小熊英二、下記[2]「帯」)

〇筆者(阪野)は、本ブログの<雑感>(117)2020年9月1日投稿の「ライフ・セキュリティとソーシャルワーク」と題する拙稿の最後で、「ソーシャルワークとソーシャルアクション」について若干ふれた。そこでは、高良麻子の「ソーシャルアクションの実践モデル」(「闘争モデル」と「協働モデル」)の一部を紹介したに過ぎない。
〇この点に関して、山東愛美は、ソーシャルアクションをそのプロセスに基づいて次の二つに類型化している。要求や闘争による「ダイレクトアクション」と交渉や調整による「インダイレクトアクション」がそれである。山東にあっては、その特徴は次の表のようになる。

〇そして山東は、2010年頃から、「ソーシャルアクションが論じられる際には、インダイレクトアクションをイメージすることが増えつつある」。それは、従来のソーシャルアクションとして認識されてきたダイレクトアクションの「完全な変容ではなく、分化・多様化」によるものである。こうした傾向がみられるのは、「地方分権や地域包括ケアなどの制度・政策的背景や、地域を基盤としたソーシャルワークやコミュニティソーシャルワークの台頭などの理論的動向も反映されていると考えられる」、という(山東愛美「日本におけるソーシャルアクションの2類型とその背景―ソーシャルワークの統合化とエンパワメントに着目して―」『社会福祉学』第60巻第3号、日本社会福祉学会、2019年11月、44ページ)。高良のそれとともに、留意しておきたい言説である。
〇いま、筆者の手もとに、社会変革とソーシャルアクションに関する本が2冊ある(しかない)。(1)小熊英二著『社会を変えるには』(講談社現代新書、講談社、2012年8月、以下[1])と(2)木下大生・鴻巣麻里香編著『ソーシャルアクション! あなたが社会を変えよう! ―はじめの一歩を踏み出すための入門書―』(ミネルヴァ書房、2019年9月、以下[2])がそれである。[1]は、「社会を変える」ということについて歴史的、社会構造的、そして思想的に考察したものである。小熊は、「思考や討論のためのテキストブックとして本書を使ってもらえればいい」(513ページ)、という。[2]は、ソーシャルアクションの実践者とその実践者を支援することで間接的にアクションを起こした人々の物語集である。鴻巣は、「あなたのアクションは本の中にはありません。フィールドに出かけましょう」(ⅶページ)、という。
〇本を読んでいると、新たな気づきや学びとともに、“確かにその通りである”(「至言」)という一文に出合うものである。それが読書の魅力や醍醐味でもある。次に、[1][2]から、筆者にとって、「社会を変える」の至言の一文のみをメモっておくことにする(抜き書き、見出しは筆者)。

「参加して何が変わるのか」「参加できる社会、参加できる自分が生まれる」
運動とは、広い意味での、人間の表現行為です。仕事も、政治も、芸術も、言論も、研究も、家事も、恋愛も、人間の表現行為であり、社会を作る行為です。それが思ったように行なえないと、人間は枯渇します。「デモをやって何が変わるのか」という問いに、「デモができる社会が作れる」と答えた人がいました。「対話をして何が変わるのか」といえば、対話ができる社会、対話ができる関係が作れます。「参加して何が変わるのか」といえば、参加できる社会、参加できる自分が生まれます。([1]516~517ページ)

誰もが何かの「当事者」であり、誰もが何かの「非当事者」である
障がい者、引きこもり、被差別部落、貧困、在日外国人、オキナワ、フクシマ、女性、LGBT。誰もが何かの「当事者」であり、誰もが何かの「非当事者」なのだ。私たちを「当事者」と「非当事者」に分断しようとする力に常に抵抗し続け、作られた境界を共に超えていこうとすることが、社会を変えることにつながるのかもしれない。([2]52ページ)

〇日本における「ソーシャルアクション」の実践や研究、それに教育は、「乏しく」「停滞しており」「脆弱である」などと評される。その背景は何か、その問題や原因は奈辺にあるか。「ソーシャルアクション」は、当事者を含む社会福祉運動なのか、ソーシャルワーカーによる援助技術なのか。「ソーシャルアクション」とコミュニティソーシャルワークやアドボカシー(擁護・代弁)の概念との関係性や整合性をどう考えるか。「ソーシャルアクション」におけるソーシャルワーカーの役割や専門性をどこに見出すか。検討すべき残された課題は多い。[1]と[2]は、これらの課題検討のひとつのとば口(入り口)にあるとも言えよう。
〇取り急ぎ本稿を草することにしたきっかけは、本ブログの<鳥居一頼の世語り>(421)2020年9月6日投稿の「おもえ うごけ かんじよう」と題する散文詩の最後の一節にある。「思考せよ~おもえ!/行動せよ~うごけ!/感動せよ~かんじよう!」がそれである。これは、鳥居が一人のヒト(孫娘)に「贈る言葉」であり、「命」「生きる」「人生」のありようを問うものである。それは、「自分を変える」、そして「社会を変える」の至言でもある。

