老爺心お節介情報/第90号(2026年8月21日)

「老爺心お節介情報」第90号

〇皆様お変わりありませんか。
〇時の移ろいは正直で、8月半ば、お盆を過ぎると、蝉もつくつく法師蝉が鳴くようになり、かつ虫の音が聞こえるようになってきました。
〇今回の「老爺心お節介情報」は、「その時の出逢い」の2010年代後半版です。後一回、2020年代での「その時の出逢い」を執筆すれば、「その時の出逢い」の原稿は完成します。書いてきてみて、資料等の検索や裏付けが不十分ですし、記憶も定かでないところもあり、決して満足できるものではありませんが、取り敢えず、「大橋謙策地域福祉論の形成と発展」に関わって頂いた人々との出逢い、事案との出逢いは通史的に整理できたかなと思っています。
〇読者の皆様からの感想や、私の思い違いへの指摘などを参考にして、最終的には手を入れたいと思いますので、遠慮なく皆様の感想、事実の指摘などお寄せ頂ければ幸甚です。
(2026年8月21日記)

『「そのときの出逢いが」―私の生き方、考え方に影響を与えた人との出逢い』⑪

Ⅰ 2010年代後半

(はじめに)

〇私は、この時期70歳代後半に入り、東北福祉大学大学院の仕事(2020年3月退職)は継続していたが、「終活」に向けて社会的活動の身辺整理をしはじめていた時期である。
〇社会的活動としての公益財団法人日本生命福祉財団の仕事も助成事業選考委員会委員長、評議員、理事の役目を2015年6月で退任した。最後の仕事として、白澤政和先生と日本生命福祉財団助成事業が社会的にもたらした影響と評価を『地域包括ケアの実践と展望』(2014年7月、中央法規)としてまとめることができた。
〇同じように、公益財団法人損保ジャパン福祉財団も社会福祉文献賞の選考委員会委員長、評議員、理事の役割を終えるに当たって、『「ニーズ対応型福祉サービスの開発」と「新たな福祉サービスの起業化」』という論文、並びに「求められる福祉ニーズの考え方・把握の方法と福祉サービスの開発・コミュニティソーシャルワーク」という論文を『損保ジャパン日本興亜福祉財団叢書No91』(2018年)に収録できて終えることができた。
〇東北福祉大学大学院の仕事はあったものの、時間的にはかなり余裕ができてきたので、日本社会事業大学学長時代にお断りしていた各地の地域福祉実践を励ます行脚に出かけることが多くなった。富山県、秋田県、岩手県、佐賀県などで本格的な4日間の日程でのコミュニティソーシャルワーク研修を行い始めた。ほぼ、自分が考えてきたコミュニティソーシャルワークの考え方とそれを習得できる研修体系が出来上がったと思っている。

