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「正義感覚」とまちづくり:伊藤恭彦著『さもしい人間』を読む―資料紹介―

さもしい:①見苦しい。みすぼらしい。②いやしい。卑劣である。心がきたない。
正義:①正しいすじみち。人がふみ行うべき正しい道。②正しい意義または注解。➂(justice)㋐社会全体の幸福を保障する秩序を実現し維持すること。現代ではロールズが社会契約説に基づき、基本的自由と不平等の是正とを軸とした「公正としての正義」を提唱。 ㋑社会の正義にかなった行為をなしうるような個人の徳性。(新村出編『広辞苑』(第六版)岩波書店、2008年1月)

周知のように、2015年6月、選挙権年齢を満18歳以上に引き下げる改正公職選挙法が成立しました(施行は2016年6月)。そしていま、高校生らの政治や選挙への関心を高め、政治的教養を育む教育のあり方が問われています。
「まちづくりと市民福祉教育」について考えてきた筆者(阪野)は、これまで、「政治」(とりわけ地方政治)を重要な検討課題のひとつとして位置づけてきました。また、各地のまちづくりにかかわるなかで、地域における政治的・社会的権力や地元住民(「有力者」)の言動に戸惑ったこともありました。そのとき、正義感をひけらかすわけではありませんが、「さもしい」や「正義」という言葉が脳裏に浮かんだのも偽らざる事実です。

いま、筆者の手もとに、伊藤恭彦著『さもしい人間―正義をさがす哲学―』(新潮社(新潮新書)、2012年7月)があります。この本は、政治「哲学的思考を思い切り『低空飛行』させ」(18ページ)、わかりやすく、ユーモアを交え、ときには自虐ネタをふりかけながら、「さもしさ」の正体を追っかけています。そして、伊藤の主張(結論)は、シンプルでクリアです。「私はいろいろな考え方や生き方をする人々が、ゆるやかに共存している社会が望ましいと思う。正義という言葉を使って一人一人をお説教するのではなく、最低限の正しい制度についてみんなで考え、合意し、それを形作ることを目指した方がいい。正義は制度を通して実現される。制度とは、すべての人間を架け橋でつなぐ最低限の絆でもある」(205ページ)というのがそれです。
以下に、(1)「さもしさ」と「正しさ」、(2)「お互い様」の倫理と制度化、(2)「私憤」と「公憤」、という項目を設けて、伊藤の所論の要点を紹介することにします。

(1) 「さもしさ」と「正しさ」
私たちは既に十分豊かであるにもかかわらず、他の人をさしおいて貪欲に利益を追求しているかもしれない。さらには誰かの不幸の上に自分の豊かな生活を作り上げているかもしれない。こうした態度を「さもしい」と呼びたい。(14ページ)

「さもしさ」が人と人との関係を意味しているとするならば、その反対語は「正しさ」になる。
古代ギリシャの哲学者アリストテレスは倫理の体系の中に「正しさ」(正義)を位置付け、それが人間関係においてとても重要であることを説いた。「不正な人と思われているのは、(1)法律に反する人と、(2)貪欲な人、すなわち、不平等な人である」という。(57ページ)

「さもしい」とは倫理的に言うと不正な人間関係を意味している。不正だと言う理由は、自分の「分」を超えて何かを得ようとするからである。一人一人が「分」を超えて欲望を追求すると、すごく不平等な人間関係ができあがってしまう。これを押さえ込むためには、一人一人の「分」を確定する基準が必要だ。しかし、この基準を確定できるほど、私たちの社会は単純ではない。そこで生きている人間はみな違い、おかれた環境もみな違うからである。(71~72ページ)
「分」とは、ある人がもっている価値であり、その人の必要性や功績や長所などにあったその人にふさわしいものをいう。不正とは自分の「分」を守らないことであり、正義とは「その人にふさわしいものを与える」ことを意味する。(59~62ページから抜き書き)
各人の「分」を決めるにあたり、分かりやすい基準は、自由な行動と自己責任である。(72ページ)

自由社会(市場社会)は、競争社会である。市場社会の競争は全員に参加を強制する。競争である以上、順位がつく。かくして市場競争は必然的に不平等を生み出す(注1)。(98~99ページから抜き書き)
不平等の発生を必然と捉えた上で、問題を含んでいない不平等とは何か。別の言い方をすれば、許される(倫理的に許される)不平等とは何か。これが不平等と格差(不平等が、ある限度を超し、問題を含んでいる場合の表現)を検討するときに中心に据えられなければならない問いだ。不平等に対してこうした問いを『正義論』の著者ジョン・ロールズも立てている。
ロールズは現代社会にふさわしい正義として、①「基本的な自由を全員に保障すること」、②「機会(ライフチャンス)の実質的平等をはかること」、そして、③「それでも残る不平等は社会の最も不利な人々の利益になること」、という三点を指摘している。不平等はあってもよいが、社会で最も不遇な人々の状況改善に役立たなくてはならないというわけだ(注2)。
不平等や格差を捉えるときには、視点を不平等の底辺にいる人々に定めなければならない。もし、不平等の底辺にいる人々が過酷な状態に放置されているならば、その不平等は問題だと言える。(101~102ページ)
 
(2) 「お互い様」の倫理と制度化 
共同体社会の名残として、私たちの社会には「お互い様」という考えが残っている。「困った時はお互い様」である。(106ページ)
「お互い様」は、日本的共同体関係に源をもつ言葉だと思われる。共同体的なもたれ合いという互酬性がここには含まれている。ただ、同時に「お互い様」には、相手の立場になってみるという大切な洞察が含まれている。つまり、自分の視点と他人の視点を入れ替えてみるわけだ。共同体的な倫理と正義は異なるかもしれないが、「お互い様」の倫理には公平さや正義につながる視点が含まれている。そう考えてみると、「お互い様」という美しい発想を、制度の中に組み込んでいくことは正義を満たす一つのルートになるだろう。
できることなら困っている人を助けたいとほとんどの人は思うだろう。ただ、助けることを個人に任せると、同じ苦境に立ちながらも、助けられる人と助けられない人という不公平が生じる。だから、市場社会の底辺で苦しむ人々を助けるための基本的な仕組みは、社会制度にした方がよい。(113~114ページ)

お互いに助け合うという制度は、自己責任を曖昧にするものではない。不運な人を助けることは、その人がまた自己責任に基づいて行動していく途を確保することでもある。つまり、自由な選択とか自己責任とかいった価値を、助け合いの制度は損なうのではなく、逆に輝かすことになるのだ(注1)。(123ページ)

不平等の底辺で苦しむ人々を助けることは、最低限の正義だと思う。
私たちはこのような正義感を制度にきちんと組み込む必要がある。そして、そんな制度をつくり、制度の維持に貢献したならば、後は自由に自分の欲望を追求しても「さもしい」とは言われない。(137ページ)

(3) 「私憤」と「公憤」
正義は、人を苦しめる構造、人を食い物にして利益を得てしまう構造、この構造を改革することである。正義が求めるのは、構造を規制する制度の形成や制度の改革である。(159~160ページ)

社会の中で苦しんでいる人を助けることが、正義の優先課題である。正義という規範に従って社会を構想してみること、これが今、私たちに求められることだ。(197ページ)
正義はそれを支える感情も必要としている。それは「むかつき」といった私憤ではない。「私が公平に扱われていない」という怒りを、同じように社会で不公平に扱われている人々の境遇と重ねあわせることで生じる「これはおかしいだろう」という感情だ。私的なむかつきではなく、社会の不正を訴える怒りである。それは私憤ではなく、またバラバラな私憤の寄せ集めとしての興奮でもない。社会全体の不公平や不正義に対する憤り、つまり公憤だ。
不公平に対する公憤を紡ぎ合わせ、それを社会的な公平感に高めていくこと、これが現実社会に生きる私たちの正義感になる。そしてそれが制度改革を導くだろう。(197~198ページ)
 
以上から分かるように、伊藤は、社会の不公平や不平等の「さもしい」問題を解決するのは、「正しさ」(正義)にかなった公平な「制度」である。先ずは政治による制度の形成が肝要である、と説いています。そういうなかで、次の一節は大いに首肯するところです。

政治家の中にもやたら道徳的お説教をしたがる人がいる。「親を敬え」「郷土を愛せ」「公共心をもて」などと。そのメッセージ自体には問題がないとしても(本当は問題の多い道徳を語っている場合も多いが)、お説教は政治家の仕事ではない。政治家は全身全霊をかけて制度の再構築に取り組むべきだ。そのために税金で雇われている。上から目線で道徳を語るヒマがあったら、制度構築のために政治学、政治哲学、公共政策学などを学ぶべきだ。(205~206ページ)

ただ、制度の構築は政治(政治家)の役割ですが、そのすべてを政治に任せておけばよいというものではありません。国政であれ地方政治であれ、政治をつくるのは私たち一人ひとりです。したがって、制度(法規、仕組み、きまり)の形成や運営、改革に直接的あるいは間接的に参加(参画)し、公平・公正で平等な社会を創り、それを保持するのは私たち一人ひとりです。その際、「私憤」や「公憤」を感じる能力、「正」や「不正」を判断する能力、すなわち「正義感覚(the sense of justice)」(注3)が問われることになります。
私たちは、親子の愛情や信頼関係に基づく親の指示や命令、禁止などを通して、道徳的な感情や態度を習得します。また、自分の身の回りや日常生活における仲間との関係で、正義や不公平(不正義)の感覚や感情を持ったり、表出したりします。それはより広い地域・社会における正義を求め、さらには政治的あるいは法的な正義を求める感覚や感情を醸成することになります。そして社会での正義感覚は、制度を遵守することに向けられ、また必要に応じてそれを改革することによってより一層の「秩序だった社会」(注4)が形成・保持されることを要請します。
このように、社会における正義や制度による秩序は、家庭での親子関係や集団での仲間関係における正義感覚によって基礎づけられます。その「正義感覚は社会の若年の構成員が成長するにつれて徐々に習得され」(注5)ます。
そうだとすれば、子どもから大人までの正義感覚をいかに育成し、発達させるかが重要な問題となります。それを「まちづくりと市民福祉教育」に引き付けて言うとすれば、市民福祉教育を通じた正義感覚の育成が、(子どもから大人までの)市民の人権意識や地域における助け合いの意識を高め、市民的資質や能力(シティズンシップ)を形成し、それに基づいたまちづくりの社会的実践や運動を促すことになります。言い換えれば、正義感覚は、市民的資質や能力の重要な構成要素であり、市民によるまちづくりはそうした正義感覚に基づいた理解力と判断力、実践力を欠いては機能しない、ということです。その意味では、市民福祉教育における正義感覚の育成という課題は、シティズンシップやその教育のあり方を追求するなかでより明確なものとなります。
正義感覚は、家庭教育をはじめ学校教育や社会教育(すなわち生涯学習)、道徳教育や人権教育など、さまざまな場や内容・方法によって育成されます。また、その社会の正義にかなった制度に関心をもったり、正義にかなう公平な制度の形成・構築にかかわるなかで、正義感覚は醸成されます。
「まちづくりと市民福祉教育」はこれまで、「共生」の理念のもとで、政治や社会への参加(参画)や協働(共働)を重視してきました。しかし、「正」「不正」を判断するのに必要な正義感覚の育成・形成については、必ずしも十分に関心を払ってきたとは言えません。まちづくりの実践や運動に向けた、またその実践や運動における(子どもから大人までの)市民の正義感覚の育成・醸成が大きな課題になります。
本稿で言いたいのは、「共生と社会正義の教育によるまちづくり」という点(視点、視座)についてです。その教育の機会は、実質的に、(子どもから大人までの)すべての市民に平等に保障されなければなりません。とともに、それぞれの市民が置かれている個別的な現実的状況(個人的要因や環境的要因)を十分に考慮しながら、教育内容や方法の適切性や公正性を追求する必要があります。さもないと(教育機会の平等保障だけでは)、「共生と社会正義の教育」という美名のもとで、市民を選別し、新たな不平等を生み出すことになりかねません。強調しておきたいところです。

注
(1) 不平等や格差を肯定する立場に立つと、不平等や格差そのものを解消するための取り組みは消極的なものにならざるを得ません。その際の取り組みは、いわゆる勝ち組と負け組のうち、負け組の人びとに「再チャレンジ」の機会を用意することになりますが、結果的には勝ち組と負け組の入れ替えをするだけに過ぎません。しかも、その機会をとらえて努力する限りでは支援(「助け合いの制度」)の対象とされますが、努力の質量によって支援の対象から外されることになります。そこにあるのは排除の論理(排除の正当化)です。
そこで求められるのは、個人の「意欲」「能力」「努力」などの有無や質量を個人的・内面的なものに押しとどめるのではなく、それを下支えする多面的・重層的な社会システムをどう構築するかということです。すべての人が、その属性や帰属にかかわりなく、「自立と連帯(共生)」の社会的な互恵的信頼関係のなかで平等に扱われ、共に支え合い、それを通して社会への完全参加を果たすことが強く求められます。
(2) John Rawls,A Theory of Justice (Harvard University Press,1971.revised edition,1999)ジョン・ロールズ著/川本隆史・福間聡・神島裕子訳『正義論』(改訂版)紀伊国屋書店、2010年11月。
アメリカの政治哲学者であるJ.ロールズ(1921年~2002年)は、「正義の二原理」について次のように論述を進めています。

<正義の二原理>を、暫定的なかたちで提示するとしよう。二原理の最初の定式化はあくまで試行的になされる。
<正義の二原理>の手始めの言明を左に示す。
第一原理 各人は、平等な基本的諸自由の最も広範な〔=手広い生活領域をカバーでき、種類も豊富な〕制度枠組みに対する対等な権利を保持すべきである。ただし最も広範な枠組みといっても〔無制限なものではなく〕他の人びとの諸自由の同様〔に広範〕な制度枠組みと両立可能なものでなければならない。
第二原理 社会的・経済的不平等は、次の二条件を充たすように編成されなければならない――(a)そうした不平等が各人の利益になると無理なく予期しうること、かつ(b)全員に開かれている地位や職務に付帯する〔ものだけに不平等をとどめるべき〕こと。(83~84ページ)

制度に関する正義の二原理の最終的な言明を提示したい。完璧さを目指すべく、これまで提示した諸定式を包含する完全な言明を提出しよう。
第一原理
各人は、平等な基本的諸自由の最も広範な全システムに対する対等な権利を保持すべきである。ただし最も広範な全システムといっても、〔無制限なものではなく〕すべての人の自由の同様〔に広範〕な体系と両立可能なものでなければならない。
第二原理
社会的・経済的不平等は、次の二条件を充たすように編成されなければならない。
(a)そうした不平等が、正義にかなった貯蓄原理と首尾一貫しつつ、最も不遇な人
びとの最大の便益に資するように。
(b)公正な機会均等の諸条件のもとで、全員に開かれている職務と地位に付帯する〔ものだけに不平等がとどまる〕ように。(402~403ページ)