追記(2020年9月10日)
鳥居一頼先生から次のようなメールをいただいた。まさに「至言」である。鳥居先生とのこうしたやり取りは実に楽しく、有意義である。

〇「ソーシャルアクション」の実践と研究に、教育はどれだけ貢献しているのか。特に学校教育は、国家的に承認された文化的・道徳的価値や社会的認識の上に成り立っている公教育機関ですから、そもそも彼ら自身が動くことはありません。組合運動も日和っている現代では、子どもへの働きかけも地域活動への参加も、主体的にする人は希有でしょう。
〇北海道では、高校の教師が6月の学校再開以来、「残業が増えている」とアンケートに答えています。ダラダラとしていても、時間が過ぎれば残業です。処理能力がなくて時間のかかるのも残業です。段取りがしっかりしている者は、多少の残業でクリアできるでしょう。周りを見て残業するフリをするしかない風見鶏も混じっています。それを一色単に「残業」というくくりで、マスコミがさも「やっている」ごとく報道することに苛立ちを覚えます。時間ではなく中身です。もちろん良心的な先生もたくさんいます、きっと。
〇ただ多くの先生は「社会的活動をしてますか」との問にどう答えるでしょう。学校に籠城していては、社会がどう働きかけても、出てこられないですね。大学の教員も内部で権威闘争してるばかりでは、果たしていかがなものかと、いつも感じています。
〇教育の閉塞は、国家による管理統制が強化されたことによる、教員の市民力の低下ないし劣化でしょうか。無作為でいることが、楽なのです。指示されて動けばいいだけです。忙しいフリをしているだけで、いいのです。子どものことを建前にすれば、社会的な面倒さからは逃げられるのです。確かになすべきことが多くなって、処理しきれないところは同情の余地はありますが、「右でも左でもない。その考えすらない」と答えるかもしれません。そんな風潮の中で、子どもを粗末にしてはならないと、自分を見失わぬよう善戦する「変わり者」が、教師の良心を失うことのないようエールを贈りたいですね。
〇ソーシャルワーカー、コミュニティソーシャルワーカーについても、名刺を出されてその肩書きを尋ねると苦笑いされた社協マンがいましたが、その資格に恥じぬよう健闘をただ祈るだけです。さして地域福祉を推進しているとは思えない地域の方でした。資格の肩書き化を促している現状では、そもそも福祉における市民運動の地ならしさえ難しいでしょう。その核にならねばならぬ社協マンの地域福祉への熱い思いを、彼らと市民をつないで、一緒に考え、動き、感じる、指導者との出会いが、いまあまりにも少なすぎるのではないでしょうか。また、多くの研究者は、国や地方の行政の施策の理論的後付けに精を出して、箔を付けようと頑張っています。地域包括ケアシステムの制度化の推進も然りですが、果たしていかがなものかと、横文字の概念づくりに加担するのは、私にはとうてい無理ですし、そもそも見識すらありません。頑張る方々には、全く失礼な私です。
〇社会変革とは自らの生き方を変えることから始まるしかありませんね。そのためには「自らを振り返る力」を、私の身近なひとたちと共に付けていくことに心掛けていくことにいたします。身の程をわきまえながら、できることから、ですね。

緊張と緩和

一週間も 禁酒した
書き上げるまでは
髭も剃らずに
四六時中 机に向かった

一週間で 勝負した
書き上げようと
目覚めた時が 仕事の始め
寝たい時が 仕事の終わり

一週間の ラストスパート
一日8人とインタビュー
まとめに 二日間集中した
書き始めて三ヶ月 目処が立つ

原稿を 書き終えた
この後 最後の添削作業
頭が緩んだ途端
身体は 酒を欲した

九月とは思えぬ 真夏日
札幌は32・7度で 観測史上最高
一缶のビールが 喉を流れる
至福の一瞬

弛緩は 
ただ一缶のビールで
満たされる 無欲さがいい
ただ一缶のビールで
身体が緩む 無力さがいい 
ただ一缶のビールが
褒美にかわる 安さがいい

〔2020年9月8日書き下ろし。昨日の続き。緊張と緩和のサイクルが続く苦楽が、一缶のビールで癒やされる〕

追い込む

締め切りを決めた
だからやるしかない

締め切りは動かさない
だから逆算する

締め切りは約束だ
だから破られない

締め切りが間近だ
でも書き足さねばならない

締め切りが嬉しい
だから書くしかない

締め切りを待つ
余裕のなさがなぜか愉しい

締め切りまであがく
追い込まれていくのがいい

締め切りはけじめだ
それで解放される

〔2020年9月7日書き下ろし。現況レポートです〕

おもえ うごけ かんじよう

21歳の誕生日おめでとう!