(1)東日本大震災と「災害被災者支援ソーシャルワーク」

〇東日本大震災という未曾有の大災害が2011年3月11日、午後2時40分に発生した。
〇筆者は、当日、日本福祉大学の丸山悟理事長とお茶の水の私学共済のガーデンパレスでお会いする予定で、向かっている時に2時40分の東日本大震災に遭遇した。
〇近くのビルが倒壊するのではないかと思えるほど、揺れ、自分自身も立っていられなく、座り込む状況であった。駐車場の車がはねている状況でただ事でないことが察しられた。ガーデンパレスのテレビに映し出される惨状には言葉を失い、見入るばかりであった。
〇会合は中止し、お茶の水から歩いて帰宅することにした。お茶の水から四谷の日本地域福祉研究所により、事務局の安全を確認した。事務局には、日本社会事業学校連盟などの事務局員が避難してきていた。途中のコンビニというコンビニは、水も、パンも食料品もなく、陳列棚は空っぽであった
〇新宿を経由し、京王線の千歳烏山駅まで歩いた時、駅前の焼きとり屋が店を開けており、ビールと焼き鳥を頼めるかと言ったら、いいというので、お店に入る。このお店は、焼酎の瓶等が棚から落ちて割れ、漸く掃除が済んだところだという。ビールを飲み、焼き鳥を食べているうちに京王線が運転を再開したというので、後は京王線に乗り、深夜に家に着いた。
〇この間、太田区に住んでいる娘夫婦の孫を保育園に迎えに行った妻や、娘たちの安否が確認できず、心配でならなかったが、深夜に安否が確認できホッとした。
〇4月1日、漸く被災地に入ることができ、東北福祉大学で渡辺副学長と会い、日本社会事業学校連盟からの支援の申し入れをお伝えしたが、東北福祉大学として最善をつくしているので、大丈夫ですとのお答えを頂いた。
〇東北福祉大学大学院教務課の青柳勉さんの案内で若林区、塩釜市、石巻市、七ヶ浜町等の被災地を視察させて頂いた。あまりの被害の凄さに言葉が出なかった。
〇東日本大震災後、金田一秀穂・京子先生夫妻から電話が入った。金田一京子先生は1990年代から日本社会事業大学で留学生の日本語指導の非常勤講師を勤めてくれていて、その縁でご夫妻ともつながりが出来ていた。
〇金田一秀穂・京子先生夫妻から、東日本大震災で「震災孤児」の方が出るようなら、里親として大学まで「震災孤児」を育てるという申し出であった。我が家でも、妻と話をして、同じような話をしていたので、仙台へ行った際に、児童相談所や子育て支援センターなどの関係者に話をしてきたが、その時点では「親族里親」で対応できているのでという理由でお断りをされた。しかしながら、その後、「親族里親」の問題が明らかになり、あの時点でもう少し強く申し入れをしておけばよかったかと思ったりしている。
〇岩手県の被災状況の調査では、陸前高田市へ支援に入っている34のボランティア団体の協議会事務所が後方支援拠点として遠野市に設置されており、そこを訪ねて話を伺った。
〇阪神淡路大震災以降、災害支援のボランティア活動は市町村社会福祉協議会が全国ネットの強みを生かして取り組んできたが、陸前高田市は災害死が一番多かった地域ということもあり、多くのボランティア団体が支援に駆けつけてくれた。それらの多様なボランティア団体の協議会を作り、活動の調整をしてくれたのが遠野市社会福祉協議会の佐藤事務局長であった。
〇遠野市は筆者が「関係人口」として1990年から関わり続けている市であるが、遠野市社会福祉協議会の佐藤事務局長や後に遠野市長になる多田一彦さんたちが関わってくれ、この後の災害支援におけるボランティア団体の在り方と支援のシステム化に大きな足跡を残した。このボランティア団体協議会には、敬愛する日本社会事業大学の先輩である神田均先生が老躯を駆って、静岡県ボランティア協会理事長として支援に加わっていた。
〇遠野市から釜石市を抜け、大槌町吉里吉里地区にある特別養護老人ホーム・ラフターヒルズを訪ねた。ラフターヒルズは、個別ケアを徹底化させている日本ユニットケア推進センターの実習指導施設に認定されている施設である。この施設は定員約100名であるが、そこへ約1000名近くの人が避難に押し掛けたという。災害時における社会福祉施設が果たす役割についていろいろ考えさせられた。
〇東日本大震災の福島県での被災状況は、原発爆発による放射能汚染で、岩手県、宮城県とは全く異なるものであった。筆者は、福島県の原発被災状況を郡山市に移設した浪江町役場で聞き取り、浪江町民は福島県内を中心に58か所に分散避難していることに放射能汚染の恐ろしさを痛感した。
〇福島県沿岸部から内陸部へ避難した方々の状況はMSWとして救援、救済に関わった小河原さんにお聞きした。いわゆる健康な住民でない、要介護の高齢者の避難と避難後のケアへの対応にはただただ頭が下がるばかりであった。
〇このような東日本大震災への避難、支援の調査を通して、筆者は阪神淡路大震災とは異なる役割を社会福祉協議会関係者、社会福祉関係者が担うべきではないかと考え、これ以降そのことについて発信してきている。
〇その成果の一つは、2012年度の「災害福祉広域支援ネットワークの構築に向けての調査研究事業」報告書であり、もう一つは2017年度の「災害時の福祉支援の在り方と標準化に関する調査研究事業」報告書である。
〇この二つの検討会報告書は、全社協の経営協が厚生労働省社会援護局施設基盤課に働きかけて、調査研究費を得て、富士通総研が事務局を担ってまとめられたものである。
〇この検討会の課題は、当初、東日本大震災で大きな被害を受けた社会福祉施設を救援・救済するために駆けつけた「サンダーバード」の実践(新潟県長岡市長岡福祉会の小山剛代表)を一般化させる目的で設置された。したがって、社会福祉施設間の相互援助的な支援システムが構想されていた。
〇筆者を検討会の委員長にすると言う考え方を誰が、どこで決めたのか知らないが、筆者は2回とも委員長を仰せつかった。
〇この検討会が設置されるとき、全社協の斎藤十郎会長から筆者に会いたいと、(公財)テクノエイド協会の秘書に電話が掛かってきた。来ていただくのは恐れ多いので、筆者が全社協に尋ねると、斎藤会長は、なぜこの検討会に全社協の地域福祉部の職員が委員になっていないのか、是非入れて欲しいとの要望だった。筆者は、委員長を仰せつかったのであって、委員の構成、人選の権限はないとお答えし、オブザーバーなら参加、傍聴できるので地域福祉部に伝えて欲しいとこちらからお願いした。しかしながら、2回の検討会とも地域福祉部からのオブザーバー参加、傍聴はなかった。
〇この検討会には施設基盤課課長が毎回出席しているので、筆者は委員長として、➀「DMAT」だけでは被災者支援はできないので、「DWAT」の機構を創設して欲しいこと、②災害被災者には、社会福祉施設だけでなく、在宅福祉サービスの被災者、在宅福祉サービスみなし仮設の住民もいるので、支援の対象を在宅福祉サービスを利用している住民まで広げて欲しいこと、③在宅福祉サービスを利用している人はもとより、災害避難行動支援やニーズ把握には民生・児童委員の協力が必要なので、「DWAT」の機構のメンバーに入れて欲しい旨のことを繰り返し発言し、要望した。
〇災害救助法の所管が2012年に厚生労働省から内閣府に移管されたこともあって、法的にも、予算面でも厳しかったと推測しているが、上記の3つを認めて頂くのには大変難儀をした。被災者支援の生活支援面ではソーシャルワーク機能が必要であると述べても、その機能は「DMAT」派遣の保健師で対応できるはずだとかたくなであった。
〇結果的には上記の要望は受け入れられ、「DWAT」機構の創設につながった。