以上の第一原理は「平等な自由の原理」、第二原理は「格差原理」と「公正な機会均等原理」と呼ばれます。第一原理は、参政権、言論の自由、思想や良心の自由、人身の自由、 私的所有権などの基本的自由は、他者の自由を侵害しない限りにおいて、すべての人びとに平等に与えられるべきである。第二原理は、社会的・経済的不平等が許されるのは、(a)最も恵まれない人びとに最大限の利益(恩恵)が与えられる場合と、(b)職務や地位に就くチャンスがすべての人びとに平等に与えられている場合に限られる、という意味です。
伊藤の言説(ロールズの所論の紹介)は、この「正義の二原理」を要約したものです。
(3) 公正・平等で秩序だった民主的社会の維持・運営に、「正義感覚」は欠かせません。ロールズは、『正義論』の第八章第69節から第77節(594~671ページ)で「正義感覚」についての所説を展開しています。その際、「正義感覚」の概念を次のように規定しています。「正義感覚とは、少なくとも正義の原理が道徳的観点を規定する限りにおいて、その観点を採用しその観点に基づいて行為したいと欲する、確固たる性向・構えをいう」(643ページ)。
また、ロールズは、正義感覚の発達を、①「権威の道徳性」(親の権威による幼児の道徳性)、②「連合体の道徳性」(家族、友人、学校、会社、地域などの特定の集団内における役割や地位に応じた道徳性)、③「原理の道徳性」(正義にかなった制度を受け入れ、それに対応する道徳性)という3つの段階に分けて論述しています(606~628ページ)。
(4) ロールズは、「秩序だった社会」の概念について次のように述べています。「本書冒頭において(第1節)、秩序だった社会を<成員の利益を増進するようもくろまれ、公共的な正義の構想によって事実上統制されている社会>として特徴づけておいた。したがって、秩序だった社会とは、〔1〕他の人びとも同一の正義の原理を承認しており、そして〔2〕基礎的な社会の制度がその原理を充たしかつ充たしていることが周知されている、以上の二点を全員が承服・承知している社会である」(595ページ)。
(5) ロールズ『同上訳書』606ページ。

「市民学習」と福祉教育―日本福祉教育・ボランティア学習学会第21回大会に参加して―

11月14日と15日の両日、日本福祉教育・ボランティア学習学会第21回大会が山口県立大学(山口市)で開催されました。年1回の大会は、貴重な“学び”の場であることは勿論ですが、全国から集まる会員(実践者、研究者)が情報交換を行い、親交を深める機会でもあり、意義深いものです。
筆者(阪野)は、東京ボランティア・市民活動センターが昨年に引き続き「自由研究発表」した「小・中・高等学校を対象とした市民学習の展開に対する支援方法の検討」というテーマ、とりわけ「市民学習」という用語(ターム)に関心をもち、その分科会に参加しました。その理由のひとつは、筆者自身が「まちづくりと市民福祉教育」「まちづくりの福祉教育学」について追究していることにあります。発表と質疑応答の時間は限られたものであり、十分に深めることはかないませんでしたが、今後も注視していきたい取り組みであることは確かです。
今回の発表を聞いて、さしあたっては次のような諸点が気になります。(1)「福祉教育」や「ボランティア学習」に加えて、いま、なぜ「市民学習」なのか。「市民学習」を説く背景と必要性は何か。(2)「市民」「市民学習」の概念をどのように規定するか。必ずしも緻密な概念規定がなされているとはいえず、未だ定見を持つには至っていないのではないか。(3)「市民学習」と「福祉教育」「ボランティア学習」「シティズンシップ・エデュケーション」「サービスラーニング」等々の類似概念との関係性をどのように捉えるか(同一性と異質性、重複的関係か相互補完的関係か、等)。(4)子どもの市民性育成についは、子どもの発達段階や発達課題に対応した学習プログラムが開発・展開されなければならないが、その内容や方法についてどのように考えるか。(5) (4)に加えて、一般住民を対象にした市民性形成の場をどこに求め、地域に根ざした、地域ぐるみの「市民学習」をどのように推進するか。また、その内容や方法をどのように考えるか。(6)「福祉教育」では十分に検討されていないといえるが、「市民学習」に取り組む学校や地域組織・団体・NPOなどのキャパシティ・ビルディング(組織の能力強化)をどのように図るか。(7)「市民学習」を促進・支援するためにはどのような組織や仕組みが必要となるか。またその人材(推進者、支援者、協力者)をどのように育成・確保するか、等々がそれです。

東京ボランティア・市民活動センターが2013年度から取り組む「児童・生徒の市民学習共同研究事業」の現状(内容)と課題は、次の通りです。

東京ボランティア・市民活動センターでは、小・中・高等学校、中等教育学校、特別支援学校等の児童・生徒と地域の人々が、地域や国際社会の一員として世の中で起こっているさまざまな事柄を自ら学び、自ら考える力を養い、さまざまな人や組織・団体との連携を図り、市民学習(市民となる学び)のあり方と方法を確立・推進する方策を検討するための委員会(「学校等における市民学習の推進方策検討委員会」)を2013年7月に設置し、検討を進めています。その一環として、2014年度から、公立小学校、中学校、都立高校、私立高校の4校を「共同研究校」として選定・指定し、パートナーシップを組んで学習プログラムを展開しています。
【取組み内容】
(1) 2013年7月:「学校等における市民学習の推進方策検討委員会」(委員長・池田幸也)の設置
(2)2013年9月:「地域における福祉教育・ボランティア学習・市民学習の取組み状況について」アンケート調査の実施
(3)2014年2月:「児童・生徒の市民学習共同研究事業実施要項」の制定・施行
(4)2014年2月~3月:「学校における福祉教育・ボランティア学習・市民学習の取組み状況について」アンケート調査の実施
(5) 2014年4月:「共同研究校」(4校)の指定
(6) 2014年6月:「学校等における市民学習推進方策検討委員会」の開催
(7) 2015年3月:「子ども参加で地域と学ぶ~市民学習共同研究校中間報告会~」の開催
(8) 2015年5月:「学校等における市民学習推進方策検討委員会」の開催
(9) 2015年7月~8月:ハンドブック及び事例集作成のためのヒアリングの実施
【課題】
(1) 学習指導要領の改訂等による「総合的な学習の時間」の時間の確保が難しくなってきた。
(2) 都立高校での教科「奉仕」が廃止され、2016年度より新教科となる。
(3) 東京ボランティア・市民活動センターが考える市民学習の要素をそれぞれの学校にどう取り込みつつ学習プログラムを展開していくかが課題となる。
(4) 多忙な学校教諭と効果的に連携を図るにはどのような方策が考えられるかが課題となる。
(「生きる力(生きていく力)を高める福祉教育(市民学習)の実践」『東社協3か年計画』東京都社会福祉協議会ホームページより)

以下に、「児童・生徒の市民学習共同研究事業」に関する資料の一部を紹介することにします。

資料1 児童・生徒の市民学習共同研究事業実施要項
平成26年2月1日 東京ボランティア・市民活動センター
1 目的
小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校等の児童・生徒と地域の人々が、地域や国際社会の一員として世の中の中(ママ)で起こっている様々な事柄を自ら学び、自ら考える力を養い、さまざまな人や組織・団体との連携を図り、市民学習(市民となる学び)のあり方と方法を確立・推進することを目的とする。
2 事業の内容
東京ボランティア・市民活動センター(以下「本センター」という)は、関係機関、団体と連携をとり次の事業を行うものとする。
(1) 児童・生徒の市民学習共同研究校の選定
ア 本センターが設置した「学校における市民学習推進方策検討委員会」で小学校、中学校及び高等学校、中等教育学校、特別支援学校等の中から児童・生徒の市民学習共同研究校(以下「共同研究校」)を選定する。
イ 共同研究校の指定期間は2か年以内とし、初年度は、指定日の属する年の4月1日から翌年の3月31日までとする。
(2) 共同研究校に対する継続的支援及び協働事業
本センターは、「総合的な学習の時間」「道徳」「特別活動」やクラブ活動その他(都立高校の奉仕)などの他、市民学習のねらいをもって実施される「教科」または「課外活動等」において、その目標の達成のため、区市町村のボランティア・市民活動推進機関と連携し次の事業を行う。
ア 学習テーマの選定や学習プログラムの計画に必要な資料の作成、情報の提供
イ 学習プログラムの実施及び体験学習の推進に必要な連絡調整
ウ 児童・生徒及び教職員の振り返り・事業評価及び分析の方法及び指標に関する情報の提供
エ 学習プログラムの推進における地域の関係機関、団体との交流の促進
オ 学習プログラムの推進に必要な費用の助成
カ その他上記の目的を達成するために必要な連携・協働事業
3 事業の実施
地域に根差した市民学習の推進のために、本事業は、共同研究校及び当該区市町村ボランティア・市民活動推進機関、地域の関係機関、市民活動団体の協力を得て実施し、一体となって学習プログラムの実施体制づくりを進める。
4 共同研究校における活動
共同研究校においては、学習指導要領による「生きる力の育成」を踏まえつつ、本センター等関係機関の協力を得て、各校、各地域の実情に合わせた学習プログラムを実施する。
(『子ども参加で地域と学ぶ~市民学習共同研究校中間報告会~報告書』東京ボランティア・市民活動センター、2015年3月、50ページ)

資料2 「市民学習」とは何か
市民学習とは、地域課題や社会問題への関心や意識を醸成し、社会参加の態度を実践的に育む学習で、例えば地域に暮らす人や歴史・文化にふれたり、福祉、医療、環境、平和、安全、国際交流・支援等のテーマを取り上げたりする中で、主体的かつ段階的に学習活動に取り組むことによって、児童生徒の中に、自己の成長と市民社会とのかかわりの中に認識・体験―社会参加―社会認識―自己理解という循環構造が形成されることを通して、自己の発達と市民社会の成熟を同時的に実現できる人生観と社会観の確立を促し、もって真の市民福祉社会を実現することを期すものである。
(『日本福祉教育・ボランティア学習学会第21回やまぐち大会報告要旨集』2015年11月、61ページ)

市民学習は、以下のような学習を展開する取り組みです。
① 地域や社会の課題を把握し、課題解決のために取組み・体験する
② ①の取組み・体験を通して児童・生徒がどう成長するか学習目標を設定する
③ 児童・生徒が取組み・体験を企画し運営する機会をつくる
④ 児童・生徒が課題や取組んでいる団体について理解し、体験に必要な方法を学ぶ
⑤ 意義のある体験となるよう活動中の支援や事故の防止などを考える
⑥ 体験から何を学んだか、どのような改善が必要かを振り返る
⑦ どのように取組んだか、どのような成果があったかを評価する
⑧ 児童・生徒の取組みと社会貢献の成果を祝い(労(ねぎら:阪野)い)、その成果を関係者と共に讃え合う

◇ ①~⑧の展開は、以下の過程が想定されます。(「市民学習の学習サイクル」)
<課題発見>児童・生徒が地域や社会の課題を選択的に見出し、課題の現(ママ。うつつ、現実:阪野)の把握に取り組む→<目標設定>その取り組みから児童・生徒が自分の目標及びチームの目標を設定する→<課題の理解>さまざまな当事者や活動団体、関係者と交流し、多様な意見を収集し課題についての理解を深める→<改善への取り組み>活動を通じて課題を解決または改善するために必要な今後の方策を検討し、これに取り組む→<成果の評価>児童・生徒・教師および活動に関わった人々が相互に取り組みの成果を評価し、次の取り組みへの視座を探索する→<課題発見>
(『子ども参加で地域と学ぶ~市民学習共同研究校中間報告会~報告書』51ページ)

こうした活動は、従来から「福祉教育(学習)」「ボランティア学習(体験)」「市民学習」「シティズンシップ教育」「サービスラーニング」などの名称によって実施されてきた。その形態も教科学習、特別活動(学級活動、児童会・生徒会活動、クラブ活動、学校行事)、道徳、総合的な学習の時間、その他の課外活動(課外クラブその他)など多様に展開されてきている。これまで、社会福祉の意識啓発の一環としての福祉に関する学習活動や体験学習は、「福祉教育」「ボランティア学習」「ボランティア体験学習」といった概念で整理されてきた。検討委員会(「学校等における市民学習の推進方策検討委員会」:阪野)では、(中略)福祉教育やボランティア学習は自立した市民を育成する実践として「市民学習」の概念に包摂されると考えた。

福祉教育・・・将来の地域福祉の担い手を育てるという観点から社会福祉への関心を高める教育活動
ボランティア学習・・・ボランティア活動や環境問題、国際理解・協力などの広範な体験学習
市民学習・・・地域課題や社会問題への関心や意識を醸成し、社会参加の態度を実践的に育む学習
(『学校における福祉教育・ボランティア学習・市民学習等に関する実態調査 報告書』東京ボランティア・市民活動センター、2014年3月、5、61ページ)

資料3 学校における福祉教育・ボランティア学習・市民学習等に関する実態調査
本調査は、平成26年2月1日から3月7日の期間に、東京都内の公立小学校、公立中学校、都立高等学校、私立中・高等学校2,181校を対象として、記名式質問紙郵送調査によって実施した。発送は東京都内の各区市町村教育委員会または直接学校に送付する形式で行った。調査票の回収はFAXまたはメール添付によって行った。
郵送および委託配布された調査票全2,181票のうち、回収された票は285校であり、回収率は、13.1%であった。回収票の内訳は、公立小学校146校、公立中学校87校、都立高等学校24校、私立中・高等学校28校であった。

調査結果(「まとめ」)
(1) 市民学習等の教育活動の実施率に関しては、80%を越える実施率であり、特に調査回答をえた都立高等学校では「奉仕」の導入によって100%に達している。一方、私立中・高等学校に関しては各校の独自の教育理念、教育計画によることから実施率は5割強にとどまっており、今後、私立中高の活動把握、活動推進が課題であることが明らかになった。
(2) 実施にあたっての協力関係の中では社会福祉協議会、ボランティア・センターとの関連が最も高いが、その比率はなお4割に達していない。今後さらに連携を強化する必要が示唆されている。
(3) 児童生徒の変化の様子の把握については感想文や活動振り返りの発表など回想型の検証が主流である。
(4) 活動に関与後の教員の変化はおおむね積極的な変化が多く、特に高齢者や障害者への理解や社会福祉関係者との連携の形成などに変化が目立っている。一方で、社会福祉やNGO、NPO、市民活動への理解の深化はそれらに比べて低い比率であり、今後市民活動への理解形成への働きかけが重要であることが示唆されている。
(5) 今後の取り組みについては、積極的姿勢を示している学校が全体で約8割に達しており、全体での関心は高い。ただし、校種別では公立小学校と都立高等学校では高く、公立中学校と私立中・高等学校ではやや低い。この点は受験体制や教育課程の問題が考えられるが、中学校段階での活動プロクラムの開発が課題といえる。
(6) 社会福祉協議会、ボランティア・センターの認知度は、認知自体は約9割に達しているが、関与度は約6割にとどまっている。特に公立中学校と私立中・高等学校は他の校種と比較して相対的に関与度が低くなっている。今後、中学校と私立中高に対する積極的な働きかけが課題となる。
(7) 社会福祉協議会、ボランティア・センターに期待する関わりは、講師派遣や物品等の貸出が多く、活動内容の相談・提案やハンドブック等啓発資料等の需要については相対的に低い比率にとどまっている。教育が本務の場である学校においては必ずしもそうした需要は多くないと思われるが、多様な活動プログラムの効果や成果を示しながら活動内容面での連携の意義を伝達していくことが相互の連携強化には急務といえる。
(『学校における福祉教育・ボランティア学習・市民学習等に関する実態調査 報告書』6~7、20ページ)