いまここに命ある不思議さと
宇宙の深淵の時空に
地球という惑星に生きる奇跡を
大いに楽しもう

遠大な宇宙を想像しながら
命の尊さを意識した者でしか味わえぬ
人生の機微であり 深さである
夢の実現に生きる者にしか味わえぬ
人生の創造であり 喜びでもある

人はひととつながって
自らの命と心のありようを問う
その優しさと厳しさを
試練を課して 大いに鍛えよう
生きるを学ぶ 心と態度をさらに磨こう 

きみには 人生を切り拓く
源泉力は すでにある
それが何なのか 
21歳の誕生日からの宿題だ

思考せよ~おもえ!
行動せよ~うごけ!
感動せよ~かんじよう!

祖父母は 静かに見守ることにする

〔2020年9月6日書き下ろし。孫娘が明日7日誕生日を迎える。贈る言葉を記すことだけでも幸いである〕

学生を育てる

経験6年の 若い介護福祉士がいた

介護の現場で 日々仕事しながら
介護の魅力と職場を 元気に発信する
老人ホームのリクルート担当
ともかく 底抜けに明るい笑顔に 圧倒される

お年寄りの心に添いたい
お年寄りの願いや夢が
ひとつでも叶えられたら
そのひとつのことを 思い描いて
最期まで伴走する
仕合わせづくりのお手伝い
それが介護の仕事の魅力だと
ほんとに心底嬉しそうに 目を輝かせる
仕事が大好きと言って 憚(はばか)らない
飾らぬ本気度が ストレートに伝わる
ピュアで 真っ直ぐなリクルーター
爽やかな出会いを創る 熱いおもいのルクルーター

進路に悩みながらも 
介護に興味のある高校生
どこに就職しようかと迷う
福祉系の専門学生や大学生
コロナ禍でも 今夏10人の施設見学者
9月にも18人を受け入れる

出会った学生らは 彼女の世界に引き込まれる
福祉の現場で働きたい学生は
明日の自分を描き始める
迷いを払拭した学生は
明日の自分を歩く準備を始める

リクルートの最前線で
学生と仕事をつなぐ
学生とお年寄りをつなぐ
仕事の魅力を 気負うことなく
笑顔を絶やさず 呟いた
学生を育てる仕事だと

〔2020年9月5日書き下ろし。お年寄りに添いながら介護の魅力に手応えを感じ現場力を発信する介護士のエネルギッシュな仕事ぶりにエールを贈りたい。久しぶりにこころ躍る〕

継ぐと継がせる

継ぐんじゃない
継がせてやるんだ

三人の翁が 雛壇にいた
後押しを 正論化する記者会見
総裁選で かってないシーン
異常ではなく 不気味なのだ

後ろ盾を持たない男を 担いだ
後ろ盾を持たない男は 従った
民意でも 仲間の総意でも ない

三人の翁は 壇上で答えた
後押しを 正当化する記者会見
派閥のボスは 老獪だった
尋常ではない 脅威なのだ

後ろ盾を持たない男を 持ち上げた
後ろ盾を持たない男は 神輿に乗った
民意を反映しないと非難した過去を 葬った

三人の翁は 言わした
アベノミクスを継承するだけ 
新しいことなどやらせない 
見返り求め 釘を三本刺した

後ろ盾を持たない男は 
三人の翁の 本音を知っている
継ぐんじゃない
継がせてやるんだ
 
〔2020年9月3日書き下ろし。老いて益々盛んの翁たち。求めてもいないのに、日本丸の舵取りに余念がない〕

決まってるのに

父子で TVニュースを見ていた。

「総裁選挙ってなあに?」

「国の偉い人を決める選挙」

「国の偉い人は、総理大臣でしょ」

「そうだよ」

「でも、なぜ総裁を決めるのにこんなに騒いでいるの?」

「日本は、米国のように大統領を選挙で決めるわけじゃないんだ」

「じゃあ、どう決めるの?」

「自民党というグループの中で、総裁という人を選挙で決めるんだよ。その総裁になった人が、今度は国会で選挙して総理大臣に決まるってことなんだ」

「総理大臣に、なぜ決まるの?」

「国会議員で自民党の人の数が多いから、選挙すれば絶対に勝てるんだよ」

「それじゃ、総裁になれば総理大臣になっちゃうんだね」

「それは自民党の国会議員の数が多くなきゃいけないから、今まで2人、なれなかった総裁もいたんだよ」

「それじゃ、国会議員の数が多い政党のほうが絶対強いんだ。でも総理大臣という偉い人をそんな簡単なことで決めるって、なんか変?」

「どうしてそう思うの?」

「だって、大人のみんなが選挙で議員として選んだだけで、総理大臣を選んだわけじゃないでしょ。勝手にそのグループの中から選ぶのって、みんなの気持ちはなんにもこもっていないよね」