註1 第1次報告に掲載された拙稿(2013年4月)
註2 災害時ソーシャルワークの課題と展開

(2)日本社会福祉学会及び日本地域福祉学会の名誉会員に推挙され、学会活動に区切り

〇筆者は、1943年10月26日が誕生日であり、2018年10月には75歳になった。多くの学会では、会員が75歳を迎え、会長や理事などを長く務めた会員を名誉会員に推挙し、認められれば名誉会員を名乗る制度を有している。
〇日本福祉教育・ボランティア学習学会は、阪野貢先生や山崎美貴子先生たちと立ち上げ、初代会長に就任したこともあり、名誉会員には2018年11月に推挙された。
〇日本地域福祉学会も同じように学会創設に関わり、その後事務局長・理事、後に会長に就任していたので2019年6月に名誉会員に推挙された。
〇日本社会福祉学会では通算12年間理事に選ばれ、そのうち会長職を6年間務めた。名誉会員への推挙は2019年5月であった。
〇先にも述べたが、日本社会教育学会の公選理事には30代で選ばれており、かつ名誉会員にも推挙されていたので、これで小川利夫先生から指導された「社会福祉と地域福祉の学際研究」をするなら、学際研究の両方の学会で公選理事に選ばれなければ研究者としては認められないという“教え”をクリアできたことになる。
〇名誉会員になることにより、研究しなければという強迫観念は薄らぎ、学会活動に一つの大きな区切りをすることができた。
〇その名誉会員に推挙された際の論稿を掲載しておきたい。(註Ⅰ、Ⅱを参照)