ここで、大雑把なものにとどまりますが、「福祉教育」「ボランティア学習」「市民学習」等の関係性について図示しておくことにします。
図1は、上記の、「『福祉教育』や『ボランティア学習』は自立した市民を育成する実践として『市民学習』の概念に包摂される」という「学校等における市民学習の推進方策検討委員会」の言説を概念図化したものです。図2は、「学校を中心とした福祉教育」(「学校福祉教育」)と「地域を基盤とした福祉教育」(「地域福祉教育」「住民福祉教育」)、そして「市民福祉教育」の関係性を図示したものです。
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図3は、「福祉教育」「ボランティア学習」「市民福祉教育」等の関係性についての管見を概念図に描いたものです。それぞれの教育活動の特質を、いくつかあるうちのひとつに限定して簡潔に表すとすれば、次のようになるでしょうか。「福祉教育」は「住民・市民の社会福祉への関心と参加の促進」。「ボランティア学習」は「自主性に基づくボランティアの活動体験」。「シティズンシップ・エデュケーション」は「市民性(市民的資質・能力)の育成・形成」。「サービスラーニング」は「義務化されたコミュニティサービス(地域貢献活動)の展開」。そして「市民福祉教育」は「市民主権・市民自治に基づく福祉によるまちづくり」、です。
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付記
本稿をアップする数日前に、皇學館大学現代日本社会学部教授・鵜沼憲春先生から、博士論文を基にしたご高著『社会福祉事業の生成・変容・展望』(法律文化社、2015年11月)をご恵贈賜りました。社会福祉法制史研究に新しい地平を開く、有意義な労作であると高く評価することができます。「ある事由により立ち上がることができないほどのショックを受けた」(「あとがき」)先生の人となりを知る筆者(阪野)にとっては、この度の刊行はわがことのように嬉しい限りです。
本ブログ読者に、鵜沼先生のご高著の一読をお勧めします。

市民的福祉教養と市民福祉教育:「教養」について考える―資料紹介―

福祉教育実践や研究の画期をなしたものに、1980年9月に全社協に設置された「福祉教育研究委員会」(委員長・大橋謙策)の中間報告「福祉教育の理念と実践の構造―福祉教育のあり方とその推進を考える―」(1981年11月)がある。そこでは、福祉教育は、「国民の社会福祉への関心と参加の促進」をめざす意図的な教育活動である。福祉教育は、人権思想に基づいた社会福祉の営みの主体として、市民一人ひとりが担ういわば「福祉人」の育成を図るものであり、現代を生きるにふさわしい人格形成にかかわるものである、と述べられた。これは、市民イコール福祉人の「教養」に通底するものでもあり、今さらながら改めて注目しておきたいところである。
1990年代後半には、例えば高橋智(東京学芸大学)が、教育学教育や教師教育における「国民的福祉教養」の構想について論究している(注1)。また、大橋謙策(当時・日本社会事業大学)が、高校福祉科の設置とのかかわりで、子ども・青年の発達を促すものとしての福祉教育を基底に、すべての高校生に「国民的教養としての福祉教育」を展開することについて言及している(注2)。
これらは20年から30年以上も前のことで、旧聞に属する。さらに、それ以前の1970年代後半以降に「教養主義」の「没落」や「終焉」が指摘されたことは、周知の通りである。そしていま、グローバリゼーションとローカリゼーションが同時進行するなかで、「知識基盤社会」(注3)と「市民参加型社会」の時代を迎えている。知識基盤社会は、新しい知識・情報・技術の重要性が飛躍的に高まる社会であり、そこでは大学教育等の改善のみならず、子どもから大人までの「生きる力」を如何に育成するかが重ねて問われることになる。市民参加型社会は、参加と協働(共働)による市民主権・市民自治のまちづくりを進める社会であり、そのまちづくりの担い手となり得る市民としての教養(「市民的教養」「シティズンシップ」)を如何に形成し、そのための教養教育を如何に再活性化するかが問われることになる。
福祉の(による)まちづくりの市民的教養(「市民的福祉教養」)は、それを形成・涵養するための確かな教養教育や豊かな実践軽軽を積みあげることによって育まれる。こうした視点に立って「市民福祉教育」について論究することは、“まちづくりの福祉教育”の今日的課題である。
本稿では、筆者の手もとにある資料から、「教養」に関する基本的な論点や言説の一部を紹介することにする。

(1) 安部謹也『「教養」とは何か』講談社(講談社現代新書)1997年9月
「自分が社会の中でどのような位置にあり、社会のためになにができるかを知っている状態、あるいはそれを知ろうと努力している状況」を「教養」があるというのである。(56ページ)

教養があるということは(中略)「世間」(「大人が互いに結んでいる人間関係の絆」:阿部、18ページ)の中で「世間」を変えてゆく位置にたち、何らかの制度や権威によることなく、自らの生き方を通じて周囲の人に自然に働きかけてゆくことができる人のことをいう。これまでの教養は個人単位であり、個人が自己の完成を願うという形になっていた。しかし「世間」の中では個人一人の完成はあり得ないのである。個人は学を修め、社会の中での自己の位置を知り、その上で「世間」の中で自分の役割をもたなければならないのである。(180ページ)

(2) 梅田正己『「市民の時代」の教育を求めて―「市民的教養」と「市民的徳性」の教育論―』高文研、2001年5月  
現代における「市民」とは、ひと言でいえば、民主主義と人権の思想を体現した人間類型といえます。
いくつかのキーワードがあげられます。思想・言論の自由をはじめとする「市民的自由」、特権や差別を認めない「平等」、自主性・自発性にもとづく「参加」、主体的に引き受ける「責任」、そして「自治」です。
「市民」とはつまり、うんと単純化していえば、自由と平等の原則に立って、一人ひとりの尊厳を守るとともに、全員が参加し、全員が責任を引き受けることによって、自分たちの社会を自分たちの手で治めてゆくこと(自治)のできる人間類型ということになります。(145ページ)

「市民」を育てる教育は、自立した「市民」として「自治」に参加するために必要な知識と認識、それにもとづく一定の見識の面での教育と、「市民」として実際に行動するさいに必要な自覚と能力、技能、態度をめぐる教育の2つの側面が考えられます。前者を「市民」として身につけておきたい教養すなわち「市民的教養」の教育、後者を、「権利主体」としての自覚をはじめ、「公共の精神」、話し合い(討議)の能力と技能、他者にはたらきかけ互いに協力できる能力などの「市民的徳性」の教育と名づけてみました。
なお、「市民的徳性」という用語については、「市民」としての自覚、能力、技能、態度のすべてが含まれていると考えられる「シティズンシップ」という言葉を使った方がよいかも知れません。(146~150ページから抜き書き)

日本の教育をささえてきたのは、国家主義と立身出世主義(学歴主義)の二本の柱でした。教育の中心に「国家」をすえる考え方は、20世紀をもってその歴史的役割を終えました(ただし国家主義は消滅したわけではなく、幾年もたたないで復活してきます。)。日本の社会にも明確に質的な変化が生じつつあり、日本も明らかに「市民の時代」に入っています。日本の教育はその価値基軸を「国家」から「市民」に転換していかなくてはなりません。「市民的教養」の修得と「市民的徳性」の育成を二本の柱として、新しい学校をどう構想するかが問われています。(64、80、101、104、141、238ページから抜き書き)

(3) 村上陽一郎『あらためて教養とは』新潮社(新潮文庫)2009年4月
自分の中にきちんとした規矩(きく。分別のための「基準」「ものさし」「枠組み」:村上)を持っていて、そこからはみ出したことはしないぞという生き方のできる人こそが、最も原理的な意味で教養のある人と言えるのではないか――というのが私の年来の主張なのです。その上に、一般的な意味での教養、つまり何がしかの知識、何がしかの経験、そして専門家としてではなく、人間一般としての「広さ」、そうしたものが相俟(あいま)って教養が論じられるようになる。しかし、慎(つつし)みを形造る規矩が欠けると、それこそ教養というのはものすごく安っぽくなって、口にするのも恥ずかしいようなものになりかねないんじゃないかというのが私の基本的な考え方です。(28ページ)

今日では、社会が「知識に基礎を置く社会」(knowledge-based society)という言葉で規定されるほど、様々な分野の知識が社会を動かしています。それを身につけなければ生きていけない。社会の中で活動することができない。専門性が求められる一方で、しかし、専門以外の様々な知識に通暁(つうぎょう)していることで、初めて現代社会に生きる資格が与えられるとさえ思われます。その意味での「教養」が、エリート階級だけでなく一般の人々にとっても、現代ほど必要とされる社会はありません。その意味での教養は、現代社会のなかで人間が生きるための「力」そのものです。(88ページ)

ドイツ語の〈Bildung〉というのは、英語のに近い言葉です。つまり「造り上げる」ことですね。では何を「造り上げる」のかというと、「自分」という人間をきちんと造り上げていくことであり、これが「教養」なのではないかと思うのです。(中略)
自分を修めること、きちんとした人間として、正しいと思う方向に向かって自分を造り上げていくことをもって教養と理解するとなると、市井(しせい)の中に埋もれている生活者(中略)の中にも、自分をしっかり持って、自分を見つけて、自分をきちんと造り上げていく人はいると確信しています。(中略)
何を材料にして自分を造り上げるか。広い知識や広い体験は決定的に大事な材料の一つですけど、全部ではない。造り上げるというと、いかにも何かがちがちに造り上げた完成品ができてしまうように見えますけど、そうじゃないんですね。自分というものを固定化するのではなく、むしろいつも「開かれて」いて、それを「自分」であると見なす作業、そういう意味での造り上げる行為は実は永遠に、死ぬまで続くわけです。(中略)一生をかけて自分を造り上げていくということにいそしんでいる、邁進(まいしん)している。それを日常、実現しようと努力している人を、われわれは教養のある人というのではないか、そう私は思っています。(185~187ページ)

(4) 中央教育審議会「新しい時代における教養教育の在り方について(答申)」2002年2月
教養とは、個人が社会とかかわり、経験を積み、体系的な知識や知恵を獲得する過程で身に付ける、ものの見方、考え方、価値観の総体ということができる。(中略)人には、その成長段階ごとに身に付けなければならない教養がある。それらを、社会での様々な経験、自己との対話等を通じて一つ一つ身に付け、それぞれの内面に自分の生きる座標軸、すなわち行動の基準とそれを支える価値観を構築していかなければならない。教養は、知的な側面のみならず、規範意識と倫理性、感性と美意識、主体的に行動する力、バランス感覚、体力や精神力などを含めた総体的な概念としてとらえるべきものである。

新しい時代を生きるための教養として、社会とのかかわりの中で自己を位置付け律していく力や、自ら社会秩序を作り出していく力が不可欠である。主体性ある人間として向上心や志を持って生き、より良い新しい時代の創造に向かって行動することができる力、他者の立場に立って考えることができる想像力がこれからの教養の重要な要素である。

教養教育については、これまで、主として高等教育における問題として議論されることが多かった。しかし、(中略)教養の涵養は個人にとって生涯の課題であり、教養を身に付ける努力は、いずれの年齢や職業においてもすべての人に求められるものである。教養教育の在り方を検討するに当たっては、高等教育だけでなく、幼児期からの家庭教育、初等中等教育も含めた学校の教育活動全体、地域での様々な活動、社会生活における様々な体験や学習を通じて、いかに教養を身に付けていくかを考える必要がある。

(5) 日本学術会議 日本の展望委員会 知の創造分科会『21世紀の教養と教養教育(提言)』2010年4月
現代社会において生起し深刻化するさまざまな問題や課題に適切に対応し、その平和的な解決を図っていくには、それらの問題や課題の解決に向けての多様な取り組みに参加・協働する知性・智恵・実践的能力の形成と、それらの多様な取り組みを支え推進する基盤としての市民社会の豊かな展開が重要である。
そのためには、次の三つの公共性を活性化することが重要である。第一に、集合的意思決定過程(政治)の開放性・透明性(情報公開・情報開示)が確保され、その過程への十分な市民参加があること(市民的公共性)、第二に、さまざまな問題や課題を自分たちの協力・協働により解決・達成すべきものとして引き受け、その協力・協働に参加する活力あるカルチャーが息づいていること(社会的公共性)、第三に、社会のすべての成員が、その尊厳を尊重され、安全かつ豊かな文化的・社会的生活を享受する権利を有する存在であることが、承認され前提となっていることである(本源的公共性:社会的存在としての人間の生存権に関わる公共性)。
現代の多様化・複雑化・流動化する社会では、この3つの公共性の活性化とその担い手となりうる市民としての知性・智恵・実践的能力(市民的教養)の形成が、いま切実に求められている。(ⅳ~ⅴ、4~5ページ)

21世紀に期待される教養は、現代世界が経験している諸変化の特性を理解し、突きつけられている問題や課題について考え探究し、それらの問題や課題の解明・解決に取り組んでいくことのできる知性・智恵・実践的能力であると言ってよいであろう。その多面的・重層的な知性・智恵・能力を、学問知、技法知、実践知という三つの知と市民的教養を核とするものとして捉える。
学問知は、学問・研究の成果としての知の総体であり、その学習を通じて形成される知である。それは、錯綜する現実や言説(研究を含む)を分析的・批判的に検討・考察し、同時に、諸問題を自分に関わる問題として思慮し、そしてまた、自分の生き方や考え方を自省する知でもある。技法知は、メディアの活用、多種多様な情報・資料の編集、数量的推論、自国語・外国語、学術的な文章作成能力、言語的・非言語的な表現能力・コミュニケーション能力などを構成要素とする知で、学問知および実践知の学習・形成と活用の基礎となるものである。実践知は、日常のさまざまな場面で実際に活用・発揮(実践)される知で、市民的・社会的・職業的活動に参加・協働し、共感・連帯し、同時に、自らの在り方・生き方・振る舞い方を自省し調整していく知である。
他方、市民的教養は、上記の三つの公共性、すなわち本源的公共性、市民的公共性、社会的公共性についての理解を深め、その実現に向けたさまざまな活動やプロジェクトに参加し、連帯・協働していく素養と構えを指す。
大学教育・教養教育では、これら三つの公共性に開かれ、その実現を志向し、その実現のための活動やプロジェクトに参加し協働するうえで必要とされる学問知・技法知・実践知を育んでいくこと、それを核とする「市民的教養」を育んでいくことが重要である。(ⅴ~ⅵ、17~18ページ)

「教養」とは何か。以上からも分かるように、その捉え方は多様である。その点を知るのには、歴史的視点から教養主義について論述する竹内洋の『教養主義の没落―変わりゆくエリート学生文化―』(中央公論新社(中公新書)、2003年7月)、哲学・思想の領域から教養主義の復活を説く仲正昌樹の『教養主義復活論―本屋さんの学校Ⅱ―』(明月堂書店、2010年1月)、なども興味深い。
ここで、以上に紹介した論点や言説を参考に、「教養」の構造と性格について暫定的な管見を述べておくことにする(図1参照)。
図1 「教養」カラー
「教養」は、「知識」「経験」「知性」「価値観・規範」を構成要素とする。
幅広い知識を修得するためには、知的な好奇心と懐疑心、追究心が必要である。経験を社会的意義のあるものにするためには、その活動・行為を外向化・社会化するとともに、継続的に取り組み、展開することが必要である。知性とは、物事について的確に思考し、判断し、表現する知的な能力をいう。教養の形成には、知的な側面のみならず、行動や判断の基準(規範)やそれを支える価値観の構築が必要であり、「教養の原点」(村上)はここにある。
また、教養は、家庭や地域・社会におけるさまざまな生活体験を通して形成される。教養は、子ども・青年の発達段階に応じて、また高齢期まで生涯にわたって形成される。教養は、現代社会や現代世界の変化や問題に対応するものである。教養は、新しい時代を切り拓き、未来社会を創造するものである。これらの点をめぐって、学校(小・中・高・大学教育))における教養教育をはじめ、市民社会や国際社会を生きるための子ども・成人に対する教養教育のあり方が問われることになる。