「そうだね。でも日本のルールはそうなっているから仕方ない。でもその総裁を決めるために議員だけでじゃいけないって、全国にいる党員という人たちも選挙に参加して決めるんだよ、ほんとは」

「じゃいまのはほんとじゃないの?」

「全国の党員の中の全部じゃないけど、参加はするけど国会議員の数が多いから、議員の人をどれだけ味方にするかで決まってしまうような選挙にしたんだね」

「だからこうして、毎日ニュースで誰がどうしたって言ってるんだ。でも、派閥がどったらこったらってって言ってるよ」

「自民党というグループといってもいろんな考えを持つ人がいるからね。クラスの中で仲良しグループってあるじゃん。自民党にもそんな仲良しグループがいくつもあるんだよ」

「そっか! さっきから見てて麻生派とか二階派とか細田派とかって言ってるのはそのことなんだ」

「その通り。なんだか、知らないうちにそんなに詳しくなって、頼もしいね」

「たださっきから選挙しますって言ってるけど、もう決まったてんじゃん」

「えっ、どうして?」
いまニュース速報で菅官房長官が立候補を正式に表明すると流れる(2日17時23分)

「立候補するんだね。でも別に選挙しなくても、選挙する前から二階派や麻生派や細田派のグループの人たちが、管さんを応援するから勝つのは決まってるでしょ。それなのに、なんで今さら選挙するの。してもしなくても変わらないのに」

「でも選挙してみんなで決めたと言うことが、大事なんだよ」

「だけど、岸田さんも石破さんも負けると分かって立候補する意味ってわかんない」

「それが日本のやり方だから、いまさら変えられないのさ」

「総理大臣を決めるのに、選挙ごっこして決めましたって、大人げないよね。子どもにもわかるような間の抜けたことしていて、大の大人が恥ずかしくないのかな」

「鋭い! その通りだね」

「こんな決め方で、選挙しましたって言い訳するのって、なんだかうそっぽい」

「だから、政治家を信用しなくなるんだ。困ったもんだね」

「もっとおかしいと思うのはね」

「なんだい?」

「そう思い込んでいるパパたち」

「おっと、痛い所を突かれた。その通りです」

「もっとおかしいのはね、仲良しグループでもみんな考え方って違うでしょ。一人ひとり自分の考え方があるから政治家になったんでしょ。それなのに、グループの偉い人の言うこと聞いてるだけで、いいの? 選挙って自分がこの人って投票するはずなのに。おかしいって気がついても、直すことが出来ない人が、どうして日本の国やひとのことを考えられるの。子どもたちのこと考えられるの。みんな偉い人の言うこと聞くんだよ、そうすれば悪いようにはしないよって言われているような気がする。それでいいの?」

「うんん、参った!」

「パパだって、いつもどんな小さな事でも自分で考えて自分で決めなさいって言うでしょう。大きな事は自分で決めなくてもいいってこと? 人任せにしてもいいってこと?」

「そうじやない。大きい小さいにかかわらず、自分で決めて動くことが,パパは一番大切だと思うよ。そう言ってるパパもそうしないで、政治は人任せにしてきたかもしれない。いいことがあればほめるし、悪けりゃくさすようなことをしているだけで、真剣にこれからのことを考えていなかった。自分の子さえよければいいって、君たち子どものこともちゃんと考えてこなかったと、大いに反省しなきゃいけないね」

「選挙ごっこで大事な人を決めて、ほんとに大丈夫って子どもでも心配になるよね」

「そもそもそんな人たちを選んだまま、好き勝手をさせている大人たちがたくさんいることが、一番問題だね。ダメなことはダメって声を出していかないと、みんなが仕合わせにはならないね」

「パパ、仕合わせってなあに?」

「えっっ!」

〔2020年9月2日書き下ろし。政治の生きた教材を学校では政治教育とみなし使用不可。だから世の親が民主主義と政治力を鍛えよう。秋田生まれの同世代の管さんが総裁になる。JapanDreamの幕が上がる〕