註3 日本社会福祉学会ニュース寄稿

註4 日本地域福祉学会ニュース寄稿

(3)「押しかけアドバイザー」「提案型コンサルテーション」での社協支援

〇筆者の地域福祉実践。研究のスタイル、特徴は、どこかの自治体、もしくはその自治体の社会福祉協議会との「関係人口」として、長期にバッテリー型研究を行ってきたことである。富山県氷見市、長野県茅野市、山形県鶴岡市、香川県琴平町等長年に亘り、自治体や社会福祉協議会のアドバイザー的役割を担ってきた。それらは、いずれも自治体あるいは社会福祉協議会から依頼を受けて、アドバイザー、顧問等名称は違うが、公に発言できる、助言できる立ち位置、役割を与えられたものであった。
〇しかし、この2010年代後半は、定期的に出勤する通常業務はなくなり、自分で時間を管理することができるようになっていたので、講演、研修に招聘された折には、その務めを果たすだけでなく、組織の改編、新たらしいサービスの開発、福祉関係者のネットワークづくりなどに「老爺心お節介」宜しく、新たな提案を積極的にするようになった。いわば、「押しかけアドバイザー」ともいえる言動で、“こういうことをやろう”という「提案型コンサルテーション」を積極的に行ってきた。
〇全国の福祉系大学の教員が、講演や研修に招聘された際、それをこなして帰るという“単なる講演家、研修家”で留まるのでなく、講演や研修で招聘される自治体や社会福祉協議会のデータなどを調べ、気が付いたことや新しく取り組むべき課題を「押しかけアドバイザー」的に、「提案型コンサルテーション」的に行ってくれ、それを契機にその自治体や社会福祉協議会との「関係人口」として、長期に関わってくれれば、全国各地の草の根の地域福祉実践は高まるのにといつも思っていた。筆者の教え子には、“単なる講演家、研修家”で留まるなと諭してきた。
〇この時期は、「押しかけアドバイザー」「提案型コンサルタント」として、香川県社会福祉協議会、佐賀県社会福祉協議会に濃密な関わりを持つことになる。
〇香川県との関りは、香川県社会福祉協議会や香川健康福祉財団の講師として招聘された他、香川県琴平町に長らく「関係人口」として関わってきてはいたが、香川県社会福祉協議会への「押しかけアドバイザー」「提案型コンサルタント」という役割は担えなかった。
〇香川県社会福祉協議会との「関係人口」の契機は、香川県社協日下直和部長(当時)から、自分が次長に昇格すると内示を受けているが役割を担えるであろうか、また香川県の県社協への評価が厳しい状況の中で、どのように県社協を立て直してしていったらいいかという相談内容の手紙を頂いてからである。
〇その背景には、コミュニティソーシャルワーク研修を香川県が県社協に委託せず、任意団体である香川県コミュニティソーシャルワーク実践研究会に委託したことである。しかも金額は約1000万円という高額であった。
〇香川県社会福祉協議会は、2014年度に「ニーズ対応型社会福祉協議会の活動指針」を県内18社会福祉協議会(県社協はその一組として参加し、社協アライアンスを結成)の協議の下に打ち出した。そこでは住民のニーズに応え、住民とともに問題解決を図る「住民主体」の原則を踏まえた社会福祉協議会の在り方を示した。
〇また、その為に、住民の福祉アクセシビリティを考えた、住民の身近なところに総合相談窓口を設ける、社協職員による「地区担当制」の導入も決定した。
〇これ以降、県内社会福祉協議会では、濃淡の違いはあるが「地区担当制」を導入して、改めて住民のニーズの発見、把握とそれに応える個別支援を通じた地域組織化活動を展開するように変貌していく。
〇と同時に、香川県内社会福祉協議会の常務理事・事務局長セミナーを県内各地で持ち回りで開催し、県内の状況、開催地の地域社会生活課題を肌で感じられるようにと行ってきた。