注
(1) 高橋智「教育学教養と福祉教養―教育学教育における福祉教養の意義―」『東京学芸大学紀要.第1部門、教育科学』第48集、東京学芸大学紀要出版委員会、1997年3月。
(2) 大橋謙策「高校における福祉教育の位置と高校福祉科」大橋謙策編集代表『福祉科指導法入門』中央法規、2002年4月。
(3) 「知識基盤社会」(knowledge-based society)とは、「新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活動の基盤として飛躍的に重要性を増す」社会をいう(中央教育審議会「我が国の高等教育の将来像(答申)」2005年1月)。その進展を図るためには、大学教育等の改善のみならず、小学校から大学までの一貫した取り組みが必要である。また、知識基盤社会を生き抜くためには子どもから大人まで、「生きる力」の育成を図ることが重要となる。

追記
(1) 本稿を草することにしたのは、熱心なブログ読者から、「読書による教養主義」(大正時代の旧制高校を発祥として、1970年前後まで大学生の規範文化であったといわれる。)に関して厳しいコメントをいただいたことによる。
(2) 2013年7月14日の朝日新聞の「天声人語」―「キョウヨウとキョウイク」が面白い。
老後をどう生き生きと過ごそうかと誰しも考える。そこには秘訣があるらしい。「キョウヨウ」と「キョウイク」なのだという。教養と教育かと思いきや、さにあらず。「今日、用がある」と「今日、行くところがある」の二つである。なるほど何も用事がなく、どこにも行かない毎日では張り合いがあるまい、という記事である。
老後を豊かに過ごすには「教養」の形成・向上が必要かつ重要である、ということを読み解くことができようか。

「まちづくり」の視点と枠組み:キャパシティ・ビルディングを考え、「まちづくりの福祉教育学」を構想するために―資料提供―

筆者(阪野)はこれまで、「まちづくりと市民福祉教育」をテーマに、ささやかな実践と研究を行ってきた。その際、まちづくりは地域(地元)の住民をはじめ行政やさまざまな組織・団体、NPO、企業などの主体形成なくしてはあり得ず、主体形成こそがまちづくりの本質である、という考えを基本に据えてきた。そして、どちらかといえば「まちづくり」よりは「市民福祉教育」に関心を寄せ、社会福祉学や教育学などの学問領域の言説を援用しつつ、福祉教育の実践の理論化と理論の実践化に取り組んできた。しかもそこでは、住民主体形成の「福祉教育学」の構築をめざして、固有の研究対象や研究方法について探究し、実践の主体や理念・目的、内容・方法、制度・組織、あるいは運動などについて問うてきた。それは、福祉教育学はまちづくりと人づくりを担う以上、多様な先行諸科学の知識・知見や技術を総合的に活用する学際的な総合科学であり、かつ「実践の学」として構想されるべきである、という考えに基づいている。
ところで、先日、あるブログ読者(学生)から、「まちづくり学」の成立をめざした本がいくつか出版されているが、「まちづくり」の視点や枠組みに関する基礎的・基本的な言説をいくつか紹介してほしい、というメールをいただいた。本稿は、不十分ながら、それに応えようとするものである。また、その延長上で、「まちづくりの福祉教育学」を構想するためのものでもある。
いま、筆者の手もとには、まちづくりに関する本が5冊ある。次がそれである。

(1) 織田直文『臨地まちづくり学』サンライズ出版、2005年3月。(以下、「1」と略す。)
(2) 西村幸夫編『まちづくり学―アイディアから実現までのプロセス―』朝倉書店、2007年4月。(以下、「2」と略す。)
(3) 日本福祉のまちづくり学会編『福祉のまちづくりの検証―その現状と明日への提案―
』彰国社、2013年10月。(以下、「3」と略す。)
(4) 日本都市計画学会関西支部新しい都市計画教程研究会編『都市・まちづくり学入門』学芸出版社、2011年11月。
(5) 株式会社オオバ技術本部『まちづくり学への招待―どのようにして未来をつくっていくか―』東洋経済新報社、2015年5月。

これらを一瞥すると、まちづくりの実践例を紹介するものが多い。しかも、「まちづくり」とはいうものの、その論述はハード面を中心とした都市計画論や土木・建築工学などの専門領域に限定されていたりする。また、「まちづくり学」とはいうものの、実践経験やそれに基づく知識や知見を教科書風に整理・総括したものもある。さらには、個別的・技術的なまちづくり実践の研究と総合的・俯瞰的なまちづくり学の研究が混同されている場合もある。いずれにしろ、「まちづくり学」の成立については未だしの感なきにしもあらず、といったところである。
こうしたまちづくり研究の現状認識のもとで、以下に、「1」「2」「3」を中心に注目したい論点や言説を紹介する。ここでは、取り敢えず3つの項目立てを行う。1.まちづくりとまちづくり学、2.まちづくりの潮流、3.まちづくりの進め方、がそれである。

1.まちづくりとまちづくり学
<A>「まちづくり」とは、住民や行政、企業などの地域構成員が、地域を良くするために心を通わせるコミュニケーションの場を形成する活動であり、<B>多様で複雑なまちづくりの課題をこの場を手がかりとし、地域の実態に即して解決しつつ、住民(議会、コミュニティ、既存の地域団体、NPO等を含む)、地元行政、企業(産業界を含む)などの地域構成員が、歴史・自然などの地域の固有性に着目し、地域という空間・社会・文化環境の健全な維持と改善・創造のために主体的に行う連続的行為である。これらの意味から、<C>まちづくりは、人々が心を通わせ、その場に臨んで、具体的な問題を解決していく活動である。(「1」24~25ページ)

まちづくりの本質とは何か、それは都市計画や都市整備とはどう違うのか。まちづくりは、地域を統合的にみることを特徴とする。まちづくりの統合的な視点やアプローチを都市計画と比較してみると、表1のようになる。(西村幸夫「2」1、7ページから抜き書き)
表1 まちづくりと都市計画の違い(18日22時)
まちづくりとは、「地域における、市民による、自律的・継続的な、環境改善運動」である。重要なのは、「地域における」、「市民による」という点にある。地域市民が安全・安心、福祉・健康、景観・魅力のための環境改善運動を、自分たちが自律的に、継続的にやり続けることが「まちづくり」である。(小林郁雄「2」83ページ)

「臨地まちづくり学」とは、臨地、すなわちまちづくりの現場での調査研究を重視し、住民主体で地域課題の解決を図る、または将来目標を獲得するための思想、知識・技術を開発する学問であるといえる。
その学問を行う主体は地域社会の構成員である、住民、市町村行政、地域企業、諸団体、NPO、大学等であり、研究者は準構成員としてまちづくりの現場に関わりながら事業支援を行い、研究開発の進展に貢献するのである。この学問はあくまで地域に息づく市井の人々に役立つことをめざして取り組むことを基本とする。(「1」46~47ページ)

2.まちづくりの潮流
人間の個々人の欲求が集合体として社会化し、それに符号する形の「まちづくり」が現出する。戦後のまちづくりを辿ると次のようになる。1960年代、環境破壊や公害の発生などの高度経済成長による歪みに対して、生活環境整備や福祉の充実への希求が高まり、イデオロギーを背景にした新しい社会運動が登場した(「告発・要求型まちづくり」)。1970年代、地方・地域の過疎的状況の中で、独自の産業振興を図り雇用の確保、人口の定住をめざして地域振興が取り組まれた(「地域経済振興型まちづくり」)。1980年代後半から1990年代前半、地域住民の地域への誇りと愛着の醸成や、経済とは切り離されたところでの芸術・文化活動の活発化などで、自己実現をめざす人間的欲求の発露の結果として地域の社会・文化開発がなされた(「自己実現型まちづくり」)。今後は、多様で複雑な地域課題を解決するためには、国や県、地域外企業などが行う「外発的地域開発」(exogenous regional development)と市町村行政や住民などが主体的・主導的に行う「内発的地域開発」(endogenous regional development)を結合させ、両者の長所を合わせ持った「ひらかれた内発的地域開発としてのまちづくり」が必要となる(「課題解決型まちづくり」)。(「1」114~127ページから抜き書き)

これまでの福祉のまちづくりは、障害者の住まいや介助問題を発端に、移動、交通、少子高齢社会の急速な到来に対するさまざまな地域課題を環境整備や法制度の構築、市民運動というかたちで発展させてきた。
今日、福祉のまちづくりの対象は拡大し、子ども、高齢者、障害者、外国人などへの多様な対策をはじめ、健康づくり、防災、安全・安心のまちづくりなど、その範囲を広く捉えることができる。さらにまた、東日本大震災は、日本のこれまでの社会経済活動のあり方を根本的に問い直し、地域とは何か、共助とは何か、過疎化、高齢化する地域における市民の役割、福祉のまちづくりの役割を問うこととなった。90年代までとはまったく異なるステージに突入したといえる。
福祉のまちづくりのゴールとは、地域やまちづくりの分野ですべての人が「分け隔てのない共生社会」(注1:阪野)の実現を図ることである。「弱くて脆い社会」(注2:阪野)をそろそろ脱皮する必要がある。(「3」10~24ページから抜き書き)

<注1> 「障害者差別解消法」(「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」、2013年6月公布、2016年4月施行)は、「障害を理由とする差別の解消を推進し、もって全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資することを目的とする。」(第1条)。
日本は、2014年1月、「障害者の権利に関する条約」(Convention on the Rights of Persons with Disabilities、2006年12月国連総会採択)を批准した。本条約は、「全ての障害者によるあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し、及び確保すること並びに障害者の固有の尊厳の尊重を促進すること」(第1条)を目的とし、締約国は「この条約において認められる権利の実現のため、全ての適当な立法措置、行政措置その他の措置をとること。」(第4条1(a))を定めている。
<注2> 「ある社会がその構成員のいくらかの人々を閉め出すような場合、それは弱くもろい社会なのである。障害者は、その社会の他の異なったニーズを持つ特別な集団と考えられるべきではなく、その通常の人間的なニーズを満たすのに特別の困難を持つ普通の市民と考えられるべきなのである。」(「国際障害者年行動計画」(第63項)1980年1月国連総会決議)。

福祉のまちづくりに関する流れを概観すると、福祉のまちづくりは、①当初、障害者自身の自発的な活動すなわち住民主導型から始められたが次第に行政主導型に変化していったこと(「主体の変化」)、②福祉のまちづくりそのものの概念が時代とともに変化していったこと、すなわち当初の「福祉」は障害者を主体的に捉えていたが後年は全ての市民を対象にしていること(「概念の変化」)、③「まちづくり」の目的が道路や建築物といったハードを整備することからまちの中で生活できることへと進化していったこと(「対象の変化」)、④当初は法的拘束力がほとんどなかったが条例の制定等で次第に法的拘束力が強められていったこと(「法的拘束力の変化」)が理解できよう。(「3」200ページ。野村勸「建築分野からみた福祉のまちづくり」『福祉のまちづくり研究』第13巻第2号、日本福祉のまちづくり学会、2011年7月、13ページ)

3.まちづくりの進め方
臨地まちづくりを進める場合の要諦としては、次のような点がある。
① 地元の住民や行政の主体性、独創性を最も重要視する。
② 地域社会を生態的、動態的に扱う。
③ 現地の状況を客観的かつ感覚的、総合的に認識する。
④ 住民の深層内面的コンセンサスが得られるまちづくりの進め方、提案をする。
⑤ 地域の現状・課題把握、政策立案、実施をスピーディに行う。ただし、現場のペースを著しく乱してはならない。
⑥ 政策内容、事業展開に柔軟性を持たせる。現場の事情に応じて対応していく。しかし、基本コンセプト等はできるだけ崩さない。(「1」53ページ)

以上を要するに、まちづくり(「1」でいうひらかれた内発的な課題解決型まちづくり)は、地域の歴史性・固有性、地域住民・行政などの主体性・自律性、実践活動の総合性、計画性、運動性、継続性などにその特性を見出すことができる。まちづくりは、地域(地元)の住民をはじめ行政、組織・団体、NPO、企業などの主体の形成なしにはありえず、主体形成を本質とする。まちづくりは、住民主体・住民主導の内発的な取り組みを基本とするが、その推進を図るためには個々の住民(個人的実践主体)の主体形成にとどまらず、それを集団的実践主体や運動主体へと育成・向上するための取り組みを必要とする。まちづくりの重要な主体である地元行政や地域の組織・団体・NPO・企業などは、如何にして、ひとつの組織体として「まちづくりの力」を発揮するか、組織体相互の連携・協働(共働)を図るかが問われる。そしてまた、まちづくりの主体を形成(育成)するための教育的営為(「まちづくり教育」「まちづくり学習」「市民性形成」「市民福祉教育」など)のあり方も問われることになる。なお、福祉のまちづくりは、高齢者や障がい者などの社会的弱者に限らず、すべての人が安全で安心して快適に、共に暮らせるまちづくり(「共生のまちづくり」)の推進を図るものである。その意味においては、これまで使われてきた福祉「の」「で」「による」まちづくりは、総合的・包括的な概念である「まちづくり」に包含されることにもなろうか。
ここで、以上との関連で、「まちづくりの方向性と側面」と「キャパシティ・ビルディング」について一言付け加えることにする。
図1は、1990年代以降の地方分権改革の潮流に対応した住民参加・市民主導のまちづくりの方向性と側面(内容)について表示したものである。第1象限(市民主導/行政・専門家支援×創造・変革)が、推進することが志向されるまちづくりである。しかし、現状では、第2象限や第4象限にとどまったり、旧態以前とした第3象限(行政・専門家主導/住民参加×守旧・伝統)に位置づく取り組みが多い。2000年代に入るとまちづくりへの住民参加が制度化されるが、参加主体の多様化や多層化が進み、かえって参加が形式化・形骸化している実態もある。また、内容的には、ハード・ソフト両面にわたって総合的かつ有機的に地域課題を解決することが重要であるといわれるが、個別的・縦割り的なものも多くみられる。
図1 まちづくりの方向性と側面 11月17日17時30分
まちづくりは、それに参加する住民の「個別の能力強化」だけでなく、NPOや地域組織・団体、企業などの組織的な能力の形成・強化・向上を図る取り組み(キャパシティ・ビルディング、capacity building)とそれを促進・支援する専門的人材の育成やシステムの構築が必要かつ重要となる。キャパシティ・ビルディングは、「組織の実績と効果を高めるために、組織強化するプロセス」(「組織の能力強化」)と定義される。それは、NPOや市民活動団体、民間企業などが組織体として、まちづくり活動を推進するために、組織・人材・財源などの組織基盤・基礎体力(キャパシティ)を構築(ビルディング)・強化することを意味する。キャパシティ・ビルディングの取り組みでは、①リーダーシップ力(組織のリーダーのもつべき能力で、発想し、優先順位づけを行い、意思決定し、方向を決めて革新を行う能力)、②適応力(組織が抱える内外の環境変化を観察・評価し、対応する能力)、③マネージメント力(組織のもつリソース(資源)について、効果的・効率的に活用する能力)、そして④技術力(組織が組織運営上あるいはプログラム実施上の機能を発揮する能力)の4つの組織能力が必要とされる(「2」98~99ページ)。
キャパシティ・ビルディングは、東日本大震災を契機に地域の再生・創造が叫ばれ、まちづくりのあり方が改めて問われている今日、注目すべきアプローチのひとつである。

補遺
織田直文は、「臨地まちづくり学」の「臨地」について次のように述べている。

そもそも「まちづくり」そのものが現場性の高いものであって、もともと「臨地」ではないかとの指摘もある。しかしながら、まちづくりには現場から離れた基礎的研究や理論研究もあり、それも対極として重要である。あるいは、まちづくりの現場では、当事者たる住民やそこで地域貢献をする事業者などの自覚と、主体的な取組こそが重要であるとの自戒を促す意味も込めて、あえて「臨地」という言葉で強調しているのである。
さらにそのことを認識したうえで等しく大学の研究者、学生、ジャーナリストといった、外部からの観察者・提案者たちも<まち>を対象に研究をするのであり、その者たちが「その地に臨むこと・現地に出かけること」によるまちづくり研究も、「臨地まちづくり学」なのである。(「1」49ページ。織田直文「臨地まちづくり学の理論と実践―京都市山科区における臨地まちづくりによる地域活性化と教育実践の分析―」『政策科学』第15巻第3号、立命館大学政策科学会、2008年3月、42ページ)

