田村禎章/「学ぶこと」から、ふくし文化を考える―田村禎章の「ふくし文化論」(1)―

社会福祉の専門教育に携わって、まもなく20年になります。

振り返れば、浅学非才な私をここまで育ててくださった恩師や同僚の皆さん、そして何より、私の話を聞き、ともに考え、ともに活動してくれた学生・生徒の皆さん、地域住民の皆さんに、あらためて感謝しています。私自身も、人との出会いのなかで学び、育てられてきたのだと思います。

いま、私が研究のなかで考えているのが「主体形成」と「ウェルビーイング」です。

少し難しい言葉ですが、「主体形成」とは、自分で考え、人と関わりながら、自ら行動していく力を育てていくこと。そして「ウェルビーイング」は、単に健康である、幸せであるということだけではなく、人とのつながりや、自分らしく暮らしていけることも含めた「よりよく生きること」と私は捉えています。

この二つを考えるうえでも、「学ぶ」ということは欠かせないのではないかと思っています。

最近、久しぶりに外国人の方々への介護福祉教育に関わる機会をいただきました。介護の現場では、多くの外国人材が働くようになっています。一方で、その人たちが継続して学べる環境については、まだまだ考えていかなければならないことがあります。

そこであらためて感じているのが、「人に依存する教育」だけでは限界があるということです。

もちろん、人が人に教えること、人と人とが直接関わることは大切です。しかし、先生がいなければ学べないのではなく、オンラインやデジタルも活用しながら、自分の生活のなかで学び、仲間同士でも学び合える。日常そのものが学びの場になる。そんな仕組みを、これからもっと考えていく必要があるのではないでしょうか。

人が学ぶ。人が育つ。そして、その人が周りの人や地域に働きかけていく。

もしかすると、その小さな循環のなかに、「主体形成」も「ウェルビーイング」も、そして「市民福祉教育」のこれからもあるのかもしれません。

このエッセイ、「ふくし文化論」では、そんな日常のなかにある小さな出来事や出会いを手がかりに、人が学ぶこと、人と人とがつながること、そして、ともによりよく生きることについて、私なりに考えていきたいと思います。