〇更には、常務理事・事務局長セミナーでは、セミナー開催地の社会福祉協議会を財務、業務を参加者で分析する各市町社協の事例検討会を行ってきた。
〇かつてのような、やや情報伝達的なセミナーでなく、事例に基づき、ワークショップも取り入れながら、県内社会福祉協議会の現状についての共有化と意思統一を図ることができるようになった。
〇その際、香川県社会福祉協議会は日下直和次長(当時)を中心に、県内社会福祉協議会の状況をアンケートで調査したり、様々なデータを集めて分析することで、「空論」ではない社会福祉協議会の経営分析、実践分析ができるようになった。
〇この日下直和局長(後に局長)の社協経営分析データシートは秋田県社会福祉協議会や佐賀県社会福祉協議会でも活用され、県内社会福祉協議会の実態把握と分析に貢献してくれている。
〇香川県社会福祉協議会は、このような取り組みを背景に、2014年から香川県内社会福祉協議会連絡会、香川県社会福祉法人経営者協議会、香川県老人福祉施設協議会、香川県民生児童委員会協議会連合会の4団体で協議を進め、2015年から「香川おもいやりネットワーク事業」を展開している。
〇社会福祉法人の組織的な社会貢献、地域貢献の先駆は、大阪府老人福祉施設協議会が2004年度から始めた生活困窮者のレスキュー-事業が先駆けであるが、「オール福祉〇〇」といった組織を結成して、関係する社会福祉関係者が住民のニーズに柔軟に、機敏に対応できるシステムを創設したのは初めてである。
〇筆者は、大阪府のレスキュー事業の研修にも長らく関わってきたが、それは社会福祉施設の職員を対象にコミュニティソーシャルワーク研修を行っていたのが中心で、漸く10年前に市町村社会福祉協議会も巻き込んだ「大阪しあわせネットワーク」が結成され、「オール福祉大阪」へと発展している。
〇香川県の「香川おもいやりネットワーク事業」の考え方は、佐賀県でも導入され、2026年3月に「ALL福祉さが」が発足している。
〇このような社会福祉法人経営者協議会(含む各種種別施設協議会)、民生児童委員協議会連合会、市町村社会福祉協議会が一体となって、県社協がそのプラットホームを運営するシステムが、全国各都道府県でも必要だと考え、関係する都道府県社会福祉協議会に働きかけているが、反応はいま一つである。多くの都道府県社会福祉協議会では、社会福祉法人の地域貢献の取り組みや社会福祉施設経営の社会福祉法人との連携などは各市町村社会福祉協議会に任せているというのが大方の回答である。
〇筆者は、全国のすべての都道府県社会福祉協議会に招聘され講演、研修を担ってきた。その際に、県社協が地域福祉推進のために取り組むべき課題などについて、「押しかけアドバイザー」的に、「提案型コンサルタント」的に提案などをしてきたが、あまり実らなかった。
〇香川県社会福祉協議会では、日下直和局長、越智和子会長(香川県コミュニティソーシャルワーク実践研究会会長、琴平町社協会長)の尽力もあって、かような取り組みが展開できるようになった。
〇香川県社会福祉協議会では、「ニーズ対応型社会福祉協議会活動指針」を受けて、社協職員の資質向上を図るべき、中堅職員研修を2泊3日で行った。筆者は50年振りくらいに青年の家に寝泊まりした。この研修で、中堅社協職員の資質がこんなに低いのかと慨嘆せざるを得なかった。職場で朝の挨拶を取り交わすことがない、“独任官”で上司や同僚からOJTの機会も与えられていないとか正直信じられないような状況であった。
〇これでは、理念的に「ニーズ対応型社会福祉協議会の指針」を打ち出しても。“お題目”で終わり、実行不可能なのではないかと思った。そんなこともあり、香川県社会福祉協議会は毎年、市町社協職員による「社会福祉協議会実践発表会」を行い、職員の資質向上に努めている。
〇香川県の「ニーズ対応型社会福祉協議会の活動指針」とそれに伴う実践は、今2027年発効を目指してとりまとめをしているところである。是非、ご高覧頂きたい。