この説述は、研究者や実践者(事業者)の立ち位置や研究・実践姿勢に視点・視座を置くものである。「まちづくり学」は「実践の学」「主体形成の学」であり、その基本的な性格は臨地性と実践性にある。また、「実践的研究」は、「実践を通しての研究」と「実践に関する研究」に大別されるが、この両者を循環的に組み合わせ、相互作用を引き起こすことによって理論の構築が可能となる。とすれば、「まちづくり学」の臨地性を「あえて『臨地』という言葉で強調する」必要はもともとない、といえよう。

追記(2017年9月20日)
「都市計画」と「まちづくり」の違いに関して、ひとつの言説を追記することにする(伊藤雅春・ほか編著『都市計画とまちづくりがわかる本』彰国社、2011年11月、6~7ページ)。

「まちづくり」は運動、「都市計画」は制度、と考えるとします。比較対照して記せば、
まちづくり:地域における、市民による、自律的継続的な、環境改善運動
都市計画:国家における、政府による、統一的連続的な、環境形成制度
となります。
この場合、もう少し限定的にいえば(「まちづくり」は)「市民まちづくり」とするべきでしょう。そして、「制度(法律)」はどのようにつくられるか、ではなくて、どのように使われるか、が問題です。それは、「技術」でも「社会」でも、もちろん「計画」でもそうで、どのように使うかというプロセス・運動が重要となります。(小林郁雄)

「まなびほぐす」ことと「誤解する権利」:鶴見俊輔に学ぶ―資料紹介―

戦後言論界の中心人物の一人であった哲学者の鶴見俊輔が、2015年7月20日に亡くなった(享年93)。雑誌『思想の科学』や「ベ平連」、「九条の会」などが思い出される。学生時代に雑誌『思想』(岩波書店)とともに、『思想の科学』(思想の科学社)に挑戦したことが懐かしい。
いま、筆者(阪野)の手もとには、鶴見の本は3冊しかない。(1)『教育再定義への試み』(岩波書店、1999年10月。以下、「1」と略す。)、(2)『誤解する権利―日本映画を見る―』(筑摩書房、1959年12月。以下、「2」と略す。)、(3)『学ぶとは何だろうか―鶴見俊輔座談―』(晶文社、1996年3月。以下、「3」と略す。)、がそれである。この3冊も、他の著作と同様に、豊富なテーマや項目について自在に考えが述べられ、語られている。その思考は、拡散的思考から最終的には収束的思考(ジョイ・ギルフォード)に導かれる。とりわけ「1」では、生涯にわたって自分らしさをつくり、守るための「自己教育」論が展開される。「2」では、議論や論争は誤解のうえに成り立っていることを理解する(注①)。そして「3」では、豊かな感性と柔軟な思考、多様な他者(幅広い分野)との繋がりや関わりの重要性を思い知らされる(注②)。これらから、我田引水の謗(そし)りを免れないが、「まちづくりと市民福祉教育」に関するいくつかの視点や論点を読み取り、今後の立論の参考にしたいと思う。以下に、「1」と「2」から、鶴見の言説の一部を紹介する。

(1)『教育再定義への試み』
教育は、連続する過程であり、相互にのりいれをする作業である。教える―教えられる、そだつ―そだてられるは、同時におこり、そして一回でおわるのでなく、その相互作用はつづいていく。(43ページ)

教育は、それぞれの文化の中で生き方をつたえるこころみである。それは、あたらしく生まれてくるものにとっては、まえからくらしている仲間をまねることからはじまる。(中略)教えようとおとながこころみるときに、相手の失敗、抵抗、逸脱などから、自分の生き方への思いなおしのいとぐちを見つけることがある。それが、教育が連続する過程であるということであり、教える―教えられるという相互的な過程であるということだ。(中略)
私の言いたいことは、今の日本は学校にとらわれすぎているということ。学校がなくても教育はおこなわれてきたし、これからもおこなわれるだろう。学校の番人である教師自身がそのことを心の底におけば、学校はいくらかは変わる。(45~46ページ)

たくさんのことをまなび(learn)、たくさんのことをまなびほぐす(unlearn)。それは型どおりのスウェーターをまず編み、次に、もう一度もとの毛糸にもどしてから、自分の体型の必要にあわせて編みなおすという状景を呼びさました。ヘレン・ケラーのように盲聾唖(もうろうあ)でなくとも、この問題は、学校にかよったものにとって、あてはまる。最後にはみずからのもうろくの中に編みこまなければならない。これがむずかしい。今の自分の自己教育の課題となる。(107~108ページ)

教師が教師であることによって、尊敬されるべきだと考えている教師は、教育をになう条件を現代では失っている。親が親であることによって、尊敬されなくてはならないという考えも、現代では考えなおす必要がある。
生徒の前に、自分自身をもっと前に出す方法を考えたらどうだろう。(131ページ)

死ぬことの準備までを自己教育とし、人間の絶滅までを見すえて自己教育の中にいれる。(中略)自己教育の道しるべ(こざかしく言えば、措定)を、終わりに書く。
一 くらしそのものは、くらしの意識より大きい。そしてもっと重大なものを含んでいる。私自身のくらしは、私の考えをこえる重さをもつ。
二 記録にのこるわずかの数の個人を越える偉大な個人が人間の総体にいる。人間の総体は、どんな偉大な個人より偉大である。
三 専門の思想家の仕事をこえる仕事が、専門の思想家外の人の仕事にはある。教育専門家以外の人たちによって大切な教育がこれまでになされてきたし、今もなされている。(186~187ページ)

「人は生きているかぎり、今をどう生きるかという問題をさけることができない。今生きているということが、問題をつくる」(132ページ)。鶴見にあっては、そういう人生のさまざまな問題に個々人が立ち向かうときに支えとなるのが、「教育」である。すなわち、教育は、学校教育に焦点化された狭いものではなく、一人ひとりの人間の「くらしそのもの」に関わる、生涯にわたる「自己教育」である。
鶴見は言う。教育(自己教育)は、それぞれの文化のなかで「生き方」を伝える試みであり、それは「まねる」ことから始まる。また、教育は、学んだことを解(ほぐ)す――「まなびほぐす」(ヘレン・ケラーの言葉)ことであり、解したものを自分の寸法に合わせて編みなおす営みである。それによって、教育の目的である「自分らしさ」(integrity)を構築することになる。その自分らしさとは、ひとつに纏められた「全体」(total)ではなく、そっくりそのままの「まるごと」(whole)を意味する(34~43ページ)。
要するに、教育は、「集団として型にはめこむ」(34ページ)ものではなく、従って教師(「教育専門家」)の専有物ではない。教育がもつ本来の姿は、すべての世代の人による教える―教えられるという相互行為のなかに、連続的に見出される。鶴見が説くところである。

(2)『誤解する権利』
学問および評論を商売にするようになってから、とうぜんに論争の中にまきこまれることになり、いかに多くの論争が、誤解の上になりたっているかに気がつかざるを得ない。(中略)
誤解する権利と逆に、誤解される権利というものがある。われわれは、自分たちの心情を直接的にみんなに手わたしすることはできないので、何らかの行動に託して手わたしするほかない。だが、この行動というのは、ずいぶんでこぼこした形のもので、見方によってちがう仕方で光を反射し、どんな動機をその行動の背後に想定するかによって、ぜんぜんちがった意味をもつ行動として映ずる。(中略)
誤解をとくという消極的な作業は、精神衛生的によくないばかりか、客観的に無益でもある。論争という活動がもともと誤解する権利の活発な行使を前提としている以上、むしろわれわれは、誤解される権利を十分に活用して、自分で考えて意味のあると思う行動をどんどんつみかさねてゆくべきではないか。日常のつきあいの世界でも、誤解される権利をもっと活発に行使してゆくほうが、からっとした空気をつくれるように思う。(239~240ページ)

住民参加型のまちづくりでは、住民相互の対話や意見交換が重要な役割を果たす。ときにはそれが、議論や論争に発展することがある。それは、住民個々人の意見や見解の相違を尊重し前提にする限り、至極当然のことであり、無益なことではない。
鶴見は、論争は「誤解する権利」と「誤解される権利」の行使である。「誤解をとく」ことは「客観的に無益」である、と言う。論争は、妥協点を見つけるものではなく、争点や立場の明確化とその認識の共有化を図ることによって新しい価値を創造することに意義がある。「誤解する権利」と「誤解される権利」を活発に行使することによって、自主的・自律的を思考や行動を促すことになる。「まちづくりと市民福祉教育」に関して、鶴見の言説に首肯するところである。

以上を要するに、(1)まちづくりの主体形成は、住民が相互に学び―学び合う過程であり、学んだことを解(ほぐ)し、編み直す過程である。(2)まちづくりのための議論や論争は、「誤解する権利」と「誤解される権利」を活発に行使することであり、それによって新しい価値を創造する。筆者が鶴見の言説を通して学んだポイントである。

ところで、唐突であるが、2015年9月19日未明、安全保障関連法が参議院本会議で可決・成立し、日本の立憲主義・民主主義・平和主義に大きな傷痕を残すことになった(注③)。「戦争をしない国」から「戦争ができる国」への転換である。この事態を鶴見はどのように評価し、どのように開陳したであろうか。それを読んだり学んだりすることはもはやかなわないが、いま、「1」の次の一節を思い出す。

私の息子が愛読している『生きることの意味』の著者高史明の息子岡真史が自殺した。
『生きることの意味』を読んだのは、私の息子が小学校四年生のときで、岡真史(一四歳)の自殺は、その後二年たって彼が小学校六年生くらいのときだったろう。彼は動揺して私のところに来て、
「おとうさん、自殺をしてもいいのか?」
とたずねた。私の答は、
「してもいい。二つのときにだ。戦争にひきだされて敵を殺せと命令された場合、敵を殺したくなかったら、自殺したらいい。君は男だから、女を強姦したくなったら、その前に首をくくって死んだらいい。」(170~171ページ)

注
① 本書は、その副題「日本映画を見る」から分かるように、「大衆映画の時評」を集成したものであり、「誤解する権利を使うことによって成りたっている」(241ページ)。
② 本書は、鶴見の対談集「鶴見俊輔座談」全10巻(晶文社)のうちの1巻である。対談者は、谷川俊太郎をはじめとする19名であるが、いずれも「学ぶ」ということを対談テーマにはしていない。ブックカバーの表紙裏書には、次のように記されている。「あたえられたものをそのままのみくだす人間になりたくない。つねに新しい自分のいまの状況のなかから考えていきたい。ああも言えるこうも言える、別の見かたがありうるというその揺れを大切にする。‥‥‥自分自身が何かを求めていることが大切なのであって、すでにそれを得たと思ってしまうのは、まずいんじゃないですか」。これが鶴見が言う「学ぶ」ということである。
また、鶴見は、本書の「あとがき」で次のように述べている。「書かないことが、書くことの中心にあり、話さないことが話の中心にある。書く当人自身が書けないことがのこり、話す当人が話せないことがのこるというだけでなく、書く当人が書かないと自分できめていることがあり、話す当人が話さないと自分できめていることがある」(441ページ)。含蓄のある言い回しである。「書いてないこと」「言わなかったこと」を心にとめるのが「学ぶ」ということなのだろう。それは、「行間」や「言外」の真意を読み取ることでもある。
③ 福澤諭吉は『学問のすすめ』で次のように述べている。付記しておきたい。
ダメな政府に対して取るべき手段
人民も政府もそれぞれの役割を果たして仲良くやっているときは申し分ないが、そうではなくなって、政府がその役割を逸脱して暴政を行うこともある。その場合、人民がとるべき行動は以下の三つのみである。
すなわち、信念を曲げて政府にしたがうか、力をもって政府に敵対するか、身を犠牲にして正義を守るか、この三か条だ。
第一の「信念を曲げて政府にしたがう」のは、たいへんよくない。
天の正しい道理にしたがうのは、人たる者の仕事である。なのに、その信念を曲げて、政府が作った人造の悪法にしたがうというのは、人たるものの仕事を放棄したことになる。
さらに、一度信念を曲げて、不正の法にしたがったならば、後世の子孫に悪い例を残し、天下に悪い習慣を広めることになる。(中略)
第二に「力をもって政府に敵対する」のは、もちろん一人の力でできることではない。必ず仲間が必要になる。これがすなわち内乱である。これは決して上策とは言えない。
現に戦いを挑んで政府に敵対するときは、物事の道理はしばらく放っておかれ、ただ力の争いになる。(中略)
第三の「身を犠牲にして正義を守る」とは、天の道理を信じて疑わず、いかなるひどい政治のもとで、どんなに過酷な法で苦しめられようとも、その苦痛に耐え、くじけずに志を持ち、何の武器をも持たず、少しの暴力も使わず、ただ、正しい道理を唱えて政府に訴えることである。以上、三つの策の内、この第三の策をもって上策の上とする。(福澤諭吉/齋藤孝訳『現代語訳 学問のすすめ』筑摩書房(ちくま新書)、2009年2月、96~98ページ)。

付記
鶴見の『学ぶとは何だろうか』と同じようなタイトルの本に、第27代東京大学総長を務めた政治学者の佐々木毅のエッセイ『学ぶとはどういうことか』(講談社、2012年3月)がある。佐々木は、「学ぶ」ということは、一定の時間と空間のなかで行われる人間の活動である。人間は「学び続ける動物」であり、「学びは人生と歴史の構成要素」である、と捉える。そして、「学びの4段階」ついて説いている。第1段階:事実ないし確実とされている知識や情報を「知る」こと、記憶すること。第2段階:知識や情報の内容を「理解する」こと。第3段階:事実や事実の関係とされている知識や情報を「疑う」こと。第4段階:既存の知識や情報を「超える」こと、がそれである(79~106ページ)。あえて付記しておくことにする。

『1984年』と『茶色の朝』、そして “いま”―読後メモ―

タイトルは文章の顔である。タイトルを効果的なものにするためには、文章の内容を正確かつ簡潔に表現するとともに、現実性や普遍性、そして訴求性の高い用語を使うことが重要となる。『1984年』と『茶色の朝』は、今回再読した本のタイトルである。

『1984年』(高橋和久訳、早川書房、2009年7月)は、イギリスの作家ジョージ・オーウェルの小説である。「情熱と暴力と絶望」(トマス・ピンチョン「解説」507ページ)に満ちた小説であり、読み進めると“緊張と憂鬱と恐怖”が襲う。
この小説の舞台は、主人公のウィンストン・スミスが住む「3強国」のひとつ、オセアニアである。その「党」は、3つのスローガン「戦争は平和なり/自由は隷従なり/無知は力なり」を掲げている。
「戦争は平和なり」(war is peace)は、戦争はその継続化によって存在しなくなる(見せかけの平和)。「真の恒久平和とは、永遠の戦争状態と同じ」(307ページ)である、という意味である。「自由は隷属なり」(freedom is slavery)は、権力に隷属(屈従)すれば、思想・良心に従って行動する真の自由ではなく、監視下の自由(錯覚の自由)が保障される。「隷属は自由なり」(409ページ)、という意味である。「無知は力なり」(ignorance is strength)は、知識のない思考は空虚であり、思考のない知識は盲目である。従属(服従)は思考停止と洗脳によって実行される。「階級社会は、貧困と無知を基盤にしない限り、成立しえない」(293ページ)、という意味である。
いまひとつ注目しておきたい党のスローガンに、「過去をコントロールするものは未来をコントロールし、現在をコントロールするものは過去をコントロールする」(56ページ)というのがある。過去は記録と記憶のなかに存在するが、権力者は歴史を書き換え捏造(ねつぞう)する、という意味である。

