「田村禎章のふくし文化論」カテゴリーアーカイブ

田村禎章/健康は、「楽しい」ことから :ミナレク運動がめざすもの―田村禎章の「ふくし文化論」(2)―

「健康になりましょう」と言われると、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。

運動をする。食生活に気をつける。健康診断を受ける。もちろん、どれも大切です。でも私は、健康にはもう一つ、「楽しい」「笑顔になる」「誰かと一緒に過ごす」という入口があってもよいのではないかと思っています。

岐阜県では「ミナレク運動」という取り組みが進められています。2016年に開催された「第70回全国レクリエーション大会in岐阜」を契機に広がってきたもので、子どもから高齢者まで、障がいのある方もない方も、レクリエーションを通して「体」「心」「頭」の健康を育み、みんなが明るく健康で笑顔になれる岐阜県をめざす県民運動です。

そのために、レクリエーション指導者の派遣、地域活性化を目指したレクリエーション活動、推進団体の認定など、さまざまな取り組みが行われています。

最近では、岐阜県の「モーニング文化」にも注目した「ぎふモーニングプロジェクト」が進められています。喫茶店でモーニングを楽しみ、人と会い、話し、外へ出かける。そんな岐阜の日常にある文化を「健康」につなげようという発想です。

私は、ここに「市民福祉教育」の大切なヒントがあるように思います。

人は、「健康になりなさい」「地域に参加しなさい」と言われただけでは、なかなか動きません。でも、「楽しそうだから行ってみよう」「あの人に会えるから出かけよう」と思えば、自然に一歩を踏み出すことがあります。

楽しむこと、笑うこと、人と出会うこと。そして、気づけば少し元気になっている。

こうした日常の小さな仕掛けや場を地域のなかにつくっていくことも、市民福祉教育であり、地域の「ふくし文化」を育てることではないでしょうか。

ミナレク運動も10年を迎え、新たな歩みが始まっています。

私もこの運動に携わってきた一人として、「みんなが健康になる」とはどういうことなのかを、県民の皆さんと一緒に考えながら、これからもミナレク運動を育てていきたいと思います。

田村禎章/「学ぶこと」から、ふくし文化を考える―田村禎章の「ふくし文化論」(1)―

社会福祉の専門教育に携わって、まもなく20年になります。

振り返れば、浅学非才な私をここまで育ててくださった恩師や同僚の皆さん、そして何より、私の話を聞き、ともに考え、ともに活動してくれた学生・生徒の皆さん、地域住民の皆さんに、あらためて感謝しています。私自身も、人との出会いのなかで学び、育てられてきたのだと思います。

いま、私が研究のなかで考えているのが「主体形成」と「ウェルビーイング」です。

少し難しい言葉ですが、「主体形成」とは、自分で考え、人と関わりながら、自ら行動していく力を育てていくこと。そして「ウェルビーイング」は、単に健康である、幸せであるということだけではなく、人とのつながりや、自分らしく暮らしていけることも含めた「よりよく生きること」と私は捉えています。

この二つを考えるうえでも、「学ぶ」ということは欠かせないのではないかと思っています。

最近、久しぶりに外国人の方々への介護福祉教育に関わる機会をいただきました。介護の現場では、多くの外国人材が働くようになっています。一方で、その人たちが継続して学べる環境については、まだまだ考えていかなければならないことがあります。

そこであらためて感じているのが、「人に依存する教育」だけでは限界があるということです。

もちろん、人が人に教えること、人と人とが直接関わることは大切です。しかし、先生がいなければ学べないのではなく、オンラインやデジタルも活用しながら、自分の生活のなかで学び、仲間同士でも学び合える。日常そのものが学びの場になる。そんな仕組みを、これからもっと考えていく必要があるのではないでしょうか。

人が学ぶ。人が育つ。そして、その人が周りの人や地域に働きかけていく。

もしかすると、その小さな循環のなかに、「主体形成」も「ウェルビーイング」も、そして「市民福祉教育」のこれからを考えるヒントもあるのかもしれません。

このエッセイ、「ふくし文化論」では、そんな日常のなかにある小さな出来事や出会いを手がかりに、人が学ぶこと、人と人とがつながること、そして、ともによりよく生きることについて、私なりに考えていきたいと思います。