註5 『ニーズ対応型社会福祉協議会の実践・香川モデル』(仮称、ミネルヴァ書房刊行予定)

註6 香川県コミュニティソーシャルワーク実践研究会

註7 香川県社会福祉協議会「ニーズ対応型社協活動の推進」報告書

〇香川県社会福祉協議会と同じように「押しかけアドバイザー」「提案型コンサルタント」機能を駆使したのが、佐賀県社会福祉協議会である。
〇佐賀県社会福祉協議会からの招聘は古くは筆者が30代半ばの頃、佐賀県社会福祉大会に福祉教育をテーマで招聘されたことや1995年にボランティア活動についてのテーマで招聘され、1月17日の阪神淡路大震災を佐賀で、テレビを見て災害の酷さに愕然とし、呆然とテレビを見ていた等の記憶がある。
〇佐賀県社会福祉協議会との新たな「関係人口」の関わりは、2014年に佐賀県社会福祉協議会の市町村社会福祉協議会の会長・役職員研修で、「社会福祉協議会は生残れるか?」というテーマで招聘された時からである。当時、佐賀県社会福祉協議会の地域福祉課長内田圭二さんと小松美佳さんが担当でこの研修会を企画し、開催された。
〇これを契機に、佐賀県社会福祉協議会のコミュニティソーシャルワーク研修や社会福祉協議会職員実践発表会、あるいは「ALLさが福祉」のネットワークの創設や佐賀県における社会福祉職員研修体系の再整備の問題などについて「押しかけアドバイザー」「提案型コンサルタント」機能を駆使させて頂いた。
〇佐賀県には、社会福祉教育、リハビリテーション職種の養成、看護学部等をもつ西九州大学がある。「2040年問題」を考えると、大学も18歳人口が減り、経営危機に直面するし、社会福祉分野も介護人材の確保の困難さ、福祉サービス利用者の減少に伴う社会福祉法人の経営危機に直面するので、両者の連携を強め、佐賀県の保健・医療・介護・福祉の向上に寄与すべきだと考え、西九州大学の福元理事長等と佐賀県社会福祉協議会役員との懇談の場をセットし、協約締結までしてもらった。
〇西九州大学には上野景三副学長(元佐賀大学教育学部長、元日本社会教育学会会長)や黒田研二学部長(元大阪府立大学教授)がおり、お二人とは旧知の中でもあったので「仲立ち」をお願いし、協約締結にこぎつけた。