『茶色の朝』(藤本一勇訳、大月書店、2003年12月)は、フランスとブルガリアの二重国籍をもつ心理学者フランク・パヴロフによって書かれた寓話である。これは、ファシズムや全体主義を批判した小さな物語であり、「私たちのだれもがもっている怠慢、臆病、自己保身、他者への無関心といった日常的な態度の積み重ねが、ファシズムや全体主義を成立させる重要な要因であることを、じつにみごとに描きだして」(高橋哲哉「メッセージ」41ページ)いる。
この寓話に登場する俺と友人のシャルリーが住む国では、犬や猫をはじめすべてのもの、朝までもが「茶色」でなければその存在が許されなくなっていく。「茶色」はナチスや極右の人びとを連想させる色である(高橋「同上」35ページ)。俺は言う。
それから俺たちはテレビをつけた。/そのあいだ、/茶色の動物たちは横目でおたがいの様子をうかがっていた。/どちらのチームが勝ったかもう覚えていないが、/すごく快適な時間だったし、すっかり安心していた。/まるで、街の流れに逆らわないでいさえすれば/安心が得られて、面倒にまきこまれることもなく、/生活も簡単になるかのようだった。/茶色に守られた安心、それも悪くない。(14ページ)
ひと晩じゅう眠れなかった。/茶色党のやつらが/最初のペット特別措置法を課してきやがったときから、/警戒すべきだったんだ。/けっきょく、俺の猫は俺のものだったんだ。/シャルリーの犬がシャルリーのものだったように。/いやだと言うべきだったんだ。/抵抗すべきだったんだ。/でも、どうやって?(28ページ)

そして“いま”、日本は確実に、オセアニアの「党」のスローガンや「茶色党」の政治とは無縁ではない状況、すなわちファシズムや全体主義国家への道を歩んでいる。例えば、国旗掲揚と国歌斉唱の強制(国旗国歌法:1999年8月施行)、有事体制づくりと国民への戦争協力の強要(国民保護法:2004年9月施行)、道徳教育と愛国心教育の推進(新教育基本法:2006年12月施行)、情報公開の抑制と国民の知る権利の侵害(特定秘密保護法:2014年12月施行)、個人情報の一元管理と国民監視の強化(マイナンバー法:2015年10月施行)、そして平和主義の空洞化と「戦争ができる国」への転換(安全保障関連法案:2015年7月衆議院本会議可決)、などがそれである。とりわけ最近では、立憲主義(憲法によって国家権力を制限し、国民の人権を保障する思想)が否定され、議会制民主主義や熟議民主主義が危機に瀕している。日本の政治の劣化であり、国家の疲弊である。

『1984年』と『茶色の朝』は、ウィンストンと俺の“いま”の心情を表した次の一節で終わる。悲しみと恐怖、そして怒りが込みあげてくる。
万事これでいいのだ。闘いは終わった。彼は自分に対して勝利を収めたのだ。彼は今、<ビッグ・ブラザー>を愛していた。(463ページ)
だれかかドアをたたいている。/こんな朝早くなんて初めてだ。/‥‥‥/陽はまだ昇っていない。/外は茶色。/そんなに強くたたくのはやめてくれ。/いま行くから。(29ページ)

上記の高橋が『茶色の朝』に寄せるメッセージは、「やり過ごさないこと、考えつづけること」である。唐突ながらそれは、“まちづくり”についても言える。それは、それぞれの地域や住民に求められる、主体的で自律的な姿勢や態度、行動である。言い換えれば、地域・社会における歴史的・社会的事象の存在に気づかないふりをせず、それを常に意識し、自分たちの知識と思考で対応することである。そこでは、地域主権や住民(市民)主権の観点が重要となり、「上から目線」で“地方創生”を図ろうとする権力者は不要となる。深く心に刻みたい。

“土の人” として地元に学び、地域を創る:教育再生やアクティブ・ラーニングへの思い―資料紹介―

筆者(阪野)は、去る7月31日、富山県社協主催の「平成27年度富山県福祉教育セミナー」に参加する機会に恵まれた。セミナーの前半では、(1)砺波市福祉センター北部苑の「施設の現況と地域との交流」、(2)富山県立南砺福野高校(福祉科)の「地域と繋がるボランティア」、(3)小矢部市社協の「小矢部市社協における福祉教育推進に関する取り組み」について、実践報告がなされた。各報告における鍵となる項目や考え方は、(1)「信頼と熱意により地域が繋がる!/地域が有機的に結ばれる!」、(2)「地域での活動は必要/高校生も、地域の住民の一人として人と関わり、地域づくりに貢献できる」、(3)「福祉教育サポーター養成確保モデル事業(小矢部方式)の取り組み/福祉教育サポーターの選出と養成講座の実施」、などであった。後半では、その報告を受けて、「各取り組みからこれからのヒントを探る」というテーマのもとでシンポジウムが行われた。
筆者は、それぞれから多くの気づきと学びを得ることができた。とりわけ、次のような事柄について思いを致すことができたのは有意義であった。「地元学」(「水俣地元学」)の提唱者である吉本哲郎の言説、文部科学省において小・中・高校への導入が検討されている「アクティブ・ラーニング」と呼ばれる学習・指導方法、そして富山県社協や小矢部市社協などにおける「福祉教育サポーター」養成カリキュラムの研究開発、などがそれである。本稿では、それらの関連資料(論点や言説)の一部を紹介することにする。

(1)吉本哲郎『地元学をはじめよう』岩波書店(岩波ジュニア新書)2008年11月
地元学の目的は、自分たちで(地元に:阪野)あるものを調べ、考え、あるものを新しく組み合わせる力を身につけて(町や村の:阪野)元気をつくることです。(22ページ)

地元の人たちによる地元学を「土の地元学」とします。これが地元学の基本となります。
地域の風土と暮らしは、外的要因、内的要因による変化をつねに受けています。その変化を適正に受けとめ、地元になじませていくのは、当事者であるそこに住む人たちです。(中略)
地元学はあるものを探すことからはじまります。そのときに、地元の人(「土の人」:吉本)たちだけではひとりよがりになってしまうので、外の人(「風の人」:吉本)たちといっしょにやっていくことが必要です。
地域のもっている力、人のもっている力を引き出すことが、外の人たちの役割です。(中略)この外の人たちによる地元学を「風の地元学」といいます。(36~37ページ)

地元学は、ないものねだりはしません。あるものを探し、それを磨いたりして価値のあるものにしていきます。その第一歩は、地元を調べることです。地元の風土や暮らしに「あるもの」(地域情報:阪野)を探していくのです。あるものとは「あるもの、あること、人」のことをまとめて言っています。(38ページ)

地元学は、調べる・考える・まとめる・つくる・役立てる、と言う順にすすめられます。(35~80ページ)
つくる・役立てるのは、ものづくり、地域づくり、生活づくりの三つの分野です。
ものづくりは、地域資源を活用して、草木染め、木工品、野の幸の加工品などをつくります。
地域づくりは、つぎのようなステップを踏んでいきます。①これまでを読む、②変化の風を読む、③これからを読む、④手をうつ。
生活づくりは、地域の素材を使ったり、遊んだりして、地域の暮らしを楽しんでいくことです。でも、生活づくりでだいじなことは家族づくりです。(65~66ページから抜き書き)

「地元学」は、単にその地域(地元)の自然や歴史、文化、産業などについて学問的に調査・考察するものではない。それは、地域の暮らしのなかにあるモノを探し、それを如何に使いこなすかを考え、新たな地域ブランド(「あるもの、あること、人」)を創造・開発するものである。換言すれば、地域づくりのための「実践や運動としての地元学」である。
地元学の主役は、子どもをはじめ高齢者や障がい者、外国籍住民などを含めた、そこに暮らす全ての「土の人」である。その人たちが、「共生・協働(共働)」の理念のもとに、「風の人」の視点や支援を得ながら、歴史・文化・風土に裏打ちされた新たな地域づくりに主体的・能動的・自律的に関わることが肝要となる。それゆえにまた、民俗学や福祉(学)の視点から地域づくりやそのための人づくりについて追究することが求められることになる。
この点に関して、岡村重夫の「民俗としての福祉」概念をめぐる言説を思い起こす。「われわれは老人福祉の法制を語るまえに、老人福祉の習俗を知らねばならず、さらにこの習俗を発展させるための道徳教育について考慮をめぐらせねばならない」と述べ、「老人福祉の民俗学」の必要性を説くのがそれである(岡村重夫「新隠居論序説」『社会福祉論集』第17・18号「生活福祉の諸問題」、大阪市立大学生活科学部社会福祉研究会、1979年3月、157ページ。注①)。岡村が思い描いた「老人福祉の民俗学」の内容については不明であるが、そこには地域・住民の「習俗」(習慣化された生活様式)と社会福祉の関係や教育(「徳教」)の問題が提起されている(柴田周二「宮本常一の民俗学(一)―慣習と人格形成―」『京都光華女子大学研究紀要』第43号、京都光華女子大学、2005年12月、41~42ページ)。それに付言すれば、地域づくり(まちづくり)研究においては、例えば「福祉の民俗学」や「地域づくりの教育学」の構造化や体系化の推進を図ることが求められよう。その課題の追究に際しては、戦前・戦後の郷土教育や生活綴方教育、社会科教育などの歴史的評価や現代的解釈について十分に留意する必要があることは多言を要しない。

(2)中央教育審議会「アクティブ・ラーニングに関する答申」2012年8月
生涯にわたって学び続ける力、主体的に考える力を持った人材は、学生からみて受動的な教育の場では育成することができない。従来のような知識の伝達・注入を中心とした授業から、教員と学生が意思疎通を図りつつ、一緒になって切磋琢磨し、相互に刺激を与えながら知的に成長する場を創り、学生が主体的に問題を発見し解を見いだしていく能動的学修(アクティブ・ラーニング)への転換が必要である。すなわち個々の学生の認知的、倫理的、社会的能力を引き出し、それを鍛えるディスカッションやディベートといった双方向の講義、演習、実験、実習や実技等を中心とした授業への転換によって、学生の主体的な学修を促す質の高い学士課程教育を進めることが求められる。学生は主体的な学修の体験を重ねてこそ、生涯学び続ける力を修得できるのである。(中央教育審議会答申「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて―生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ―」2012年8月28日、9ページ)

「アクティブ・ラーニング」(active learning、能動的学習)は、上記の2012年8月の中央教育審議会答申(「質的転換答申」)にその用語が登場し、それ以降、大学の学士課程教育への導入・展開が図られている教授・学習方法である。その導入・展開の背景には、知識を使って主体的に考え、行動できるグローバル人材の育成・確保を必要とする経済界からの要請がある。また、大学を取り巻く経営環境の変化や学生の資質・能力の低下などの教育現場の実態がある。
アクティブ・ラーニングの概念は包括的であり、多様な名称(「学生参加型授業」「協調・協同学習」等)が用いられる。そういうなかで、「質的転換答申」では次のように解説されている。「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である」(同答申「用語集」)。
大学の学士課程教育の「質的転換」は、古典的で受動的な「学修」から主体的・能動的な学修への転換である。そのための教授・学習方法のひとつがアクティブ・ラーニングである。しかし、それは、必ずしも言われるほどの新味性を有するものではない。また、総合的・包括的な概念であるがゆえにか、その整理や構成要素の検討が不十分なままである。その計画・実施・評価のプロセスの進め方、とりわけ評価の観点や方法も曖昧である。何よりも、学士課程教育の教育内容・方法の改善を抽象的に説くにとどまり、学修時間そのものの質量ともにわたる増加・確保策についての言及がない。いずれにしろ、学士課程教育の改善・充実(質的転換)を図るためには、教育方法のひとつであるアクティブ・ラーニングをいかに教育課程のなかに位置づけ、その機能を十全に働かせるか。大学内外の学修支援や協働(共働)の体制をいかに整備・強化するか、などが問われることになる。その点への追究を欠くと、アクティブ・ラーニングはいっときの流行や奇をてらった単なる「用語」に終わることになる。

(3)中央教育審議会「アクティブ・ラーニングに関する諮問」2014年11月
新しい時代に必要となる資質・能力の育成に関する(中略)取組に共通しているのは、ある事柄に関する知識の伝達だけに偏らず、学ぶことと社会とのつながりをより意識した教育を行い、子供たちがそうした教育のプロセスを通じて、基礎的な知識・技能を習得するとともに、実社会や実生活の中でそれらを活用しながら、自ら課題を発見し、その解決に向けて主体的・協働的に探究し、学びの成果等を表現し、更に実践に生かしていけるようにすることが重要であるという視点です。
そのために必要な力を子供たちに育むためには、「何を教えるか」という知識の質や量の改善はもちろんのこと、「どのように学ぶか」という、学びの質や深まりを重視することが必要であり、課題の発見と解決に向けて主体的・協働的に学ぶ学習(いわゆる「アクティブ・ラーニング」)や、そのための指導の方法等を充実させていく必要があります。こうした学習・指導方法は、知識・技能を定着させる上でも、また、子供たちの学習意欲を高める上でも効果的であることが、これまでの実践の成果から指摘されています。
また、こうした学習・指導方法の改革と併せて、学びの成果として「どのような力が身に付いたか」に関する学習評価の在り方についても、同様の視点から改善を図る必要があると考えられます。(中央教育審議会諮問「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について」2014年11月20日)

アクティブ・ラーニングの学習・指導方法についての検討が、2020年度(小学校)から順次実施される次期学習指導要領の改訂作業のなかでも進められている。その際の改訂の視点は、学校教育の重点を「何を教えるか」から「どのように学ぶか」へと転換することである。また、学習の成果として「どのような力が身に付いたか」を評価することである。しかし、それは、小・中・高校ではすでに「総合的な学習の時間」における学習方法や、各教科・領域における「言語活動の充実」を図る学習指導として取り組まれているものでもある。
いま、なぜ、新たに「アクティブ・ラーニング」(「課題の発見と解決に向けて主体的・協働的に学ぶ学習」)なのか。学校教育において「生きる力」(1996年7月の中央教育審議会答申)から「確かな学力」(2003年10月の同答申)、そして「道徳力」(道徳の「特別の教科」化、2014年10月の同答申)へと路線変更が進むなかで、その真のねらいや本質を見極める必要があろう。アクティブ・ラーニングでは、児童・生徒の主体性、能動性、活動性、協働性などの育成が重視される。アクティブ・ラーニングの導入は「生きる力」の育成強化策であるとも評される。この点については、教育改革の切り札として2002年度から完全実施された「総合的な学習の時間」における学習活動は低調であり、「這い回る経験主義」という批判にさらされた(さらされている)ことに留意したい。また、アクティブ・ラーニング(学習・指導方法)の画一的な推進は、教育現場の自立性や創造性が損なわれ、学校教育の「改革」や活性化には繋がらない危険性があることを付記しておきたい。

(4)阪野貢「富山県福祉教育サポーター養成カリキュラム(私案)」2015年4月
① オリエンテーション(サポーター養成研修の意義理解、仲間づくり)
② わが“まち”の歴史と文化を学び、個性と魅力を再発見する
③ 子どもと保護者の生活実態を把握し、学校教育をめぐる問題を考える
④ 自律と協働の共生社会を構想し、生涯学習とそのあり方を考える
⑤ 福祉教育のあゆみと現状を理解し、問題点と今後の方向性を探る
⑥ 住民主権・住民自治の認識を深め、福祉によるまちづくりを考える
⑦ コーディネーションとファシリテーションの考え方と展開方法を学ぶ
⑧ フィールドワーク(1)―福祉関係の施設・機関の見学と交流活動―
⑨ フィールドワーク(2)―教育関係の施設・機関の見学と交流活動―
⑩ 選択科目(1)―福祉文化とまちづくに―
⑪ 選択科目(2)―教育文化とまちづくり―
⑫ 福祉ネットワークの現状を理解し、福祉によるまちづくりを展望する
⑬ 学習の総括と今後の取り組み(学習発表)

富山県社協では、2014年度から小矢部市、上市町、入善町の各市町社協をモデル地区指定し、「福祉教育サポーター」の確保とそのための養成カリキュラムの研究開発を進めている。その経緯については、本ブログ(市民福祉教育研究所)に所収の「富山県における福祉教育の取り組みの経緯と今後の方向性」(2013年8月20日投稿)を参照されたい。
上記の項目は、養成カリキュラムのねらいや内容を「私案(素々案)」として示したものである。各市町社協では、地元住民が主体となって、その地域ならではのカリキュラムの編成・実施について協議している。今後は、学習目標の設定をはじめ、学習のテーマや内容・方法、学習の時間や場所、協働・支援体制などについての具体的な検討が必要となる。その際、学習者(福祉教育サポーター)の学習への興味・関心・意欲を引き出すとともに、学習内容の生活性や地域性を考慮し、学習成果の実践化や日常化を図ることなどが肝要となる。
なお、福祉教育サポーターとは、「① 福祉や教育、そしてまちづくりに関心のある多くの人が、② 地元や職場での日々の生活や活動などで得た知識や経験を、③ さらに確かで豊かなものにするために学習(研修)を行い、④ それによって自分や自分たちの能力と地元の魅力を再発見し、⑤ 求められる見識(判断力、考え方)と企画・実践力(福祉力、教育力)、そして意欲(情熱、向上心)を活かし、⑥ 何よりも自信と誠意と信念をもって、⑦ 行政をはじめ学校や社会福祉協議会(以下、社協)、社会福祉施設、公民館、NPО、自治会・町内会、企業などが行う、地元ならではの、新しいまちづくりとそのための「福祉教育」の事業・活動を支援する人をいう」。また、福祉教育サポーターは、「高校生以上の地元住民をはじめ、ボランティアやボランティアサポーター、NPО職員、民生委員・児童委員、福祉推進委員、地域(福祉)活動者、とりわけ団塊世代や高齢者・障がい者」などから選任され、「地区社協に若干名配置し、活動の場は主として地元の小学校区」である(富山県社協「『福祉教育サポーター』養成確保事業要綱」2013年8月1日)。福祉教育サポーター制度の要点のひとつは、サポーターを属人的に捉えるのではなく、個々の地元住民の属性や地元との関係性などに留意しながら、サポーターとしての機能や役割、活動のプロセスを重視するところにある。しかも、福祉によるまちづくりの観点に立ったそれである。

筆者は、8月3日から5日の3日間、福井県立大学大学院の集中講義に出講し、院生と「市民福祉教育」について対話・議論した。ひとりの院生は、軽度の認知症を抱える一人暮らしの母親を毎日のように訪ね、近所の住民の理解や支援を得ながら介護を続ける60歳代の男性であった。氏のテーマは、厚生労働省が2015年1月に策定した「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」を素材に、「認知症への理解を深めるための普及・啓発」や「認知症の人を含む高齢者にやさしい地域づくり」などの推進方策について福祉教育の視点・視座から実証的・実践的に研究しようとするものである。大学院修了後は、その研究成果を踏まえて、地域づくりの市民活動に取り組みたい、という。前述の、ボランティア活動を通じて地域と繋がる南砺福野高校(福祉科)の生徒たちの自信に満ちた実践報告とともに、院生の研究意欲と姿勢には頭が下がる思いであった。
ところで、周知の通り、2015年4月1日から、新教育委員会制度がスタートした。内容的には、教育委員長と教育長を一本化した新「教育長」が首長によって直接任命され、新教育長の権限強化と国の意向の教育行政への反映が図られることになった。それは、教育(教育行政)の政治的中立性と継続性・安定性を損なうものである。また、4月6日に、文部科学省が中学校の社会科教科書の検定結果を公表した。それによって、教科書検定は政府の歴史認識や見解を尊重・宣伝するものであることがより明らかにされた。そしてまた、安全保障関連法案をめぐって、政府・自民党議員による不適切な発言が続いた。「考えないといけないのは、我が国を守るために必要な措置かどうかで、法的安定性は関係ない。我が国を守るために必要なことを、日本国憲法がダメだと言うことはありえない」(磯崎陽輔、7月26日)、「SEALDs(注②)という学生集団が自由と民主主義のために行動すると言って、国会前でマイクを持ち演説をしてるが、彼ら彼女らの主張は『だって戦争に行きたくないじゃん』という自分中心、極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義がここまで蔓延したのは戦後教育のせいだろうと思うが、非常に残念だ」(武藤貴也、7月30日。注③)がそれである。政治家の劣化であり、民主主義の空洞化である。
こうした国による教育への不当な介入と管理統制の強化、国会議員による傲岸不遜(ごうがんふそん)な発言や反知性主義の態度こそが、「戦後教育のせいだろう」。前述の高校生や地域住民たちは、“土の人” として、地べたを這いずり回って、コツコツと真摯に地域づくりや教育づくに取り組んでいる。それは、集権的で上からの「地方創生」や「教育再生」とは違う、地域に根ざした“地元学” の確かで豊かな実践である。

注
① この論考で岡村重夫は、穂積陳重がその著『隠居論』(有斐閣、1915年3月)で説く「老人処遇論としての隠居論」について紹介・検討している。「老人福祉の民俗学の必要性」を指摘する直前の、岡村の次の一文を紹介しておくことにする。
今日の多くの老人処遇論は、「優老の法制」ないしは「優老の社会政策」を論ずるのに急にして、それに先だって優老の習俗や徳教や体制のあることを無視ないし軽視しているのではないか。わが老人福祉法は、いとも簡単に「敬老の日」を法律で制定したけれども、それに先だつ敬老の習俗、徳教、体制についてどれだけの対策を講じてきたか。(157ページ)
② SEALDs(シールズ)は、Students Emergency Action for Liberal Democracy – s の略称である。
③ 武藤貴也の言説に次のようなものがある。それに関する中学校教科書の記述は以下の通りである。
日本の全ての教科書に、日本国憲法の「三大原理」というものが取り上げられ、全ての子どもに教育されている。その「三大原理」とは言わずと知れた「国民主権・基本的人権の尊重・平和主義」である。
戦後の日本はこの三大原理を疑うことなく「至高のもの」として崇めてきた。しかしそうした思想を掲げ社会がどんどん荒廃していくのであるから、そろそろ疑ってみなければならない。むしろ私はこの三つとも日本精神を破壊するものであり、大きな問題を孕んだ思想だと考えている。
(武藤貴也「日本国憲法によって破壊された日本人的価値観」2012年7月23日)

国の政治のしくみの根本を定める法が憲法です。憲法は、政府の権力を制限して国民の人権を保障するという立憲主義の思想にもとづいて、政治権力の乱用を防いで、国民の自由や権利を守ります。立憲主義の考えは、政治が人の支配によってではなく、法によって行われることを要求する法の支配の思想とほぼ同じものです。(中略)
国民主権、平和主義、基本的人権の尊重は、日本国憲法の三つの基本原理です。
(『新しい社会 公民』<中学校社会科用教科書>東京書籍、2012年2月、36~37ページ)

大友信勝「『戦後70年』と安保法案」(2015年7月)―資料紹介―

筆者(阪野)は、大友信勝先生から、短い期間ではありましたが直接的・対面的に多くを学ばせていただきました。それは、真に幸運なことでした。あるヒトとコトに対して、一緒に闘ったことも忘れられません。(傲慢・狡猾で真摯さに欠ける反知性主義者との対峙は、そのヒトが哀れで、悲しいものでした。)
その大友先生から本日(7月18日)、以下のような「メッセージ」が届きました。そしてコメントもいただきました。恐縮至極です。ただただ頭が下がります。

少しでも、安保法案について危機感を共有できることを願って、締め切りの過ぎた原稿をわきに置いて「今書かなければ」と一気にかいたものです。「蟻の一穴」といいますが、治安維持法は数次の改正で民主主義の息の根までとめ、反対できないようにして、大政翼賛会をつくり、ひとびとを戦場に送りました。今やるべきことは戦争の準備ではありません。国際的に、紛争の原因となっている「格差と貧困」を解決し、途上国のすべての子どもたちや若者に教育と就労の場を保障していくことこそやるべきことです。人権と生命は、アメリカも日本も途上国も同じ重さです。日本の軍事費を増やし、軍事関連産業を大きくし、教育を統制し、思想・言論を引き締め、福祉を切り下げ、地球の裏側でも戦争できるというシナリオを阻止したいという一念で書きました。平和で国際貢献すべきです。

戦後70年と安保法案
安保法案が2015年7月15日、衆院特別委員会で自公による強行採決、7月16日、本会議採決と国民の声に背を向けたまま、「60日ルール」を目指して暴走しています。9月中旬までに参議院で議決されなくても、衆議院で再議決できるからです。自公の暴挙を国民がゆるし、すぐ忘れると思っているのでしょうか。
私は、安保法案反対の「学者・文化人」、「9条の会」等に加わり、意思表示を明確にしてきました。憲法解釈変更を1内閣が、1回の審議で関連法案10件の一括改正を伴い、ひとりの首相の独断で、しかも集団的自衛権行使という戦争への道を、憲法第9条を突き崩す一方的解釈変更として強行採決していく姿に危機感を抱いています。日本は、民主主義からファシズムへの変質に入ろうとしているかのようです。自民党のハト派は飛び去って、いつの間にか良識的な保守から超右寄りへ衣替えしていることにも驚きます。その自民党を「平和の党」を自称する公明党が国民の合意形成を目指す「熟議」を置き去りにし、強行採決を担い、補完し、関係者からたしなめる声もなく粛々と従っていることにも驚きを禁じえません。
現行憲法で集団的自衛権が行使できるかどうかという憲法解釈がキーワードであり、憲法学の解釈を謙虚に聞くべきです。首相の独断に耳触りの良い側近と同調者を集め、国際情勢が変化していることを理由に、戦後体制からの歴史的脱却を図ろうとしています。
「昭和の時代」、日本がアジアの国々に、世界に何をしたのか。あの大戦を二度と繰り返してはなりません。私は戦時下に生まれましたが戦争の記憶はありません。しかし、戦後の義務教育を生活綴り方(北方性教育運動)を理由に治安維持法で投獄されていた先生方から受けました。大学に入り、東大セツルメントで治安維持法違反により、6回逮捕・投獄された先生から「社会福祉総論」を学びました。何を学び、次の世代に何を伝えるのか。その役割を自覚的に自らの使命とすべきであろうと考えています。
現代史は米騒動(1918年)から始まります。普通選挙の実施と共に治安維持法(1925年)が国会を通過します。以後、治安維持法は数次の改正を繰り返し、思想・言論・結社等を取り締まり、最後は民主主義のすべてを圧殺し、大政翼賛の体制に入ります。
「昭和の時代」、複雑な社会的背景がありますが直接的にみると「満州事変」(1933年)が引き金です。世界大恐慌(1929年)による不況に対して満州(中国東北部)を「生命線」として権益確保を図った軍部の独走から始まります。兵力不足を開拓青少年義勇軍、農村不況から分村移民の奨励で行い、国策に従った人たちが敗戦時に取り残され、多くの人たちが生命を落とします。「日中戦争」(1937年)が短期決戦といいながら多くの戦死者をだし、泥沼に入り、戦線を広げ、長期化し、これが全面戦争へと進み、「太平洋戦争」(1941年)に入ります。国力の違うアメリカに「短期決戦」を挑みますが長期化し、最後は和平工作も進まず犠牲を拡大します。誰も、どこも戦争の責任を取ることなく敗戦を迎えます。
日中戦争から敗戦まで、軍人・軍属の死者、約230万人、そのうち、60%が餓死者だったという研究があります。無謀な戦線拡大で補給がなく、玉砕を命じたからです。サイパン島陥落(1944年7月)で日本軍の敗戦は決定的になります。それからの犠牲が圧倒的に増えますが敗戦を認めようとはしません。サイパン島陥落から、沖縄の地上戦、戦死者約20万人、うち、沖縄県民約94000人、沖縄出身の軍人・属約28000人、その後に本土に移り、東京大空襲で10万人、その他の都市での空襲で50万人、原爆で広島、14万人、長崎で7万人、満州は開拓民22万3千人のうち、帰国できたのは14万人、満州でも最初に逃げたのは軍隊、沖縄戦でも軍隊は民間人を守りませんでした。これだけではありません。当時、植民地だった朝鮮半島からの強制連行、従軍慰安婦、そして、戦場と化した東アジア、東南アジア、太平洋諸島で何千万人という、どれほど多くの現地の罪のない人々を巻き込み、その人権を蹂躙し、生命を奪ったことか。
戦争とは何か。水木しげるは「お国のために、といわれて考えること許されぬ時代、土色一色に塗られて死場へ送られる時代だ。人を一塊の土くれにする時代だ」と出征前の日記に書いています。森村誠一は「状況が70年前と似てきていると思います。怖いのは戦争体験者がどんどん減っていることですね。戦争では敵国だけが敵ではなくて戦場に引っ張りだす前に国民を殺す。国家によって個人の人生が破壊されてしまうんです」と「言論、思想、表現の自由」が縛られることを問題にしています。自民党の勉強会は「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番」、「沖縄の二つの新聞社を絶対つぶさなあかん」と言っています。「学問の自由」に対して、首相は国立大学の入学式・卒業式で国旗掲揚、国歌斉唱を「実施すべきだ」といい、文科相も追認しています。教育への不当な介入が始まっています。
「外国人記者」の目は、マスコミの「政権批判が減った」、「損するのは市民」と政権与党の報道規制を取り上げ、すでにマスコミの権力批判の自粛が始まったと見抜いています。本年3月、ドイツのメルケル首相が訪日しました。講演会が象徴的でした。マスコミ各社から選んだのは「朝日新聞社」の招待を受ける形での講演です。講演は、歴史認識で「過去と向き合う」ことを強調し、原発について「脱原発は福島がきっかけ」と発言しました。暗に、日本の歴史認識、原発政策への批判が込められていました。第二次世界大戦の敗戦国で、日本とドイツの違いに目を見張りました。なぜなのか、を印象付けられました。
誰のための、何のための戦争なのか。国民の生命と財産を守るというが、沖縄で、満州で民衆を巻き添えにしたが守ることはしなかった。途上国に貧困と失業を作り、不安定な世界情勢を改善しないで、戦争により、先進国が紛争地帯を軍事力で屈服させて平和が来るであろうか。憎しみと復讐を増幅させ、悪循環をつくるだけではないか。政権与党の歴史認識が妥当だとは思えない。そもそも美しい戦争はありようはずがない。仮想敵国を攻撃して、国民を守るという発想は成立しない。広島、長崎の原爆、沖縄戦の地上戦、これを学ばず、また繰り返すというのであろうか。本当に、国民を守る戦争があるというのなら、強行採決ではなく、十分な時間をとり、丁寧な説明を行い、国民に信を問う総選挙を行うべきであろう。首相自らが「国民の理解が十分でない」と認める法案をなぜ、強行突破するのでしょうか。憲法第9条を変えるのであれば、解釈改憲という姑息な手段ではなく、国民の合意形成を図る手続きを取るべきであろう。憲法という一国のよって立つ指針を根本的に変える手続きを1内閣の独断でやるというのは傲慢であり、暴挙というしかないであろう。
社会福祉学は、社会的に最も困難な方々の暮らしと人権、尊厳を支えていく学問である。平和的で対等・平等な関係の中で合意形成と同意を得て取り組んでいく手続きの民主主義が生命線の学問です。ソーシャルワークはエンパワーメントを重視しており、権力による思想、表現の統制、拘束とは無縁です。権力者が口当たりのいい人、すり寄ってくる人々だけ集め、異質を排除すれば、それは独裁の始まりであり、ファシズムへの道となるでしょう。首相は、一国を左右する権限を持っていることへの謙虚さが必要であり、合意形成への限りをつくし、生命と尊厳を自国だけではなく、他の国々に対しても同様に大事にする見識が求められて当然でしょう。歴史と向き合うこととは、憲法第9条を抱くことになった真の戦争責任への自覚と反省だろうと考えます。それが第13条や第25条とつながる「大砲より人」を大事にする思想と理念というべきです。
戦後70年、私たちは歴史の転換期に立っています。権力の横暴に立ち向かい、歴史のターニングポイントをしぶしぶ見過ごし、結果として黙認するのではなく、声を上げ、手を広げ、次の世代、そしてさらに続く次の世代に「平和」を引き継げるようにしていくことではないでしょうか。東アジアの人々、先の戦争で人権と生命を奪った国々の人々に対して、不戦を誓うことではないでしょうか。民主主義と平和を求める声を権力で圧殺し、思想・言論・出版の自由を奪うことにつながる道へ逆戻りさせてはならないと危機感を抱きながら、声を上げるのは今だと考えています。東アジアとの学術的な民間交流につとめ、未来志向の関係を築いていくことから始めようではないか、と考え、ささやかなメッセージを送ります。
2015年7月17日/大友信勝