(4)CSW研修―富山県、秋田県、岩手県、佐賀県―『地域福祉とは何か』P157参照

〇先にも述べたが、この時期は定期的・定時的出勤という業務からは解放されていたので、改めてコミュニティソーシャルワーク研修の体系化を図りたいと考えていた。
〇コミュニティソーシャルワーク機能の理念を述べているだけでは、“草の根”の地域福祉実践“は豊かにならないので、地域福祉関係職員の研修体系の確立は急務であった。
〇かつて、筆者は岡村重夫理論には、その理念を具現化する「職員論」がないと書いてきた(『岡村理論の継承と展開 第1巻 社会福祉原理論』(ミネルヴァ書房、2012年)所収「岡村理論の思想的源流と理論的発展課題」参照)。
〇そのような背景もあり、この時期、コミュニティソーシャルワーク研修の講師を各地で引き受けることになる。
〇それはまた、筆者が忙しい時期に研修依頼されても時間が取れず、日本地域福祉研究所の理事である“教え子”達に依頼された研修を担ってもらっていたが、その“教え子”達の研修がやや観念的すぎたのか、あるいは個別困難事例へのアセスメントや援助方針立案が不十分だったのか、更には個別支援を通して地域づくりをしていくという取り組みが弱かったのか、いくつかの要因が重なって、“教え子”達の研修への批判が筆者に寄せられるようになった。
〇そんなこともあり、筆者自身が再度コミュニティソーシャルワーク研修の体系化を図る必要があると判断し、いくつかの都道府県社会福祉協議会のCSW研修を担当していくことになる。
〇体系的なCSW研修に取り組んでくれたのは、拙著『地域福祉とは何か』(P157参照)にも書いたが、富山県社協・魚住浩二さん、香川県社協・日下直和さん、十河真子さん、佐賀県社協・内田圭二さん、小松美佳さん等には多大のご協力を頂き、コミュニティソーシャルワーク研修の体系化がそれなりにできたと思っている。
〇福祉系大学での社会福祉教育が、“社会福祉士養成”に引き付けられすぎて、“テキストを教える教員ばかりで、テキストで教えられる教員”が少なくなっていることもあり、福祉系大学の卒業生の質が落ちているのではないかと筆者は思っている。
〇福祉系大学の卒業生は、社会福祉制度に就いては教わってくるが、社会福祉学の理念・原理、社会福祉の歴史、社会福祉に必要な人間観・生活観・貧困観が十分醸成されておらず、事実上ソーシャルワーク機能(①福祉ニーズを抱えている人及びその人の問題を発見し、把握し、分析する力、②同じような問題を抱えている人が地域にどれだけいるか、既存の資料などの分析を通しての推計把握する力、③福祉サービスを必要としている人と信頼関係を作り、解決に向けての伴走的支援をする力、④現在は福祉サービスを必要としているが、それがどの時期に、何に躓き、何を問題として抱えているのかのアセスメントする力、⑤福祉サービスを必要としているの生育歴、生活・人生への希望・願いを十分受けとめた上での「求めと必要と合意」に基づく援助方針の立案、⑥援助方針を実現するために活用できる資源、サービスに関する知識と活用法に関する力、⑦その際に、活用できる資源、制度がなければ、新しいサービスを企画開発する力、⑧それら福祉サービスを必要としている人々への偏見、差別、蔑視を取り除き、それらの人々を受け入れ、支える地域づくりに関する力、⑨福祉サービスを必要としている人々の問題を個別の問題から、社会的な問題へと“普遍化”させるために、地域や社会へ働きかける力等)が、在学中に十分養成されていないし、その“土台”づくりも脆弱である。
〇したがって、日本の社会福祉教育を全面的に再編成しなければならないと思い、今までも日本社会福祉教育学校連盟やソーシャルケアサービス従事者研究協議会などを通じて活動してきたが、その思いは道半ばである。
〇そんなこともあり、コミュニティソーシャルワーク研修の体系化が十分とは言えない(社会福祉学の理念、歴史、人間観の醸成などの基礎的考え方の講義時間が十分持てない)が、せめて4日間か5日間の日程で、朝から夕方までの研修を、ロールプレイ、アセスメント、問題解決プログラムの作成、ソーシャルサポートネットワークづくりと地域づくりを基軸とした研修の体系化を図った。その内容や方法は『地域福祉とは何か』に収録してあるので参照頂きたい。
(2026年8月21日記)