わら縄―「戦争はむごいものです」―

母が白寿の祝いを前に逝きました。父は国によって殺されました。

父は、3度目の出征を控えて、手足の爪を切って残すことにしました。幼い私には、その意味を理解することはできなかったはずです。

でも、いよいよ父が家を後にするとき、私は、“わら縄“ を張って庭先の門をとざし、「父ちゃん、行かないで!」と泣き叫んだそうです。

戦争に負ける前の冬、軍の司令部に出かけた母が、白い布に包まれた小さな木箱を首から下げて帰ってきました。その木箱にはほんのわずかな爪が入っていました。

母は、がむしゃらに働きました。私も、学校を卒業する前から、母と一緒に泥田に入りました。父が残していった田んぼを守るためにです。

母は、私たちを厳しく育てました。世間の偏見に堪えました。あんなにも強く生きる母の姿をみることは、息子として悲しく、辛いことでした。

母の最期のことばは、「ありがとう。ありがとう。やっとお父さんに会える!」でした。死の間際、頬に一筋の涙が伝わりました。母の顔は穏やかで、嬉しそうでした。

父と母の結婚生活はわずかな年月でしたが、そこには確かな「絆」と深い「愛」がありました。

戦争はむごいものです。

※これは、筆者(阪野)の従兄の話です。安全保障関連法案が衆議院本会議で可決された2015年7月16日の今日、訥々(とつとつ)と語ったあの時の従兄の一言(ひとこと)が思い出され、またも胸に突き刺さります。「戦争はむごいものです」。
※2016年5月2日の今日、久しぶりに従兄と電話で話すことができました。80歳を超えた従兄の話に、以前と変わらない穏やかで強い心を感じることができました。記憶と記録の不確かさや、真に伝えたいことを述べる難しさなどを改めて痛感しながら、「わら縄」の拙文を若干、加筆訂正させていただきました。伝えたいことは変わりません。「戦争はむごいものです」。そして、「愛はつよいものです」。

反知性主義と熟議:2015年7月15日の「権力の暴走」に思う―資料紹介―

地域の懇談会や行政の委員会などに参加すると、深い議論や合意形成を阻害するような物言いや振る舞いをする人に出会うことがある。「よく分かりませんので、多数決に従います」(住民)。「私たちはこのように考えていますので、その点だけはよろしくお願いします」(組織代表者)。「そのような前例はありませんが、貴重なご意見として今後の参考にさせていただきます」(行政職員)。「専門家としての知見や経験から言えば、このように考えるべきだと思います」(学識経験者)、などがそれである。これらは、合理的思考や理性的判断の停止、目先の利害の優先、大勢への迎合を意味する。それは、子どものいじめや“危険な政治家”による反対意見の圧殺などで指摘される「反知性主義」(anti-intellectualism)の態度である。
いま、筆者(阪野)の手もとには、「反知性主義」に関する本が3冊ある。取り急ぎ、それぞれにおいて注目したい論点や言説を紹介することにする。

(1) 森本あんり『反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体―』新潮社、2015年2月
「知性」とは、単に何かを理解したり分析したりする能力ではなくて、それを自分に適用する「ふりかえり」の作業を含む、ということだろう。知性は、その能力を行使する行為者、つまり人間という人格や自我の存在を示唆する。知能が高くても知性が低い人はいる。それは、知的能力は高いが、その能力が自分という存在のあり方へと振り向けられない人のことである。(260ページ)

「反知性」とは、知性が欠如しているのでなく、知性の「ふりかえり」が欠如しているのである。知性が知らぬ間に越権行為を働いていないか。自分の権威を不当に拡大使用していないか。そのことを敏感にチェックしようとするのが反知性主義である。もっとも、知性にはそもそもこのような自己反省力が伴っているはずであるから、そうでない知性は知性ではなく、したがってやはり知性が欠如しているのだ、という議論もできる。どちらにせよ、反知性主義とは、知性のあるなしというより、その働き方を問うものである。(261~262ページ)

知性と権力との固定的な結びつきは、どんな社会にも閉塞感をもたらす。現代日本でこの結びつきに楔(くさび:阪野)を打ち込むには、まずは相手に負けないだけの優れた知性が必要だろう。と同時に、知性とはどこか別の世界から、自分に対する根本的な確信の根拠を得ていなければならない。日本にも、そういう真の反知性主義の担い手が続々と現れて、既存の秩序とは違う新しい価値の世界を切り拓いてくれるようになることを願っている。(275ページ)

(2) 内田樹編『日本の反知性主義』晶文社、2015年3月
「知性的な人」たちは単に新たな知識や情報を加算しているのではなく、自分の知的な枠組みそのものをそのつど作り替えている(中略)。知性とはそういう知の自己刷新のことを言うのだろうと私は思っている。(内田樹:20ページ)

知性というのは個人においてではなく、集団として発動するものだと私は思っている。知性は「集合的叡智」として働くのでなければ何の意味もない。単独で存立し得るようなものを私は知性と呼ばない。(内田樹:22ページ)

反知性主義を決定づけるのは、その「広がりのなさ」「風通しの悪さ」「無時間性」だということである。
反知性主義者たちにおいては時間が流れない。それは言い換えると、「いま、ここ、私」しかないということである。反知性主義者たちが例外なく過剰に論争的であるのは、「いま、ここ、目の前にいる相手」を知識や情報や推論の鮮やかさによって「威圧すること」に彼らが熱中しているからである。彼らはそれにしか興味がない。(内田樹:41ページ)

反知性主義の際立った特徴はその「狭さ」、その無時間性にある(中略)。長い時間の流れの中におのれを位置づけるために想像力を行使することへの忌避、同一的なものの反復によって時間の流れそのものを押しとどめようとする努力、それが反知性主義の本質である。(内田樹:60ページ)

知性とは、自分の頭で吟味し、疑い、熟考する能力や態度のことである。それは「結論先にありき」の予定調和や、紋切り型でお仕着せの思考を拒絶する。知性の発動に「ショートカット(近道)」はあり得ない。(想田和弘:243~244ページ)

知性が間断なく活発に発揮されるためには、苦労して到達した地点にしがみつくことなく、いつでも捨て去り更新する勇気や気力を維持することが必要になる。(中略)
反知性主義に陥らないためには、私たちはこのような知性の習性を充分に理解し、肝に銘じなければならない。のみならず、絶えず自らの態度を点検し、観察し、注意深く振り返る作業が不可欠である。(中略)反知性主義的態度は、本人がそう自覚せずとも、知らず知らずのうちに忍び寄るものだからである。
可能な限り先入観と予断と予定調和を排し、自分を含めた「世界」をよく観て、よく耳を傾けること。目的やゴールはとりあえず忘れて、目の前の現実を虚心坦懐に観察すること。
そのような姿勢こそが、反知性主義の解毒剤たりうるのだと思う。(想田和弘:257~258ページ)

(3) 佐藤優『知性とは何か』祥伝社(祥伝社新書)、2015年6月
反知性主義を大雑把に定義するならば、「実証性や客観性を軽視もしくは無視して、自分が欲するように世界を理解する態度」である。
新しい知識や見識、論理性、他者との関係性などを等身大に見つめる努力をしながら世界を理解していくという作業を拒(こば)み、自分に都合が良い物語の殻(から)に籠(こ)もるところに反知性主義者の特徴がある。合理的、客観的、実証的な討論を反知性主義者は拒否する。
もっとも、反知性主義者が、自分の物語に閉じ籠もっているだけならば、他者に危害は加えないが、政治エリートに反知性主義者がいると、国内政治、国際政治の両面でたいへんな悪影響を与え、日本の国益を毀損(きそん)することになる。(16ページ)

反知性主義者は、知性を憎んでおり、筋道が通った、論理的かつ実証的な言説を受け止める気構えがない(中略)。それだから、反知性主義者を啓蒙(けいもう)によって、転向させるという戦略は、ほとんど無意味だ。知性の力によって、反知性主義者を包囲していくというのが、筆者が考える現実的な方策である。(86ページ)

実証性、客観性を軽視もしくは無視しているので、事実に基づいた反証を反知性主義者は受け入れないのである。知性による説得ということ自体を拒否している。反知性主義者は、閉ざされた世界観の中で自己充足しているので、外部を持たない。本質において、対話が不可能なのである。
したがって、反知性主義者に対しては、こういう人々が力を背景に自らの心から生じた政治路線、経済政策を他者に強要していくことを、公共圏の力で封じ込めていくという方策しか取れないのだと思う。(146ページ)

反知性主義の罠にとらわれないようにするための処方箋は難しくない。知性を体得し、正しい事柄に対しては「然(しか)り」、間違えた事柄に対しては「否(いな)」という判断をきちんとすることだ。その場合の実践的な技法を、(中略)三箇条にまとめておく。
第一は、自らが置かれた社会的状況を、できる限り客観的にとらえ、それを言語化することだ。(中略)
第二は、他人の気持ちになって考える訓練をすることである。
第三は、(中略)「話し言葉」的な思考ではなく、頭の中で自分の考えた事柄を吟味してから発信する「書き言葉」的思考を身につけることだ。(中略)
このような知性を強化する作業を継続することによって、信頼、希望、愛など「目には見えないが、確実に存在する事柄」をつかむことができるようになれば、もはや反知性主義を恐れる必要はなくなる。(264~265ページ)

反知性主義という言葉や概念は、アメリカのキリスト教を背景にした宗教的なものである(Richard Hofstadter,Anti-Intellectualism in American Life,Knopf,1963.田村哲夫訳『アメリカの反知性主義』みすず書房、2003年12月)。それは、「知性と権力の固定的な結びつきに対する反感」「知的な特権階級が存在することに対する反感」である。反知性主義がアメリカで「力をもつ」のは、「アメリカがあくまでも民主的で平等な社会を求めるからである」(森本:262、264ページ。注①)。「反知性主義には、知識をエリートが独占していることに対する異議申し立てという民主主義的側面もある」(佐藤:4ページ)、などといわれる。
反知性主義という言葉を日本において見聞きするのは、最近のことである。しかも、それは、日本の今日的な政治状況との関わりでネガティブな言葉として使われることが多く、アメリカにおける用法と趣を異にする。
戦前の国家主義・全体主義を彷彿とさせる、強権的なやり方を採る政権中枢の政治家や、学問や知性を軽蔑・侮辱した発言をし、難解な言葉や考えを好まないと思われがちな一般市民(注②)に巧みにアピールする地方の扇動政治家(デマゴーグ)などが、日本政治の反知性主義化を促進させている。彼ら(反知性主義者)は、自分に都合のよい世界や物語の殻に閉じこもり、そこでは英雄気取りで勇ましく、雄弁に語る。しかし、広い世界で、またさまざまな物語について討論しようとはしない。そこにあるのは独りよがりの思い込みであり、単なる思い上がりである。そして、判断や行動の偏りである。彼らは現代の “裸の王様” である。
こうした反知性主義的な姿勢や態度を示すのは、(一部の)政治エリートだけではない。本稿の冒頭に記したように、身近な場や機会において、また問題をめぐって反知性主義的な思考や態度を採る学識経験者や行政職員、市民エリートや一般市民に出会う。彼らは柔軟性や融通性が乏しく、あるいは欠落し、相互理解や合意形成に向けた対話や議論に消極的であったり、拒否したりする。
反知性主義者の意識や考え方を教育・啓発によって変えるのは難しい、といわれる(佐藤:86ページ)。そうだとすれば、真の反知性主義がもつ平等主義や民主主義の側面を強く認識する。そして、真の反知性主義がその民主的機能を果たすことができるよう社会的・政治的・文化的環境を醸成し、条件を整備することが肝要となる。
そこに求められるのは、多くの当事者・利害関係者による「熟議」(熟慮し議論すること)である。物事を投票による多数決で決めるいわゆる「集計民主主義」(aggregative democracy)ではなく、信頼に基づく話し合いを通じて意見や選好が変容する過程を重視するいわゆる「熟議民主主義」(deliberative democracy)である。
ここで、「熟議の意義」について鈴木寛が整理するところを紹介しておくことにする。(1)情報洪水、過剰情報の社会のなかで、狼狽・動揺し、思考停止している自分に気づき、「我」にかえる。(2)直面する問題や現場をめぐって、自分の知らないさまざまな「経験」や「実践」があることに気づく。(3)自らのなかのいろいろな自分を発見し、自らの存在(立場や判断など)の複雑性や多様性を「自覚」する。(4)熟議を通じて、真の友人や同志を得る場や機会が生まれる。(5)熟議によって合意形成がなされるのではなく、コミュニケーションの生成とさまざまな実践が協働で始まる、がそれである(鈴木寛『熟議のススメ』講談社、2013年5月、36~41ページから抜き書き)。
こうした熟議は、「参加」と「平等」、そして「自律」を前提にすることはいうまでもない。それはまた、それゆえに、王様に向かって「でも、王さま、はだかだよ。」と言い放つ小さな子どもを育成・確保することになる。そして、それによってこそ、健全な民主主義が成立する。

注
① アメリカに移植されたキリスト教は、神と人間が対等な契約関係に立つというところから出発した。そうなると互いに権利と義務を有する結果になる。「つまり、人間が信仰という義務を果たせば、神は祝福を与える義務を負い、人間はそれを権利として要求できる」(森本:24ページ)。神の前で人は全て平等であり、学歴や教会の認知がなくても伝道者になれる。これがアメリカの反知性主義の根源である([書評]神戸大学名誉教授・吉田一彦が読む 森本あんり著『反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体―』『産経ニュース』2015年4月19日)。
② 筆者は、高い知性や豊かな教養をもち、誠実に振る舞い、“しなやか” で “したたか” に生きる市民(住民)を数多く知っている。